王都とファッション

 結局ユーカさんは扮装としてのお嬢様服と、僕が選んだケープスタイルと見た目ほとんど変わらない新品(もちろん元の品質からして桁が違うけど)を買い求めて、僕は半ば強制的に今まで着ていた服を捨てさせられた。

 まあ元々そんなに服に思い入れる方でもないし、実家からの思い出があるってわけでもないからいいんだけど。

「こんな肌触りの服着たことないからなんか変な気分だ……」

「ただのシルクだろ。そんなにムズ痒そうな顔するなよ」

「ムズ痒いというか着てる感覚が薄いから逆に気持ち悪いというか」

 ユーカさんには呆れられたが、庶民なんて生まれた時から麻の服に慣れてるものだ。木綿でさえ「結構いい服」扱い。

 絹なんて、存在は知ってても自分で着ようなんてまず思わない。

 そんなものがあったら売ったほうが生活の足しになる。

 ……というか、僕これからずっとこういう服で生活するの?

「……麻の肌触りが恋しい」

「お前……庶民を変な風にこじらせてるな……」

「いや単に服ってもっとこう……ザラッとしてないとなんかね?」

 まあ女の子の肌なら、触れるものは滑らかに越したことはない。そういう意味では妹にならいいかな、とか思ってしまう。

 もういないけど。

 ……そして居心地悪い思いをしている僕に、ファーニィがさらに難しい顔を近づけてくる。

「ここまで整えたら、アイン様も髪とかちゃんとしたいですよねぇ」

「えぇ?」

 別にちゃんとしてないってことはない……と、思うけどなあ。

 そんな不快な長さになる前には切ってるし、臭うとアレだからそれなりに洗ってるし……。

「いやアーバインさんみたいにきちっと整えましょうよ。多分気付いてないと思いますけど、このヒト大きい街行くたびに、いの一番に床屋探すくらい行ってるんですよ?」

「そんなに」

 街の移動するたびってつまり、数週間とか下手すると数日ごとに……?

「だって印象変わっちゃうの嫌じゃん。ちょちょっと整えるだけとかだからすぐ済むし」

 しれっとしてるけど、男でそこまで気を使ってる人初めて見たな……さすが「女ったらし」。

 ちなみに僕は多少裾が邪魔になってくると適当に縛って誤魔化す程度には放置してしまうタイプ。さすがに前髪が鬱陶しくなるころには鏡を探してジョキジョキと自分で切るけど。

 ……鏡も底辺生活だとなかなか見当たらなくてちょっと困る。手鏡で散髪ってわけにはいかないしな。

「ちゃんと切りましょう。王都にいるうちに。なんなら私が切ります」

「ファーニィに任せるのはちょっと嫌だな」

「何故に!?」

「だって君、人を安心させて騙し討ちするじゃん」

「一度だけなのにいつものことみたいに言わないでくれますかね!?」

 まあそうなんだけど、その一度の所業で僕が未だに信用してないのを忘れないで欲しい。

「一度はそういうことしたんですか。興味がありますね」

 新参のクロード少年がそれに興味を示すも、ファーニィは猫のようにシャーっと威嚇して黙らせる。

 隠し通すのは無理だと思うけどまあ頑張れ。

 ……で、ユーカさんは僕にジト目。

「アタシ、その信用ならねー奴に最近毎日髪触られてんだが? お前がやってくれねーから」

「いや女の子の髪は本来身内以外がいじるべきではないからね?」

「……お前あそこまで言ってまだ身内のつもりねーのな」

 溜め息をつくユーカさん。

 ……あ、あー、いや、まあ、その。

 あれは単に僕の決意というか覚悟の話であり、ユーカさんに馴れ馴れしくしていいかという話とはまた別なのではないかと思う次第です。

「私はなかなか面白いタイミングに入ったようですね」

 微笑むクロード少年。

「そういうとこ! そういうとこだぞクロード!」

 ビシッと指差してクロード少年を咎めるファーニィ。……ああ、序列が自分の方が上だと思って早速呼び捨てにしていってる。

 マウント取りはほどほどにね。噛み付き返されても知らないよ。



 せっかくなのでドラセナに鎧の進捗を聞きに行く。

 あそこから脱出する時には迷いに迷ったが、この前宿屋にカミラ嬢と一緒に来た際、アーバインさんが場所を大雑把に聞いて「あーあそこかー」と言っていたので道案内を任せたら、拍子抜けするほど簡単に辿り着いた。

「よく地図もなしに辿り着けましたねアーバインさん……」

「だってほら、煙突の形が特徴的だろ。それ知ってればわかるって。この辺の区割りは昔とそんなに変わってないしな」

 あんまり緊急性がない時には役に立つ微妙なアーバインさんの土地勘。

「そういやさっきの会員証、鍛冶屋には通用しないんですか?」

「ん? また奢れってか?」

「ああいや、最初にメガネ修理の職人探しの時にそれ見せて回ってたら簡単だったんじゃないか、って」

 どこでも門前払いで苦労したのだし、あの時にその威光が使えてたら随分スムーズにいったと思う。

 が。

「あー……実は、あの時はそこまで大店おおだなになってるなんて知らなくてなー……コレで話が通るなんて思わなかったんだわ」

「……なるほど」

 で、その後街に滞在してブラブラしてる時に、いつの間にか大勢力になっていることに気づいたのね。

「最初から知ってればお城に連れて行かれることもなかったでしょうにねー」

「だよなー。これだからアーバインは」

「一応服とか奢ったのに相変わらず辛辣だよね!?」

 女子二人からのアーバインさんの扱いが微妙に酷い。

 実際ファーニィはともかく、ユーカさんなんて別に奢られなくても一向に問題なかっただろうけど。

「まあまあ、とにかく入りましょうよ。表で騒ぐのもなんですし」

 なぜか最年少かつ新参のクロード少年に仕切られる。

 そして僕たちが入ると……中で作業をしていたドワーフの一人が「おおぉ」と僕の姿を見て喜び、仲間たちに銅鑼声で何かを叫んで、みんなが注目し、手を休めてわらわら集まってくる。

 ……背は低いけど筋肉モリモリ髭もじゃもじゃのおっさんや爺さんたちが集まってくるの、ちょっと怖い。

 で、何言われてるのかよくわからずに愛想笑いしていると、しばらくしてドラセナが奥から駆け出してきて割って入った。

「あーもー、悪いね。こないだの水竜アクアドラゴン戦でアンタが活躍したってのが噂になっちまってるからさ」

「あ、あー……まあ一番活躍した人がそこにいるんだけど」

「いや、こっちに押し付けんな。っていうか訳すなよドワ子」

「はいはい、わかってるって。……んで、鎧ならもうちょいかかるよ」

 ドラセナはドワーフたちを追い散らし、工房の奥でマネキンに着付ける形で作っている鎧を見せてくれる。

「軽ミスリルでいくことにしたんだけどさ、アンタらのおかげで水竜アクアドラゴンの素材が格安で手に入ったから色々と見直しててね。いやーホント、夢みたいだよ」

「……あれってもう素材として売られてるんだ」

「一応所有は王子様ってことになってるんだけど、解体も人手がいるしね。港の復興の資金にもしたいってんで手早く格安で捌かれてんのさ。で、前っ側は軽ミスリル装甲ってのは変わんないんだけど、背中の方に水竜アクアドラゴンの鱗を使おうと思ってさ。ドラゴンの鱗とか目立つとこにつけると変だけど、背中は背嚢リュックで隠れるでしょ?」

「いい素材なの……?」

「そりゃもう。とはいってもドラゴン素材として最高のものかって言われるとちょっとアレなんだけど、加工のしやすさとか軽さも込みで考えると渡りに船の代物だよ。軽量化とかで、背中の守りってどうしてもおろそかになりがちだからね。こいつを使えば多少の刃物は通らなくなるよ」

「へえ……全面に使うわけにはいかないの?」

「予算的にも強度的にもさすがにちょっとナンセンスかなー。こいつで作ったパーツは壊したら修理ができないってのが辛いよね。だからあくまで補う感じに使うのがベターで……」

 楽しそうに色々語るドラセナ。

 そしてその出来を見て、ユーカさんやアーバインさんは特に反応しなかったが、クロード少年はほうほうと興味を示す。

「聞く限り、騎士団の鎧よりも実用性が高そうですね……私もお願いしようかな?」

「え、誰だよアンタ……」

 ドラセナ、あからさまにクロード少年には塩対応。

「えー……モテそうに見えるのに、クロードってなんか会う女子会う女子好感度低くない……?」

「まあそりゃアイン様の隣じゃ、ねぇ?」

 うんうん、とファーニィが訳知り顔で頷く。

「どういうこと?」

「アイン様みたいに素朴で優しげな実力派がいるのに、その隣からスカした芝居臭いちょいイケメンとか生えて来てもナシですよね」

「……はあ」

 素朴……まあ素朴っちゃ素朴、なんだろうけどなあ。ファッションとか全くアレだし。

 でも実力派……実力派、かあ。

 ファーニィはまるで当たり前みたいに言うけど、ミソッカスもいいところの扱いが長かったのでどうにも慣れない。

「酷いなあ」

 クロード少年は相変わらず余裕。

 まあ、多少女の子にウケが悪くても、本命がいるから気にならないのかな。

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