少年の野望

 クロード少年の仲間入りについて。

「アタシは反対はしねーよ。まあ、あの双子の差し金ってのは多少気にはなるが、そこ含めてリーダーたるお前の判断だ。ただ、入るなら騎士としての云々は忘れて、冒険者としてのマナーに従ってもらう。それだけだ」

 ユーカさんは消極的賛成、といったところか。

「まあユーカがそう言うなら俺もデカい声では邪魔できないよね。俺はユーカのよしみでついてきてるだけだし」

 アーバインさんも同じく。

 そして。

「なんか嫌な感じしますよね、この人」

「そうでしょうか」

 渋い顔をするファーニィに、クロード少年は当たり障りのない微笑みを返す。

 双子姫関係の胡散臭さはさておき、この少年らしからぬ、卑屈さのない慇懃な余裕は女の子にモテそうだな、と思う。

 いかにも貴族の、そんなに焦ることはない、とでもいうような態度。

 まあファーニィの「なんか嫌な感じ」という曖昧極まる悪口には、それ以外にどうとも返しようがないのだけど。

「アイン様みたいな可愛げがないんですよ。新参なら新参らしいしおらしさを見せろってんですよ」

「待ってファーニィ。君もそんなに先輩ぶれるほどキャリア長くないよね」

「だからこそ序列には敏感になるってもんでしょう! そしてパーティには入るけどあくまで余裕はこかせてもらうからな? お前らのお手並み拝見してやるからな? みたいな魂胆スケスケの新人とか生意気にもほどがあるってもんでしょう! 私あんだけ媚び倒しましたよね!?」

「それは序列云々というより君が絡んできた経緯に問題があったんじゃないかな」

 あと、ちょっと言動に余裕が滲んでるからってそこまで言うのは、被害妄想入ってないかなー……と思う。

「誤解ですよ」

 クロード少年は「一笑に付す」という言葉を体現するように、ファーニィのいちゃもんを受け流す。

「私はあくまでお願いしている側です。それに、確かに腕に覚えがないわけではありませんが……あくまでモンスターを想定しない道場剣術というのも理解しています。あの戦いの直後の今、それを理解していないならよほど愚かというものでしょう」

「それ! その『腕に覚えがないわけではありませんがぁ?』とか聞かれてもいないのに言っちゃう根性が気にくわない!」

「ファーニィ」

 クロード少年を指さして騒ぐファーニィの顔を押し戻す。

 君はしゅうとめか何かか。

「言わなきゃ言わないでまた変な言いがかりつけるつもりだろう。彼にとってはアピールポイントなんだからいいじゃないか。道場剣術にすら真面目に取り組んでないと言われたら、いよいよ連れて行く意味がないよ」

「うー」

「お気遣い、痛み入ります」

 唸るファーニィと、あくまで爽やかかつ物腰柔らかなクロード少年。

「だいたい、マリスから特に勧められたのも事実ですが、そこまで警戒するほど、含むものがあるわけでもないんですよ。……そうですね。どちらかというと『あなたよりも強くなってみせる』というのが目的と言えます」

「はあ……実際僕、対人戦闘はあまり得意じゃないので、普通に剣術やってる人には負けると思いますよ」

「それもマリスから聞いています。ご安心を、あくまでモンスターと戦う上での話です」

 胸に手を当てるクロード少年。嫌になるほど様になっている。

「白状しますと、私はマリスの伴侶になりたい。……もちろん、望んで簡単になれるというものでもないですが、ぼんやりとしていては決して叶わぬ話でもあります。尚武のヒューベルでは武功こそが早道ではありますが、近々に戦争の気配があるわけでもなく」

「……というか、割と簡単にお姫様と結婚って視野に入るんですね」

「マリスやミリスに声をかけられたあなたに言われると形無しですが。……これでも、マリスとは幼馴染と言って良い関係です。彼女たちはいつも本心を読ませず、他人の心を翻弄して楽しんでおりますが、それでも気持ちは通じ合っているものと思う。思っていたのですが」

「……あ、あー……その彼女らが、僕に声をかけたから」

「ええ。みっともない言い方をすれば嫉妬、といえるでしょうか」

 全くドロッとした感じもなしに、爽やかに言って来る。

 なんか……なんというか、こっちもこっちで言うことに感情が伴ってないというか……隠すのが上手い、のか?

 貴族流の話し方ってやつなんだろうか。

「ですが、あの戦いと、その後の流れを見て、私の活路はここにあると確信しました。……国には、そしてマリスには、ローレンス王子と同質の武勇が求められている。ならば行儀のいい『騎士見習い』のままでいるべきではない、と。ゆえに、あなたと同様の冒険に身を投じ、野を征く強さを手に入れれば良い。ローレンス王子にできたことなら、他の者が続いてはいけないということはないでしょう」

 ま、まあ、要するに。

 双子姫に焚きつけられた……僕は当て馬にされたというべきか?

 いや、あの双子姫のことだから、下手すると競争させるのがハナから目的だったのかもしれない。

 彼がどこまでの才能を持っているのかは全くわからないが、僕は一応、西大陸最強と言われたユーカさんの直弟子だ。強さだけが求めるものならば、自分で言うのもなんだが僕も有望株のまま、ではあるだろう。

 一方で、クロード少年は騎士見習いになれるくらいなのだから、貴族かそれに近い血筋の子なのは間違いない。毛並みで言えば圧倒的にそちらが上。

 これからの冒険で、この少年と僕が切磋琢磨し、どちらが大成しても、彼女らにとってはおいしい展開だ。

「ですから、ランダーズさん。……あなたはミリスを娶ればいい。私がマリスと添い遂げるためにお力をお貸しください」

「……えっ」

「私が好きなのはマリスですから」

 ……えーと?

 いや、ちょっと待って?

 タイムタイム。

 ……うん。

「あの双子姫、判別してるの?」

「それは幼馴染ですから、もちろん」

「……マリス王女狙い撃ち?」

「ええ。彼女こそ私の理想です」

 澄み切った表情で頷く少年。

「……ミリス王女じゃ駄目なんだ?」

「ははは。どちらでもいいなんて失礼なこと言うわけがないでしょう」

「…………そ、そうなんだ」

 ……見分けられないし、なんなら二人で一人みたいに見てたのでそういう展開は予想していなかった。

「マリスも言っていたでしょう。妹をあなたに、と」

「ミリス王女も言ってたけど……」

「そちらには少々不義理かもしれませんが。私はマリスと結婚したいだけなのです」

 彼の中ではあくまでマリス王女はミリス王女と別個であり、あんな紛らわしい言動を自分たちで楽しんでいる節のある二人を「二人」として認識している。

 なので、僕にはミリス王女を譲るので、お互い争うところなし。

 目的のために協力しよう、という話なわけだ。

 いや、タイムタイム。

「あー……うん。なんとなくわかった」

 嫉妬とかドロッとした話を謎の爽やかさであけすけに語れたわけも。

 僕たちに近づいて余裕を保つわけも。

 そりゃ、彼の持っているビジョンとしては、誰とも利益がぶつからない。見分けられていない僕は当然ミリス王女でいいだろうし、自分はマリス王女がいればいい。

 互いにそれを手に入れるための旅なのだ。

 理解さえ得られれば、話に乗らない手はないはず……と思っているからこその余裕なのだろう。

 ……一応、他の三人を見回すと、ユーカさんは白けた顔で、アーバインさんは「子供のコイバナは甘酸っぱいねえ」と言わんばかりの生ぬるい顔で、そしてファーニィはあくまで「なんか胡散臭い」という顔のまま、僕の反応を待っている。

 ……はぁ。

「とりあえず」

「はい」

「……別にマリス王女ともミリス王女ともくっつくつもりはないけど、それでいいなら」

「!?」

 少年、ここに来て初めて驚いた顔をした。

「どうして!?」

「どうしても何も」

 いや、だってあんな双子と結婚するとか幸せな生活が全然想像できない。

 可愛いけどあれは遠くから眺めて楽しむタイプの可愛さだ。

 一緒に生活しようってタイプではないと思う。特に僕のような庶民は。

 ……というのを言っていいものか迷っている僕の代わりに、ユーカさん。

「だってお前あれフルプレの奴の妹じゃん。一生フルプレにつきまとわれるじゃん」

「それがなんだというんですか!」

「……お前、ちょっとでもフルプレに振り回されてたらそれは言えないだろ」

 ……うん。それは大きいよね。

 そしてアーバインさん。

「あとさー。今さっき会った奴に『姉妹かたっぽ譲ってやるから義理の弟になれ』って言われるのってどうよ」

「そんなつもりは!」

「そういう話だろ?」

 それもあるね。

 最後にファーニィ。

「私の方が可愛いですし!」

「それは関係ない」

「あるでしょ!? 下僕より見劣りする本妻って気まずいでしょ!?」

「関係ない」

 下僕じゃないし。

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