冒険者志願の騎士見習い

「仲間といっても……騎士団ってそんな簡単に離れていいものじゃないでしょう?」

 突然来たクロード少年に困惑する。

 今まさに戦力を鍛え直そうという動きをしている水霊騎士団の、しかも見習いだ。

 僕たちのパーティに入ると言っても、騎士団は気軽に出入りできるとは思えない。

「そこは身内に有力者がいますので……どうにかなります」

 クロード少年は微笑を浮かべたまま。

 うーん。どこまで嘘か本当か。

 アーバインさんに視線をやると、お茶を啜って肩をすくめ、一息。

「悪いが、お貴族様の子供の家出に巻き込まれるのは面倒が過ぎるな。俺たちにメリット低くないかい?」

「家出だなんて。……私もローレンス王子のようにモンスターと戦う経験を積み、いっぱしの戦力になりたい。それが結果的には家のためにも国のためにもなる、と思います。連れて行って下さるなら当然、家や団の許可は取ってきますよ」

「それこそフルプレ……ローレンスの野郎にでも直接頼むべき話だと思うがね。聞くところによれば、王都の騎士団には元冒険者も多いんだろう? それで鍛え直しになるってんなら武者修行班の二つや三つ、編成してくれるんじゃないのかい」

「水霊の私が火霊のローレンス王子に訴え出ることは横紙破りです。もちろん、うちのスイフト団長はそこまでの余裕はありませんし……」

「だいたい、俺らは今そんなに立派な目的のために動いてるわけじゃないんだぜ? なあリーダー」

「え? ええ、まあ」

 目的……目的ってなんだろう。まあ一応「僕の中のユーカさんの『レベル』を開花させるのが目的と言えば目的、といえるかな。

 もちろんその後、僕は冒険者として充分に大成しなくてはいけないし、最終的にはユーカさんやアーバインさんに頼らないパーティも編成しないといけないけれど。

「お前さんの目的が性急な鍛え直しってんなら、うちのパーティが合うとは限らない。ユーカはポンコツだしアインは初心者、ファーニィちゃんは中途半端で俺は超イケメンだ」

「イケメンは論旨に関係なくないです?」

 僕のツッコミをアーバインさんは華麗にスルーした。

 そしてクロード少年はそれでも表情を崩さず。

「それでも、話によれば王子がパーティを離れてからのほんの二、三か月で、冒険者の中でも最低格だったランダーズさんが、あれだけのドラゴンを相手に立派な戦力として渡り合うまでになった……それは事実なのでしょう?」

「最低格……」

 まあゴブリン数匹と命懸けになる前衛は、最低と言っていいんだろうけど。

 面と向かって言われるとちょっとだけ傷つくなあ。

「それだけの戦いを当然のように演じてきたというなら、騎士団の有志だけでモンスターと地道に戦うよりも身になると踏みます」

「なるほどね。……それで問題はお前さんを連れて行くメリットだ」

「見たところ、このパーティは前衛不足でしょう?」

「…………」

 まあ、不足……ではあるんだよなあ。

 ユーカさんは、実際は前衛として敵を受け止めるロールには向かない。それをやるにはあまりにも身体が軽く、コンディションが不安定だ。

 僕もその点、安定感があるとは言い難い。

 フルプレさんほどのフィジカルがあれば理想だが、そこまでは望めなくとも、一般的に敵を引き付けるのに十分な頑丈さと技術が欲しいものだ。

 攻撃力だけはそこそこのものになっている自信はあるけれど、パーティを維持する能力という点で言うなら、僕はまだまだ落第点。

 その点は意外といろいろできるファーニィ、そして大ベテランの技量を持つアーバインさんが補っているけれど……まだマード翁の超回復能力ありきのパーティバランスが抜けていないような気もする。

 ……改めて見ると、達成してる討伐の壮大さに対してあまりにもバランスガタガタすぎるな、このパーティ。

「私はまだモンスターとまともに戦ったことはありませんが、一通りの地力はあると自負しています。それと……」

 微笑みが、瞬時、消える。


「ロナルド・ラングラフを相手する時に、お役に立てるかと」


「……どういうことですか?」

 僕もその名前には反応してしまう。

 ……山賊ロナルド。

 ここまでの戦いで、全く手に負えなかったと言い切れる唯一の相手。

 そして今現在、次に戦うことを常に意識せざるを得ない唯一の相手でもある。

 ……その因縁はどこで知ったんだ、と少し気になり、あ、と納得する。僕自身が水霊騎士団に乗り込んだ時にうっかりその存在を口にしてしまったのだった。

「ロナルドのことはよく知っているんです。……一対一の斬り合いではまだ分が悪いと言わざるを得ませんが、隙は引き出せますよ」

 再び浮かべた微笑みは、さっきまでと同じでありながら、どこか薄暗い情念を感じさせる。

 少年の浮かべるものにしては、なんとも不気味だった。

 が。


「なんのために冒険者やるかは正直どうでもいいし言う必要もねーが。……アタシの仲間になるからには譲れねーもんはあるぞ」


 シャッ、と売り場を仕切るカーテンを払い、ユーカさん(と、その後ろからついでのように華やかな衣装に着替えたファーニィ)が出てくる。

 ……完全に戦うことの想定を放棄したイブニングドレス風の服に、なんと化粧と結い上げまで施されていて、いつもの口調がなければたまたま背恰好が同じ別人じゃないかと思うほどだったが。

「仲間になったら冒険中に裏切ることは許さねー。別に仲間を攻撃するなとかそういう当たり前の話じゃねーぞ。『仲間を助けず見捨てるのは絶対に駄目』ってことだ」

「……あ、あっ……と」

 あの蛮人としか言いようのない竜殺しの一撃を放ったユーカさんとは思えない美しさと、そこから出てくる言葉のギャップに面食らい、さすがにクロード少年も口をパクパクさせて言葉に詰まる。

 何か言い返す前に自己紹介か、いや初めましてからなのか……素直にお美しいとでも言った方がいいのか、と葛藤しているのが手に取るようにわかる。

 なぜなら僕も何言っていいのかわからなくなってるから。

 僕が着付けたってそれなりに可愛かったが、ファッションのプロたちにかかると、ここまでのものになるのか……と、正直感動すら覚えた。

 こんなに美しい女の子を連れているとなったら“邪神殺し”であることとはまた別の意味で、狙われる率が凄いことになるな、と直感せざるを得ない。

 こっち側でその美貌に即反応できたのは、さすがの女ったらしというべきか、アーバインさんだけだった。

「ヒュー。本当にあのゴリラから変わりに変わったなあ……わりとマジで結婚しない?」

「しねーっつーの。フルプレよりありえねーっつーの」

「そこまで言われるかなあ!? あと多分知らないと思うけど俺結婚したら一途だよ!?」

「既にエルフ同士で嫁がいる奴がそんな事言って何の価値があるんだよ」

「だからエルフの伝統的な結婚観って人間のそれとは意味合いが少し違ってさあ」

「ファーニィ、アレの相手は頼むわ。アタシはこっちのガキに話がある」

「頼まれてもー……っていうかアーバインさん諦めて。脈ないです」

「バッサリ言い過ぎじゃない!?」

 ユーカさんはエルフたちを差し置いて僕の隣に座り、お茶菓子を行儀悪く口に放り込んで僕のカップのお茶で流し込むと、ビッとクロード少年に指を突き付け。

「このパーティのリーダーはアインだが、それだけはアタシの基準で言わせてもらうぞ。仲間をそういう意味で大事にしねえ奴と組むのだけはまっぴらだ。それならソロの方がマシだ」

「……あ、あの……」

「それとあの双子姫に言っとけ。いくらアインがアホとは言っても、もっとさりげなくやれ!」

「…………」

 あ。

 あー……。

 あー…………。

 ……そっか、彼、「手の者」かあ……。

 ……どうでもいいと言いつつバラしちゃうユーカさん、ちょっとひどい。

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