高級服店
ユーカさんは警戒していたが、
鎧にはこだわるけれど、それ以外の服に関しては子供のころから執事たちに丸投げなので、まあ元々服屋に寄りつく可能性は低い、という。
「アタシが言うのもなんだが、あいつ本当に王子として色々欠けすぎてねーか?」
「同感。でもまあ、武力で鳴らすヒューベル王国としては、あの戦闘力がある以上文句も言い辛いんだろうね」
ユーカさんもアーバインさんもさんざんな言いようだけど、でもあの超巨大モンスターに一歩も引かない人材が中央にいるというのは王都の民にとっては心強いことこの上ないよな、とも思う。
もしいなかったら
圧倒的な武力というのは、存在するだけで代えがたい価値がある。腐すことができるのはまさにこの人たちくらいだろう。
「というわけで、ここだ」
アーバインさんは僕たちを引き連れて、商業区の中でも貴族御用達の店が集まる場所にある大きな服屋の前にいた。
「そんなに張り切っていいのか? ってか冒険者入れてくれんのかよ、ここ」
「大丈夫大丈夫。ビリーブミー」
アーバインさんは親指を立てて先導する。
まあエルフで伊達男のアーバインさんはもちろん、ユーカさんとファーニィもルックスはいいから止められることはない、として。
「僕、大丈夫かな」
改めて自分の恰好を見る。
ファーニィに指摘された通り、だいぶこびりついた汚れで黒ずんでしまったシャツとズボン、それに剣。
いや剣は置いて来いよ、と普通思うかもしれないけど、預ける相手がいないので仕方ないのだ。あと何度も手元から離して後悔してるので、もうよほどのことがない限りは持ち歩くことにしている。
……で。
「お客様、失礼ながら、当店の商品は庶民向けのお値段ではないので、お時間の無駄かと思いますが……」
「あ、はい……」
そりゃ言うよね、という感じのことを入店直後に僕だけ言われた。
だって店内ものすごくいい匂いがしているし、内装も商品も鮮やかで煌びやかで、僕の服と「服」というカテゴリーで括っていいんだろうか、みたいな感じの明らかに普段着じゃない感じのものが所狭しと陳列されている。
まるで世界が違う。高級店ってこんなに空気違うのか、と圧倒されてしまった。
で、アーバインさんは「はいはいはいちょっと待って?」と僕と店員さんの間に入り、懐からチラッと何かを半分取り出してウィンクしてみせる。
「コレ、俺の連れなんだよ。いいよね?」
「……た、大変失礼いたしました……!」
店員さんは血相を変えて謝り、退散する。
「……何したんですかアーバインさん」
「ん、俺がカネ預けてるとこの、ま、なんだ、会員証みたいな感じのやつ?」
僕には半分隠すみたいなことをせずに普通に見せてくれる。
金色の紋章……いや、バッジか何かのようだった。
「まあ俺、ユーカみたいに特定の御用商人に全部お任せ……みたいな雑なことしてないからさ。資産はあちこちに分けてんのよ。だから急に全部集めて使おうとすると面倒臭いことになるんだけど、ま、今までそんなことはなかったし。……ここに最初に預けたのはそれこそ大聖女ちゃんの頃だけど、今となっちゃ大財閥だ、やるもんだねえ、あのハナタレ坊主も」
「……さすがエルフ」
「いや、感心するのそこ?」
人に歴史あり。この人の飛び抜けた冒険者歴ならではのことなのでそこに感心したのだけど。
「ま、払いは俺が持つからさ。お前もユーカも好きなの買えよ。なんならフロアを端から端まで、とかやってもいいぜ?」
「どう考えても無駄になるんでいいです……いや、でも、一着は戴いておきます」
「ああ。それでいいんだ。人がいいとこ見せようとしてる時は奢られてやるのも礼儀だぜ」
パンパン、と僕の肩を叩いて売り場に促すアーバインさん。
冒険者は仲間の金を当てにしない、という原則からするとちょっと気が引けるけど、でも最近微妙に低下を続けている信用度を回復しようとしてるのかもしれない、と思うと、無下にもできない。
ここは素直に奢られておこう。……さすがにユーカさんの服でいくらかかるのか、ちょっとだけ心配もあったことだし。
いや、本人超金持ちだろっていうとそうなんだけど、あんまり乗り気になってない本人に払わせるのはちょっと……ね。
僕はまあ無難なのを選んで試着して……そして買うと決めないうちに、その場で古い服はアーバインさんとファーニィが袋に詰めて店員さんに渡してしまう。
「僕の服……」
「アレ着直すのもうアホだろ。捨てろ」
「捨てましょう。店の中あれ着て徘徊するだけで多分迷惑ですから」
「そんなに」
一応いつも洗ってはいたんだけどな……汚れは完全には落ち切らないけど。
「とりあえずそれは確定で。あと洗い替えでもう一着二着は欲しいよな」
「これなんかいいんじゃないですか? 刺繍がオシャレですよ」
「いや二人とも、僕のはオマケだから。ユーのが優先だから」
「甘い!」
「甘いですよアイン様! 買わせるアイン様がボロを我慢して着てる前で、思う存分オシャレを満喫できますか、あのユーちゃんが!」
「うぅ」
そう言われると確かにちょっと……うん。
いくらなんでも気まずいよね。
……あの頃、妹もそういう感じでちょっと遠慮してたのかなあ、と少し反省する。
実際僕の着る服なんかどうでもよかったんだ。でも女の子の着る服にお金をかけるのは当然だ、と思ってたから自分では少しも気を回してなかったけど。
「だいたい俺が払うって言ってんだから気にすんなよ面倒臭い」
「タカれる時にタカりましょうよ! 本人がこう言ってるんだし!」
「いやファーニィちゃん、そこはもうちょっとだけ気を使おうな?」
なんかあれだね。こうしてみると完全に赤の他人なのに兄妹か何かみたいだねあなたたち。
そしてユーカさんは女性用の服のフロアで、女性店員さんに囲まれて色々と着せ替えられている。
「男性の皆さんはこちらでお待ちを……レディのお召し替えですので」
「いーよそいつらは。えーと……兄貴みたいなもんだから」
ユーカさんは雑なことを言うが、周囲の女性店員は揃って「まっ!」と呆れ、そして。
「例えお兄様だとしても! それくらいのお歳で肌を見せるのは慎むべきです!」
「みたいなものということは違うのでしょう? いえ、あの方はエルフなのだからお兄様なはずがないではないですか!」
「そもそもお召し替えは身支度をしっかり終えてから満を持して披露するものです! たとえ大人の関係でもそこは譲ってはいけませんわ!」
「まあキャサリン、そんな下品なことをこんな女の子に言ってはなりませんよ」
「いいえ、今どきはこのぐらいでも有り得るのです。ウチの娘の友達なんてもう……」
「わーったわーった! アンタらのご家庭の事情とかどうでもいいよ!」
……えーと。
「あっちで待ちましょうかアーバインさん」
「ねえ、この店ってお茶とか飲める? あとファーニィちゃんはユーカに付き合ってやってよ」
服屋でお茶とか出すもんなのかな……と思っていたら、さすが高級店と言うべきなのか、アーバインさんが特にVIP待遇なのか、ささっと休憩用のテーブルセットにお茶が用意される。
「言ってみるもんだなあ」
「金持ってるって正義ですね……」
「おうよ。お前もどんどん稼げよ。メガネでもモテるぜ、金持ちなら」
「メガネってそんなに駄目ですかね……?」
ついでにお茶菓子も出してもらえたので、男二人で優雅なティータイムと洒落込む。
一口美味そうに啜ってから、アーバインさんは僕にニヤニヤ顔を向ける。
「どうだ。いい服着てると気後れしないだろ。お前、さっきの服で堂々とお茶なんて飲めたか?」
「……ま、まあ、言われてみると」
少し自分の恰好を見て、さっきの服でここに座ってる自分を想像する。
……絶対「僕ここにいていいのかなあ」的なことは考えてただろうな。
いや、今も少しは思うけど。
「恥ずかしくない恰好ってのはさ、心の余裕に繋がるんだ。だからそこは妥協しない方がいいぜ若人。ボロは着てても……とは言うけど、人の目が本当に気にならない奴なんてまずいないんだから。それも実力を出すために大事なことだ」
「……一応、心に刻んでおきます」
彼の場合、女の子の目が特に気になるタチだから……という部分もあるだろうけど。
実際、僕もオンボロ革鎧を気にし過ぎて、多少卑屈になっているところはあったよな。
……ゼメカイトで駆け出しの頃から立派な鎧を着ていたマキシムも、身を守る以上にそういう部分を考えてのことだったのかな。
そんなことを思いながら、相変わらずあれこれと騒がしく身支度をするユーカさんを待つ。
貴族御用達の店だから、着るのにも人手がいる服とかなのかな。いや、そもそもそんなのを冒険に着ていくわけにいかないだろう……とは思うけど。
いや、買うのは冒険に着ていく服だけって決めてたわけでもないな。色々試してお嬢様の扮装をさせるのも目的だったか。それでユーカさんが改めて可愛いワールドの喜びを発見するもよし、か。
どうせ急いではいない。まだ日は高い。
じっくり待とう。妹の買い物だって長かったものだ。
……と。
「失礼。あなたがアイン・ランダーズさんですか?」
「?」
後ろから声をかけられたのでのんびり振り向く。
僕の名前を知っているのは気になったが、アーバインさんが特別鋭い反応をしていないので、これといって慌てる相手ではないのだろう、と思った。
果たして、そこにいたのは……15歳ぐらいの、まだ多少顔に幼さを感じる少年。
「……ええ、僕がアインですが……」
「初めまして。……あの戦いでの活躍を拝見しまして、是非お会いしたいと思っていました。こんなところで会えるとは」
「…………あの戦い?」
まあ、今の状況を考えると
でもあの戦いって目撃できる場所にそんなに人はいなかったような……。
「私は水霊騎士団に所属する騎士見習いのクロードと申します」
「ああ、騎士見習い……なんですか」
「ええ。……あなたのことは色々と聞いていたのですが、あの戦いで見るまでは、かのローレンス王子と互角に打ち合うほどの実力というのも半信半疑だったのです」
「互角では全然ないんですが……」
「少なくともスイフト団長よりは勝負になっていた、とマリスから……マリス王女からは聞きました」
「はあ……」
親しいのかな。
……少年は微笑み。
「提案です。私を仲間にしてくれませんか」
「え?」
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