鎧を待つ間に
数日ほど王都でそのまま時間を潰す。
鎧なんて親子代々着回す人もいるくらいなので、サイズが確定したらある程度決まったパーツを組み合わせて、ハイ完成、とやるものかと思っていたけれど、別にそんなことはないようだった。
「時間かかるんだなあ。前に着てた革鎧なんて、マネキンから外してちょっと革紐調整しておしまいだったんだけど」
「それはそれでお前、よくここまで保たせたな……?」
「せいぜいゴブリンくらいまでしか戦わなかったから、そんな鎧ごと駄目にするような攻撃はされなかったんだよ」
「……それでも革紐って。そんな素朴なつくりの鎧で一年も戦い続けるって普通無理だぞ」
「……その辺に関してはユーの常識と普通の底辺冒険者の認識は折り合わないと思う」
ユーカさんとしては、ゴブリン相手の真剣勝負なんて十歳やそこらで卒業しているはずなのだから。
黙って聞いていたアーバインさんがそこで茶々を入れる。
「ユーカ、鎧なんか着ないんで有名だったじゃん? 長保ち具合とかわかるの?」
「アタシにだって駆け出しだった時期はあるんだよ。最近は着てねーけどガキの頃は着てたよ。……体の成長ですぐ着れなくなっちまうし、そもそも武具屋で『ガキに鎧なんて』って笑われることが多かったしで、そのうち着なくなっちまったんだよ。そこそこ身体ができてくる頃には護符だけで充分だったしな」
「……護符?」
そんなの持ってるんだろうか。見たことないけど。
と思ってしげしげと見ていたらユーカさんは「今は持ってねーよ護符は」と両手を広げた。
「まだ『メタルマッスル』とかモノにする前は、護符……防御力向上の魔導具を懐に入れて鎧代わりにしてたんだ。ただ、使い捨てみたいなもんだからいざ攻撃受けると当然消耗するし、そこそこ値が張るから、マードとつるむようになってからは完全にそれもナシでやってたな。それこそ半端な攻撃なら『メタルマッスル』で跳ね返すのも戦術になるし、護符も毎回ロゼッタに持ってこさせるの悪いし」
「一応ユーでもそういうの高いな…って思うくらいの金銭感覚はあるんだね……」
「お前がロゼッタから貰ったあの剣、10本でその護符一枚分くらいだぞ。ちょっと我慢してマードに治してもらえばいいってことになったら、さすがにもったいねーよ」
「……なんて贅沢な」
同等の剣、確かに王都のいい武具店に行けばあるといえばあるんだけど……やっぱり相当な高級品だ。今のを失ったとして、またその同等品に手が伸びるかというと自信がない。
……そしてそんなのを、まるでガラクタみたいに扱ってたロゼッタさんも底知れない。
ゴリラユーカさんの愛用の伝説級武具に比べれば、実際大したことないのだろうけど。
「あー、でも今のアタシならアレ持ってるぐらいでちょうどいいのかもな。『メタルマッスル』一瞬しか使えねーし、マードもついてきてねーしな……」
「できればそうしてくれると助かるんだけど」
「よし。今度ロゼッタ来たら頼もう。まあそのうち気を利かせて持ってきそうな気もするけど」
ユーカさんはうんうんと頷いている。
というかユーカさんも鎧頼んだらいいのにな……まさかあの活躍が噂されている今、笑い飛ばして受けない鍛冶屋もいないだろうし。
なんて思っていたら、突然ウォークインクローゼットが開いてヌッとロゼッタさんが現れた。
「うわあ!? どっから出て来てるんですか!?」
「これは失礼を。迷いの森の出口がここに繋がっていたのです」
「クローゼットの中に!?」
「ええ。……あまりこのクローゼットには踏み込まないことをオススメします。断続発動型の歪みが開いておりますので、入った瞬間は何もなくても、気を抜いたところで連れて行かれる可能性がありますよ」
「…………」
そんなんが人家、というか宿屋の一角にあるって大問題なんじゃ。
「それはともかくユーカ様。そろそろ必要となさるかと思いましたので『守りの護符』をお持ちしました」
「……お、おー。でもいくらなんでも、さっきの今で持ってくるとは思わなかったぞ」
「私の『眼』は多少の予知もできますので……」
「……眼じゃなくて耳が必要な奴だと思うんだけど、深く考えちゃいけないのか?」
「冗談です。実のところご用命があるかと思いまして、元々しばらく前から懐に忍ばせていたものです。ようやくお渡しすることができます」
「……えー、どこからどこまでがお前の冗談? あと、お前いつからクローゼットにいたんだ?」
「失礼いたします」
「答えねえの!?」
ロゼッタさんはスススと後ろ向きに移動し、クローゼットに収まって内側から閉める。
……すぐに気配がなくなったので、顔を見合わせてユーカさんとファーニィがクローゼットを開けると、見事に消えていた。
「変な人ですねあの人……」
「……まあ、うん。変な奴だな」
ファーニィの言葉に頷くしかないユーカさん。
……まあ、能力的にも境遇的にも特殊な人だなーとは思ってたけど……さては元々不思議系な性格だなあの人?
せっかく数日間の暇ができたので、ユーカさんに改めて女の子らしい服を買い与えたい。
王都なのだから、ゼメカイトの露店で揃えた今の服よりもっと似合うのがあるはずだ。
と、僕が提案すると、アーバインさんとファーニィは(二人とも退屈だったようで)とても乗り気になったのだけど、ユーカさんは微妙に嫌そうな顔をした。
「えー……いいじゃんコレで。せっかく慣れてきたし……」
「いやいやユーカ。仮にもこの国の都だぞ? もっと可愛くできるはずだ!」
「そうそう! っていうか女の子なら定期的に服は替えていかないと! 私だってほら、実はこの服、王都に来てから新調したから!」
ファーニィが両手を広げて自らの服を示す。
それを見て首をかしげる僕とユーカさん。うんうん頷くアーバインさん。
「二日目にはもう新しくしてたよね? ファーニィちゃん」
「はい! ……なんかこの二人気付いてなさそうですけど」
「いや……前の服とデザイン一緒だし……」
「言われてみれば確かに旅衣装にしてはパリッとしてる……?」
自信なさげに僕に確認するユーカさん。
大丈夫、僕もその点でしかわかりません。
「ちょっとだけ色合いが違うでしょう!? これでも妥協したんですよ!? 前の服の色が気に入ってたから!」
「そ、そうなんだ?」
「ってか、そんな間違い探しみたいな新調って意味あんのか?」
『ある!』
声を揃えるお洒落エルフ二人。
「旅だからそんなに色々着替えを山ほど持ち歩くわけにはいかないですけど、だからこそ着て洗ってボロくなる前に新品にしないと! チャンス数回見逃したら、そのうち雑巾みたいな恰好になるじゃないですか!」
「っていうか、ユーカってマジで雑巾みたいな恰好してたよねゴリラモードの時……筋肉が存在感すごすぎて誰も言わなかったけどさ」
「雑巾じゃねーだろ。一応いつもロゼッタがそれなりにいい服屋で調達してたやつだったはずだぞ……うん」
「でも冒険一回終えると、もうだいたい接ぎ当てだらけになってたよね?」
「……まあ、リリーがやたら細かかったからな、その辺」
「穴空こうが裂けようがほとんど気にしないユーカがおかしかったと思うけどね……まああの筋肉だとそれでも色っぽくはなかったけど」
「あとアイン様、今のその服、正直多少でもオシャレに生きる気持ちがあるなら『もう捨て時だな』って思わないとヤベェですよ。もう服一着で悩むような稼ぎでもないでしょう」
「そこまで余裕でもないんだけどね……まあ確かに綺麗ではない、か」
わりと血みどろになったりすることの多い僕の服は、もとは結構明るい水色だったと思うけど、もうだいぶ血汚れ油汚れが染みついて黒っぽくなってきている。
一応洗ってるのだけど、モンスターの血や脂は人のそれよりさらにしつこいのだ。
……
「そんなになったら買い換えましょうよ。また汚れるんだからとか言わず。そういうのを疎かにしてるから革鎧がどうとか以上にアイン様にはオーラが出ないんですよ」
「……オーラってそんなとこから出る奴じゃないと思うんだけど」
そういうのは本人の気迫とかそういう部分の話であって。
「黙らっしゃい! 筋肉もない
「……えー」
「もしも世の中みんなが内から湧き出るパワー的なものを感じ取れるとしたら、ユーちゃんがどうコソコソしたって無意味でしょうに!」
「……ま、まあそうか」
「逆に言えばユーちゃんはもっと可愛らしく着飾るべきなんです。まさかあの邪神殺しがこんなキュートガール!? ってみんな信じられなくなるわけですから可愛ければ可愛いほど迷彩効果が高いわけですよ!」
「いやー……正直アタシとしては、早く街を離れるのが一番面倒から遠ざかれる方法だと思うんだけど」
「実際はそうはいかないの! 現実に即して対応するしかないの!」
ファーニィも僕とアーバインさんには敬語を使い、ユーカさんにはタメ口、と切り替えが忙しい。
しかしまあ、そう考えると本当に……ユーカさんには「戦えないお嬢様」的な恰好させるのが一番なんだろうな。
騎士団や城の関係者には既に実績でもって“邪神殺し”健在と知らしめてしまったが、それ以外の人には、例え話が漏れたとしても「あの邪神殺しがこんな可愛い恰好をしているわけがない」と思わせるに越したことはない。
「でもなー。ホントアタシ、この恰好が気に入ってんだよ。適度に動きやすいし……あと初めて……いや、その」
「…………」
ちろりと僕を見て照れ臭そうにする。
……初めて「女の子らしい恰好」をあつらえてもらえたものだし、と言いたいのかな。
そこまで思い入れてもらえるのは冥利に尽きるけど。
「せっかく王都なんだから、ね?」
「……うー」
「いや、その服捨てろとは言わないからさ。せっかくいろいろ選択肢がある場所なんだから、楽しまないと」
「…………」
しばらく迷ったユーカさんは、溜め息をついて。
「か、買うとは限らないからな。あとアーバイン、今度こそちゃんと斥候やれよな。フルプレと鉢合わせだけは最悪だからな」
「はいはい」
苦笑するアーバインさん。
こうして、僕たちはつかの間「華の王都」を楽しみに行くのだった。
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