ユーカの本心
ユーカさんが目を覚ましたのは半日後。
「……アイン!! お前魔力満タンで人に渡すとかあぶねーだろーが!?」
「うわぁ」
「ってどこだよここ!? 今いつだよ!?」
「お、落ち着いて。ここは城下町の宿屋」
もう昼を過ぎて夕方になっている。
……ファーニィは超頑張った。水霊騎士団付きの治癒師を手配しようと言ってくれたミリィ団長の申し出を断り、数時間にわたって治癒術を行使し続け、今は隣のベッドで熟睡中。
一応、ユーカさんの「全身あらゆる部分が砕けてちぎれてもおかしくない」という状態は脱して……まあ、マード翁みたいに全快とはいかなかったものの、とりあえず動こうと思えば動ける程度の状態までは持ち直した、らしい。
「……いででで」
「あ、やっぱり痛い?」
「……へ、変なところが痛ぇ……乳首とか背中とか尻とか足の薬指とか……」
「普通に胸って言おうよ」
「乳首だよこれ! 絶対! そんな体の内側じゃないし!」
「それでも胸って言おう。女の子としてそこはボカそう」
ファーニィは完全に癒しきれなかったことを詫びつつ、もう集中力が切れたといって倒れるように寝てしまった。
まあ、目覚めたら仕上げをしてくれるだろうから、それまでの我慢だ。
治癒術はどうも普通の魔術とは勝手が違うようで、使い過ぎて魔力切れの昏倒、というのはあまり聞かない。どうも魔力とは別の何かを併用しているらしく、そちらが切れる方が早いらしい。
それが何なのかは治癒師によって言うことが違い、ファーニィの場合は精霊の加護みたいなことを言っていた。ゼメカイトの別の冒険治癒師は「神聖力」という謎概念だったし、その辺割と謎だ。
「……あの
「うん。倒した後、ちゃんと騎士団もアーバインさんも確認したよ。完全に死体だった」
「あー……最後のアレさえなかったらアタシも勝ち鬨上げてたのになー。あんなに魔力満タンの武器渡すと思わないじゃん。アタシが思ってたのの五倍ぐらいやべえ爆発だったぞ?」
「いやー……『パワーストライク』やるもんだと思ってたから、魔力こもってた方がいいと思って……」
「あのなー。……お前そんなヒュッて感じに込められるから完全に感覚おかしくなってるけど、武器に魔力あそこまでガッチリ込めるって普通何分もかかる大仕事だからな? 武器よこせって言われてそこまでした奴黙って渡す奴いないからな?」
「……あー」
確かにわざわざそれほど手間かけたものを人に渡すって……うん。少なくとも事前に打ち合わせてからやることかもしれない。
「……というか、ユーって普段からやろうと思えばあれだけの攻撃力出せるの?」
「んなわけねーだろ」
「……いや、んなわけねーだろと言われても」
「アタシの場合、戦闘が続くとなんつーか……ノッて来るんだよ。それなりに何十発も殴れる相手じゃないとああいう感じにはならないんだ」
ユーカさんは腕を上げようとして痛かったらしく、しばらく悶絶してから話を続ける。
「……あの状態になるとまあ、どんなデカブツ相手でも同じ土俵で勝負できる感じになる。……んだけど、正直よくわかんねーんだよな……入る時と入らない時があるし……もしかしたらお前に『
「……その場合、死んじゃうじゃん」
「それはいつだって同じだろ」
ユーカさんは溜め息。
「……アーバインあたりに聞いたか?」
「…………」
何を、と聞き返そうかと思ったけど。
すっとぼけるのもなんだか意味がないかな、と思って、黙る。
正直、困惑している。
ユーカさんのそれは……“邪神殺し”という何かは、僕にとっては全く未知の概念でしかない。
アーバインさんが勝手にでっち上げた迷信か何かじゃないかとも思える。
だってそうだろう。他では似たような種類の現象なんて聞いたことなんかない。
特技か体質か、あるいは何かの祝福か……呪いか。そんなものを背負い、ヒトの力では有り得ないことをやってのける、なんて。
が、それは記憶の中の薄紫の光が否定する。
あの時、ユーカさんには……間違いなく何か、あったのだ。
そして。
「……ユーは、『その力』を……僕に寄越したかったの?」
本心を。
あるいは、意図を尋ねる。
……もしかしたら聞かない方がいいのかもしれない、と迷いながら。
聞かなければ。疑わなければ、ユーカさんとまだ一緒に旅ができる。
今までと同じように、前途にただ希望だけを見て、高く遠く、しかし確かに届くと信じた最強の称号を目指して。
しかし、そこを掘り返してしまえば、そのままでいることはできないかもしれない。
終わってしまうかもしれない。
……だから、口にしながら焦燥と後悔を味わい……そしてそれでも、言わなければいけないのだろう、という不思議な確信があって。
……ややあってユーカさんは。
「……わかんねぇ」
どちらともつかない答えを、口にする。
「…………」
「もしかしたらそうだったかもしれない。……正直な、これが何なのか本当にわからねーんだよ。アーバインや……多分フルプレだったら、あれは『めちゃくちゃ攻撃が強くなって、しかも死ななくなる』みたいな言い方するんだろうけど。……アタシの実感としてはそんな都合のいいもんじゃねえし、死ななかったのもただのラッキーじゃねーかって気がするんだよな。だって死んだことねーから、あれが出てる状態だから死なないのか、出てなかったら死ぬのかなんて比べようがねーもん」
「……うん」
「だからお前に『力』を渡したのは、この変なものを捨てたかっただけ……そうなんだろって言われると、あんまりはっきりと違うって言えないのは、事実。……もう冒険者としてやりたいことはやり尽くしたから、他人の夢を叶えるために譲ってもいいかな、って思ったのも事実。……まあどっちにしても、結局残っちまってるし、アタシはモンスターぶっ潰す以外の生き方なんも知らねーから、よく考えたらなんもうまくいってねーんだけど」
ははは、と力なく、表情もなく声だけで笑い。
そして。
「……アタシって何なんだろうな、って思ってたんだ、ずっと。“邪神殺し”なんて言われて、すげぇ奴がいっぱいついてきて……でも、アタシにはそんなにたくさんの道はなくってさ。もっとすごいものを見つけるか、もっと強いやつを殺すか……つまるところ、アタシに求められてるのはそれだけだったんだ。そこから逃げたかったのかもしれねー。可愛くなったのが嬉しくて冒険者のキャリアを適当に捨てたように見えてるだろ? でも、違うんだ……違う何かになりたかった。もっと違う生き方もできるかもしれない、って、それが本音だったんだ。可愛くなくても、弱いだけでも、もしかしたらアタシは……ただ強いやつを殺して、殺して、いつか殺されるだけのものじゃない何かに、なれるかもしれない……って思ったんだ」
……そうか。
それが。
最強の冒険者として生きてきて、これからも生きなければならなかった人の、本当の気持ち、か。
「……ひでぇよな。それが楽しい生き方じゃないってわかっていながら……やめたがっていながら、お前の願いをかなえるフリしてたってことだもんな。しかも、こんな得体の知れない何かを押し付けられるんじゃないかって企みながら……わかってんだよ。めちゃくちゃ勝手だし、邪だよな、アタシ。……ああ、くそ、なんでせめて聞かれる前に言わないかなあ……」
「ユー」
僕は。
……彼女のベッドにそっと身を乗り出し、その小さな頭を軽く抱きしめてやる。
「……アイン」
「……僕は」
彼女の小さな肩に、一本ずつ指を落とすように、子守歌の拍子を取るような手つきで叩きながら。
「……僕はそれでいいよ。だからユーも、諦めないで」
「それで……って」
「僕は、もしもそのチカラを受け継ぐとしても……際限なく強いやつと殺し合って終わるだけだとしても、構わないよ。だからユーも諦めないで欲しい」
ぎゅ、と抱き締める。
一年前に失った温もりを、思い出しながら。
「ユーはきっと、たくさんの敵と戦って、守って、もう充分に誰かを幸せにした。……そのユーが幸せにならずに終わるなんて、嫌だ」
「…………アイン」
「だってそうだろう。帳尻が合わないじゃないか」
僕の妹だって、これから大人になり、幸せを知るはずだった。
ユーカさんは人並みの人生すら知らずに戦い、痛みを受け続けた。
だったら、もういいだろう。幸せに手を伸ばしたって。
「僕は幸せを望むあなたを守りたい。僕の人生の価値なんて、それだけあれば立派過ぎる」
「っ…………」
ユーカさんが息を飲む音。
強く抱き締めて痛くしてしまったかな、と慌てるが。
背後からファーニィの声。
「……あのー。人が寝てる横でそんな熱烈告白とかやめてくれます……?」
「えっ」
「いや別にいいんですけどね? 私ただの下僕ですし? むしろ収めどころとしてはいいんですけどね? でも一応他の女横に置いといてそういうの展開されても何と言いますか」
「えっ……あ、いや」
人生がどうとか。
よく考えたらめちゃくちゃプロポーズっぽい。
慌ててユーカさんを離しそうになって、いやここで突き放すのって弱ってる女性にどうなんだろうとも思い、あ、いや、待って。
「下僕ってそれまだ続いてんの!?」
「続いてますけど?」
「いやそんな事実なかったと思うんだよね!」
「いだだだ、お、おい、頼むから急に動かすなってぃでででで」
…………。
落ち着くころを見計らってそーっとカミラ嬢とドラセナが現れ、気まずそうに鎧の完成予定日を言い置いて去って行った。
……え、そんなに色々な人に聞かれてた?
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