邪神殺しの女
夜が明ける。
朝焼けの光の中で巨怪の遺骸は死してなお周囲を威圧し、ろくな戦いを演じられなかった騎士団はまだ勝利を理解できていない。
僕たちだって直接見たからわかっているだけだ。横たわる
転がるその頭部だけでも見上げなくてはいけない巨大さは、現状認識を阻害する。良い角度で傷口を確認して、ようやくもう生きてはいないと確信できた時、彼らはようやく勝利を確信し、歓声を上げることができた。
……そして、それを成し得た少女の……多くの騎士たちは未だ素性も知らない桁違いの力への畏怖もまた、彼らの心に刻まれた。
それが名高い“邪神殺し”の今の姿で、ローレンス王子の客分としてこの王都に留まっていた事実を、彼らが理解するのは少し先のことになる。
「……メチャクチャですね。体のあらゆる部分に、今にも砕けてちぎれてもおかしくないほどのダメージが入ってますよ……それも最後の爆発によるものじゃなくて、自分で酷使したことによる損傷が」
ファーニィが治癒術をかけながらユーカさんの状態を診断する。
それを聞いてもアーバインさんは「いつものことだ」と肩をすくめるだけ。
「困ったことにホント、上手いんだよねぇ。ギリギリで壊れ切らない身体の動かし方。……それがユーカ自身のコントロールなのか、あのチカラの副次効果なのかは知らないんだけどさ。……ファーニィちゃん、面倒見切れる? 無理ならまたマードんところ行く?」
「……一応どこも
ファーニィが言っている離れ業とは、例の高速治癒技術のことだろう。
普通の怪我はそれなりに「わかりやすい」。切り傷にしろ火傷にしろ骨折にしろ、手遅れな傷はどうしようもなく、そうでない傷がそう広範囲にわたっていることも少ない。
マード翁ほどの術者であれば、死んでさえいなければ手遅れの傷というのもないのだろうが、普通の治癒師は「これ以上はどうしようもない」というラインがそれぞれにある。
そうして個々の手の施せる傷に限ると、数分かければまあまあ治ることが多く、その時間を惜しんで高速化するのは、よほど切羽詰まった状況でないなら曲芸でしかない。
こんなに全身に「手が施せなくはないが長時間の連続施術が必要」というダメージがある状況というのは、治癒師はなかなか出会わないわけだ。
「逆に考えよう。私の1.5倍速治癒が今こそ輝く時……いや、この際左手でもダブル発動点使えないか試すチャンス……スキルアップチャンス……!!」
「本当ファーニィってしたたかだよね……」
「もういらん子とは言わせませんよ!」
いや、地味に今回も重要な働きしてくれてたと思うよ、うん。
色仕掛け系の押しかけキャラにしては本当にいろいろ有能だと思う。
というか、普段から変に媚びるとかしないで普通にやってれば、今ごろいいポジションを確立してたと思うんだけど。
なんでその向上心があるのに冒険者へのイタズラとか既成事実とか変な方に行っちゃうかなあ。
ユーカさんのことはファーニィにとりあえず任せる。
僕は吹っ飛ばされて港の倉庫に突き刺さってしまった愛剣を引き抜きに行く。
と、そこにアーバインさんもついてきた。
「ファーニィたちについてなくていいんですか」
「俺は治癒術は専門外だしな。……それに、お前もちょっとショックだったかもな、って。これでも一応、『ユーカの仲間』としちゃ先輩だからな、ちっとはケアしてやろうかと」
「ショック……?」
「お前、あんなん見て何も思わなかったのか?」
「え、あんなんって……」
まあ、すごかったとは思う。
それと同時に、ユーカさんが「邪神」を殺すという前人未到の偉業を成し遂げたことに、ようやく納得もいった感じはある。
今までのユーカさんは、言っちゃ悪いけど「一流の冒険者」ではあったかもしれないけどそれだけだった。
確かにいろいろと高い経験値は感じるし、技も多い。確かな哲学も感じる。
が、だからといって今までどんな英雄も成し得なかった、人類が勝てるとは思われていなかったものを撃破するという別次元の功績を、この人が(いくらゴリラ筋肉があったからって)達成できるものなんだろうか……という疑念は、少しだけあった。
だが、今日の戦いで見せたものは、そこに説得力を与えた。
やっぱり特別なのだ。
ただの冒険者……僕が今のまま戦いを重ねて辿り着く先にあるものだけでは、ない。
世界にたった一人だけの称号を持つだけの理由が、あるのだ。
……そう納得した。それだけだったのだけど。
「…………そうか」
「何ですか。どういう……」
「いや、気がついてないならいいんだ」
「どういう意味ですか。はぐらかしはナシにしてくださいよ」
「…………」
アーバインさんは、ジッと僕を見つめる。
ふざけた調子を全く見せない彼は、男でも見とれるほどの美男子で……そして、だからこそ。
彼が胸に秘めていたものの重さも、感じる。
何か、重大なことだ。
……ややあって彼は口を開く。
「お前さ。あれを押し付けられるところだったんだぜ。……理解してるか?」
「え?」
「まだあれはユーカに残ってる。それは俺も今日、理解した。……だけどあの魔導書で、あの日にお前に押し付けられたものの中にあれが含まれてる可能性は低くなかったんだ。いや、言い方が悪いな。……実際、含まれてる可能性はまだ捨てられない」
「…………」
「ユーカはあんな人外の……決してマトモじゃない何かをお前に押し付けて、逃げようとしたってことだぜ」
「に、逃げる……?」
「…………」
アーバインさんはしばらく沈黙し、夜明けをじっと眺めて。
「俺たちは……少なくともマードやリリーちゃんや俺は、ユーカがそれを選んだとしても仕方ないって思ってた。ユーカは英雄だ。英雄を宿命付けられた……人間の中で、不幸にもあれを持って生まれちまった女だ。あれがあいつの人生をどれだけ殺伐とさせたか……あいつが当たり前に生きられたら味わえるはずだったものをどれだけ奪ったか、知ってる。だからあの暴挙をそれなりにすぐ納得できたのさ。……だけど、お前はどうだ? それ、いいのか?」
「…………」
全く、考えたこともない話だった。
ただの思い切り良すぎる親切心。あるいは今までの冒険人生に飽きたか……「可愛い自分」というものへの喜びか。
とにかくユーカさんのそれはエキセントリックだとしても、何かしらカラッとしたものであると、何の理由もなく信じていた。
「ま、いいか悪いかなんて言われても困るよな。選択肢なんかないもんな。……でもさ。……あれがただのいいものとは、俺にはどうにも思えないんだよな」
アーバインさんは、帽子で目元を隠すようにして。
「マードは軽く流したが、ユーカの『中身』がボロボロってーのはあれのせいだ。少なくとも、ユーカはああいう戦いになるとあれのせいで毎回死にかけるし、だけど死なない。……死なせちゃもらえないんだ、って俺は思う。あの何かに、ユーカはボロクズになるまで酷使されてるように俺は見える」
「……そう、なんでしょうか」
「もちろんユーカはそんなことは言わない。あいつはいいリーダーさ。いつだって最高の冒険を俺たちに体験させてくれる。とてもできやしないことをやり遂げる喜びを教えてくれる。……だけど、二度目の邪神討伐は……二度目の人跡未踏への挑戦は、あれに無理やり生かされる自分自身を試してるようにも見えたんだ」
帽子で隠された彼の表情は、見えない。
……どんな顔をしているのか、想像しづらい声で。
「……それでもお前は、ユーカを恨まずにいられるか? 嫌わずにいてやれるか? ……俺はお前のことなんか何も知らない。だから確信は持てない。……だけど、あいつはたったの24歳だぜ。人間族じゃオトナかもしれねえが……恐ろしいものと戦うことしかさせてもらえなかった24歳だ。そんな弱さがあっても仕方ないだろうよ。許してやれよ。なあ……」
「……アーバインさん」
「……悪い。……気にしないでくれ。お前はどう思う権利もある。あれに関われない俺が、それをどうこう言えないよな」
しばらくして帽子を戻し、アーバインさんはいつもの調子に戻る。
「……ユーカ治したら酒場で祝勝会しようぜ。フルプレに捕まると面倒だ。あいつが帰ってこないうちにどっかに宿取り直そうかね」
「……はい」
僕は今、どんな顔をしているんだろう。
自分でよくわからなかった。
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