和解

 双子姫は湿気た僕の顔を見ても楽しそうだった。

「何かお悩みかしら?」

「市井の方が何を懊悩するのか、興味がありますわ♥」

「……趣味が良くありませんよ」

「よく言われます♥」

「ふふ、王族の趣味は悪いものと相場が決まっておりますわ♥」

 なんだそれ。

 ……という思いが顔に出てしまったのか、双子姫は揃ってくすくす笑う。

「暇を持て余せば刺激に飢えるもの、と言っておきましょうか」

「冒険者という人種は特に、わたくしたちには想像も及ばない世界に生きるものでしょう? 子供が英傑に憧れるように、わたくしたちもあなたの生活に興味をそそられるのは自然ではなくて?」

「……かもしれませんね」

 双子姫の物言いはどこか道化めいていて、きっとその言葉の裏には色々あるんだろうなあ、と想像させられるけれど……まあ、それに全てわかるまで説明を求めるのは、まさに趣味の悪い行為ではないかとも思う。

 王族が苦労のない生き物だとも思わない。彼女らも、僕には想像もつかない何かを背負って生きているのだろう。

 僕は降参する。

 ……どうせしょうもない悩みだ。

 それに、ユーカさんには言えないし、ファーニィやアーバインさんにもわかってもらえるような機微ではない。

 この双子姫には、白状してしまってもいいんじゃないかと思う。

 会って一日で変に気を許すのも我ながらどうかと思うけど、なんだかこの二人は敵ではない気もするし。

「まあ、つまらないことですよ。……ユーカさんがフルプレ……ローレンス王子との結婚に少しでも乗り気なら、僕には何も言えない……言う権利ないな、っていう」

「あら、そうかしら」

「らしくもない話ですわね」

 双子姫は、僕の言葉に揃ってノータイムで否定的な反応をした。

「あなたは彼女に、兄と結婚して欲しいのかしら?」

「結婚するのがよほど似合いと思っているのなら、確かに何も言えないかもしれませんわね。……あの兄に誰であれ女性を任せていいと思えるのは、少々変わったセンスだと思いますけれど」

「えぇ……」

 誰であれ、って。

 そこまで評価低いの……?

 いやそもそもあなたたち、王子とユーカさんに結婚して欲しかったんじゃ?

「勘違いされているようですけれど。兄が彼女に求婚したとして、それは決して王宮の常識からは褒められたことではありませんわ。承服したとしても、現実に成婚までの道のりは険しいと言わざるを得ません」

「十分な家格を持ち、縁戚とすることに意味のある結婚でなければ。特に初婚、正妃となれば、そこらじゅうから反対されることでしょう。それを無視して強引に婚約・成婚の発表など、できるものではありません。……つまり兄がどう言ったとしても、今は内諾を求めているに過ぎない、ということですの」

「強制力などはありませんわよ」

「そ、そうなの……ですか?」

「兄のことですから自信満々に『吾輩は決して妃に不愉快な思いなどさせん』とかなんとか宣ったのでしょうけれど。まあ、願望ですわね」

「……ですので、拒否したら命が狙われるとかそういう話ではありませんのよ? 強制力なんて何もない、普通のプロポーズでしかありませんわ」

 ……ま、まあ、あのフルプレさんがフられたからってユーカさんの命を狙う、なんてのはないと思うけど。

 でも。それにしても。

「ユーカさんは……前のユーカさんならまだしも、今は子供みたいな体で、何度も命が危ない場面もあったし……僕は本当に、これからも彼女に頼ろうとしていいものなのか」

「それはどうでもいいことではなくて?」

「え?」

 マリス王女……マリスのほうでいいと思う。うん。さっきの訂正からするに。

 マリス王女はあっさりと僕の言い訳を切り捨てる。

「彼女はあなたが泣きついたから一緒に旅をしているの? そうではないと聞いていますが」

「だ、誰に?」

「手の者……いえ、アーバイン様ですわ」

 今、手の者って言った?

 え? 実はかなり情報収集されてる……?

 ……ま、まあ、そんなに無防備に僕を信用してるわけでもないか。そりゃそうか。

「ユーカ様の意思であなたとの旅を選んだのなら、ここであなたが兄に譲るという決断をするのは、彼女には酷な話ですわねぇ」

「……それ、は」

「命も危ない場面が幾度もあったのに、それを共に乗り越えてきたあなたが引き止めもせず、まるで重荷を下ろすように兄に押し付けるつもりだなんて」

 ……あっ。


 言われて、ようやく僕に「恨みがましい視線」を送ったユーカさんの気持ちに思い至る。

 ユーカさんにとっては、そういうことだったのか。

 長い歳月では決してないとはいえ、仲間として、師弟として、ここまで旅をしてきて。

 色々な敵と戦い、成長を助けてもらって。

 ……それなのに、僕がここで「フルプレさんと結婚した方がいい」なんて言い出したら、どうか。

 もちろん、肉体のハンデを自覚していないわけもない。その方が安全だ、今の体ではそれがいい、なんていうのは、道理としてはわかるだろう。

 でもそれは、子供が親に言われる心配と同質のものでしかない。危ないところに近づくな、というのと同じで、わかりきった繰り言だ。

 ユーカさんは、承知の上で冒険を選んでいるのだ。

 ……そして、僕がそれを理由にユーカさんを突き放して、ローレンス王子に託してしまったとしたら。

「今までのことは、アインにとってただの鬱陶しいお節介だったのか」とさえ思ってしまう。

 そんなのは、あまりにも……あまりにも、酷い仕打ちだろう。

 確かに強引なところもあるし、全部が全部僕の望んだ流れではなかったにせよ、ユーカさんはどうしようもなく底辺で潰れていくしかなかった僕に、輝かしい将来の可能性を与え、その上、道半ばで力尽きないように助け続けてくれたのに。

 そんなことはないんだ、と伝えなくてはならない。

 お節介なんかじゃない。お荷物なんかじゃない。

 本当は王子の求婚なんて断って、冒険を続けると言って欲しい。

 ……いや。それじゃ駄目だ。

 そんな言い方で済ますには、遅い。


「……マリス王女、ミリス王女。お二人は……ローレンス王子の結婚には、反対、なんですか?」

「ノーコメントとさせていただきますわ♥」

「……ですが、アイン・ランダーズ。忘れないで下さいませ」

 双子の王女は、相変わらずぴったりと息の合った仕草で、僕の顔を覗き込み。


「妹を差し上げると言ったのは、ただのお愛想ではありませんのよ?」

「わたくしとマリスがそこまで思い切った端から、それをご破算にされるのは楽しいことではありません。……ふふ、それで辻褄は合うでしょう?」

「っ……」

『決して、取り消してはおりませんのよ、そのお話♥』


 二人は声を揃え、夜の妖精のように身を翻して、揃ってバルコニーを去る。

 ……僕を婿に取るつもりだから、王子を尻に敷く強い嫁はもう、必ずしも必要じゃない……って理屈、か。

 それさえ、どこまで本気なのか疑わしい……いや、もう変に疑って惑うのはやめよう。

 どうせ僕が太刀打ちできる手合いじゃない。

 今は、気付かせてもらったことを役立てる時だ。


 ユーカさんにあてがわれた部屋の前で、僕は深呼吸する。

 ……ここまで来てもまだ迷う。

 相手は王子様。ここに来るまでの人生で絡むなんて思いもしなかった、縁すら感じないほどの身分。

 そんな人とユーカさんの将来に、異を唱えようというのだ。

 まだ何者にもなれていない、本当に何者かになれるともわからない雑魚冒険者の僕が、だ。

 ……だけど、ユーカさんはあの時、言って欲しかったはずだ。

 それは僕が困る、と。

 結婚なんかしないで欲しい、と。

 あの時は言い損ねた。……僕は、最後まで言わずにいるわけにはいかない。

 どんなに勝手でも、不遜でも、いいじゃないか。

 それこそが、双子姫の思う冒険者「らしさ」ってことだろう。

 意を決して、ノック。

「……誰だよ」

「僕」

「……なんだよ。まだ朝じゃねーだろ……」

 言いつつも、ユーカさんの足音がドアに近づいてきて、ドアを開ける。

 そして、部屋に入れてもらって……パンツに袖なしの上着一枚の、相変わらず油断が過ぎる恰好につい一言言ってしまいそうになって、飲み込む。

 そんなことで言い合いをして、話を散らかしてしまったら元も子もない。

 ……ユーカさんも眠れていなかったのか、雰囲気は寝起きという感じではない。

 何から話そう。どういう流れで、言おう。

 ほんの少しだけそれを迷って、結局なにも思いつかなくて。

 僕は、直球でいくことにする。


「……ユー。僕は……僕は、もっとユーと一緒に冒険がしたい」

「……アイン」

「本当はここでユーを王子に預けた方がいいかも、なんて迷ってたんだ。でも……」

「……はぁ……お前なー」

 ユーカさんはちょっとの間、目を丸くして僕を見上げ……そして、深く深くため息をつき。

「預けるってなんだよ! お前のガキじゃねーんだぞ!?」

「うん。……ユーのこと、どこかでやっぱりそんな感じに見てたんだと思う」

「そんな調子でお前、結婚だぞお前! あのワガハイマッチョがこの体のアタシと結婚しようとしてんの見過ごすか!? 百歩譲って妹扱いでもそこはお前さぁ!!」

「そ、そうだね……うん。どうかしてた」

 堰を切るように、僕が黙っていたことへの不満を言い募るユーカさん。

「お前がそんな調子じゃアタシだって困るだろーが! リーダーだぞお前が! そのお前がもういらねーから結婚しとけ、なんて言い出したらアタシの行き場どこにあるよ!? あいつの嫁になるの断っても、このナリで今からソロで出直すとかさすがにどうよ!?」

「あー……うん。ごめん」

「正直言えば! 多少は年甲斐とか考えたらアリかもって思わされちまったのは認めるけどよ! 相手はアレだぞお前、よりにもよってアレの嫁にされるために可愛くなったみたいじゃねーか! なんだよ改めて考えるとさあ! せっかく可愛いワールドに片足突っ込んだってのにあんなんの嫁になるとか報われなさすぎんだろ!? しかもアイツ、ゴリラの方が好みとか言っちゃうドアホだぞ!? アインお前そこんところからもっと抗議してよかっただろ!?」

「……ははは」

「笑ってんじゃねーよ!? 笑い事じゃねーよ!?」

 なんだ。

 ユーカさんも不安だったんだな。

 さっきの双子姫の指摘でようやく察したことではあるけど、こうしてまくしたてるユーカさんの姿を見て、改めて安心する。

 彼女も彼女でいるために……僕のこと、必要としてくれてるんだ。

「それじゃあ、プロポーズ断って居座るのも気まずいし……朝になったらおいとましようか」

「だなー。ったくフルプレめ……しかし鎧頼んでんのどうすんだ?」

「しばらく城下町の宿に泊まって、ドラセナに進捗聞きに行けばいいよ」

「フルプレの後ろ盾でやってもらってんだろ? ちゃんと完成までやってくれるかね」

「……駄目だったらまた革鎧でもいいよ」

 おおまかに行動を決めて、自分の部屋に準備をしに戻ろうとドアを開ける。

 ……と、なにやら城内が慌ただしいことに気付く。

「……様子がおかしいな」

 ユーカさんも僕の顎の下から廊下を覗く。

 兵士たちが駆け足で行き交い、時々怒号も聞こえる。

 夜中には似つかわしくない空気だ。

「……なんだろうね」

「聞くのが早ぇだろ。……おい、そこの……って、昼間の女騎士! ちょいちょい!」

「えっ……あ、貴女は」

 水霊騎士団長のミルドレッド・スイフト女史がちょうど通りかかっていた。

「この騒ぎ何?」

「…………」

 女史……ミリィさんは、言っていいのか、という感じでしばらく迷った後。


「レンダー湖のアルバルティア港に、50メートル級のモンスターが上陸したとの情報が届いています」

「……50メートル」

「はい。……王都直衛騎士団、全部隊で迎え撃つという話です。抜かれれば城下町も危ない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る