物思い
大人しく寝る気になれなくて、僕は町を見下ろすバルコニーを訪れていた。
王都アルバルティアの中でも城のあたりは少し小高くなっていて、物見台のようにそういったバルコニーがいくつかある。
夜景……とは言ってもそんなに面白いものが見えるわけではないけれど、眠れない夜を過ごすにはちょうどいい。
まあ、時々警邏の兵士がジロジロと見ていくので物思いにふけるのに向いているわけではないけれど。
「……どうなるんだろうな」
ユーカさんは王子のまっすぐな求婚にすぐに返事は出さなかったけれど、拒絶しきれたわけでもない。
言い換えれば、求婚は……王子との結婚は、ユーカさんにとっても充分に考える余地がある。
ナシ、ではないのだ。
「……まあ、ユーカさんアレだしな……」
可愛い外見になったことを、これ幸いにと受け入れて引退した。少なくとも、表向きは引退したことになっている。
その理由はぼんやりとした女の子的生き方への憧れであり、具体性はない。
冒険者を今も続けている理由は「それしか生き方を知らないから」というのが大きく、改めてしっかりした将来設計を持ち込まれたら、否定する要素は何もないのだ。
そこをローレンス王子は知ってか知らずか、的確についている。
恋愛というだけの問題ではなく、人生の話として、王子の語ったユーカさんの未来図には確かな具体性と魅力がある。
冒険者という仕事には夢がある。だがユーカさんは叶えられる夢はほとんどモノにしたと言ってもいいだろう。
だからこそ「
何かまだやるべきことがあるのなら、そのための力を大した必然性もなく他人に譲るなんて真似はできるはずもない。
冒険者としての前途を大事にしていないのであれば、結婚してしまうのだって当然、ひとつの落としどころにはなるはずなのだ。
24歳という年齢は、結婚退職を視野に入れているのなら、もう決断するのに早いタイミングでもない。
一般的な町娘ならそろそろ親が「相手を決めろ、まだならもうこちらに任せろ」と迫ってくるタイミングだし、あと1~2年も無駄に過ごせば分類としては「行き遅れたおばさん」扱いにされてしまう。
もちろん大冒険者なのだし、ただ青春を無駄に過ごしていたというわけではない。
財産もあって見た目もあの通りだし、そんな一般的な基準で焦る必要は必ずしもないのだけど……でも「まだ自分には早い」という言葉では逃げられない。
そういう漠然としたプレッシャーも、ユーカさんに全くないわけではないだろう。
「可愛い世界で生きる」という漫然とした考えにだって、いずれ結婚という落としどころはついて回るもの。今の身軽な身の上のまま、ただ老いるまで……というのはあまり楽しい想像ではない。
……けど。
「…………」
急に迫られて頷くわけにはいかない。
最近になって突然顔を出してきたローレンス王子に人生をくれと言われて、おう、と即座にやるわけにはいかない。
今、彼女を留まらせる要素はそれくらいしかないのだ。
女としての自覚が極めて薄い人生を送ってきた彼女に、結婚するなら誰か特定の男、あるいはもっと理想の男……という方向にポジティブな意思は、多分ない。あったらあんな無防備な生活態度ありえないし。
戸惑っているだけなのだろう。
その戸惑いが収まった時、ユーカさんが王子の求婚を拒み切れる理由がまだあるだろうか。
……僕はユーカさんの身の上をあまり知らないので、その先は決して断言はできないけれど。
もし求婚を受けても、それにネガティブなことを言える筋合いなんて何もない。
僕への指導は厚意、アフターケアみたいなものだ。それも王子が褒めた通り、ある程度道筋はできていると言ってもいい。
ここでマード翁やリリエイラさんのように冒険の旅に一区切りつけ、僕を見送る選択をしても、それを半端だ、いい加減だ……とは言えないだろう。
それどころか、弱体化した体をこれ以上荒々しく酷使せずに済むのは、歓迎すべきことですらある。
考えれば考えるほど、魅力的な選択肢だ。
「はあ……」
月を見上げて、景気の悪い溜め息。
なるようになるさ、と割り切って寝られたら楽だろうなあ。
ほんの数か月前まで赤の他人だった僕に言えることなんか、なんにもないのだから……それしかないはずなんだ。
だけど眠れない。自分でも女々しいと思う。
ここでユーカさんに「僕もフルプレさんに負けないくらい好きです」なんて言って劇的な展開とかどうだろう……なんて思ったりもするけど、それも全然嘘だ。
結婚なんか考えたことはないし、そもそもそういう対象として見ていなかった。
そんなの、黙っているよりよほど不誠実だろう。
……取られそうになって初めてそんなことを考えるのが、もう終わってる。
じゃあどうしたらいいんだ。
決まってる。
どうもするな、というだけだよな。
……ユーカさんが、魅力的で安全で幸せな選択肢を理由もなく放棄して、まだ僕との旅を続けてくれることを未練たらしく願いながら、朝を待つしかない。
惨めな夜だ。
いっそ、このまま黙って夜のうちに王都を出るのがまだしも幕切れとしては正しいのかな、なんて、変なことまで考え始める。
……そんな僕の背後に。
「ごきげんよう」
「というほど、ごきげんではなさそうですけれども」
ほとんど同じ声で、しかし確かに二人分の声がして、僕はビクッと振り向く。
……あの双子姫が、いた。
「……ええと、マリス王女……ミリス王女」
「今私を見てマリスと言いまして?」
「マリスはこちらです」
「……わかりません。せめて髪型は分けて来てください」
これから寝るからなのか、どちらも同じように下ろした少女たちは、意外なほど気さくに話しかけてきた。
……これ警邏の兵士に見つかるとやばいやつ?
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