深夜、王都を駆ける

 レンダー湖は王都の南東に位置する。

 王城からの直線距離は……まあ正確なところはわからないが、さっきまでいたバルコニーからだって湖面に映る月のきらめきが見える距離だ。

 港は荷置き場が広く取られているはずだが、それでも50メートルものモンスターが暴れれば被害はとんでもないことになるだろう。

「そんなものがあの湖に住んでるんですか!?」

「噂だけはあった、という程度のものです。警戒しようにも、水の中を調べ回るのは容易ではありません。正直、急襲は想定の外です」

 女騎士団長ミルドレッド・スイフト……ミリィさんは少し血の気の引いた顔でそう言う。

「我ら王都直衛騎士団は元冒険者を積極的に登用しているとはいえ、本来的には対人戦を想定しています。……今回の戦いは、特に大型モンスターとの戦闘に慣れたローレンス王子が主軸となるのでしょう」

 ……まあ、そうなるだろうな。

 騎士団に入るほどの冒険者は相当に名を上げた手練れ揃いのはずだが、それでもほとんどの冒険者は10メートル級程度を上限として、あまりに巨大なモンスターとの戦いは経験しないで引退していく。

 相手があまり大きいと、数人程度のパーティではそもそも戦いにならない。

 普通の戦いでは使わないような、魔術師数人から数十人がかりの大規模攻撃魔術を準備するか、あるいは兵器も魔術も含め、そういった準備を常時している王国軍の大型モンスター専門の部隊に任せるか、となる。

「大型モンスター対策の部隊いたはずですよね、軍に」

「『魔獣邀撃ようげき兵団』のことなら……呼びに行かせてはいますが、彼らはゼメカイト方面に出ているはずです。早くても到着には二週間はかかるでしょう」

「……やっぱりそうか」

 一応聞いてはみたが、比較的ゼメカイト近辺に目撃情報が多かったのだ。この辺にいるわけないな、とも薄々思っていた。

 僕はそんな大それた戦いなんて近づけもしなかったので、直接見たことはないけれど。

 そもそも、冒険者の仕事がない、とさえ言われる王都にそんな連中が待機していても無駄だよな。

「……“邪神殺し”のユーカ様なら……」

 ミリィさんはユーカさんを見下ろして、思い直すように首を振る。

「いえ、なんでもありません。失礼します」

 大型モンスターの代表格であるドラゴンをも狩った実績を持つユーカさんなら、あるいは頼れるか……と思ってしまうのも無理はない。

 だが、その力は失われている。そのことは僕自身がミリィさんに話した。

 今のユーカさんにそれを期待するのは無茶だろう。

 そして、そもそも王都の守りの要である直衛騎士団長が、戦う前からそれを口にすることの情けなさにも、思い至ったのかもしれない。

 ……が。

「今なーんか無礼こかれた気がすんぞ?」

「いや、だってユーにお鉢を回すの、どう考えたって……」

「たかだか50メートルだろ。ドラゴンだったら最小クラスだぞ」

「……今のユーも冒険者としては最小クラスだよ」

「はッ。つまり似合いの相手ってことじゃねーの」

 ニヤリと笑う、元ゴリラの少女。

 いやいやいや。

「共通点ですらなくない!?」

「いいから出る準備しろアイン。どうせフルプレを軸にして戦うからには泥仕合だ。横槍入れるタイミングはいくらでもある」

「本当に参戦するの……!?」

「ま、城泊まりでそこそこ世話にはなったしさ。餞別にはちょうどいいじゃん」

 ……やる気だ。本気でやる気だ、この人。

 いや、でも50メートルって……僕らがやりあった中で最大の奴でもあの電撃サーペントで、20メートルあるかないか。しかもあれ、長さに特化した生き物だし。

 仮に四つ足のモンスターでその大きさだとすると、もう山としか言いようがないやつでは。



「ふぁー……ああっ、と。……なんだ、そんなのフルプレに任しとけばいいのに」

「もうプロポーズ断って出ることにしたからさ。ついでだ、ついで」

 アーバインさんはあくびをしながらも特に異は唱えない。

 そしてファーニィは……様子を見に行ったバルコニーから駆け戻ってきた。

「ちょっ、ここから見えるんですけど!? あれウチの森の太母樹並みの大きさなんですけど!?」

「あー、太母樹ってファーニィちゃん、あそこの出身なんだ」

「え、アーバインさん知ってます? 意外と有名? ……いやそうじゃなくて!!」

「おー。どんな奴だった? 魚? 犬? 蟹?」

「わかりませんけど首が長い感じ!」

水竜アクアドラゴンあたりかな」

「あいつら打撃に変に強いんだよなあ……俺の矢、刺さるかね?」

「今回はリリーもクリスエロガキもいねーんだからボッ立ちは許さねーかんな、アーバイン」

「効かなかったらどうしようもねーじゃん?」

「そん時は、穴はアタシらで空けるさ」

 ユーカさんはそう言って僕をちらりと見る。

 ……えっ、僕?

 いや僕を当て込むのはまあいいとして。

「ユーと僕で……って、ユーもアレに挑みかかるの!?」

「昼間のアレ見ただろ? それなりにやれるさ」

「えぇー……」

 いや、確かに女騎士団長を叩きつけたのは、今の肉体スペックからするとえらいことだけど。

 それで巨大モンスターと戦うのは無謀が過ぎない……?

「アイン。まあいいから。ユーカならいけるから」

「アーバインさん」

「ユーカがやるって言うならやれるんだよ。……もし見たことなかったら、初めて見られるやつかもしれないな」

「何が……」

「……説明しても多分納得できないだろうから。それに敵が思ったより弱いかもしれないしさ」

 アーバインさんはそう言って、僕の心配を退ける。

 そして慌ただしい城内を抜け出して、僕たちは港に向かって駆け出す。


「道わかります!?」

 アーバインさんに尋ねると、彼は少し憂鬱そうな顔。

「大まかなところなら知ってんだけど、細かいとこはわからないんだよ。大聖女ちゃん時代だからな、前にここにいたのは」

「あー……」

 ユーカさんが生まれた頃に老衰で死んだという大聖女。つまり、その時代ってことは……雑に見積もって百年近く前?

 それじゃあ自信もって案内もできないか。

「ユーは王都っ子じゃないんだよね」

「ああ。前にも一度二度、来たことはあるけどよ」

「ファーニィは……」

「ふふふ。ナメないでくださいよこの私を!」

「えっ」

 なぜか自信満々のファーニィ。

「さっきのバルコニーで町の地形を把握しました! こっちです!」

「いや、それだけで道わかる!?」

「分かるに決まってるじゃないですか! 方向があってればだいたい……」

 と、ファーニィの先導についていくと、早々に貴族屋敷が立ちはだかる。

「……このお屋敷を回り込んで……」

「僕、昼間に苦労したんだけど、ここらのお屋敷、敷地同士の間に通り道とかないんだよ。だからここは行き止まり」

「何考えてんですか人間って! そもそも他人が通るぐらいでそこまで警戒します!?」

「警戒しないと暗殺者とか泥棒とかが来ちゃうタイプの人たちじゃないかな……」

 エルフってこれよりさらに縄張りに警戒感強いタイプだと思ってたけど。同族だと違うのかな。

 ……そして、塀を見上げたユーカさんは即断。

「一刻を争うし、こっそり通っちまおうぜ」

「ええー……そんな上手くいくかな」

「こんな時こそアーバインの斥候ぢからを見せるところだろ」

「アーバインさんこないだの山賊の時やらかしたじゃん……」

「あっ、アインそれネチネチ言う!? あん時はマジで人間相手久々だっただけだし!」

 それがマシになってる根拠がないので信用しづらいんですよアーバインさん。

 ……この人への扱いが旧パーティーメンバーみんなからぞんざいなのって、そういう小さい失敗の積み重ねなんだろうな。いや、すごい人なのはわかるんだけど。

「なあに、最後にモノを言うのは長旅してきた脚だ。アタシは身軽こんなだし、アインは剣しか持ってないし、ファーニィもアーバインもエルフなんだから鎧着て槍かなんか持った連中に走って追いつかれたら恥だろ。さ、行くぞ」

 さっそくガシガシと塀によじ登っていくユーカさん。アーバインさんはさすがに超人的な身のこなしでひらりと塀に乗り、ファーニィも危なげない。

 僕だけが登るのに苦労する。

「お前、戦う時はそこそこ動けるのに、こういうとこで運痴なのな……」

「いや壁登りなんて普通やらないし!」

 ゼメカイト周辺は基本的には縦移動の少ない平面での仕事だったし、そもそも革とはいえ鎧着てそんな活発に登ったり下りたりしないし。

「……今度そういう体操的なやつも教えるよ、俺が」

「剣の振り方と体力訓練は教えてたけど、そういやもっと基本的な体の動かし方とかは教えてなかったよなー……盲点だわ」

 アーバインさんとユーカさんは生暖かい目で僕の無様な壁登りを見ている。

 そういうのも一流だと独特なのあるのか……いや、ないってことはないんだろうけど。


 そのまま塀の上を通っていこうとしたものの、当然ながら見張りもいた。

 いくらもいかないうちにどこからともなく笛が鳴らされ、警備が集まってくる。

「アーバイン、お前ここは前回の汚名返上で見つからないようにするとこだろ!」

「いや無茶言うなよう! こんなノータイムで来られてどうしろってんだよ!」

 うん。まあ冒険者だからってそんなに簡単に貴族屋敷の警備が攻略できてしまったら問題ではある。

 そして、こうなったらやることは一つ。

「ダッシュ!! ゴー! ゴー!!」

「ひぃぃぃ」

「アイン、コケんなよ!」

 それこそ長旅の間飽きるほどコケてたので、正直コケそうだけど頑張って走る。

 屋敷に入りたいわけじゃない。敷地の端を横断していきたいだけなので、警備の連中が屋敷の周りで待ち構えててくれたらこっちはスルーできる。

 それもあって追ってくる人数は多くはなく、逃げ切れそうだ……と思ったところで。

「……塀、高っ!」

 貴族屋敷から平民区画側を隔てる塀は、城側よりも一段と高い。

 ま、まあそうだよね、と納得もする。普通こっちの方が入りにくくするよね。

「ええい、アイン! 剣で塀ごとブッタ斬っちまえ!」

「え、ちょっ……待って、そんなことしたらかなり本気で怒られない!?」

「お前が飛び越えられるんなら別にいいけど無理だろ!」

「そうだけど!」

 いや、僕たちモンスターと戦いに行くだけなのになんでこんなことしてんの!?

 ……と思いつつ、追ってくる警備の連中をやっつけるわけにもいかない。

 仕方ない、と剣を抜いて、塀に向かって構えたところで。

「何してるんですか!?」

「えっ」

 なんか思ったのと違う女の子の声が追っ手の方からかかったので手を止める。

 ……振り向くと、フルプレさんのところの財務担当という、あのカミラ・マートン嬢がいた。

「……あ、あー……ちょっと道に迷って……」

「道に迷ってどうして人の家の庭で剣を振り上げてるんです?」

「あ、ここカミラさんの実家?」

「……はい」


 普通に出口に案内してもらいました。



 気を取り直して、僕たちは港に向かう。

 ついでにカミラ嬢も(夜中だったし、実戦では戦力に数えられない文官だったので呼ばれてもおらず、何が起きてるのか知らなかったらしい)ついてきて、いよいよ上陸してきたモンスターを遠目に見る位置まで進出する。


「……おー、派手にやってんなぁ」

「やっぱ刺さりそうにねーなー……とりあえず目潰しでもしとく?」

 ユーカさんとアーバインさんはその威容を見ても全くの平静だったが、僕とファーニィ、そしてカミラ嬢はあまりのスケールの違いにビビり倒していた。

「あんなのと……やるの、ユー?」

「私やっぱり帰っていいですかね?」

「……こ、こんな大きな……こんなのが、この王都に……!?」


 50メートル級の、四つ足がヒレになった、長い長い首のドラゴン。

 ……ドラゴンって中には人語を解するのもいるって聞いたけど。


「キュオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 すごい咆哮。鼓膜が破れそう。

 ……話はちょっと無理そうな感じだ。

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