雷撃の大蛇

 遺跡の通路幅は荷馬車でも通れなくはない……という4~5メートル。

 そこにぬるりと現れた蛇の頭はパッと見で太さ1メートル強、というところ。

 通路幅を塞ぐ……というほどの大きさではないが、大木サイズだ。蛇の頭部が直径1メートルもあれば、もう立派に人間を丸呑みにできるだろう。

 むしろ、適度な隙間があることで、蛇の敏捷さを存分に発揮できる……とも、言える。

「こいつはごっついのう……」

「んー……前のアタシなら大した相手でもねーんだがなあ」

「アーバイン置いてきたのがちょっぴり悔やまれるのー」

 マード翁とユーカさんは嫌そうな顔をしつつも想定内という表情。

 そして僕とファーニィは……もちろん、パニック寸前だった。

「冗談きつい……!」

「いや待って待って待って私あのですね、蛇って超嫌いなんですけど!」

「アレ見て好きって言える奴いるわけないから、その報告はいらないよ……」

 らせんを描くように首を揺らしながら、不規則に光を並べる通路をぬるぬると進んでくるサーペント。

 その体色は、無駄に豪奢な金色をしている。

「あー、アイン。それ例外いる。……多分あれ、リリーに見せたら鼻血出すほど喜ぶぞ」

「ほほ、確かにのう。リリーちゃん好みの珍しい色しとる」

「マジですか」

 金色のサーペントって珍しいんだろうか。僕は見るの自体が初めてだからわからない。

 そして。

「……あ、あのー……もしあれがさっきの死体の犯人だとするなら、あいつ、黒焦げになるような攻撃……あるってこと、ですよね……?」

 ファーニィがおずおずと出した言葉に戦慄する。

 そう。焦げる。

 しかも、、という証言が、後詰冒険隊サポートパーティからあった。

 ……つまり。

「下がれユーカ、小僧。……さすがにお前さんらが食らっちゃまずいやつじゃ!」

「アタシならギリ平気だ。それよりアイン、が見えたら一旦剣を捨てろ! マードもさすがにそう何人も面倒見切れねーぞ!」

「そう言われるとツッパりたくなるお年頃じゃが……っ、来るぞ!」

 金色のサーペントが鎌首をもたげる。夜明けの空を背景に、数メートル上から僕たちを睨み下ろし、目を輝かせて。

 僕が剣を通路の端に投げ出すと同時に、光が迸った。


 ゴァンッッッ!!


「ぬぐぐぐっ……」

 雷霆が両手を広げて立ったマッチョ翁を直撃する。

 服が一瞬で焦げつき、ボロボロになってしまう……しかし、それでも倒れはしないマード翁。

 さすがの最強治癒術。人を一瞬で黒焦げにする雷撃でも、彼の命を奪うには至らない。

 ……しかし、その余波は僕にも来た。

 忘れていた。

 予備に買っておいたナイフが、足に巻かれていたのだった。

「ぐぁっ……!!」

 激痛が走り、体が勝手に縮こまり、倒れる。

 ……動け、ない……っ。

「小僧!!」

「アイン様!!」

 変なポーズで縮こまったまま痙攣する僕に、ファーニィが慌てて駆け寄ってくる。

 が、そこに黄金の大蛇は振り下ろすように噛み付いてきた。

 僕に辿り着いたファーニィが、巨大な顎にザクリと噛まれ、攫われる。

 それを僕は声も出せずに見送るしかない。

 ……なんて、ことだ……っ。

「う、う……」

 ファーニィが、殺される。

 ……それで稼げる時間は、どれくらいだろう。

 今までの僕ならそう考えるはずだった。

 冒険者の命は軽いんだ。死ぬ時は死ぬ。ならば、残ったこちらがやるべきことを考えるだけだ。

 が。


「…………くそ……が……っ!!」


 強引に、体を動かす。

 首を動かす。体幹を動かす。肩を、股関節を、無理やりにでも動かす。

 計算なんかしなかった。

 マード翁にさっき言われた言葉。

 それが胸の奥に埋めた何かが……燃え上がっていた。


『お前さん、追い詰められることに頼っとるな?』


 そうだ。

 言われて気づいた。

 僕は「命の選択」を迫られる瞬間に強くなれると、思い込んでいた。

 否応のない瞬間に訪れる諦めと割り切り。それこそ僕だけの強みだと、勘違いしていた。

 妹を失ったことで、僕は悲しみ尽くし、それに費やす時間を永遠に失った。

 だから、死がいつ誰に訪れようと何も感じずにいられる。

 ……それを自覚した時から、僕はようになっていたんだ。

 死が迫り、僕から選択肢を奪う瞬間。

 恐怖で動けず、何も思い通りにできないのが当然の瞬間。

 それが訪れれば、僕は別人になれる。普段の僕にはないものを持った、限界を越えた未知の僕になれる。

 ……マード翁は言外に、そんなのは「甘え」だと言ったんだ。


 動く。

 動け。

 動けるはずだ。

 今動かなきゃ。

 焦燥と熱情を受け入れる。

 冷静に冷徹になったつもりで、全てを無価値に貶めながら動くことを捨てる。

 そんなものに頼っても、「素人にしては機敏」なんていう情けない下駄を履くだけに過ぎない。

 自分自身を投げ出すな。大事なものを手放すな。

 そんなチンケな「とっておき」に頼って、「邪神殺し」を追おうとなんてしちゃいけない。

 幼稚な下駄でも褒められるのはヨチヨチ歩きの時だけだ。

 自分自身に夢中になっているうちに、運命に何もかも流されるのを「仕方ない」と言い訳して見逃すのが、あのユーカさんのような生き様だなんて言えるものか。

 もうそんなのは、やめにする。

 僕は僕の感情で、最初から戦えるはずだ。


「……やらせ、……る……か……!!」


「そうじゃ。……立て若人わこうど。見せてやれ、『邪神殺しの後継者』たる暴虐を」


 震えが止まる。

 体が嘘のように動く。

 ガバッと起き上がれば、焦げた服から煙を立たせながら、マード翁が僕に手をかざしてくれている。

「あのヘビ公にワシが決めるのは骨じゃ。ユーカでは長引く」

 見上げればサーペントの黄金の背中を、ユーカさんが猿のようによじ登っているところだった。

 ファーニィはまだ食いつかれたまま宙に持ち上げられている。死んではいないようだが、放っておけば3分とは持たないだろう。

「ユーカが世界一と自慢する弟子じゃ。期待しとるんじゃぞ」

「……っ、了解っ!!」

 雷撃で過熱したナイフを引き抜いて捨て、一度投げ出した剣を拾いざま、上空のサーペントの首に「オーバースラッシュ」を放つ。

 背中のユーカさんに気を取られ、口のファーニィで視野を遮られているサーペントは回避なんかできない。

 切り口からは火属性の影響で、沸きたつ血が噴いた。

「まだ放さんか」

「もう一発……っ!?」

 ユーカさんが頭に到達しようとしている。今撃つのはまずいか。

「いや、やっちまえ! ワシがなんとかする!」

「……信じますよ!」

 大蛇の喉にさらに二発、斬撃を飛ばす。

 その身を切断するほどの威力は出せないが、何度も腹側に食らえばサーペントだって無視はできない。

 悶えたサーペントは僕に反撃すべく、ファーニィを放り出し、ユーカさんも勢いで振り落としてうねり、一旦建物の陰に高速で去る。

 ファーニィは叩きつけられる前にマード翁がキャッチし、ユーカさんはそのまま落ちたが妙に硬い音を立てて着地する。

「……ユー!?」

「メタルマッスル着地……! でもやっぱちょっときつい……!」

「ちょいと待っとれ。ファーニィちゃんの手当てしたら診てやるわい」

 マード翁はファーニィに治癒の光を当て、その顔色を確認してから、慈愛に満ちた顔でさりげなく胸を揉む。

「……ぎゃー!?」

「なんとか間に合ったのう」

「流れでセクハラ誤魔化す作戦ですね!?」

「さて次はユーカじゃ」

「本当なんの躊躇いもないですね!?」

 とにかく元気そうで良かった。


 ……さて。

 どこから来る。

 サーペントは僕を目下最大の排除対象にしたはずだ。

 そして、あの雷撃が奴の最大の大技。

 それに対し、僕たちは一度目、マード翁を盾にするという手段で迎撃した。

 それは正解の一つだったとは、思う。

 ……だけど対抗手段はそれだけか。

 僕は、的にかけられたらそれで終わりなのか。

「……僕がユーカさんなら……」

 もう一度マード翁を盾にするのか?

 先手必勝でブッタ斬るか?

 あるいは……。

 ……そうだ。

「マードさん」

「む」

「多少焦げても治してもらえる、って、思ってもいいですよね?」

「……ああ。いくらでも治してやるぞい」

 ユーカさんの治療をするマード翁にそう確認し、僕は剣に魔力を注ぎ込む。

 魔導石が朝焼けの下でなお眩い赤を輝かせ、刀身に金の高熱が行き渡る。

 その剣を、片手で握り、垂らし。

 ……ズルル、と黄金の大蛇が遠い十字路から顔を出し、雷撃の予備動作をする。

 しなければ雷撃は撃てない。

 だから、僕はそれを迎撃できる。


「ゲイル……ディバイダー!!!」


 雷撃を待たずに、剣を突き出して走り出す。

 速く。

 迅く。

 疾く。

 この剣は既に火属性を宿している。

 ならば、おそらく魔術の一種であろう雷撃に、上書きされないはずだ。

 ……魔術の道理なんて本当はろくにわからない。だから思い付きを信じて、貫く。

 雷属性に染まりさえしなければ、切り裂けるはずだ。

 あの緑飛龍ウインドワイバーンの魔法の風を切り裂いたように、雷撃だって切り裂いて……奴の口の中に炎の一撃をブチ込めるはずだ。

 僕はただのヒョロメガネでもこの剣は一流。「パワーストライク」で切れなかったものはない。

 だから信じられる。

 走れ。

 疾れ。

 奔れ。


「いけえええぇぇっ!!!」


 僕の渾身の魔力を剣に込める。

 風を突き破って、剣が僕の足の動きすら凌駕して推進を始める。

 ゆるやかにもたげられた大蛇の鎌首めがけて、助走から跳んだ勢いのままに飛び込んでいく。

 その僕の突撃を迎え撃つように、大蛇から雷撃が放たれる。

 ……眉間だ。さっきはマード翁の背後で見えなかったが、眉間から目のように金色の結晶が表れ、それが輝いて、雷を……!


 ゴァン!!!


 雷撃が閃く。

 しかし僕を打ち落とすことはない。

 炎を湛えた僕の剣に、雷撃はやはり伝わらない。そして「ゲイルディバイダー」に切り裂かれて、雷は左右の壁に当たって散る。

 賭けに、勝った。

 僕は巨大な蛇の瞳に勝ち誇りながら、その口内に剣を突っ込んで。


「……吹っ飛べ!!」


 魔力を、もう一度叩き込む。


 大蛇の喉の奥で剣から爆熱が溢れて、黄金のサーペントの首は吹き飛んだ。



 しばらく休んだ後、周辺の探索をしたところ、ある建物の中から冒険者たちの生き残りが顔を出した。

 その建物の中でアーマーゴブリン(ゴブリンとは言うが似ているのは背恰好ぐらいで、いつも見るゴブリンとは全然違う種類の生き物のようだった)の奇襲を受け、そこでまた二人死んでしまったらしい。

 ……が。

「こっちは駄目じゃが、このおなごはまだ治癒にちょっぴり反応があるのう」

「……ほ、本当か!」

「まあ見とれ。10秒ありゃいけるわい」

 マード翁が遺体と思われた冒険者を癒し、蘇らせる。

 僕から見ても死体にしか見えなかったけれど、マード翁は両手でその体を押さえ、ふぬっと気合を入れて治癒を開始。

 見る見るうちに無惨な撲殺体……と思われたものが、若い女性の姿に戻っていく。

「……ふう。よしよし」

「え、あ……あれっ……私……」

「グッドモーニング、おねーさん。ワシじゃよ」

「誰」

「思い出せんか? 運命の恋人まーくんじゃよ」

「誰!? あとなんで私半裸なの!?」

 それに関してはマード翁の仕業ではなく、アーマーゴブリンたちの棍棒と鉤爪によるものだったのだが、マード翁はそれには触れずに。

「よいおっぱいじゃ」

 手を合わせて、思い切り股間を蹴られていた。

「おい、ロレッタ! その人お前助けてくれたんだぞ!?」

「で、でも! いきなり!」

「ていうかお前さっき顔もわからないぐらいグチャグチャにされて……あんなの治せるなんてほとんど奇跡じゃないか! それなのになんてことを」

「いやいや、えーんじゃえーんじゃ。世の中元気でおっぱいのでかいおなごは多いに限る」

 マード翁は内股になりながら鷹揚に許す。

 ……本当は痛くないんだろうな。変に崇められる雰囲気にしたくないからセクハラみたいな発言してるのかも。

「さて、それじゃこいつら護送したら改めて酒盛りじゃな」

「さすがにお酒より寝たいです……」

「ファーニィちゃんは寝ててもいいぞい。ワシが運んであげよう」

「アイン様の方に乗せてくれません?」

「いや僕、馬全然乗りこなせないから。ユー頼りだから」

「じゃーアインはマードと乗るか?」

「えぇー。男と二人乗りは面白くねーぞい。のうアイン君」

「……馬が可哀想だからファーニィ、我慢して」

 前もって「戻るのに時間がかかる」と言っていた通り、マード翁はマッチョ筋肉のまま。

 一応成人男子の僕がマード翁と二人乗りしたら、必要以上に片方の馬だけに重さがかかってしまう。

 二頭のうち片方だけへたばらせるのはよくない。男女ペアは行き道以上に必然だった。



 二人減った冒険者たちをキャンプに送り届けて、僕たちはまた馬に揺られる。

 逃げ回りながら戦い続けた彼らは、くたびれ果てた肉体を寝床に横たえていたが、起きたらパーティ自体の進退を話し合うことになるだろう。さすがに二人死んで支障のないパーティなんて有り得ない。

 だが、そこまでは僕たちが面倒を見ることじゃない。

「途中までアレだったけど、最後はかっこよくキメられてよかったなー」

 ユーカさんは僕を後ろからつかまらせつつ、上機嫌で今回の戦いを総括する。

「……かっこよかった、かな」

「おー。あれならマードもだいぶ納得したと思うぜ。お前が立派な後継者に育ってるって」

「……育ってる?」

 まだまだ装備と、マード翁自身に助けられっぱなしだったけど。

 少しは立派に見えただろうか。

「ま、本当にアタシみたいになったって言わせるにはまだまだだけどな! 筋肉とかマッスルとか」

「それ、育つのかなあ……」

「アタシがボンッてこんな体になったんだから、時期が来たらボンッてマードみたいに増えるんじゃねーかと思うんだけど」

「……アレの逆となると、僕、背が伸びちゃうのかな」

「伸びたらいいなー。次会った時にフルプレがビビッて下がるくらいの体格になったら面白そう」

 馬鹿な話をしながら。

 ……帰った後はマード翁とどんな話をするのか、ずっと考えていた。

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