打ち上げ
昼過ぎにメルタの街に戻った僕らは、酒場で一応の報告をするといったん解散。
宿屋でそれぞれぐっすりと寝た。
よく考えたらフィルニアからの移動から日を置かずに深夜の冒険だ。我ながらよく保ったと思う。
翌日の午後になって起き出して宿の食堂に出ると、ユーカさんがやたら可愛く髪を編み込まれていた。
「うわ、すご……」
「ほら見ろ! アインも引いてるじゃねーか!」
ユーカさんは僕の反応を見て隣のファーニィに抗議する。やりすぎだと感じていたらしい。
「えー。そりゃ『すごい』って言わせられるくらい凝ったんですから当たり前ですよー。
フンスと鼻息を吹いて胸を張るファーニィ。
「いや、別にいいんだけどいつもコレはやめようなファーニィ。僕たち冒険者だよ」
「冒険者が編んじゃいけないって法はないでしょう」
「身だしなみに過剰に手間かけないのが冒険者の鉄則なんだよ」
「えー。これぐらいは女の子として当たり前だと思うんですけどー」
「朝食が終わるくらいの時間で編める分にして。というかほどくのも一苦労じゃないかこれ」
「ユーちゃんの食事ってガツガツゴックンで10分ぐらいで終わっちゃうじゃないですかー!」
いや本当、それ以上かけるのはやめようよ。舞踏会に行く日ならまだしも。
ファーニィの渾身のヘアセットを調整してから、マード翁やアーバインさんの待つ酒場へ。
今日は日のあるうちから盛大に打ち上げしよう、という約束なのだ。
「今日は昼までメシ抜きだったからいっぱい食えるぞ!」
「え、ユーも食べてなかったの?」
僕は単に起きられなかったから食べなかったけど。
「おー。まあ勝手に食っちまおうかとも思ったけど晩がオゴリ飯だしな。そういう日は本気出すために断食するのがアタシの流儀だ」
「超金持ちのはずなのにみみっちいなあ……」
「違うぞアイン。そういう時に遠慮してると思わせないためさ」
ドヤ顔で親指を立てながらユーカさんは持論を披露する。
「オゴられる時ってのは、向こうがこっちに借りを作ってる時だろ。そういう時に下手な遠慮はかえって感じ悪いんだぜ。カッコつけてもてなしを拒否するより、盛大に楽しむ方がもてなす側だって気分がいいはずだろ」
「普通にタダ飯で食い貯めしたいだけにしか思えない……」
「何より飲み食いするなら盛大な時の方が美味い! 美味い時に入るだけ入れる! それが一番身になる食事ってヤツなんだぜ」
「胡散臭いなあ」
まあ、いくら元がゴリラと言ったって今のユーカさんは物理的にそんなに入りきらないから、多少オゴリではっちゃけたって微差だろうけど。
……そうして酒場の暖簾をくぐると、マード翁とアーバインさんは既に始めていた。
「いぇーい。遅いぞユーカ、ファーニィちゃん!」
「ひょほほ。綺麗どころが来おったわい」
一応、マード翁の次くらいに頑張ったんだけど……僕より女の子たちの方が主賓みたいな呼ばれよう。
いや、まあいいけどね。スケベ二人のそういうところは理解してるから。
「お前ら、一応今回の殊勲賞はアインだろ!?」
「わかってるわかってる。聞いた聞いた」
「ちょっとだけ師匠らしいとこ見せとるのう。この恰好だとそういうのも可愛い限りじゃ」
「だよねー」
ゲラゲラと笑いつつ杯を傾ける老人と(中身が)老人。
はぁ、とため息をつきつつ僕の背中を叩き、「気にすんなよ」と囁いて樽椅子に座るユーカさん。
元々気にしてないけど、まあ気にしてくれる人がいるというのは気分がちょっといいかもしれない。
僕、こういう打ち上げではだいたい端っこにいて「おこぼれにあずかる」ってのが定番だったしね。見た目も実情も。
「さて、それじゃ改めて」
「邪神とはいかんが、ビリビリヘビ殺しに乾杯!」
「かんぱーい!」
マード翁の音頭で杯をみんなで上げる。
まだ日が傾いてもいない時間なので酒場の中は閑散。店主も給仕も僕たち専属といった状態だ。
すぐに僕らにも酒とごちそうが運ばれてきた。
「ヒュー。アタシにも酒出してくれんの?」
「店主には話を通しといたぞい。まあ、ワシなら若いもんが酔い潰れてもすぐ体調戻せるからのう」
「そーゆー理屈で出す方も出す方だけど、まあ今日はありがたく飲ませてもらうか」
マード翁の治癒術、あらゆる用途で無敵だな。
とはいえユーカさんは元々ちゃんと飲酒年齢だ。あえて止めることもない。
というか年齢で言うと僕が一番下だし、飲んじゃいけない歳……なんだけどな。このへんではいいらしいけど。
「ほれ、アイン君。ぐいっと行けぐいっと。最初の一杯ぐらいはグワッと空けんとナメられるぞい」
「そうそう。酒宴はそこからがスタートだぜ」
「僕は本当は飲酒しちゃいけない歳なんですが……故郷では」
「『冒険者がそんなことを気にするな』!!」
マード翁とアーバインさんだけでなく、ユーカさんまでが声を揃える。
あなたら本当……。
「さて、このままベロベロになっちまう前に反省会でもしようかのう」
「え、そんなマズったの爺さん」
「ワシやユーカならどんだけマズっても知らん顔して忘れるが、若いもんがおるからの」
「今アタシのことしれっと『若いもん』から外したな?」
ぶちぶち言うユーカさんは無視し、マード翁は僕を見て指を立てる。
「まずはアイン君。お前さん、二つほど直さにゃいかんところがある」
「は、はい」
「ひとつは自分でもわかっとるじゃろうが……気合の入りの遅さじゃ」
「…………」
「正確には、殺されかけてからでないと本気になれんじゃろう。アーバイン、お前さんも一度は一緒に戦ったと言っとったが」
「あー……どうかなあ。思ったよりはデキる感じしたけど、確かに火が付くのはちょっと遅かったかも」
マード翁からすると、まずそこが問題……というか、そういう形の欠点に見えるのか。
でも確かに、一度「死」を目の前にしないと僕は実力を出せない……と、言っていいのかもしれない。
「ユーカの無茶についてこれたんじゃ。ゼメカイトにいた頃よりそれなりに伸びたもんかと思っとったが、途中までは頼りない調子のままじゃったからの。ちょっとハラハラしとったんじゃが……どうもアレじゃな。ただの覚悟不足とも違う。……随分荒んだ目に一瞬で変わった瞬間があった」
「荒んだ……?」
ユーカさんは首をかしげる。元々の仲間がいる気安さか、ちょっと見栄が抜けて無防備で可愛い。
「どっかで『そういう体験』をしたんじゃろうな。命の勝負になった途端、妙に開き直りおる。……そういう危険を経るとありがちなんじゃが、自信を変につけちゃったんじゃないかのう」
「そういう……わけでは」
僕の根底は、妹を失ったことによる悲しみの喪失だ。
それによる命の軽視。無価値なものへの客観と諦観だ。
……が、マード翁から見ると、そこは大した問題じゃないのかもしれない。
「違っとったら悪いが。……命のかかった場面こそが自分の領域。そこでの一発勝負なら勝てる……と思っとりゃせんか?」
「……ええ、と」
厳密には違う。命が簡単に失われる場面で僕は何も感じないから。
……いや。
何が違うんだ?
それに優越感を覚えてるってことは、他人はその状況を恐れてるはずだ、と思っているわけで。
……一歩引いてみれば、全く同じ、なのか。
「おいマード。そういう自信は別にいいんじゃねーの? アタシだって土壇場で弱気になるこたねーぞ」
「違うんじゃよユーカ。逆じゃ。それが最初の自信じゃと、そこ以外には自信が持てなくなっちまうことがあるんじゃ」
「……あー……」
ユーカさん、ようやく僕の様子に思い当たることがある顔をした。
「そして、無意識にその勝負に持っていこうとする。つまりわざわざピンチに陥りがちなんじゃな。……今まではユーカが見とったからそれでもなんとかなったかもしれんが、ずっとその癖が抜けないままじゃと死ぬぞい。一発勝負に強いのは世の中たくさんおるからの」
「う、うう」
反論できない。
僕もあの精神状態に問題があるのは理解していたが……僕が考えていた「命の軽視によるリスク」は、客観的な、本質的な問題じゃなかった。
僕がそれを強みだと考えている限りは、結局そこに勝負どころを持っていく癖がついてしまう。
そして、ほぼド素人の僕でもその領域で大物食いができるのだから……同じようにそういう勝負に強い相手が来たら、そっちの方が絶対に強い。人間にしろモンスターにしろ、僕より素人なんてまずいないんだから。
わざわざギリギリの勝負に全てを懸けるなんて、そうせざるを得ない、失うもののない「窮鼠」だけの特権だ。
「まずはそれを改善せにゃならん。……とは言っても、それで戦ってきたわけじゃし頼っちまうのはしばらくどうしようもない。真っ当に自信をつけてくしかないんじゃがの」
「……しょ、精進します」
ぐうの音も出なかった。
「それと……もう一つ。こっちも深刻じゃ」
マード翁は頬杖を突きながら。
「お前さん、仲間ってモンを全然意識できんじゃろ」
「!」
「ユーカがこの状態じゃし、ファーニィちゃんも冒険に慣れとらんから仕方ないっちゃー仕方ないが。……今まで人を頼りにしたこともされたこともない、という戦い方と気の配り方じゃぞ」
「……それは……」
「ま、ソロでやるってんなら大きなお世話なんじゃが。……それじゃいくら何を貰っても、ユーカみたいになるのは難しいぞ」
「確かにね」
アーバインさんも同意する。
ユーカさんは口を尖らせ、二人に抗議するように杯を音を立てて置く。
「それはこれから仲間を作ればいい話だろ! ボッチをつついて肴にすんじゃねーよ!」
「そうではない。そうではないぞユーカ」
マード翁は彼女をなだめて。
「お前は自分じゃ気づいとらんかもしれんが。お前のようなリーダーは稀有じゃ」
「っ……精神論なら、なおさらアタシにできたことがコイツにできねーなんてことねーだろ! 頭いいぞ意外と!」
「こればっかりは本人からの伝授じゃ伝わらんかもしれんのう」
微笑み。
「ま、面白くない話はここまでじゃ。後はおいおい、としようではないか。しばらく暇なんじゃろ」
マード翁はそこで話を打ち切り、大声で酒を注文しつつアーバインさんに宴会芸を要求。
心得たとばかりにアーバインさんは懐から手品道具をごっそり取り出して、話がうやむやになる。
その日は、夕方になって集まってきた他の冒険者たちも巻き込んで、遅くまでの大宴会となった。
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