温泉地へ
ユーカさんやファーニィに加え、アーバインさんにも分配してなお、革鎧なら数着は新調して余る。
まあ五頭もいたしな。半分以上はアーバインさんの手柄だけど。
そろそろ革鎧は卒業して鉄鎧でも買おうか。
いや、でも僕、体格面ではまだヒョロガリの域を出ないんだよな……あまり重いのを買ってスタミナに影響が出てもあれだから
この場合の鱗というのはドラゴンなどの鱗という意味ではなく、布やなめし皮の下地に鉄片を大量に縫い付けた方式の鎧を言う。比較的軽く済むうえに破損時の修理も融通が利き、ちょっとした応急修理として自分で端っこから重要部分に鉄片を移植し直して間に合わせてもいい。
あるいは革鎧自体はそのまま継続して、その上から金属製の補強プレートを付けてもらうって手もあるな。
そういう加工をしている冒険者を何人か見たことがある。あれはあれで歴戦って感じがしてかっこいい。
……なんて、報酬袋を手にして夢を広げるが、すぐに気を取り直す。
まずはマード翁探しだ。
しばらくは冒険を手控えるんだから、鎧はその後でいい。
「それでアーバインさん。マードさんの行き先に心当たりは?」
「んー、そうだなあ……別れる頃に言ってた予定だと、このまま山越えしてメルタのあたりの温泉に、ってことだったが」
「メルタかあ……」
メルタは山間部にある都市。
周辺にいくつか有名な温泉集落があるので、それらに日帰りで通って湯治を楽しむためのベースとして人気がある。
温泉は少し険しい地区に出がちなので、そこに直で大きい宿を構えるのは流通の面で不便が大きく、そういうハイキングついでの湯治がメルタでは主流なんだとか。
無論、少ないとはいえモンスターがいないわけではないので、そういうツアーの単独護衛が冒険者の小遣い稼ぎとしてちょっと知られている。パーティを組むような危険もあまりなく、実入りも多くないが、温泉好き冒険者は意外といるので自分も温泉巡りがてら、というわけだ。
「温泉ってあれですよね、泉が勝手にお湯になってる場所」
「ああ。……ファーニィは温泉好きじゃないんだっけ」
「正直、変な文化だなって思ってます。水の方が絶対健康にも美容にもいいのに」
「……アーバインさんとしてはこの文化、どうなんです?」
温泉文化、というよりファーニィの主張するエルフのお湯嫌いの謎文化。
アーバインさんは俗世に染まってかなり長いから、きっと価値観はこっち側だろう。
「え、まあどっちでもいいんじゃない?」
「雑っ」
「俺はナンパのためなら川でも温泉でもどっちにも入るよ? 意外と女の子の方でもちょっとイケナイ出会いを期待してたりするもんだぜ? ただしイケメンに限るが」
「聞くんじゃなかった」
アーバインさんにこういう話題を振ると、冒険者的な含蓄や文化的な豊かさよりも、ごく個人的な下衆アンサーが来る……というのはそろそろ覚えた方がいいのかもしれない。
「そんじゃとっとと行くかー。メルタも昔ちょっと寄ったことあるけど、アタシ的には面白くなかったんだよなー」
「まあユーはそうかもね……」
温泉を有難がるのは都会の喧騒に飽きた年寄りが多い。
もちろんアーバインさんのように邪な出会いを求めているのもいるだろうけど、温泉入浴をことさら贅沢な時間として珍重する向きは、あまり若者にはない傾向だ。
若いなら、賑やかな都会に出た方がもっと楽しい。
ユーカさんは特に冒険や刺激を求める傾向があるから、ことさらのんびり過ごすのは肌に合わないだろう。
フィルニアの市場で生活物資を買い込んで、いざ山越え。
今回の移動はそんなに危なくないルートのはずだ。峠道とはいえ、宿場もゼメカイト-フィルニア間より賑わっている。
「朝出て夕方に山のふもとの宿場に入って一泊、それから明日には山を越えてメルタ……今回は変なアクシデントないといいけどな」
「何、ゼメカイトからこっちに来る時になんかあったの?」
アーバインさんが怪訝な顔をするので、歩きながら未発見ダンジョンを見つけてしまったパーティの無謀な挑戦に巻き込まれた話をする。
……そして地味にファーニィも初耳らしく、目を輝かせて聞いている。
「……という顛末で」
「おぉ……ってことは実質一人でダンジョンのモンスターなで斬りにして出たってことですか?」
「……結果だけ言えばそうなるかなあ」
……僕の中ではあくまでユーカさんありきの冒険で、他のパーティの助っ人をやった……という出来事に収まっていたけど。
事実だけ見ると最初にパーティを追ってきた追跡モンスター集団も、次々現れて迎撃してきたモンスターたちも……ヘルハウンドも、ほぼ一人で皆殺しにして無謀な冒険者カイを救助した、ってことになるか。
「ユーカからもらった力ありきとはいえ、こないだまでゼメカイトの冒険者の無能代表みたいに言われてた奴の所業とは思えないな。きっと向こうじゃえらいことになってるぞ、お前の評判」
「え、無能代表なんて言われてたんですか。こんなに強いのに」
「ユーカさんに会うまではマジでゴブリン三匹で死闘になってたからね……」
っていうか無能代表って。そこまで言われてたの、僕。
ちょっとへこむ。
それでもまともに相手してくれてた連中って、実は結構優しかったんだな……。
「あんまり気にすることねーぞ。あのマキシムって野郎が特にことさら言ってただけだから」
ユーカさんが慰めてくれる。
……ってかマキシム、そんなに僕の評判下げてたんだ。
「そこまでマキシムに恨まれるようなことしてないんだけどな……」
「ははは、気にしない気にしない。駆け出し冒険者ってそういうモンだからね」
アーバインさんもそう言ってくれる。
そっかー……いや、改めて考えると酷いな、駆け出し冒険者の習性? って。
「名声を上げたくて必死な時期は、隣の奴より自分の方が優秀なんだってとにかく言いたがるのさ。たまたま誰かにその的にされたらもう実態なんて関係ない、そいつの仲間内みんなで『アイツよりはマシ』って話題で盛り上がっちゃってそのまま周りにも言い散らすんだよ。それでプライド傷つけられて本気の殺し合いってのもたまにある」
「えぇ……」
アーバインさんは「あるある」話みたいに言うけど、そんなの考えるだけでげんなりだ。
「実際のところ、ゼメカイトではそのマキシム君がアインの評判を聞いてイライラしっぱなしだと思うよ。さんざんどうしようもない無能って吹聴した相手が、実は自分より全然強かった……なんて
「ほぼ完全にユーのおかげなんだけど……ユーの事情を明かせないのがもどかしい」
「別にいいじゃん。何今さらあんな奴をなだめようとしてんだ? 次に会った時に喧嘩吹っ掛けられたら堂々と受けてやれ」
ユーカさんがシュッシュッと拳を突き出しながら面白がるけど、僕としては本当に彼みたいなタイプ苦手なんです。関わらなくて済むなら本当に関わらないで生きていたい。
あと、剣を使った殺し合いはともかくとして、普通の喧嘩で勝つような方法は何も知らない。
もしまた胸倉掴まれたらどうしたらいいんだ。「オーバースラッシュ」ぶち込むわけにもいかないし。
「喧嘩用の必殺技ってありますかね……」
「喧嘩で必殺しちゃ駄目だろ」
ユーカさんは即答。
……やっぱり?
そしてアーバインさんは。
「なんだ喧嘩に自信ないのか。じゃあ俺が喧嘩殺法教えてやるよ。いいか、まず事前にさりげなく片手に砂を握っておくんだ」
「そういうの余計禍根が深まる奴じゃ?」
「はっはっは、何言ってんだ。パンチキックが良くて目つぶしが駄目なんて誰が決めた? 俺はそんなルール知らないし」
「マジでよくそれで世の中渡ってきましたね?」
いや、むしろこの調子だからこそ渡りきれたのか。
冒険者なんて世間ではひとまとめでチンピラ扱いだ。喧嘩を礼儀正しくやったって小賢しくやったって、そうそう評判は変わらない、ともいえる。
「安心してくださいアイン様。私が加勢します♥」
「……そうだね」
ファーニィは媚びてくるが、多分土壇場になったらいなくなってる気がする。
「今『多分クチだけだなこのナメナメエルフ』って思いました?」
「よくわかるな……」
「私は強い方の立場にいる限り裏切りませんから!」
「ねえ、それどこか安心する要素ある?」
やっぱ信用しちゃ駄目だこれ。
「やっぱ筋肉だよアイン。筋肉つけろ筋肉。前のアタシくらいになればマキシムの奴も絶対詫び入れてくるから」
「……何年かかるかなあ」
魔力を扱う才能みたいに、もしかしたら筋肉もつきやすくなってるかも……いや、ないな。
そんな簡単にユーカさんと同じ動物になれてたら、今までの苦労ほぼしなかったと思う。
そんなお喋りに興じながら。
温泉地メルタまでの道のりは何事もなく抜けることができた。
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