治癒師と温泉
メルタ到着
メルタの街は、平和ながら交易拠点としての賑わいもあったフィルニアからその活気を引いたような……端的に言って田舎町そのものという佇まいの街だった。
周辺産業は林業が多少盛んと言える程度でこれといった特産品もなく、モンスターも少ないので冒険者はやっぱり需要があまりない。
ただ、ここに近い……といえるほど近くもない地点に古代遺跡の存在が確認され、他の近隣都市からその遺跡は絶妙にアクセスしにくいため、遺跡盗掘……もとい調査をしたい冒険者がベースにすることが時々ある程度か。
「よほどのことがなければしばらくマード爺さんはここにいると思うよ」
アーバインさんはそう言ってお茶を啜る。
街の目抜き通りを見渡せる場所に甘味処があり、そこで一息ついているのだった。
「まずは僕たちも腰を落ち着けようか。宿を探そう」
「えー。マードすぐ見つかるかもじゃん。腕さえ治ったら、こんなとこさっさとおさらばしようぜ」
「それならそれで温泉も行ってみればいいじゃないか。どうせ僕たちはゼメカイトでのほとぼりを冷ますために旅回りしてるんだから、そんなに慌てることはないよ」
「退屈で死んじまうよ」
高さの合ってないベンチで足をぶらぶらさせるユーカさん。
……本当に温泉、興味ないんだなあ。
そしてファーニィは甘味をメチャクチャ堪能している。
「うわーもうたまらないですね、この焼き菓子のバラエティ! ほらアイン様見て下さい、これ全部味が違うんですよ!? それどころかこれ一個で味がふたつ!」
「テンション上がってるのはわかったから……夕ご飯食べられなくなっても知らないよ」
「変なとこみみっちいですよねアイン様って。っていうか冒険者なら二人前でも三人前でもいくもんでしょ」
「そういう奴もいるけど僕には無理だよ……」
体を使う仕事だからか、信じられないくらい大食らいの冒険者はちょくちょくいる。酒場で大食い勝負をしている姿もちょくちょく見かける。
でもああいう奴、長旅する時困らないんだろうか。腹が破裂しそうなほど食うのを癖にしてると、いくら保存食担いでも足りなくなるだろうに。
「そんなだから筋肉つかねーんだよお前はっ。モリモリ食わなきゃ中身が増えないのは当然だろーが!」
「そりゃ
「前衛のくせにヒョロヒョロのままで大成できると思ってんのか! 順序が逆だろ!」
「そうかもしれないけどさ」
うーん。ユーカさんの言うことにも一理ある。でも無理にでもガツガツ食べないといけないのかなあ。
……とりあえず、このままだと今から胃の限界を試す流れになりそうなので、話を逸らそう。
「ところでファーニィ。
「?」
「お湯は駄目なのにそれはいいの?」
素朴な疑問で逸らしに行ってみる。
お湯を使うかどうかはよく知らないが、焼き菓子というからには火は絶対使うはず。
本来ならファーニィは微妙な顔で敬遠すべきではないだろうか。
……と思っていたが。
「? お湯と火は別じゃないですか」
「…………いやいや、待って。水を火で温める不自然さがどうとかって」
「別に焼くのは否定しませんよ? 肉とか魚とか絶対焼いた方が美味しいじゃないですか♥」
「それは不自然判定じゃないんだ!?」
なにその判定基準。
驚愕していると、アーバインさんは「あーあーはいはいはい」と納得した顔をした。
「つまりアインは『エルフは火を忌み嫌う』って解釈したわけだ。ファーニィちゃんの冷水志向で」
「違うんですか?」
「いや、まあそういう原理主義もあるけどね。人間に森を焼かれた連中とか。でも基本的には『お湯沸かす』ってのがピンポイントで駄目なんだよ、その手の奴。ポコポコいったりジュワーいったり湯気立ったりするのが『水が苦しんでるように見える』ってんでさ」
「水そのものに感情移入してる……!?」
「そう、それそれ。だからアホくさいっちゃーアホくさい。それに対して、食い物それ自体を火にかけるのはいいんだ。美味そうになるのは食い物にとって喜ばしい話だろ?」
「スープとかはそういう判定にならないんですか……?」
「ならないんだなあ。だから焼き菓子はあるけどスープとか茶とかはないんだよ、俺らの古いレシピだと」
「いやお茶はあるでしょう。水出しですけど」
「冷たい茶を俺は茶と呼びたくないねえ。この熱さが茶の美味さの七割だぜ」
エルフの食文化、深いというか面倒臭いというか。
「生水とか危ない地域もあると思うんですが」
「それに関しては俺たち魔術種族だからね」
なるほど。
水を魔術で浄化するなり、前にゼメカイトで見た集水魔導具みたいなのを作るなりすれば問題なし、っていうわけか。
……そんな話に夢中になって、ふと気が付くとユーカさんがいない。
「……あれ? ユーは?」
「え?」
「ん? いねえな?」
僕とエルフ二人。揃って気づくのが遅い。
顔を見合わせて。
「……やばい……!」
「ゆ、誘拐されたんじゃないですか!?」
「いや、でもユーカだぞ!? ユーカを誘拐する奴なんて……いや、でも今のユーカ超かわいいから俺も知らなかったら誘拐しちゃうかもしれないな……!?」
「真顔で言わないでくれます!? 最近私の中でアーバインさんのあかん奴度が許容限界に近づいてきましたよ!?」
「どうでもいいけどユーカをユーカイってダジャレじゃないからね。親父ギャグ言ってやがるみたいな顔しないでね」
「本気でどうでもいい!!」
駄目だこの二人は頼りにならない。
僕は目を離した時間から遠くに行く猶予はなかったと判断し、ユーカさんが入りそうな建物や路地をぐるりと見回してチェックする。
退屈してたから土産物屋に入ったかもしれない。いや、あそこに見えるの菓子店だしあれもアリかも。
まだ「冒険者の酒場」に行ってないからそっちに向かったか? いや、さすがに話してる最中でも僕の視界に入るはずだ。
鍛冶屋……鍛冶屋も選択肢に入るか……? いや、僕はともかくユーカさんは軽装派だし、マードさんに治してもらうまでは武器もナイフ以上のものは持てないだろう。でも暇潰しと考えると……。
「疑うと全部行きそうに見えてくる……」
「自分でフラフラしてるなら待ってりゃ戻って来るだろうよ。問題はそうじゃなかった場合だろうが」
「そ、そうか」
アーバインさんに言われて考え直す。そうだ。そっちが問題なんだった。
だとしたらどこに……。
「て、手分けして探しましょう」
「待って下さい、もし相手がその辺の雑魚変態おじさんとかじゃなかったらどうするんです!? 私ガチめの人相手にユーちゃん取り返すとか無理ですよ!?」
「そん時は俺を大声で呼んで。まあ屋外におびき出してくれたら、どこでも狙撃するよ」
「人殺しはまずくないですか」
「
アーバインさんはテンションあまり変わってないけど、だからこそちょっと怖い。
これでも世渡り経験豊富だ。その上でその結論に至っているんだろう。
「俺の手元からカワイコちゃんパチるのは許される所業じゃない」
「…………」
別に世渡り経験とか関係ない気もしてきた。
なんかその場のノリで過剰防衛をして、身が危なくなったらとっとと逃げるとかやってそうだ。
メルタの街は田舎町。
目抜き通りはそれなりだが、通りをひとつふたつ外れればすぐに畑や草藪、製材所などが目につく。
ユーカさんが黙って誘拐されるとも思えないが……でも、ファーニィにしてやられた時も、ちょっとした催眠薬ですぐに眠らされてしまっていた。魔術や薬への抵抗力も常人より下の可能性が高い。
僕らのすぐそばにいたところを強引に連れ去られた、というより、何か暇潰しになることないかな……と歩き出したところで、何かの手段で黙らされて連れ去られてしまったんじゃないだろうか。
下手をすると今ごろ悪戯されてるかもしれない。
気が逸る。
「ユー! ユー、どこだ!」
ここはゼメカイトじゃない。その名を聞いてもまさか「邪神殺し」のことだと思う人はいない。
だからユーカさん、と叫んでもいい気もしたが、もし無事に返事するとしたら「敬語!」と怒られそうだった。
だから僕は必死に「ユー」を呼んで走り回る。
そして。
僕の呼び回る声を聞いたのか、路地裏に立って待っているユーカさんを、見つけた。
「……ユー?」
「おー。なんだ、めっちゃ焦ってるな」
「……当たり前だろ!? 急にいなくなるなよ!」
「おいおい。アタシお前より全然大人なんだが? そんなガキの迷子みたいに扱うなって。しかも一度来たことあるって言ったはずだぞ?」
ホッとして崩れ落ちそうになる僕に、ユーカさんはヘラヘラと笑いながら緊張感のないことを言う。
さすがに僕もちょっと強いことを言ってやろうと思い、息を吸い込み。
「よ。若いの」
「……!?」
ユーカさんの背後にいる老人の姿に気づき、驚愕する。
カラフルなカツラと
「……マード、さん!?」
「いかにも。ワシじゃ。……ほれ、これがフレッシュな反応じゃ。なのにユーカ、なんじゃお前は。普通のテンションで話しかけおって」
ド派手な恰好をした彼は、パッと見ちょっと近づいちゃいけないタイプの変人だ。
「なんでそんな恰好を……」
「にしし」
マード翁は楽しそうに笑い、ピースサインを見せる。
「ユーカだけが『変身』するのはズルいじゃろ。ワシも今、『謎の凄腕冒険者X』やっとるんじゃ」
「えぇ……?」
なにそれ。
「な? 言っただろ、マードがそんなコソコソしてるわけねーって」
「あれ? ワシこれ結構コソコソしてない?」
「逆にお前以外いるかよ、こんなバカやるジジイ」
「冒険者の酒場ではみんな『あんな腕利き見たことない!』『一体誰なんだ』って毎回言ってくれとるのに!」
「気ィ遣われてんぞ、それ」
そういってユーカさんは両腰に手を当てて溜め息。
……あ。
「もう治したの!?」
「おー」
「ワシにかかれば10秒じゃ」
「嘘つけ。30秒ぐらいかかってただろ」
「もうちょい短くなかったかのう!? 23秒くらいじゃなかったかのう!?」
どっちにしても絶技だ。
……僕は安心して、他の二人に知らせるために声を上げる。
「アーバインさん! ファーニィ!」
二人はエルフ。耳は人間の数倍もいい。
この小さな田舎町なら、ちょっと大声を出せば届くはずだ。
……数秒後。
マードさんの被っていたカツラが、突如飛来した矢に吹っ飛ばされていった。
「のわーっ!?」
「ち、違う! アーバインさん、援護要請じゃなくて!」
言い訳が間に合わず、続いてもう一本飛んできたのはユーカさんがナイフで弾き、なんとか事なきを得た。
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