方針会議と書いて酒場トーク
さて、三つ仕事が終わったということは、フィルニアで冒険依頼をこなす必要がなくなった、ということでもある。
ファーニィ本人が出ていかない……という予想外かつ本末転倒な事態にはとりあえず目をつぶるとして、これでマード翁探しに集中できる。
「さて次の仕事何やりますかアイン様」
「やらない。とりあえずユーの手を治すのが最優先」
「えー。こういうのは勢いですよ勢い。ガッと成り上がっていきましょうよー」
「フィルニアで成り上がってもあんまり意味ないんだってば。冒険者人気ないんだしさ」
案の定、調子に乗っているファーニィをいなしつつ、アーバインさんに話を振る。
「で、マードさん探しに手を貸してもらえますか」
「マードねえ。まあ暇だからやぶさかでもないが、あの爺さんじゃなくてもいいんじゃねえの? 例えば王都に行って大聖女ちゃんに治してもらうとかさ」
アーバインさんの言う大聖女というのは、国教であるミミル教団のシンボルとして崇められていた女性。
その治癒の力は史上最高とすら言われたほどで、嘘か真か死んだ者すら条件が合えば生き返らせたとか。
……が。
「……今、大聖女なんていたか?」
ユーカさんがぼそりと呟く。
アーバインさんはちょっと驚いた顔をして。
「え、知らない? 大聖女アドリアちゃん。俺あの子の若い頃、ちょっとした縁があってお近づきに……」
「そいつアタシの生まれた年に死んでたはずだぞ。老衰で」
「……え、えーっ……」
そう。
つまり比喩でなく、既に「伝説の人物」だ。
「ていうかお前、一応手を出した女にそこまで興味なくなるって酷くねえ?」
「い、いやー……だって、大聖女として有名になってからはちょっと邪険にされてたし……」
「いつものパターンじゃねーか!」
いつものパターンらしい。
……まあアーバインさん、「女ったらし」の二つ名が有名になるような浮気者だしね。
手を出された当初は、その圧倒的な顔の良さと実力、気前の良さに夢心地でも、分別の付く歳になれば彼のそういう正体を理解し、恋も冷めてしまうんだろう。
「仮に生きてたとしても、そんな関係の相手にどの面下げて頼み事しに行くつもりだってんだよ……」
「あー……いや、そこそこ時間も経ったし、昔のよしみってやつが通じるかなあって」
「死んで二十年以上忘れてるような奴のよしみ、ねぇ」
ジト目でアーバインさんを睨むユーカさん。
……しかしアーバインさん、本当にいくつなんだ。何年このちゃらんぽらんのまま生きてるんだ。
「そういや
「あー……いや、その。……どうしたんだろうな?」
「おい」
「いや、ほんと知らないんだよ。しばらくぶりの自由時間だし、と思ってちょっと色街で遊んでたら、気が付いたら宿から消えてて。置き手紙はあったから事件とかじゃないんだろうとは思うけど」
「……で? 手紙になんて書いてあったんだ」
「『次のパーティを見つけたので行きます。お達者で』って」
「……色んな意味でお前って奴はさあ」
まあクリスくんも子供だが一人前の冒険者だ。何から何まで大人に面倒を見てもらう筋合いはない。
とはいえ、仮にも頼ってきた子供を放り出して色街遊び……。
本当に色々アレな人だ。
……そしてファーニィは話に混ざれないのでちょっと不服そう。
頃合いを見計らい、強引に話をまとめようとする。
「とにかく! そのマードって人を探してユーちゃん……ユーカさん?」
「ユーカっていうと他人に聞かれた時にめんどくせーから、そのままユーでいいぞ」
「ユーちゃんの手を治してもらえば、晴れて冒険開始なんですよね!」
ね? と僕に確認してくる。
しぶしぶ僕は頷く。
「まあ、一応ね」
本当は「体内ボロボロ」の件もなんとかしたいが、それに関しては何故かユーカさんも諦めているというか割り切っているというか……それ自体魔導書の副作用か何かだと考えてるのかな。
とにかく、一応の五体満足を確保すればかなり楽になる。
そこから冒険者としての活動をするとして……ファーニィがついてくるなら
それと、アーバインさんはそんなに僕らに肩入れする気はなさそうだから、そのうちどこかで別れる……ということは念頭において、もうひとりくらい中衛か後衛。
それで一応、平均的な冒険者パーティは成立するだろう。
今からその完成形は考慮しながら行くべきか。
「よーし、それじゃあそのマードって人探しましょう! そしてちゃちゃっと治して大冒険しましょう!」
おー、と自分で拳を突き上げるファーニィ。
「うーん……そんなに大冒険するつもりは……」
「いや、大冒険するつもりにはなれよ、お前は。仮にもアタシの
「それはそう……なんだけど」
僕に入ったユーカさんの
それとも、それもまだほんの一部で、これからまた別の形で僕の血肉になるんだろうか。
……確かに僕は、ほんの数週間前よりも見違えるほど強くなった。
でも、まだ「邪神殺し」と呼ばれるほどの冒険者と並ぶようになれるかは、正直半信半疑だ。
わかりやすくドカンと変われば自信もつくだろうけど、見た目も実感的にもなんだかショボいままでジタバタしてただけだしな。
「アタシみたいな冒険者になるんだろ? なら、そのうちアーバインや他の連中も喜んで参加するような大仕事しなきゃ『アタシみたい』ってことにはならねーよな」
「まあ、そうなんだけど……僕が本当にユーみたいに邪神だとか
「……まあ、そうかもな」
ユーカさんは「何弱気になってんだ」と張り飛ばしてくるかと思ったけどそんなことはなく、ちょっと遠い目をして。
「……アタシもな、自分で言っといてなんだけど……未来に実感、全然ねーんだよな」
そりゃそうだ。
ゴリラを突然やめたはいいものの、可愛い服を着ることも、女の子らしい振る舞いをすることも、全くと言っていいほど縁がない人生だったわけだし。
多少の憧れはあっても、「可愛い女の子」的な生き方なんて、何の知識も覚悟もなかったに違いない。
僕も多少しか知らないけれど、誰に見せても恥ずかしくない可愛さを磨き上げて維持するには、それはそれで注意も準備も必要なのだ。
まともに女の子らしい装いをすることさえ、僕に手伝わせないとできない彼女が、この先どういう人生を歩むのか……僕だって全然予想ができない。
微妙な気まずさを共有して静かになってしまった僕とユーカさんを、しかしエルフたちは見逃さない。
「いや、俺にはユーカの未来はよく見えるぜ。今はまだ中身ユーカだけど、そのうち芯までカワイコちゃんになって、俺の魅力にも改めてキュンとくるに決まってる。美しくて強くて金持ちで、申し分ないロマンスの相手だ、ってな」
「この流れでそれはないです。それよりユーちゃんってまだまだ攻められると思うんですよね、男勝りな感じが残っちゃってるというか」
「なあファーニィちゃん。俺、君に何か悪いことした? 妙に辛辣じゃない?」
「私エルフなので、顔が整ってるだけの男ならいくらでも知ってますし。そのうえパンツ見てた時の目つきがアレ過ぎましたし」
「いやそれは男なんだからしょうがないでしょ!?」
「はいはい。それでユーちゃんはもっとこう、ポニーテールとかツインテールとか、編み込みも後ろ髪ばかりじゃなくてここを編んだりとか、服もこういう刺繍だけの奴じゃなくてフリルとかリボンとかで攻めていけると思うんですよね」
「おいアイン! お前の下僕ちょっと不遜が過ぎない!? 一応冒険者としては超尊敬すべき存在じゃない俺って!?」
別にファーニィは下僕じゃないので、管理責任みたいな言い方されても困るんですが。
「いや、ツインテール……? それガキのやつだろ? アタシもう24だぞ?」
「24なんて子供。こ・ど・も」
「エルフはそうなのかもしれねーけどさあ!」
「見た目は子供なんですから合わせないと駄目。絶対似合うから。ね、アイン様♥」
「ノーコメントで」
似合いそうだな……と素直に思いはしたものの、ここはファーニィに任せよう。
女の子のファッションに関しては僕はまだまだ学ぶ立場だ。いちいち賛否を示すより彼女の手際を見る方がいい。
「じゃあ次からファーニィに朝のスタイリング任せようかな」
「任せて下さい。見せてやりますよエルフの女子力を」
「いやそれアインの役目! アインがやれって! なんかコイツに髪いじられんのやだ!」
「僕はユーのお兄ちゃんじゃないから……」
「なあ俺をガン無視すんのやめて? ユーカだけならともかくお前たちにまでシカトされるのマジ堪えるからやめて?」
マード翁の追跡は、とりあえず明日。
今日は疲れた体を休めつつ、ファーニィとの親睦を深めることにしよう。もう追い出すのは諦めて。
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