緑飛龍
僕たちはまず鍛冶屋に向かい、大きめの盾を調達。
内側は木製だが外は鉄板張りのものだ。ユーカさんやファーニィなら、しゃがめば全身隠すことができる大きさ。
それをアーバインさん以外の三人が持つ。
「これ持って現場までいくんですかー……」
「これでも妥協してるんだぞー」
完全金属製のもっと大きくて防御力の高いやつもあるのだけど、当然重い。
その足の握力に耐えるには木製や革張りではちょっと頼りない。ここが携行性と実用性の妥協点だった。
こいつで
掴む足の大きさからいって、盾を先に掴ませれば、それを持つ人間までは掴めないはずだ。その隙に他の二人が
さすがに片足では人間一人を安定して持ち上げるのは難しいはずだ。片翼斬れれば飛ぶこと自体封じられる。
そうなれば、あとは僕の剣で仕留められる。
……で。
「あ、俺のことはとりあえず戦力には数えないでおいてくれ。やばそうなら援護するけど」
「アーバインさんがやれば本当に簡単なんですが」
「だからそれ俺的になんにも楽しくないんだって。お前らも身にならないだろ? そんなんで半端に
「…………」
まあ、実のところ正論ではある。
依頼料は……魅力的な額ではあったが、どうしても必要なのか、と言われたら答えはノー。
僕たちで受ける理由もそんなに強くはない。
このままではまだしばらく被害が出続けるだろうが、そこまでフィルニアの街そのものに義理があるわけでもないし、しばらく待っていれば、出払っているというベテランもポツポツ戻ってくるだろう。
僕らで受けなくても、そのベテランたちがやればいずれ解決する話。
それでも受けるのは、僕の修行をユーカさんが企図しているからに他ならない。
それをアーバインさんの一流の実力で横取りしたところで、アーバインさん的には特に嬉しくもない小銭が手に入るだけで得るものは少なく、僕には何の経験にもならない。
やるのはお前じゃないと意味ないだろ、と言われたら、全くその通りでしかないのだった。
「それならどのくらい信頼しとけばいいんですかね」
ファーニィがジト目でアーバインさんを見る。アーバインさんはへらへら笑う。
「もちろん、手遅れにならない程度だよ。まあ、本当に勝てそうになかったら片づけてやるから。それでいいだろ、ユーカ」
「あー。元々お前はあんまり信用してねーし」
「ひでえ」
「ここ一番で頼れるのって、だいたいリリーかフルプレだったもん。お前、そこは外すなよって時に限ってやらかすしさ」
「それは無茶振りが過ぎるんだよ。俺、だいぶ頑張ってた方だと思うぜ? 他の弓手じゃあのパーティについてくことさえ出来なかったと思うぜ?」
「あんまり私の知らない思い出話で盛り上がんないでくださいよね!」
ファーニィが二人に釘を刺す。
……しかし、神業で有名なアーバインさんでも、ユーカさんの評価ではそんなもんだったのか。
最高峰パーティとはいえ、やっぱり安定感や決定力の上下ってのはあったのかもしれないな。僕から見るとみんな超人過ぎて評価しようがないけれど。
盾を引きずるようにして依頼書に書かれていた地区に到着する。
「そっちは行かない方がいいぜ。モンスターが……いや、アンタら冒険者か」
農家の庭先に座っていた中年農夫が声をかけてくる。
「ええ。
「そりゃありがたい。だけど見たところ、装備が頼りねえな。本当に大丈夫かい」
「……これ終わったら買い換えます」
オンボロ革鎧の見た目で損することも増えてきた気がする。そろそろいいのをあつらえる時期かもしれない。
今回の報酬があれば作れるかな。でもあの鍛冶屋にはちょっと頼みたくないな……また余計な事して値段釣りあげてきそうだし。
「あのワイバーンどもにはウチの爺様が殺されちまったんだ。それでみんなで依頼を出すことになってな」
「それは……お気の毒に」
「ああ。とてもじゃねえが他の家族に見せられる死体じゃなくてな。ひでえ事しやがる」
……ん?
「ワイバーンども、ですか」
「ああ」
「依頼書には複数って書いてなかったんですが」
「……うん? それって書かないといけない話だったのか?」
うわー。
またこのパターン?
「あっはっはっ。よくあるよくある」
凍り付く僕の肩を、アーバインさんは笑って叩く。
「いや、ゴブリンやバケウサギならともかく、中型以上のやつで一体と複数体じゃ話が違い過ぎないですか!?」
「仕方ないじゃん、みんながみんな依頼の出し方を熟知なんかしてないし。そもそも出てくるのが一頭だけでも巣をつついたらいっぱいいた、なんてザラだしさ」
「……こっちは命かかってんですが」
「じゃあ値段交渉でもするか?」
アーバインさんは親指で農夫を指す。
農夫はオロオロしつつ、「でもそんな、今以上の金なんか」と呟いている。
「…………」
……ここで情に流されるのは、冒険者というものの値段を下げるようなものだ。本当はよくないのだろう。
でも、家族を失って心身疲れ果てた彼の気持ちは、よくわかる。
「アイン。……アーバインもああ言ってんだ。収めとけ」
「え、ええ?」
ああ言ってる……って、どう言ってるっけ?
と思ったら、ユーカさんはアーバインさんに顎をしゃくり、アーバインさんは肩をすくめて微笑み。
「ま、趣向が趣向だし。作戦変更しようか」
「え?」
「一頭はアイン、お前がやってくれ。……あとは俺が墜とすよ」
とても頼もしいことを、軽薄な笑顔で言い放った。
農地の奥に踏み込んでいくと、不自然に耳障りな鳴き声がどこからか聞こえてくる。
僕たちはそれぞれの盾を胸元に持ち、すぐにしゃがめるように身構えながら進んでいく。
そして、ボフゥッという帆を叩くような音がどこかから聞こえた。
「っ……来るぞ」
ユーカさんが呟く。
僕たちはさらに身を低くしながら周囲を見回す。
……前方、なかなかの急角度。
点のように見えたものが翼を畳んだ
「くっ」
狙いは、僕。
そのまま突っ込んでくるかと思えた
ここで慌ててはいけない。風に耐えながらあくまで盾を突き出して身を小さくする。
逃げようとしたり反撃しようとして身を開けば、この風にやられて転げ、相手の思う壺だ。そこを掴まれて離陸されればあとは空の彼方、逃げ場もなく落とされるだけの流れが待っている。
そして減速が充分に済んだところで
だが滞空しているままで掴むものは、そう器用には選べない。このまま掴むなら盾しかなく、一旦着地して盾を蹴りのけようとするのであれば、こっちにとっては絶好機。
「……来い……っ!」
果たして、
これは普通の戦士なら「ハズレ」のパターンだ。
低空とはいえ、風圧を放ちながら飛んでいるワイバーンにうまく攻撃を合わせるのは普通は難しい。
……だが。
「オーバー」
これだけは人並み以上に使える僕にとっては、やはり絶好機だ。
「スラッシュ!!」
盾を手放しながら剣を抜き、後ろに跳びながら虚空を駆ける斬撃を放つ。
黄金に輝く剣は、鍔元の暗い色の赤の魔導石を瞬間的に鮮やかに光らせて僕の魔力に応え、斬撃は鮮烈な炎色を纏って
その翼を裂いて、一瞬遅れて炎が片翼を包む。
「ゲアアア!!」
バランスを失って、転がるように地に落ちる
こうなればもう怖くない。
全長3~4メートルといっても飛行能力に特化した
あとはトドメを刺すだけ。
……と。
「……ここで、来るよなっ!」
薄々予感していた流れ。
複数頭いるなら、波状攻撃だろう。
ボフゥッという音が再び響いたのを察知し、僕は先に落ちた
風に吹き飛ばされなければ、即座の反撃で掴みを阻止できるはずだ。盾に気を取られてはいけない。
と。
「……アイン!! はさまれてるぞ!!」
ユーカさんが教えてくれる。
挟まれて……どういう?
片翼を燃え上がらせつつも憎悪に燃えて立ち上がろうとしている最初の奴を数えての「はさまれ」なのか、それとも知らないところから二頭目に加えて三頭目まで出たのか、判断に迷う。
……っていうかアーバインさん、一頭やったら他の奴やってくれるはずでは。
と、アーバインさんを見れば、既に矢を放った残心だ。僕が相対している奴以外をさっそく片づけにかかっているみたいだった。
……となると、僕は……最低限、やられないように立ち回っていなくてはいけない。
アーバインさんが神業の弓手とはいえ、一瞬で何頭も即殺できるわけじゃない。
ただでさえ僕は「前衛」。弓手からすれば僕たちが安全を確保し、彼らが攻撃する時間を稼ぐことでパーティ機能が成立するんだ。
一頭倒すことはできましたが時間稼ぎは全然できません、じゃ話にならないよな。
「なるほど」
僕は状況をできるだけシンプルに整理して、方針を再設定する。
新しい剣も使いこなせそうだ。
敵は僕を集中的に狙っている。
……殺しきるより、時間を稼ぐ。
「……やってやる」
しゃがんだまま剣を大きくバックスイング。
こっちに突っ込んできて翼を開く瞬間の
ドゴ、と僕のいた場所の地面を、背後から何かがえぐるのが見える。
……三頭目!
と、思えば……また「ボフゥ」という例の離陸音。
「何頭いるんだよ……!」
三頭目にも「オーバースラッシュ」を見舞いながら、僕は次の音の主を探す。
二頭目と三頭目への「オーバースラッシュ」はうまく着弾したか確認しきれない。畑の中を跳ね、ダンゴムシみたいに転がりながら、僕に向かう
……いや、待て。
しまった。
全部僕に向かうなんて誰も言ってない。
「ユー! ファーニィ!」
空をひとわたり見て、僕に向かう新たな殺気がないのを見て取ると、あとはその可能性だ。
僕の懸念をユーカさんは即座に理解したが、ワイバーンの連続出現と僕への集中に思わず身構えを解いてしまっていたファーニィに、横合いから烈風が叩きつけられて転げてしまう。
「きゃああっ!?」
「バカ!」
そのファーニィを四頭目は掴んで、空への上昇を開始。
ユーカさんはそれを防ごうとして、盾を放り出して
「ユーカ! ファーニィちゃん! ……ったく、アイン! 悪いけどそっちの奴らは自分でやっといてくれ!」
「アーバインさん!」
僕は一頭目から三頭目を改めて確認する。
二頭目は深々と胴体に黒い焦げ傷がついている。三頭目は……当たっていない。
そして一頭目は片翼がまだ燃えているが、それでも僕だけは殺そうという殺意が視線にみなぎっている。
……僕、まだ一頭も殺しきれてない。
もしかしたらアーバインさんも、そのせいでどれを殺したらいいものか、困っていたのかもしれない。
「相手しきれなくて悪かったよ。……最期までやろうじゃないか、お前たち」
剣が炎を孕む。僕はそれを両手で構え、畑の土を蹴って突っ込んでいく。
ヘルハウンドの時の二の轍は踏まない。
何度も何度も見せれば、かわされる。
特に今のこれは、火属性がついているせいでよく見える。安全を優先して中距離で「オーバースラッシュ」ばかり使うのは、雑魚相手ならともかく、それなり以上ではかえって状況を悪くする。
「強いけどっ……属性つきってのも考え物だ、なっ!」
横蹴りの要領で巨大な足を伸ばしてきた「三頭目」に対し、僕は充分に魔力を滾らせた「パワーストライク」で、チャンバラよろしく剣を合わせる。
あっさりと
それに驚き、よろめく隙も与えず、僕はその胴、おそらく心臓があると思われるあたりに見当をつけて、炎の直斬りを叩き込む。
「ゲァッ!!」
血か他の体液か、おびただしい量の液体が裂け目から吹き出し、三頭目が倒れる。
僕はすかさずそいつから離れて「二頭目」に直進。
気分は牛を狩る狼だ。
「鬱陶しいな……!!」
僕はよろけながらも剣を突き出して、その剣で風を裂くイメージを作る。
……ユーカさんは言っていた。技が必要なら作れ。
できるなら、やってやる。
片手で眼鏡を直しながら、剣を前に。
走る。
疾る。
奔る。
……魔法の烈風を、この剣で切り裂きながら突進する。
剣先から広がった魔力が、逆風をバターのように裂いて左右に分ける。
幾度
「おおおおおおお!!!」
空に逃げるなんて許さない。
必ず殺す。
僕の
吹き付ける猛風を完全に無視し、僕の一撃は
その返り血に塗れながら、僕は最後に残った、最初に堕ちた一頭に向き直る。
片翼を燃やしたままのそいつは明らかに怯えていた。
目の前で仲間が理不尽に二頭やられたのだ。それも自然なことか。
だけど、逃がしはしない……!
と、そこで、アーバインさんの放った一撃がそいつに突き刺さった。
というより、貫いた。
いくら表皮は柔らかい方とはいえ、それでも並の動物よりも堅牢な
「アーバインさん!」
「悪い悪い。一頭分は貸しといてくれ。……こんなに手際よく殺っちまうなんて思ってなくてな」
アーバインさんの背後には墜ちた「四頭目」の死骸。
そして、「ウインドダンス」の応用であろう風に乗って、ゆっくりと降下してくるファーニィとユーカさんの姿があった。
……弓射の残心から復帰したアーバインさんが、改めてその二人を見上げて一言。
「絶景」
「何ふつーにアホなこと呟いてんですか!? 死ぬところだったんですけど!?」
……うん。風に服がめちゃくちゃ舞い上がって……まあ、普通お見せしないところが二人とも全開だったわけで。
「いや、さすがに今回は不注意なお前が悪いだろ……」
「なんでユーちゃんそんな冷静なんですか! ユーちゃんも見られてますよ!?」
「パンツぐれーで騒ぐなよ」
「女の子としてそのテンション駄目ですからね!?」
念のため周辺を探索したが、あの四頭とアーバインさんが知らないうちに落としていた一頭の他は、
そして、どうやら巣としていたらしい岩場で卵を数個見つけた。
「おー。これ、そこそこ金になるぞ」
「へえ。じゃ持って帰って売りますか!」
テンション上がっているファーニィを押し留め、アーバインさんと視線を交わし。
「……ったく。そんなの気にしないで総取りしちゃえよ。
「でも、後のためにならないでしょう」
「気にし過ぎだと思うがねえ」
アーバインさんは首を振り、ファーニィは首をかしげる。
「え、何? 何ですか?」
「まあ、なんだ。……アインは
「どういう話なのか見えないんですが!」
僕たちは「お宅の農園内で拾ったものだから」と、卵は農夫のところに置いて、酒場に戻った。
「
「げっ。一頭じゃなかったのか」
「割り増し、期待してますよ」
僕はそう言って、みんなの待つ祝杯のテーブルに戻る。
「……ま、あの卵全部売れば、追加の料金に加えて爺さんの香典くらいにはなるだろうな。……ちょっと儲けさせ過ぎな気もするがねえ」
「僕たちも損したわけじゃないですよ。それに、『冒険者は泣き落としで値切りが利くもの』と思われなくて済みます」
「そんなのお前が気にするこっちゃないんだぜ? そもそも五頭だったこと黙ってりゃ、あの農夫だって余計な金は取られないし、こっちもちょっと余計に働いた分は卵貰っちまえばそれで丸儲けだった。情けは人の為ならずだね、と綺麗にオチたじゃん」
アーバインさんは呆れ顔をしながら、ちょっといいウイスキーを啜る。
逆にユーカさんは上機嫌だった。
「ま、アインも学んだわけだな。いいことだ」
「えー。何をですか」
ファーニィの言葉に、ユーカさんはニヤッと笑い。
「細かい嘘をつきまくるよりは正直な方がいいんだよ。物事シンプルな方が心も頭も楽だ」
それを聞いたアーバインさんは、不満そうだった顔を小さく崩して。
「ふっ……あはははは、まあ、ユーカの弟子だもんな。それでいいか」
「そうそう。っていうかアインは真面目だから本当、雑な嘘は向いてねーんだよ。すぐ嘘ついたこと自体忘れるようなお前と違って」
「いや、変なこと言うのやめてくんないかな? 俺がまるで息をするように嘘つく適当野郎みたいじゃん」
「そんなわかりきったこと今更確認すんなよ。それよりさ」
「ちょっと待てよユーカ!?」
食って掛かるアーバインさんを放置して、ユーカさんは僕に話を振る。
「さっきの技、なんて名前つけるんだ? アタシの技じゃなかったよな、最後の奴」
「え、えーと……名前? つけるの?」
「つけないとアレ出せアレ! みたいになって話がしにくいし」
「また使うことあるのかなあ……今までのと違ってあんまり他の技に似てないから引っ掛けづらいし……考え中で」
「駄目。今決めろ。決めないと必殺アインバスターって呼ぶぞ」
「それはちょっとやだなあ」
「はいはーい。私『ファーニィレボリューション☆』とかがいいと思いまーす♥」
「却下」
「ねーな」
「採用されるとは思ってないけどもう少し話拡げません!?」
グダグダした話し合いの末、新必殺技は「ゲイルディバイダー」になった。
そのまんまのわりにかっこいいけど使いどころ少なそうな気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます