女ったらしのアーバイン

「お、おいおい……あんた、あの『女ったらしのアーバイン』かよ」

 酒場の店主はユーカさんを知っているわりに彼には面識がないのか、呆然とする。

 そしてアーバインさんは苦笑い。

「そこは『女泣かせの』って言って欲しいなぁ」

 ……あんまり大差ない気もするけど、言われる側としては重大な差なんだろう。

 っていうか「邪神殺し」とか「天才少年魔術師」とかの肩書きに対して随分パワーの低い二つ名だよな、とは思う。


 ユーカさんのパーティメンバーの一人であったアーバインさん。

 もちろん一流の冒険者であり、それも飛行型のモンスターに特に有利な弓手。

 彼がいれば緑飛龍ウインドワイバーンを狩ることなど大した難易度ではない。

 普通の弓手ではワイバーンに通じる矢を放つことはもちろん、ただ当てることさえ難しいが、一流とされる弓手にそんな常識は通じない。

 魔法のような……というより、魔法を使う方がよほど簡単なのではないか、という神業をしばしば披露することで、アーバインさんは有名だ。

 つまり、僕たちいらなくない? となるわけだけど。

「アンタがあのアーバインなら、いっそのこと一人で受けてくれたっていいぜ。こいつら渋ってるしさ」

「えー。やだよ。確かにやれるけどつまんねえじゃん?」

「つまんねえって……」

「俺、金には困ってないんだよね。困ってんのは遊び相手」

 ぱん、と俺、そしてファーニィの肩に手を置いて。

「カワイコちゃんとかオモシロ新人が頑張るの見れないならやる意味ないし」

「性格悪ィなあ……」

「ははは。人生は楽しいかどうかだぜ」

 いやいやいやいや。

 な? と僕たちにも笑いかけてくるが、どう反応したらいいやら。


 酒場なのでとりあえず一杯やる。

 といってもユーカさんは大っぴらに酒を出せと騒ぐわけにもいかないのでオレンジの絞り汁ジュース。僕もそうしたいのだけど、一応体裁を気にしてビール。ファーニィやアーバインさんは何の遠慮もなくビール。

「さて、久しぶりだなあ。いや久しぶりってほどでもないか?」

「…………」

「あ? あー……」

 僕はアーバインさんに必死にわかってもらおうと忙しく目配せする。

 ユーカさんをユーカさんだと言いたくない。

 つまり、僕と彼の面識の点もいろいろ誤魔化しを入れたい。

 様子がおかしいことには気づいてもらえたところで、咳払いをして。

「ゴホン。あー……『ユー』を交えて話すのは初めてですね、アーバインさん? 彼女が『僕の師匠のユー』です」

 念入りに、力を入れて、そういうことにしたいという意志を伝える。

 そしてアーバインさんが何かを言う前にファーニィに顔を向け。

「彼とはゼメカイトでちょっと一緒したんだ。冒険者の酒場はゼメカイトでも決まってるからさ。僕みたいな駆け出しでも、アーバインさんみたいなすごい人ともたまに話せたんだよ」

「アイン様も結構すごいと思うんですけど……」

「何お前、カワイコちゃんに様付けさせてんの? どういう関係? 調教中?」

 アーバインさんはユーカさんのほうのことはとりあえず流し、こっちに食いついてきた。

 ……調教って。

 僕が絶句しているところにファーニィは重々しくうなずく。

「遠からずですよ」

 いや待って。

「遠くない!?」

「えっ、結構いい線いってる表現だなって思いましたけど!?」

「あーあーあーいいっていいって、無粋なことは聞かないよ」

 と言いつつもちょっと残念そうなアーバインさん。

 ちょっとでいいから待って。ファーニィに関しては色々と申し上げておきたいことがあります。

 ……という僕の忙しいコントを、ユーカさんはものすごくバカらしく思ってしまったらしい。

「もうやめようぜアイン」

「はっ?」

「めんどくせえじゃんそれ。……はいはい、本当のことを言うぞファーニィ。アタシが『邪神殺し』だ。そしてコイツは元仲間。で、アインはだな」

「ユー!?」

 急に全部バラしだしたユーカさんの口を僕は慌てて塞ごうとするが、ユーカさんはスルスルとかわす。

 くそ、体捌きの勘は全然かなわない。

 で、当然というかなんというか、ファーニィは信じようとしない。

「あははは、何言ってんのユーちゃん。『邪神殺し』ってオークみたいな体格だって話は有名なのに」

「なっ、オークはねーだろオークは!? せめてゴリラって言えよ!」

 ……ゴリラってのは別に悪口に聞こえないんですねユーカさん的に。

「ゴリラだったんだけどねえ」

 アーバインさんも結局ユーカさんの方に話を合わせ始めてしまう。というか正直になってしまう。

「ちょっ……あと一仕事したらファーニィはパーティからアウトの予定なんですよ!?」

 もうちょっとなのに。あと一日なのに。

 ここでそんないろいろ水の泡にしないで。

「え、なんで。こんな可愛い女の子外す普通?」

 真顔で聞いてくるアーバインさん。

 さすが強さを差し置いて「女ったらし」が二つ名になる人だ。可愛いならそれだけでいいのか。

「あのですね。わけがありまして。こいつは元々僕たちを騙して盗みを働いて」

「あー! なんでそういうこと言うかなー! 黙っとくもんでしょうそういうの!」

「その義理は全くないと思うんだけど!」

 なんだよもう。どういうつもりなんだよファーニィも。

 あっちにもこっちにもツッコミきれない。

「だからさー……」

 ユーカさんは樽椅子の上にあぐらをかいて、頬杖をついて僕たちを睨み回す。

 そして、小さな拳を机にダンと叩きつけ。

「めんどくせーっつーの! 変なことやめよーぜ! 命預け合おうってのがパーティだろ!」

「…………」

 いや、その……。

 確かにそうなんだけど……いや、でも本当、そんな命かかる奴じゃなくて、楽な依頼でこき使って適当に放すつもりで……。

 ……と、僕の語気が続かなくなったところで。

「ははは、そうそう。ユーカはこうでなきゃな。……ファーニィちゃん、俺が保証するよ。こいつはユーカ。邪神殺しのユーカだ。可愛くなっちゃったけどさ」

「え、ええー……ウソでしょ? 何かの呪い?」

「遠からず、だよ」

 アーバインさんは笑って、結局全部話してしまう。


 …………。


「はぇぇ……」

 僕とユーカさん、そして謎の魔導書。

 それによるパーティ解散。

 その真相をアーバインさんは隠すことなく話してしまう。

 それを聞いたファーニィはユーカさんをまじまじと見て「嘘だぁ……」と呟く。

「だから本当だっての。なんなら今でも片手でお前ぐらい壁までぶん投げてみせるぞ」

「い、いやー……でも私、前に肖像画見たことあるから……それとあまりにも違うし」

「全然違うのは認める。あの親父も気づかなかったしな」

 ちらりとユーカさんは店主を見る。酒場は広いからあそこまで声は届いていないだろう。

「で、だ。アタシはこの通り、左手を元に戻したいんでマードを探してるわけだ」

 と、アーバインさんに先っちょのない左腕を見せるユーカさん。

 アーバインさんは痛ましげな顔をする。

「ゴリラの時には大してどうとも思わなかったけど……こんな可愛い姿で片手がそんなことになってんのは、見るのも辛いねぇ」

「いや、多少はどうとか思えよ。ゴリラだった時のやつも」

「だって、モンスターの手とか足とか尻尾がちょん切れてんの見たって何も思わないじゃん冒険者オレらは」

「一応仲間をモンスター枠に入れんなよな!?」

 いや、でも多分ユーカさん、痛がりさえしないで戦闘続行してたんだろうし、モンスターと同じ感覚で見てしまう気持ちはちょっと……わかる。

 実際ヘルハウンドに食い千切られた時もこれといって痛がったり泣いたりはしなかったしな。戦闘後に憔悴はしてたけど。

「それに本当可愛くしちゃってるもんだから余計に思うよ。この恰好させてんのアイン? いい趣味じゃん」

「ええまあ……僕も女の子のオシャレに強いわけじゃないんで、それ相応ですけど」

「いや、なかなかいい。ユーカだって知らなかったらちょっと本気で口説きそうなくらい可愛い」

「いやお前、守備範囲広いな!?」

 ちょっと大の男が口説いちゃうのは引くぐらいの外見なんだけど。エルフ社会ではともかく普通の人間社会では。

「人間なんてちょっとすればすぐ大きくなるんだから、ちょっと小さいからって気にしないよ。それに気づくとすぐ老けちゃうんだから可愛い時期は逃したくないし」

「エルフの感覚だとそうなのかもしれませんけど」

 呆れる。

 まあ、そういう感覚で手あたり次第口説いてたんじゃ「女ったらし」にもなるよな……顔はメチャクチャいいし強さも金もあるのがタチ悪い。

「まあそーいうわけだ。これで隠し事とかはナシ。お互いきっちり仕事しよーぜ」

 ユーカさんはテーブルを平手でパンパンと叩いて話をまとめる。片手ないから拍手の代わりかな。

「ちょっと待って。その前に」

 パッと手を挙げてファーニィが割り込み。

 ビッと僕を指差す。

「今回の仕事終わったら捨てるつもりってどういうことですか! それで命預けろってんですか! あれだけ媚びたのに!」

「自分で媚びたって言う!? いやそもそも三回で勘弁してやるって話だっただろ!」

「確かにそれでチャラにしようって話なのは覚えてますけど!」

「待って落ち着こう。どうも見解に相違がある気がする」


 僕たちの見解:一定期間こき使って懲らしめよう。あとは適当に放り出せばもう絡んでこないだろう。

 ファーニィの見解:盗んでからかった罪は本来死刑だが、働くことでなかったことにしよう。晴れて正式パーティイン。


「多分こうなってるよね今」

「いやそっち何でそうなってるんですか! めちゃくちゃ媚びましたよね!? 舐めましたよね!?」

「ええ……命乞いで舐めさせたのかアイン……やるなあ」

 感心するアーバインさん。

 いや、何か舐めさせた覚えはないです。

「ていうかガチ調教じゃん。こんな大当たりの美少女が命懸けでガチ媚びって夢が溢れてるじゃん」

「アーバイン。今アタシめっちゃ引いてるぞお前の性癖に」

「俺個人の問題じゃなくて男なら誰でも夢見る浪漫だろこれ!?」

「いや、僕を巻き込まないでくれませんか?」

 ああもう。

「とにかく! パーティアウトって話はナシにしてくださいよ! 私納得しませんからね!」

「えぇー……」

 なんなの。それで君にどういうプラスがあるのファーニィ。

 ……と、不可解を顔に滲ませる僕を見て、ユーカさんは肩をすくめた。

「……自覚ねぇのな」

「え?」

「たった三戦で指定依頼貰える有望冒険者になったんだぞ、お前。勝ち馬だろ?」

「…………」

 あー……。

 あーー……。

 遊んでたら強引にスカウトされる→その相手は実力派冒険者だった→自分もそのパーティの一員として成り上がれそう!

 これ、お調子者のファーニィにとってはとても楽しい流れだったんだな……。

 そしてその上、伝説の最強冒険者とのドラマチックそうな因縁まで発生。

 ここで放り出されるのは嫌、と。

「……なんかすごく色々失敗してる気がする」

「なんですか! 何が不満なんですか! まだ舐めさせ足りませんか!?」

「とりあえず既に何か舐めたようなこと言うのやめて? 誤解される」

「ドンとこいです」

「わざとか!!」

 ノリで生きてる割に手段選ぶ気がなさすぎないかこのエルフ。

 今までの人生で絡んだことのないタイプなので凄く困る。

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