リニューアル・マイソード

 さらに翌日。

 鍛冶屋に行くと、ようやく愛剣と再会することができた。

 ……のだけど。

「なんか余計に立派になったというかゴテっとしたというか……」

 刀身は一回りシャープになったが色がほんのり金色に近くなった。なんでだ。

 そして鍔周りに装飾が増えている。元もそれなりには洒落っ気があったが、今回はなんか宝石のようなものまで付けられていて、変な値打ちもの感を演出。

 より一層ささくれだらけの革鎧とのバランスが悪い。

 というか、冷静に考えて。

「……これ本当に僕が頼んだやつですか?」

 もうほぼほぼ別の剣じゃないか。出す相手を間違えてるんじゃないだろうか。

「いや、真っ黒だったあの剣だよ。あの黒いのがしつこくてね」

「詳しく」

「削っても削ってもなかなか黒ずみが落ちなくてな。結局この寸法になるまでやらないといけなかった。それでも少し色が残っちまったが……おかしいと思って知り合いの魔術師に鑑定頼んだら、かなり強めの火属性が入っててな。それを活かさない手はねえってんで、急遽魔導石を追加したわけだ」

「えぇ……」

 僕は「磨いて」って言っただけだよ。

「こういうことってある……?」

 横にいたユーカさんに尋ねると、ユーカさんは耳をほじりながら。

「武器に後から属性付くのは時々あるぞ。だいたいはもっと大物モンスターの心臓とかコアとか刺した時だけど」

「おお、よく知ってるな嬢ちゃん。そう、そういう奴だ。これならちょっと才能がある奴が使えば、斬ると同時に高熱でダメージも入れられるぜ」

「いや、そういうことじゃなくて磨きの注文で別の剣に改造されちゃうことのほうなんだけど……」

「たまにある」

「まあ、たまにしかやらんね」

 あるの……?

「まあ少し使ってみてくれよ。ちょっとお代はかかっちまうが」

「僕がそのお金持ってなかったらどうする気だったんですか」

「そりゃ待つとも」

 いや、そもそも武器が無いので稼ごうにも稼げないという事態になりかねないのでは。

 元の剣の方返して、というのはまあ、削った経緯が経緯なので諦めるにしても。

「で、こんなもんでどうだ」

「……そんなに」

 提示された額は結構重い。払うと路銀が一気になくなってしまう。

 それをここで稼ぎ直すのは、また随分なタイムロスになってしまうだろう。

 だからといって、剣なしで冒険者をやりながらマード翁探しの旅はかなり心細いし……。

「あー……わかったわかった。ちょっと待ってろ」

 ユーカさんはため息をつきながら店を出ていく。

 取り残される僕。と、ファーニィ。


 ……数分後。


「ご無沙汰しています」

 ユーカさんがどこからともなく、見覚えのあるエルフ商人を連れてきた。

 ……えっ。

「いやなんでロゼッタさんいるの!?」

 額はフードで隠していたものの、間違いなくロゼッタさんだった。

「そこにいたから」

「そろそろ呼ばれるのはわかっておりましたので」

 いやいやいやいや。

 歩いて一週間の距離だよ?

 という僕の混乱をさらりと流し、ロゼッタさんは鍛冶屋と交渉を始める。

「こちらですか。また随分な加工をされましたね」

「必要だったからな。それでどうだい、おたくが払うのかい」

「その前に、私これでも武器の商いを嗜んでおりまして。いくつか気になる点がございます」

「お、おう?」

「おそらくアイン様なら気になさらないと思いますが、ここに関しては売却の際に減額対象として目を付けられる点ではないかと……それにこの魔導石、中古ですね。調整を施したものに替えなければ、属性発動までにそれなりに魔力ロスが出るはずです。それを黙ってこの額はどうかと」

「そ、それは今から説明するつもりでいたんだよ」

 ロゼッタさんは鍛冶屋相手に容赦なく指摘を繰り出し、攻勢を強めていく。

 そしてタジタジにした所で、懐から三個の宝石を出してカウンターに並べる。

「そういうわけで、これが適正な額かと存じます」

「お、おい……そいつで払うってのかよ」

「急いで旅をしてまいりましたので現金は持っておりません。……真っ当な商人ならば、これで大きくは外れない額になるはずです」

「……わ、わかったよ」

 ロゼッタさん、完勝。

 ここでそれ以上粘っても勝ち目がないと悟ったか、鍛冶屋は白旗を上げる。

 そして改めて、僕の手元に戻ってくる愛剣。

「これでよろしいですね」

 ロゼッタさんはそれを見届け、一礼して去っていこうとする。

「い、いや、ちょっと待って!?」



 外に移動。

 そして突然の登場について問い詰める。いくらなんでもちょうどよく出てきすぎだ。

「もしかして僕たちを後ろから追っかけてきてたの!?」

「いえ。ゼメカイトを出たのは昨晩です」

「!?」

「そろそろユー……様が困る頃合いかと思いましたので」

「こういう奴なんだよ。そろそろアイツいると便利だなーと思うと、だいたいその辺に来てる」

「恐縮です」

 ユーカさんを「ユーカ様」と呼ばないあたりはさすがにわきまえている。

 けど。

「そんな一晩でフィルニアに来れるルートなんかあるの……? あるならなんで教えてくれなかったんだ」

「『迷いの森』という伝承をご存知ですか」

「……え?」

「それを利用すれば、大陸中のほとんどの場所は数日あれば行けますよ」


 迷いの森。

 伝承というか、まあどこにでもある奥深い森の俗称、というものだと思う。

 一度入れば出てこれない。命尽きるまでさまよい続け、死ぬ。

 転じて、それはいくつかの可能性を感じさせる場にもなった。

 いいや、実際は死んでいない。迷いの森からどこか遠くに迷い出ているだけなのだ……という、誰かの死を信じたくない遺族による無根拠な希望。

 あるいは他の原因で……たとえば自ら失踪したり、実際は他のトラブルで「消された」人物の体裁上の行き先として、迷いの森を勝手に使って「そういうことにする」という大人の事情。

 いくつもの狭い世界の理不尽を飲み込む穴として、「あそこは恐ろしい迷いの森だ、あの人はそこに行ってしまったんだ」とまことしやかに語られ続ける、卑近な恐怖の対象として……それは、どこにでも存在し続けている。

 そういうものの、はずだ。


「……あれってそういう風に利用する類のものなの?」

 とりあえずエルフの間では常識なのかと思い、ファーニィに水を向けてみるとぶんぶんと首を振る。

「知らない知らない、そんなの聞いたこともないです」

「……だよね」

 改めてロゼッタさんに目を向けると、彼女は口元だけで微笑み。

「巷間言われているものの多くは本当にただの森ですが、中にはダンジョンのように別の空間に繋がっているものがあるのです。私以外の者では出られなくなるか、伝説通りにとんでもない場所に迷い出ることになってしまいますが……」

「……そ、そんなのあるなら案内人でもやったら、すごく儲かりそうなのに」

「どうも何かの条件付けがあるらしく、手を繋いだり命綱などを使っても、二人以上で入るとはぐれてしまうのです。なので私自身か、私の能力に匹敵する魔導具があるのでなければ、思ったようには使えないと思います」

 ……意外と不便。

「そういうことですので、またお会いすることもあるかと思いますがご了承ください。では」

 あくまで慇懃に礼をして、そのまま雑踏に消えていくロゼッタさん。

「……あ、しまった……マード翁の場所また聞けばよかった」

「どうしても見つかんねーなら次に会った時に聞けばいいだろ」

 ユーカさんがめちゃくちゃ余裕なのは、こういう理由もあるのか、とちょっと納得。

 あの千里眼の持ち主がちょくちょく会いに来てくれるなら、本当に焦ることなんてないかもしれない。

「……あんなヒト、いるんですねー……っていうかユーちゃんが様付けされてたけど、実はユーちゃんってすごい人だったり?」

「この期に及んでユーをすごくないと思ってるのが僕的にはびっくりだよ」

 明らかに僕より冒険慣れしてたり、現状の戦闘能力では明らかに上の僕に対していろいろ指導している姿を目にすれば、何かあるだろうと薄々気づきそうなものだけど。

「まーアイツのことはとりあえずいいだろ。それより剣だ。改めてちょっと振ってみろ」

「ここで火が出るかもしれない剣を振り回すのはちょっと……次の依頼受けてからにしよう」

「次! 次こそ私が活躍できる依頼にしましょう! ワンモアチャンスで!」

「ファーニィがなんでそんな張り切るの……?」


 冒険者の酒場に再度足を運ぶ。

「よう、お前らか」

 店主は僕たちを見て相好を崩す。どうも期待の新人みたいに思われている気がする。

 次が終わったらここに留まる気はないんだけど……ちょっとだけ後ろめたいな。

「いい話があるんだが受けないか?」

「……え?」


 その一言は「壁貼り冒険者」なら誰もが憧れる一言。


 続く言葉は決まっている。

「ちょっとペーペーじゃ手に負えない依頼を任せたいんだが」

 来た。

 指定依頼。

 冒険者の酒場でそれを任されるのは実力と信頼の証とされる……つまり「中堅冒険者」以上だと認められたということ。

 とはいえ。

「えぇ……」

「なんだ、嬉しくなさそうだな?」

「僕たちここ来て三日目ですよ?」

 そう。たった三日。

 ゼメカイトでは数か月も壁貼り依頼をこなして、それでも認められるかどうかなのに。

 たった二度の依頼でそれをパスするのは異例だ。

「よほど人材がいねーんだな?」

 ユーカさんも呆れる。

 店主は口をへの字にしつつ、しぶしぶ認める。

「お前らなあ……いや、まあ、実際ここに腕利きなんてそういないんだが。土地柄、のんびり冒険者やりたいって矛盾した連中がいくらかいるだけなんでな……こういう時困るんだよ」

 冒険者というのは危険な仕事だが、だからこそ一獲千金、名声獲得という夢がある。

 しかしモンスターの弱い地方では、いくら頑張ってもせいぜい日銭稼ぎ。

 力がありながら、そんな場所で長く続けたい、という冒険者は、どちらかというと奇人だ。

「たった3人パーティだってのに、一日でゴブリン数十匹相手に無被害勝利。そして樹霊トレント二体にも余裕勝ち。そんな芸当ができる奴はなかなかいねえんだ。他の腕利きは別件で出払っててな……頼むよ。金は弾む」

「…………」

 ちょっと悩む。

 僕も冒険者のはしくれ。冒険者の酒場の店主に頼られるシチュエーションというのは憧れの一つだった。

 しかし今は、簡単な依頼をササッとこなしてファーニィを放流し、早くマード翁探しに戻りたい。

 ユーカさんにいつまでも片手生活はさせたくないのだ。

「一応話だけは聞こーぜ。無理そうならパスすりゃいい」

「おいおいおい。パスされちゃ困るんだって。人里まで来てるんだ」

「何がだよ」

 ユーカさんが続きを促すと、店主は溜め息をつく。

「ワイバーン。緑飛龍ウインドワイバーンだ」


 緑飛龍ウインドワイバーンは中型モンスターに分類される。

 大きくても3~4メートルと、大きさとしてはさほどでもなく、顔も小さいので牙も弱く、攻撃力が突出しているわけではない。

 ただ、その身体構造的にとにかく風の扱いに長けていて、飛ぶのがやたらと速い。

 そのため、あっという間に飛び込んで相手を捕まえ、高空まで連れ去って落下死させる……という結構えぐい殺し方をしてくる。

 さらには老齢個体だと竜巻を生むこともあるという話もあり、剣を握ったばかりの駆け出しには決して任せられない相手だ。


「魔術が使えるっていうエルフの嬢ちゃんがいるなら、落下死は防げるだろ。その腰の立派な剣ならきっと緑飛龍ウインドワイバーンにも通じる。油断しなければ決して分の悪い戦いじゃないと思うがね」

緑飛龍ウインドワイバーンかぁ……うーん、アタシが五体満足ならやらせたんだけどなー……」

 ユーカさんが悩ましげにうなる。

 店主とファーニィは「何言ってんだろうこの子……」という顔でユーカさんを凝視。

 たとえ左手があってもなくても、大して変わらないメンバーにしか見えていないのだろう。

 実質の決定権をこの一番幼く見える女の子が持っている、というのも、理解できていないに違いない。

 ……いや実際、身体能力的にゴブリン相手ならまだしも、ワイバーンにユーカさんが何できるっていうのか……いや、でも10メートル級の飛翔鮫シャークワイバーンぶん投げてたなこの人。この体で。

 うん、確かに戦える算段はあった。すみません。

 でも実際のところ、僕もちょっと遠慮したい。

 空から襲うワイバーンへの対処はいくつかある。

 遮蔽物を利用する。盾を上手く使って一発目を避ける、カカシデコイを用意して危険を分散する、など。

 地上ではあまり機敏に動けないのがワイバーンの弱点だ。

 そして着地している隙に翼にいくらかでもダメージを加えられれば、飛び立つ能力を奪うこともできる。

 でも、そういう対処はあくまで理屈の上でのこと。盾の持ち込みはともかく、もしユーカさんやファーニィが最初に的にかけられたら、出来ることが少ない。

 僕だって初撃をうまく捌けずに高空に放り出されれば、死ぬ確率はかなり高い。

 ファーニィの魔術で落下速度を落とすことができるかもしれないが、まずファーニィを僕たちは信用していないし。

「やりましょう!」

「ファーニィちょっと黙ってろ」

「僕は反対だなあ……もう少し安全策がないと誰か死ぬよ、それ」

 芳しくない僕たちの反応(ファーニィ除く)に、店主も頭を掻きながら、それでもなんとか、と食い下がろうとする。

 そして。


「オーケーオーケー。つまりもうちょっと安全策さえあればいいんだな?」


 僕たちの背後から陽気そうな声が聞こえた。

 驚いて振り向く僕とファーニィ。ちょっと嫌そうな顔をするユーカさん。

 そして。

「ザッツ、俺」

 グッと親指で自分を示す、チャラそうなエルフ男性の姿。

「あ……アーバイン、さん?」

「よう、お前ら。それとカワイコちゃん。遊ぼうぜ☆」


 えーと。

 あなた一人でよくないですか?

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