ファーニィがんばる

 翌朝。

「寝床は大事だな! 生き返った感じすげーわ」

 実に機嫌よさげなユーカさんの髪をベッドの上で梳き、編む。

 まるでユーカさん専属の髪結いのようだが、三つ編みとロープ編みしかできないのはちょっと寂しいな。少し他のも覚えたい。

「髪編むの、アイン様がやってるんですか」

「ユー、不器用だからね」

「あっ、てめ」

 言い訳のためにまた適当言う僕に、ユーカさんは不満そうにする。

 とはいえ的外れでもないだろう。僕がやらないとザンバラ髪のまま何もしないんだから。

 髪飾りも付けてやり、服を着替えるのも(正面に回らないよう配慮しつつ)手伝い、それからようやく立ち上がってファーニィに向き直る。

「じゃ、今日はファーニィに任せることになるけど」

「ふふふー。任せて任せて、私がすごいイケてる女だというの見せちゃいますよ」

「そんな張り切らなくてもいーんだぞ。今日中に終われば」

 一度はフィルニアを拠点にしただけあり、ユーカさんは指定されたアバウトな出現場所を把握できているらしい。

 窓から山の方を指差して「あの山のあたりだから……歩きで二時間かかんねーな」と言い切る。

「今までゼメカイトにいたのによくわかりますねー。私依頼書あれじゃわかんなかったから、改めて歩いてる人に聞こうと思ってたのに」

「ちょっと住んでたことあってなー」

 ユーカさんも適当に疑問をいなし、「それより腹減ったからなんか食おうぜー」と言って返事も待たずに部屋を出て行ってしまう。

 ……それから僕は、ファーニィに改めて。

「ところでファーニィ。一応聞いとくけどユーの左手って君じゃ治せない?」

「今聞くんですかそれ……?」

「いや、だって君『聞かれなかったから言わない』みたいな態度取るよね。魔術使えるのもそうだし」

「エルフで魔術使えないって、お外に出せないレベルのバカってことですよ……」

「そういうの僕たち知らないし。で、治せないの?」

「無理ですー。もげた直後で先っちょも揃ってるならともかく、あんな時間経ってるのを生やすってかなりの高等技術じゃないですか。私が知ってる中でも五人もいないですよ、そんなのできる人」

「そんななんだ……」

「……あっ、今『エルフババアがそういうなら相当な母数ある中で言ってるな』みたいな顔しませんでした? 別に私そんな歳じゃないですからね? たった70歳ですからね?」

「……そんななんだ……」

 70歳かー……見た目は今のユーカさんよりちょっと上、程度に見えるのに。

「待って待って待って、本当は何歳くらいだと思ってました!?」

「いや知らないよエルフの歳なんて……人間族ぼくらならもうお迎え来てもおかしくない歳だけど」

「ババアって言ってますよねそれ!?」

 そもそもエルフってどのくらいの速さで成長して、どれくらいの歳で成人なんだろう。ファーニィってそもそもちゃんと成人してるのか?

 あんまり深く関わるつもりもないから聞かないけど。……いずれアーバインさんあたりには会うことになるだろうし、その時にでも聞こうかな。



 今日の依頼は樹霊トレント退治。

 森の木々に擬態するそれは、昨日まで普通に立っていた木を捕食して成り代わるので、相当に森に慣れた人間でも違和感に気づけないのが厄介な相手だ。

 本来はそうして樹木を主要な食糧とするので、人間やほかの動物としてはさほど競合しない相手のはずなのだけど、そこはやはりモンスター。射程内に人類がいれば確実に敵対的行動をするので戦わざるを得ない。

 それに、森なんてただの暗い場所でしかない冒険者ぼくらにとっては直接関係のない相手でも、果樹農家や木こりにとっては、知らないうちに大事な飯の種を食い荒らされるわけなので、決して放置はできない。知らずに近づいて殺される可能性も特に高いわけだし。


「妙に獣道にはみ出してやがる。多分アレだな。近づきすぎるなよ」

 僕たちは依頼の樹霊トレントに接近する。

 こいつの退治方法は主に二つ。直接伐採するか、燃やすか。

 よく知らないと「火矢でも当てればそのまま燃え広がるんじゃないか」と思うのだが、ただの樹木ではないので当然、無抵抗ではない。火矢一本や二本の火では、動いたり体液を集中されて消されてしまう。

 本気でそれを軸にするなら弓手が最低でも3~4人は必要で、万全を期すならなんとかして油もかけたい。

 でも、そんなに全開で燃やすと、今度は山火事になる危険もあるのでそれも厄介。

 木々を守るために山火事を起こしちゃ本末転倒だ。

 ……その点、魔術師は簡単だ。

「ふふふふふ。やっと私の時代ですね。下がってて下さい見せてやりますよ! 私がただの棒立ち絶叫系ヒロインじゃないことを!」

「お前がなんのヒロインだって?」

「絶叫してたっけ?」

 僕とユーカさんの呟きにはまったく長い耳を貸さず、意気揚々とファーニィが前に出る。

 両手でボールでも抱えるようなポーズを取って、手と手の間に魔力を集中(してるんだと思う。見えないけど)。

「ファイヤー……ボーールっっ!!」

 そしてみるみる生まれた火炎の球を、両手を突き出して放出。

 ……まあ、そんなに高々と誇らしげに叫ぶやつでもなく、魔術師名乗るなら誰でも使える初級魔術だけど。

 ちなみに見た目は手の中の段階で燃え上がってるように見えるけど、あれは別に触ってもちょっとあったかいくらいで熱くない。前に臨時で組んだ魔術師に触らせてもらったことがある。「この状態でそんなに熱かったらこっちが燃えちゃうじゃん」と笑っていた。

 あの状態では熱を圧縮し、魔力の殻で閉じ込めているのだとか。

 それが手から離れることでほどけ、いい具合に本人から距離を取るか、何かにぶつかるかした時に一気に解放され、周囲を燃やす、という理屈らしい。

 ただ火をつけるだけなら学び始めの子供でもやれる。しかし戦闘に魔術を使うには、そういう細工コントロールが完璧にできなければ自滅する。

 ファーニィはその基本はちゃんとできているらしい。ファイヤーボールは無事に樹霊トレントに到達し、ボムッと景気よく燃え広がった。

 ここからが魔術師の腕の見せ所。

 広がった炎を操るのだ。

 遠距離で魔力を操作するのは難しい。そして広範囲を一度に操るのはさらに難しい。

 だが、それができればファイヤーボールひとつでも容易に敵を団体で相手取れる。

 森の中の樹霊トレント相手なら、燃え広がらせること以上に「狙った相手だけを焼く」という方向性が必要だけれど、魔術師ならそれは決して難しくはない。

 自分の魔力で生んだ炎は、数十メートルを隔ててもまだ言うことを聞く。

「行けっ……燃え尽きろ!!」

 ファーニィがヒュッと手を振り上げ、炎を樹木全体に駆け上がらせる。

 その時になって樹霊トレントはようやく動き出し、グゴゴゴゴ、と声とも軋みともつかない音を奏でながら悶える。

 わりと離れた根や雑草がわさわさと揺れる。それらは全てこの樹霊トレントの一部だ。もしも無防備にそこに立っていたら絡めとられ、喉に絡まったら魔術も封じられてしまうところだ。

 しかしファーニィの位置はそこから10メートルは離れている。これなら完勝だ。

 ……と、思ったが。

「……待て、アイン。何か変だ」

「え?」

「ファーニィの周りをよく見ろ。……草が迫ってる」

「……さすがにあの距離じゃ」

「ああ。あの草はじゃない。つまり……」

「……嘘だろ」

 要領を得ない、だけど最速の会話。

 僕は棒とナイフを両手に駆け出す。

 そして。

「ファーニィ、逃げろ!」

「えっ」

!」

 雑草が、まるで獲物に飛び掛かる猫のように急に伸びて、ファーニィの足を掴む。

「ひゃあああ!!」

「こっの!」

 ナイフでその草を刈り取る。

 そしてさらに八方から迫ろうとする草を棒で薙ぎ払い、ファーニィの尻を蹴飛ばして離脱させる。

 その間にも僕に向かって空中からツルが垂れ下がり、急に巻きつく。

「っぐ……!」

 ナイフを振るうが、体が揺れて上手く切れない。刃が短いので上手く引けない。

 まずい。

「アイン! パワーストライクだ!」

「!」

「アレなら棒でも刈れる!」

 ユーカさんの言葉に、必死で念じて棒全体に魔力を行き渡らせる。

 刃もついていないただの棒なので、草やツル相手には払いのける用途にしか使えないと思い込んでいた。

 が、「パワーストライク」なら、どうだ。

「おおおっ!!」

 デタラメに振った棒が、バツン、とツルを叩き切る。

 そのまま地面に落ちた僕を再度雑草たちが狙うが、端を持ってリーチを伸ばした棒をしゃがんだまま振り回し、文字通り根こそぎにする。

 さすがに樹霊トレントといえども、擬態触手を無限には出せないだろう。

 どの木が二体目だ。

 目を走らせる。どの木も怪しいが……いや、一本だけ様子の違うのがある。

 急に葉の間から白い花を覗かせ、咲かせようとしている。

 ……って、つまり……花粉攻撃……!

「やばい……!」

 口鼻を塞ぎ、目をつぶる。しかしその場しのぎになるかどうか。

 花粉は効果範囲が広いのだ。散布されてしまうと走って逃げても体に纏わりつき、多少は吸ってしまう。

 それが多少の痺れ等で済むならいいが、錯乱や催眠効果だと目も当てられない。敵と味方の区別がつかなくなるか、あるいは眠りこけたところを簡単にやられてしまう……!

「ウインドダンス!!!」

 覚悟したところで、ファーニィが新たな魔法を発動した。

 一瞬で巻き起こった旋風が、花粉を巻き上げ、吹き飛ばしてしまう。

 風もなまなかなものだとかえって被害を広げるけれど、魔術で操られたものは指向性も魔術師の自由自在だ。まさかファーニィも僕や自分にかかる方向の風は起こすまい。

 僕はその隙に二体目から充分距離を取り、同じく転げて戻ったファーニィに改めての攻撃を促す。

「あいつも焼いてくれ!」

「焼きますけど! 焼きますけど二体ってひどくないですか!?」

「僕にそれ訴えるなよ!? あとエルフって木に共感できるんじゃなかったっけ!?」

「それで簡単に見破れるようなら樹霊トレントで死ぬエルフいません!」

 ……それもそうだね。

「ああもう、かっこよくキメたかったのに! 許さんぞ樹霊トレント!! ファイヤーボール!! ファイヤーボール!! ファイヤーボール!!!!」

「落ち着けー。連発しても意味ねーだろー。火が付いたら操るんだろー」

 ユーカさんがちょっと冷めた声で言うが、ファーニィはキッと振り返って睨み返し。

「八つ当たりですよ!!!」

 きっぱり言われてもさあ。

 ……火がついているのに何度もファイヤーボールを叩きつけるという行為に意味あったかどうかはさておき、二体目は無事に消し炭になった。

 そして一体目は他の木に延焼を始めていて、鎮火にちょっと苦労した。


「ご苦労さん。討伐確認は今行かせたんで、金は夜まで待ってくれ」

 樹霊トレントはゴブリンと違って、死体からこれといったわかりやすい証拠が取り出せない。そういう場合は別口で確認が必要になる。

 あの元冒険者らしい小間使いがいないので、彼に行かせたのだろう。

「二体いましたよ!?」

「そりゃ災難だったな。でも樹霊トレントのつがいもたまにあるこったろ」

「でもあんなのズルいですよ! 何なんですか相方が燃えるまで大人しく待ってるとか! 情ってものがないんですか!」

「随分荒ぶってんなあエルフの嬢ちゃん……」

 モンスターに情なんか期待しないで欲しい。

「しかしあれで壁貼りってのも確かにだいぶアレだよね……」

「複数だと確かにペーペーにはキツいわな。もう一匹には依頼主が気付いてなかったか、あるいは気づいたうえで知らん顔して依頼料ケチってきたか……」

 ユーカさんが推測する。まあ擬態型のモンスターなので確認が難しいというのはあるし、どっちも有り得るか。

「これで私の株も爆上がりで扱いが超良くなる予定だったのに! むしろアイン様に舐めさせる予定だったのに!」

 怒りながら酒をきゅーっと一気飲みするファーニィ。

 ……僕とユーカさんは顔を見合わせる。

「なんだオイ。あいつお前に舐められたいらしいぞ。舐めとくか? 女のエルフって甘いらしいけど」

「いや、舐めないよ? っていうかそれどこ情報?」

「アーバイン。人間はしょっぱいけどエルフは甘いんだってさ。ドワーフは苦いって」

「それ一応女性に聞かせるやつ?」

 ……っていうかファーニィ、ちゃんと解放される気あるの……?

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