ゴブリン退治と休息

 幾度かの襲撃を凌ぎ、僕たちは彼らの巣と思われる場所に辿り着いていた。


 ゴブリンは人間より体が小さく、ジャンプ力も高いため、巣を作る場所は人間が入り込めない場所であることも多い。

 腕利きの魔術師はそういう場所でも偵察できる「使い魔」と呼ばれる魔導人形を作るらしいが、とりあえず僕らにはそんなものはない。

 岩棚の上にある、這って出入りできるかどうか、みたいな穴をどうするか、思案する。

「奥がゴブリンの巣なら、無理してでも入る必要があるかもな……」

「アホなのかお前は」

「だって全滅させろって依頼だろ。耳も集めないといけないし」

 ゴブリンの討伐証明はサイドを決めた片耳を削いで持ち帰る。気分のいい作業ではないが、倒した証がないとさすがに報酬が貰えない。

 地方によっては手だったり目玉だったりするらしいのだけど、どっちも集める作業が耳以上に気分が悪いので、真似したくはないな。

 首ごと持ち帰るってのもあるけど、さすがに複数個になってくると邪魔になり過ぎる。今回みたいな数十って数の依頼だと、運んで帰るだけで荷車が必要になってしまうのでアホらしい。

 ……それはともかく。

 ユーカさんは穴を見上げ、そのへんの枯れ枝を集め出す。

「あんなんいぶせばいいだろ。中に入ってもロクに立てもしない状態で何してくるつもりだよ」

「う……」

「もしかして今までそうやって討伐してたのか? そりゃ苦労して当然だろ」

「は、入れそうになかったら入り口埋めてたよ」

 ゴブリンがそれで大人しく死ぬかという点については怪しいが、そこらから石や土をできる限り運んで埋めていた。

 ……でも討伐証明である耳が取れないから、どうしても報酬は低くなるし、割に合わない労働ではあった。

 他に出口があったら何の意味もない。でも、酒場の店主は「入れなくて手に負えない巣はとりあえず塞いでおけ」って言ってたし。

「燻すのか……うまくいくかなあ? 風向きによっては煙が押し返されるんじゃ」

「そしたら下の方に出口があるってこった。探し直しだ。まあそんなに広い範囲は探す必要ないだろ」

「……下なんだ」

「特別なことがなきゃ風ってのはこういうところを上から下には吹かねえんだよ。煙突だってそうだろ?」

 言われてみるとそうなのか。

 感心していると、ファーニィがいやーな顔でニヤニヤと僕を見ている。

「アインさん、子供のユーちゃんに教わりっぱなしですねー」

「……ユーの方が冒険者歴長いんだよ。僕は去年からだから」

 言葉少なに説明するが、煙にしろ巣の対処にしろ、ちょっと知識を持って考えればすぐにわかる話でもあり、それを教わりっぱなしは確かにかっこ悪い。

「おいファーニィ。ナメた態度取るんじゃねーぞ。仕事受けて冒険者やってるからって、お前まだ許されてるわけじゃないかんな」

 焚き火の用意をしながらユーカさんが釘を刺す。

 ……冒険者の不文律として「味方を背中から斬る真似は敵より許されない」というのはあるが、実際のところ、厄介なメンバーの謀殺はちょくちょく囁かれている事例だ。

 いるもんな、実力はあって人の意見を許さないけど、実のところ持て余されるような奴。

 そういう奴だけがちょうど冒険中に死亡、という事故があると、みんな察した顔をする。

 冒険者の命は軽い。

 どんな実力者だろうが、死んで仲間に惜しまれなければそこで終わり。

 どこにも何も残せず、忘れられてしまうのだ。

 ……というのもあるくらいなので、今のファーニィの状況は客観的に見てとても危ない。

 無知を煽ってる場合ではないのだ。

「……すみませんごめんなさいホント何でもなめますから命だけは」

「一瞬でそこまで卑屈になれるのは才能だと思うよ」

 とりあえずファーニィの相手をするのはそろそろやめよう。

 ユーカさんは一度火打ち石を取り出して、先のない左手を少し見てしまい直す。

 火打ちが好きっぽいんだけどあれじゃできないよな。

「僕がやるよ」

「いや、魔導具使おう。カチカチやる音は響く。中にいるゴブリンたちに気づかれて急襲されちまう」

 ユーカさんは使い捨ての火の魔導具を取り出す。

 少し値は張るが入手性はいい代物だし、こういう時にケチるものじゃない。

 ユーカさんが木製の短い棒に少し魔力を込めれば、刻印された魔術文字が順に反応し、ほどなくして小さなたいまつのように燃え始める。

 それを薪の下に詰めた枯れ草に突っ込み、ユーは後ろに下がる。

 ……しばらく焚き火の煙が広がるのを眺めていると、穴の中からギャアギャアと耳障りな声が聞こえ、ゴブリン数匹が煙をかき分けるように飛び出してくる。

 こちらが良く見えていないらしい。

 僕は棒で最初の一匹の鼻っ柱を突き破って殺す。

 その打撃音で状況を把握したようで、後続のゴブリンたちのギャアギャアがにわかにうるさくなる。

「できれば全部出てきてからやりたいけど……オーバーピアース……スプラッシュ!!」

 僕は煙の奥に向かって棒を連続で突き出しつつ、その全てに魔力を乗せ、打突の嵐を穴の奥に届かせていく。

 ちょっと魔力消費はきついけど、ゴブリンに囲まれて乱戦するのは避けたい。

 いくつもの断末魔が重なり、やがてヨロヨロと出てくるのは小さすぎて打突に当たらなかった幼体だけになる。

「ゴブリンの、子供……」

「違う。『幼虫』だ。子供じゃねー」

 ファーニィの呟きを遮るようにユーカさんがそう言って、僕に顎をしゃくる。

 僕も頷き、無慈悲に突き殺す。

 ……モンスターにも当然幼い個体はいる。

 だが仏心を出すわけにはいかない。成長すれば当然、害をなすものだ。

 だから僕たち冒険者は、モンスターに「子供」という言葉は使わない。その命を奪うことに、僅かなりと罪悪感を持ってしまうのを避けるためだ。

 ……そもそもにして、大人なら倒して良くて子供は駄目、というのも、優越者の勝手な慈悲の理屈に過ぎない。

 相手を慮るなら最初から退治など考えるべきじゃない。

 やるからにはそんなもの関係ない。僕たちはそういう段階の仕事をしている。

 ……そして、その死体から耳を切り取ってずだ袋に詰め、少し久々のゴブリン退治依頼は終わった。



「早かったな。見た感じそんなに慣れてなさそうだったし、何日かはかかると思ってたよ」

 冒険者の酒場の店主はそう言いつつ、これまた引退冒険者と思われる小間使いに袋入りのゴブリンの耳を勘定させる。

「当たる範囲では片づけました。多少は残ってるかもしれないですが」

「あれだけ殺したなら残りも長居はするまいよ。ご苦労さん」

 小間使いが土間に広げている「耳」の数に、店主はにんまりとしながら僕たちに一杯ずつ酒を出し、報酬を用意し始める。

「……酒はまだ駄目なんだけどなあ」

「飲んどけ飲んどけ。ってアタシのはただの絞り汁ジュースかよ」

「ユーちゃんはもちろん駄目でしょ?」

「うぎぎ」

 本当は24歳なんだぞ、と言いたいのだろうが、言うわけにもいかない。

 ファーニィはエルフなので見た目に関係なく、ちゃんと酒精入りだ。そのへんはさすが異種族の出入りが多い冒険者の酒場、慣れている。

「それにしてもアインさんお酒駄目なんだぁ……可愛い♥」

「ファーニィ」

「あっごめんなさいすみませんちょっと調子乗りました舐めます舐めますからアイン様」

「人聞きの悪いやつやめて?」

 仕方なく酒をちびちびと飲みつつ依頼料確定を待つ。大半は残すつもりだけど、飲まないでいるのもカッコ悪いので気持ちだけ。

 ……正直、今のところ美味しいとは思わない。あんまり酒が好きになれる気がしないな。


 報酬はそこそこ稼げた。

 依頼主はあそこの近所にある農場主らしいが、そこから頭数に合わせた料金を事後にふんだくるのも冒険者の酒場の仕事。中にはケチろうとする依頼主もいるが、そんな依頼主の仕事は二度と貼らせてもらえない。

 そうなれば、今度似たようなことがあったらいちいち直接腕利きを雇わなければならなくなる。手間はとんでもないことになるし、暴力の世界の人間との直接交渉はトラブルも多い。

 結局それは得策ではない、と知れ渡っている。

「あと二つかー……他に適当な奴あるか?」

「ゴブリン以外となると……熊狩りって冒険者に頼むやつじゃないよな……これは何だろ、字が汚いけど……樹霊トレント?」

「それは魔術師いないと面倒だからやめとこうぜ。あれ剣とか斧じゃなかなかトドメになんねーの」

「あー、それは知ってる。一度だけやったことある」

 木に擬態するモンスター。

 本体を切り倒せばいい……と最初は思うものの、肉を切るようにできている剣や斧ではどうしても時間がかかる。

 そしてモンスター自体はそんなに動きは速くないのだけど、周辺の何が樹霊トレント由来のものなのかわからなくて厄介だ。

 木の根っこだったり蔦だったり草だったりするものが実は樹霊トレントの一部だったりして、いつの間にかこっちに絡みついている。

 そして、それを切断できなければ、じわじわと締め上げられて、首はもちろん手足も切断せざるを得なくなるまで締められることがあるらしい。

 冒険者ならもちろん刃物は携帯するからその危険はあまりないが、悠長にはしていられないのは変わらない。

 そしてそれだけが問題かというとそうでもなく、個体によっては催眠効果や錯乱効果を持つ花粉を任意にバラ撒くことがある。それをやられたらパーティ全滅も有り得る。

 近づかなければ害は少ないので壁貼り依頼になるのだけど、正面からやろうとすれば中堅以上の腕が欲しい。

 ……そして魔術師なら、離れてゆっくり攻撃ができるので比較的簡単な獲物。

 職種ジョブ相性が激しい相手なのだ。

「あ、それなら私いるからいけるじゃないですか♥」

「ん?」

 ファーニィが何の気なく言い放つ。

 僕とユーカさんは数瞬首をかしげて、そして。

「お前魔術もいけんの!?」

「ズルくない!?」

「いやそれはエルフなんだからできますよ? メチャクチャ得意ってわけじゃないですけど」

 ……そういえばそうだった。

 エルフは魔術がかなり得意な種族で、しかも寿命が長いので学習期間が長く、一般人レベルでもちょっとした冒険者に引けを取らないという。

「まず弓より先にそれをアピールしろよ」

「いや、エルフですから……? エルフの枠では『魔術が特技』っていうには恥ずかしい程度ですし……」

「なんでもいいよ! っていうかエルフ的に樹霊トレントって倒していいやつ?」

「あ、それは大丈夫です。うっかり普通の木だと思って隣で寝て絞め殺されちゃうエルフも時々いて、絶対に許されざる奴認定なので♥」

「エルフって思ったよりポンコツ種族過ぎない?」

 次の獲物は樹霊トレントに決まりそうだ。


 それはそれとして、さすがに強行軍が続いたのでその晩は宿を取る。

 二つ前の宿場以来の柔らかい寝床なので、ユーカさんは物凄くうれしそうだった。

「いやー、やっぱり宿屋いいな! 今日はめちゃくちゃよく寝られそうだ」

 ユーカさんの部屋に行くと、ふかふかのベッドに尻を乗せて跳ねていた。

「その前にお風呂。……ここはちゃんとした温浴できるから、しっかり体洗ってきて」

「それはいいんだけど片手ねえからなあ……お前が流してくんねーか?」

「一応女の子だからね? っていうかゴリラ時まえもそんな適当に混浴してたの?」

「さすがにマードもいたし不自由だからってわけじゃねーけど、あのクリスエロガキくらいなら気にせず一緒に入ってたし背中流させてたぞ」

「いくらなんでも無防備というかなんというか……」

 ゴリラ過ぎて誰も襲えない、という事情もあったんだろうけど、羞恥心が田舎のおばちゃんすぎる。

「だいたいこのカラダで色気もクソもねーだろ。もうちょっと胸あったら隠す気にもなるけどこんなだぞ? フルプレのほうがまだしも膨らんでたぞ」

「見せようとしないで」

「ふぎゃ」

 べし、とユーカさんの顔を平手で押さえるように叩く。

 ……と、そこで気が付く。

「ファーニィがいるじゃん」


 ファーニィにそのことを頼みに行くと、ファーニィはなんとも微妙な顔をした。

「何、いやなの?」

「……あ、いえ待って待って機嫌直してくださいアイン様別にそんないやというほどでは」

「それはいいから」

「あ、あー……私、お湯に浸かるっていうのあんまり好きじゃないんです」

「ええー……」

 まさかの異文化。

「だって不自然じゃないですかお湯って状態自体が。最近はそうでもないですけどエルフの伝統料理だと煮るっての自体邪道なんですよ!?」

「待って、その価値観からしてちょっといきなりは飲み込めない」

 そりゃ、あえて沸かさなきゃ普通はお湯にはならないから、不自然っちゃ不自然だけど。

 冷たい水、という状態になんらかの美を見出している……んだろうか。いや、それにしても料理にすらお湯を使わないってどうやるんだ……?

「なので私としては水浴びを推奨したいんですけど……」

「ユーが風邪ひくと困るからお湯でなんとかならない……?」

「風邪なんか引きませんよ? むしろお湯のほうが風邪ひくんですよ?」

「エルフ基準で語られても」

 別の生き物なんだなあ……と再確認。

 ……結局ユーカさんは「水でもいーぞ」と了承し、せっかくお湯が沸かせる浴場で、エルフと少女が二人して元気に水をかぶってくるという、なんとも残念な事態になったのだった。

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