焚き火

 街から街への旅は、荷車などはあまり使わない。

 それこそ家財持って引っ越しというなら話は別だけど、冒険者のヤサ替え程度なら背負える程度の荷物にまとめるのが常だ。

 長距離移動は途中で荷車が壊れないとも限らない。そうなったら荷の大半はどうしようもなくなってしまう。

 それなら最初から、持てる物以外は売り払ってしまう方が現実的というものだ。

 この前の後詰冒険隊サポートパーティの場合、荷車が駄目になったら食料燃料などの消費財の大半は捨てて、予備武具なんかの貴重品だけ持っていくことになる手はずだったし、それぐらいは充分にできる人手が集められていた。

 まあ、今の主流である木製車輪の荷車の信用度はその程度。

 もっといい車輪も東大陸では発明されたって聞いたことがあるけど、どれぐらいマシになるのかな。

 ……閑話休題。


「よさそうな野営場所だ。ここまでにしようよ、今日は」

「もっと歩けんだろ? 明日はベッドで寝てえし、歩いとこうぜ」

「真っ暗になったら危ないよ。このへんはモンスター少ないはずだけど、さすがに日が暮れてから薪を集めるには月も細いし。……ほら、ここ、前に誰かが集めた枯れ枝が残ってる。楽ができるよ」

「リリーやクリスがいれば楽だったんだけどなあ。魔術で焚き火の真似するやつ使えたから」

「あー……意外と長時間の維持は難しいらしいよね、あれ。前に組んだ魔術師、本人寝ちゃうと一時間ぐらいしか持たなかった。熱も出ないから冬場は寒そうだし」

 できるだけ日のあるうちに野営場所を見つけ、陣取る。

 こういう場所は街道沿いにそこそこある。他人に先に陣取られればもちろん優先権を取られるし、既に他人がいるところに後からお邪魔しようとしても断られることが多い。

 まあ冒険者、武器持ってて怖いしな。

 気を許して寝ているところで荷物を取られたり、悪質なのだと隙を見て女性が乱暴される事件も聞く。

 冒険者に限らずの話ではあるけど、街を出たら安易に他人に気を許してはいられない。親切心を踏みにじられたって誰も裁きはしないのだ。

 旅人は充分な警戒心を持ち、もっと用心するなら護衛を雇って旅をする。それが今の時代の鉄則だ。


 野営と言ってもいちいちテントを張るわけじゃない。

 いざとなったら雨露を凌ぎに駆け込める木陰が近くにあり、ほどよく見通しが効き、水辺が近く、平らで草深くない場所。

 そういうところで火を起こし、防寒具にくるまって夜明けを待つ。それが普通の野営。

 他に持って歩くものを考えれば、重いテントや寝具を全部持ち歩くわけにはいかない。なら当然そういう夜の過ごし方になるわけだけど、もちろん寝るにしたって地べたや座ったまま過ごすのだから、しっかり眠ってすっきり体力全快……というわけにはいかない。

 これは、夜という足元も悪く人間に不利な時間をやり過ごす手段でしかなく、快適ではないのが当たり前なのだ。

 ……こういう環境への適応力でもたまに達人といえる人がいて、冒険中は日が経つにつれて元気度に差が出るんだよな。

 あと、エルフ族は木が一本あればベッドがあるのと同じように安眠できるという。元々そういう生活をする種族なのだそうで、火を起こして寝ずの番をしなくても木が何でも教えてくれるし、木の生命力を共有して体温を下げ、風邪もひかずに朝を迎えられるらしい。

「夜は暇だよなあ。人数多いパーティだと誰かが馬鹿話とか変なゲームとか始めるから退屈しないんだけど」

「……僕にそういうの求めないでね」

 元々そんなに話好きというわけでもなかったし、新米冒険者なのでネタも豊富じゃない。

 今まで組んだ冒険者の中にはどうでもいい冒険を面白おかしく脚色して語ったり、ちょっとした宴会芸みたいなので、この長い夜の暇潰しを助けるのが上手かった人もそれなりにいた。

 でも、そういうのはやっぱり性格的に向いてないと難しいよな。

「マードのジジイが得意だったんだ。年の功なのかね。知らない土地の昔話や聞いたこともない誰かの武勇伝がいくらでも出てくるんだよ。……一ヶ月の間、ひとりの冒険者の活躍から結婚引退、再起、伝説化……なんて話をずっとひとつながりで聞かされたこともあるぜ」

「それ、有名な人のやつ?」

「誰も知らねー。博覧強記ものしりのリリーも知らなかったから……まあ、色んな奴の話を混ぜたり、自分で勝手に足したりしてたんだろうな。でも、それでもいいんだよ。暇さえ潰せるなら」

「うーん……まあ、確かに」

 そういうのが得意な人のいるパーティは夜も和やかだが、ギスギスと気まずい夜明かしは辛い。

 たまに気難しい冒険者がそういうお喋りを病的に嫌がったりする時もあるし、下ネタや不謹慎ネタが過ぎてみんなが引き、空気が悪くなることもある。

 単にみんな話下手で誰も喋らない、というのも時々。

「でも、話を勝手に作るってのは面白そうだなあ」

「はは、そういうのもやったな。みんな嘘でいいから面白い話をしようぜ、ってことで作り話を聞かせ合うの。マードやアーバインは作り話って言ってんのになんか本当の話みたいな感じで語ってくるし、リリーは作り話が下手過ぎて違う意味で笑い取っちゃうし、フルプレはフルプレで脚色が雑過ぎてめちゃくちゃウケた。気軽に必殺技で悪党一億人死亡とか国民一千億人とか、実は王子様とか実はお姫様とか出まくるの」

「ははは。確かにあの人、そういうの言いそう」

 なんだか妙に仰々しい言い方好きだったもんなフルプレさん。ちょっと天然っぽかったし。

「ユーカさんのそういう話は?」

「……ない」

「えー」

「いやそもそもユーカさんとかゆーな。ユーって呼ぶって決めただろ」

「これは『ユーカさん』の話じゃん」

「だからねーよ! この話は終わり!」

 自分がどんな話をしたか、それだけは頑なに話したがらないユーカさん。

 あのパーティの面子がユーカさんだけ特別扱いで免除するってことはないだろうから、自分も作り話をやりはしたものの、やっぱり笑われたか何かしたので、言うのが恥ずかしいんだろう。

 こういうとこ子供っぽいよな、ユーカさん。

 らしいといえばらしいけど。

 ……焚き火が爆ぜる。

 適当な棒で崩れたところを整え、薪があまりバラけ過ぎないようにする。

「……やっぱケープ一枚じゃ足りねーな」

「そう? これ貸すよ」

 ユーカさんが寒そうにしているのでマントを渡す。

 まだそんなに寒い季節じゃないので昼間は着ていないし、この前のキャンプではテントに毛布があったので使っていなかったが、元々愛用しているものだ。

 例によって冒険者になる時に適当に揃えたもので、そんなに高級品ではないけど、水がしみにくい素材でできている。夜露をしのぐ役には立つはずだ。

「お前が寒いだろ。いらねーよ」

「僕は大人だから。ユー、その体での夜明かしに慣れてないでしょ」

「アタシだって大人だっつーの! アタシのが上だっつーの!」

「でもその体、普通以下なんだから。変に我慢してたら絶対風邪ひくよ」

「……だ、大丈夫」

「大丈夫じゃない」

 しばらく押し問答した挙句、僕はユーカさんを引っ張ってくっつかせ、マントを二人で被ることにする。

 足首までの長さがあるから、横向きにすれば座ったまま肩にかける分には二人でも充分だろう。

「お、おい!」

「風邪ひくよりはマシ。でしょ?」

「……お前、時々強引なのな」

「ははは」

 少しして、ユーカさんじゃなくても成人女性に普通この距離感はやりすぎだろう、と気が付いたけど。

 既に、ヘルハウンドにやられた彼女を背負ってゼメカイトまで走るといったこともしていたのだし、今さら感もあった。

 それにこの小さな体のユーカさんは、僕が思っているより強いけど、ユーカさん本人が思っているよりきっと弱い。

 きっと、信じすぎるのは駄目だ。

 ……治癒師に治してもらったとはいえ、大怪我の後は熱が出ることも多い。

 いくらすぐにマキシムから喧嘩を買うほど元気になったと言っても、ちゃんと見ておかないときっと無理する。

 この人、あんなにマッチョゴリラだったんだし、マード翁という治癒の達人もついていた。

 怪我も病気もきっと溢れる体力とマード翁の施術でゴリ押しでなんとかなってきたんだろうし、多分体を心配されたことすらあまりないだろう。

 今は、今だけは、僕が守らないといけない。

 彼女がケープの中に隠したままの、先のない左腕を意識するたびに、僕は決意を新たにする。


 ……そして。

 遠くから光が近づいてくるのに、ふと気づく。

「何だ……?」

 街道沿いだ。光が近づくこと、それ自体は珍しいわけじゃない。

 たいまつや光の魔術を使って夜を押して歩く旅人もたまにいる。

 だが、どうも雰囲気が慌ただしい。歩いている感じではないし、何やら叫ぶような話し声も小さく聞こえてくる。

「冒険者……だな」

「うん」

 ユーカさんもくっついてマントを共有していたくらいなので、僕と同じものを見ていた。そして冒険者と断定する。

 冒険者が夜に慌てて走る理由となると……そう多くもないだろう。

「モンスターか? こりゃ引き連れてくるぞ」

「ユー、下がってて」

 僕は荷物に添えておいた剣を鞘ごと掴む。

 一応、勘違いの可能性もあるからいきなり抜きはしない。

 だけど、いつでも抜けるよう……そして、抜きざまに「オーバースラッシュ」を放てるよう、意識して魔力を鞘内に溜めながら待つ。

 ……果たして。


「はあ……はあ……おい、ここは……危ないっ……! 逃げてくれ!」

「モンスターが追ってきてるの! 倒しきれなくてっ……ここも危ないからっ……!」

 僕たちのところに息も絶え絶えに駆け込んできたのは、ゼメカイトの「冒険者の酒場」で何度か見たことのある顔だ。

 つまり「壁貼り依頼」をこなす無名冒険者たち。

「わかってるんだったら人のいるところに向かって逃げんじゃねーよ」

「いい。ユー、待ってて」

「おい、やる気か!?」

「無茶よ! っていうかあなた、アインじゃない!?」

 メンバーの一人は僕の名前まで覚えていたようだ。こっちは覚えてなくて申し訳ない。

 でも。

「やるだけはやる」


 ユーを危険には晒せない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る