ダンジョン侵入1

 彼らを追うモンスターの気配はすぐに近づいてきた。

 こちらは焚き火で目印バッチリだ。当然、一直線に来るだろうな。

 街道をフィルニア方向からゼメカイトこっちに向かって、影は全部でひとつ、ふたつ……五つ。

 どれも暗がりながらモンスターとわかる中で……ひとつ、人間っぽいのがいる。

「あれは……君らの仲間か!?」

 僕は正直、夜目が効かない。

 特にこういう、ほんの少しの明かりで闇を見る、というのが苦手だ。

 メガネに光が映り込むので余計に判断が難しい。

「わからない……途中で……!」

「きっと違うわ! もう走れなかったはず!」

 冒険者パーティのうち二人が、ほぼ同時に違うことを言う。

 ……つまり、心当たりはあるんだな。

 僕は慎重を心掛けながら構える。

 理想は早めに「オーバースラッシュ」を仕掛けて一網打尽にしてしまうことだ。

 一撃で全部一刀両断、というわけにはいかないが、低めの水平斬りで大部分の機動力を落とすことはできる。

 この暗闇で囲まれるのは避けたい。

 足を奪えるなら、間合いの優れた「オーバースラッシュ」を放てるこちらが完全有利だ。そこからの戦いは一方的になるだろう。

 しかし、その範囲にもし、彼らの仲間……つまり、逃げ遅れながら必死でここまで来た冒険者が入ってしまえば、いくら僕の「オーバースラッシュ」の威力が弱いと言っても大怪我は免れない。

 彼らの中に治癒師がいれば何とか助かるかもしれないが、そうでない場合は足を切断、ないしはそれに近い怪我を負った場合、命が助かる可能性はかなり低いだろう。

 ここまでゼメカイトから半日以上歩いてきたのだ。また戻るのにも同じだけかかる。

 ……近づいてくる。

 小さく「たすけて…たすけて」という掠れた声が聞こえる。

 僕は人間らしき影を避けようとして構えを変え……ユーカさんは鋭く叫ぶ。

「斬れ! ありゃ人間じゃねえ!」

「!?」

 僕は直感的に従う。

 一瞬だけ変えた構えを戻す。やや鞘を落として斜め斬りで放とうとしていた「オーバースラッシュ」を、横斬りに戻して、残り5メートルの間合いで放つ。


「オーバースラッシュ!!」


 焚き火の光を受けて橙に染まった銀が、閃く。

 寄ってきていたモンスター……数体の四足獣型と、一体の「人型」が、足から血を噴いて転げ、跪く。

 いや、前の奴を盾にして被害を免れた奴が左右から広がってこちらに向かってきた。

「危ないっ!」

 焚き火のそばでへたり込んだ冒険者が叫ぶ。

 だが、僕は飛び掛かってきたバケウサギを返し刃で雑に斬って捨て、逆サイドから飛び出してきたイノシシみたいなやつに乗ったゴブリンを溜め無しの「オーバースラッシュ」縦斬りで止める。

 イノシシもどきは顔面を襲う激痛によろけて突撃をやめ、ゴブリンも小さな体と大きな顔に縦一線の傷を受けて転げ落ち、のたうつ。

 あとはトドメの時間だ。

 僕はさらなる後続の飛び出しを警戒しつつ、うずくまりながら悲鳴を上げたり唸ったりしているモンスターに「オーバースラッシュ」を丁寧に当てて殺していく。


 人型は屍食鬼グールだった。人の声真似をすることがあるという。

「よくあるやり方だ。屍食鬼グールが先頭に立って人間の振りをして、冒険者の手を鈍らせる隙に他のモンスターが囲んで殺す。……にしてもいろいろいるな。もう少し統一感あるもんじゃねえのか、野外のモンスターは」

 死体を検分し、道の脇に蹴飛ばしながらユーカさんは熟練冒険者らしいことを言う。

 野外ではあまりいくつもの種類のモンスターが協力することはない。

 モンスターは、まず第一に人類に対して敵意を募らせる存在。……ではあるものの、モンスター同士でもエサの奪い合いや縄張り争いがあるし、互いを守り合う義理もない。

 ダンジョン内や遺跡内ではその理屈を無視して多様なモンスターが徒党を組むことがある……らしい(僕はダンジョンに入れる実力がなかったので伝聞)のだが、基本的にはそういうものだ。

 が、すっかり僕たちの焚き火で休息する雰囲気になっている冒険者たちは、その理由をあっさりと言った。

「未発見のダンジョンを見つけたんだ。そんなに大きくなさそうだからって、手を出してしまって……」

「バカかよ」

 ユーカさんが吐き捨てる。

 ムッとした感じでその冒険者はユーカさんを睨むが、他の仲間たちがなだめる。

「言われても仕方ないだろ。現に……」

「っ……だ、だけどよ」

 まだ何か言いたそうだったが、僕はユーカさんに寄り添うように立って見下ろし、彼の語気を封じる。

「僕たちは君らに一方的に迷惑かけられた側なんだ。それぐらい言う権利はあるだろう」

「……アインお前、そんなだったか……?」

 怪訝な顔をされる。……まあ、基本的に誰にも敬語だったからな。

 しかし僕、意外と人に覚えられてるもんだな。そんなに珍しいとこあるのかな。

 ……あるか。メガネの前衛ってだけで酒場の店主も特定してたもんな。

「それで、思ったよりモンスターが多くて……リーダーのカイが撤退って叫んで、でもあいつだけ出てこなくて……」

「追いかけられてる時に治癒師のナイゼルが遅れて……彼、体力なかったから……」

「で、お前らだけ逃げおおせたってわけか。……どうしようもねえな」

 ユーカさんはそう言って溜め息。

 まあ熟練冒険者ユーカさんにしてみればそうとしか言えないだろう。

 挑戦自体は悪いことじゃないが、不用意過ぎた。

 本来ダンジョンに挑むのは野外でのモンスター戦を充分にこなし、ワイバーンなどの大物が来ても対抗できる中堅以上の冒険者がやることとされている。ダンジョンの奥深くにはそれに匹敵する親玉ボスがいることが多いからだ。

 壁貼りレベルの冒険者が集まったパーティで、治癒師がいるからといって手を出すのは無謀でしかない。

 そして、その治癒師を見捨てるという大失態だ。

 彼らにしてみれば必死だったという以外ないのだろうけど、街に戻っても同じことを言われるだろう。冒険者としては前衛中衛数人より、治癒師一人の価値の方が高いのだ。

「し、しかし、すげえんだなアイン……あのモンスターの群れ、一人でやっつけるなんて」

 最初に仲間をとりなした一人が、まるでおべっかを使うように僕のことを褒めだした。

「あんな技、上の奴らのパーティに混ざった時にも見たことないぜ。お前、本当は強かったのに手を抜いてたのか?」

「……最近、いい剣といい師匠に出会ってね」

 彼としてはなんとか空気を重くしないよう、そしてこの野営地から追い出されないようにと思ってのことだろう。

 僕としても気まずい喧嘩はしたくない。見え見えではあったが、指摘せずに乗ることにする。

「いい剣ってそれか。確かに拵えからして随分立派だ」

「それだけの剣があればな……」

「アインが使ってもあんなに戦えるのなら、カイが使ってたらきっと……」

 うわ……。

 だからやめようよ、そういう余計気まずくなるやつ。

 手厳しいユーカさんがそういうの聞いて黙っててくれると思ってる?

 それと、僕じゃなくてもこの剣さえあれば、みたいな言い方、師匠的にカチンと来るに決まってる。ユーカさんがまさかその師匠だと思ってないからこその言い草だろうけど。

 頼むからやめて、と僕とその最初におべっか使った冒険者が残りを見回して、おそらく同じことを祈りながらとりなそうとすると、ユーカさんは。

「そのダンジョン、どこだ」

「……ユー?」

「死体が一つ減らせるかもしれねー。行くぞ」

「マジで……?」

 いや、だからダンジョンにこんな戦力で挑むのは無謀だって。

 それが常識だってことはユーカさんならわかって……。

「あの程度ならアインなら山盛り来たって殺れる。それに逃げ出したのがそんなに前じゃないなら、そのカイって奴も時間を稼ごうと逃げ回ってるかもしれねえ。明日なら多分無理だが、今ならまだ生きてる可能性はあるぞ」

「…………」

 ユーカさんの目は本気だった。

 ……僕は小さくため息をつく。

 正直、この冒険者たちのパーティがどうなっても、僕自身はそんなに気になるわけじゃない。

 冒険者の命は、軽い。それがまたひとつ事実として、証明されるだけのこと。

 冷たいと言われることだろうが、僕は博愛主義者じゃない。自分自身の命を含めて、そう思っている。

 別に死んだっていいじゃないか、とすら思う。

 それが自分たちの行動の結果なら、それも含めて冒険者いのちがけの生き様ってものだろう、と。

 だがユーカさんが「やるべきだ」というなら、僕は頷くしかない。

 彼女は英雄なのだ。その力は僕に与えられた。

 その力でなすべきことがあると、それが可能だと彼女が思うなら、僕はそれを叶えないわけにはいかない。

「わかった」

 僕が頷くと、当の冒険者たちから困惑の声が上がる。

「まさか、またあそこに行けってのか」

「無理よ、カイだってもう……」

 悲観的なことばかり言っている女の弓手に対し、ユーカさんは平手を張る。

 パァン、と宵闇に痛烈な音が響いた。

「助けられるんなら仲間が他人より先に諦めんな! パーティならそれが最低限の礼儀だ! どんなパーティだって、助け合うために組むんだろうがよ!」

「でもっ……あんな数のモンスターに襲われて……もう生きてるわけない……!」

「なら死体ぐらい見つける努力しろっつってんだよ! 途中で見捨てた治癒師もだ! 身を捨ててまで仲間を死なすなとは言わねーが、死なせた事実からすら逃げようとするんじゃねー!」

「っ……」

 女冒険者は絶句する。

 ユーカさんはそれを冷たく睨み、くるりと背を向ける。

「……行くぞ。お前は来なくていい。他の奴とアインだけで充分だ」

「で、でもっ……」

「ウダウダ問答してる時間はねーんだよ! 今も戦ってんだぞ、そいつは!」

 ユーカさんはそう言い、僕の手を掴んで歩き出す。

 僕もそれに合わせて歩き出しながら、他の面子に一緒に来るように首の動きで促す。

 女の弓手以外にも迷っている感じの冒険者はいたが、最終的には彼女を残してみんなついてきた。


 途中に、魔物にやられたと思われる死体が転がっていた。例の治癒師だろう。

 臓物が食われていて、凄惨な死体だ。

 冒険者たちは唇を噛んだが、今は弔っている時間も惜しい。

 まだ生きているかもしれない人間がいるのだ。そちらを優先しないといけない。

 ユーカさんはただ足取りだけでそれを冒険者たちに伝える。

「アイン、おそらく今までで一番忙しい戦いになる。治癒師もいねえ。でも慌てんなよ。……お前は強い。こいつらよりずっと」

「うん」

 ユーカさんの短い激励に、僕は小さく、はっきりとした頷きで応える。

 今までなら、そしてこういう状況じゃなかったら否定していたかもしれない。他の冒険者たちの手前、謙遜しておかないと、なんて気を回して。

 でも、今はそんな場合じゃない。

 初めてのダンジョン。それも一刻一秒を争う戦い。

 不本意ながら、頼みは僕一人だ。嘘でも自信満々でいなければ、僕はともかく残りの連中が進めなくなる。

 だから、僕はありもしない自信を身に纏って、進む。


 ダンジョン。

 世界各地に点在する「謎の空間」。

 入り口はひとつきり。その場所以外からはダンジョンに侵入することはできない。

 それどころか、入り口より奥の空間は物理的に外と「別の世界」にある、といわれている。

 どういう理屈なのか、直径数メートルほどの大樹の幹を入り口にしたダンジョンの内部が、水平に丸一日歩いても歩き尽くせない、なんて例もあるくらいだ。

 内側には先述のように多様なモンスターが巣食い、侵入者を迎撃する。

 どういうわけか、繁殖しているわけでもないのにその数は一定期間で回復する不思議な性質を持ち、外ではよくある仲間割れや共食いでモンスターが減るということもない。

 そして奥底にいる親玉ボスと呼ばれる個体を倒し、核と呼ばれる宝石状の物体を壊せば、その機能を停止する。

 中には高い魔力を含有する不思議な素材が多く落ちており、それを集めて一儲け……というのは冒険者の間ではメジャーな儲け話の一つになっている。

 が、ただでさえ危険な上に、その内部の敵の強さは決して一定ではなく……中には「邪神」と呼ばれる超絶的な実力を持つ親玉ボスを抱えたダンジョンもいくつか知られている。

 未発見のダンジョンに挑む、というのは儲けの点で多くを望める代わり、その危険をも引き受けるということで……やはり低級な冒険者が軽はずみにやっていいことではない。


 そんなダンジョンの入り口が、ある岩山のふもとに口を開けていた。

「こんなところにダンジョン……新しくできたのか、昔からあったのか……」

「んなこたどーでもいい。すぐに入るぞ。こっからはお前が前衛だ」

「わかってる。……この子を守ってくれ」

 ユーカさんを冒険者たちに護衛させ、僕はダンジョンに慎重に踏み込む。


 野外から、迷宮へ。


 境界を踏み越えたとたんに空気が変わる。

 ここは「こちらの人間」の世界ではない、と、実感で理解させられる。

 匂いが違う。気配が違う。

 天地が、壁が、世界全体が「お前の味方ではない」と威圧してくる感覚がある。

 僕はそれをずっしりと感じながら、剣の柄を握りしめて自我を保つ。

 他の全ては敵でも、ユーカさんと、この剣は僕の味方。

 それだけあればいい。それだけあれば戦える。

 即席の信念で自分を奮い立たせて、改めて気配を探る。

 広い。そして、刺々しく、荒々しい。

 殺し合いの残響が、石積みの迷宮の中に静かに響いている気がする。

「……あっちだな」

「ユー」

「血の匂いが濃い。反対側から威圧感も感じない。おそらくあっちだ」

 ユーカさんが道を断定する。

 僕には判断基準がない。感覚を研ぎ澄まそうにも初めての場所だ。勝手がわからない。

 ユーカさんを信じる以外ない。

「……なあアイン。この子、何者なんだ? 今更だけど……」

「……えーと」

 冒険者の一人に問われて迷う。

 なんと言ったらいいのかな。

 師匠……と言ったらそれこそ本当に何者なんだよ、だし。

 正直にユーカさんだ、と言ってしまうと、それこそゼメカイトに戻れなくなっちゃうし。

 迷っていると、ユーカさんが溜め息をつきつつ。

「新しいカノジョだ」

「…………えっ」

『えっ』

 意表を突かれて固まる僕と冒険者ズ。

 そして言った当人も恥ずかしくなったらしく、慌てた声で。

「いやお前、市場でそう言ってたじゃねーか! あれ、言ってなかったっけ……いや言ってた!」

「言ってないけど!?」

 思い出してみる。

 ……いや言ってないよ。言ったのは服屋のおばさんだ。しかも「どういう関係だい、カノジョにしちゃちっちゃいじゃないか」的なやつであって。

 ……うん? それに対してユーカさん、変な反応してたな?

「……えっ、もしかしてあの時のアレ?」

 否定しないで適当に流したのを肯定みたいに聞いちゃった?

「だ、だーもうっ、うるせえ! とにかくアレだ、アレ! 聞くな!」

 いかん。探知役のユーカさんが使い物にならなくなってしまったぞ。

 背後で困惑している冒険者たちと、顔を押さえてしゃがんでしまったユーカさんを横目に確認しつつ……。

 僕は前方の闇の動きに咄嗟に反応する。

 シュッ、と何かが飛んでくる……くそっ!

「んぐっ!!」

 ガキン、と両手で突き出した剣の鞘で止める。

 触手……! テンタクラーの類だ!

 生身に当たると軽傷でも四肢ごと痺れて使い物にならなくなる。胴や頭に当たれば治癒師か薬がないとお陀仏だ。

 僕は次の触手が飛んでくる前に鞘を投げつけながら剣を抜き、身をかがめて被弾確率を減らしながら一歩下がりつつオーバースラッシュを放つ。

 ……音。手ごたえを感じる。

 さらにもう一発。もう一発……と、計三発オーバースラッシュを叩き込んだところで、さらに別の気配を分かれ道から感じる。

 こっちは……素早い! しかも音の位置が高い!

 虫系か、コウモリ!

「来させるか!」

 通路の空中を制圧するように、斜め切りを格子状に四発。

 何かが落ちる音。……やっぱりオオコウモリだ。

「誰か、アレのトドメを頼む! ……くそ、こっちがアタリか……!?」

 T字路で前方と側方からの敵襲を次々に切り崩し、地に落とす。

 魔力をどんどん消耗している実感がある。

 敵が次々来るせいで、うまく魔力の放射を止めるタイミングがつかめない。ダラダラとペースの緩い「スプラッシュ」をやっているような状態だ。

「いったん引く……わけにも、いかないよな……」

 今引けば、残ったという冒険者たちのリーダーが助かる可能性はゼロになる。

 せめて本当に無理と思うまでは進まないと。

「アイン! 戦い方を変えろ! 魔力モヤモヤを飛ばさずに、溜めたまま叩きつけろ!」

「!?」

「今のお前ならそれでも戦えるはずだ! いちいち飛ばすよりはつ!」

 溜めた……まま……!?

 剣を見る。……前の剣と違って未だ刃こぼれも曲がりもない。

 僕は少しだけ躊躇って、決断する。

 信じよう。ユーカさんを。そしてこの剣を。

 そして、死と踊れる僕自身を。

 次に襲い掛かってきた半獣半人ライカンスロープを、僕は中距離で斬りに行かず、クロスレンジで迎え撃つ。

 剣本来の使い方で、戦う。

「……づぁっ!!」

 両手の爪と剥きだした牙で襲い掛かる怪物を、恐れず真っ向から叩き切る。

 一刀両断。

 ……って、ほとんど抵抗もなく……頭骨や背骨ごと、モンスターを真っ二つに……!?

「それだ!! ……ったく、本当にモノにすんの早ぇな!?」

「これ……!」

「『パワーストライク』!! 本来の、っつーかそれが戦士の普通の魔力の使い方だよ! 剣豪とか言って石や鉄を一方的に斬る奴いるだろ、そういう技だ!」

 じゃあこっちから教えてくれたら……って、そうか。僕ってそもそもゴブリンの群れに苦戦する奴だ。

 僕はなんか普通に振りながら魔力を溜め直せるけど、普通はそうはいかない。魔力をいったん鞘内などでじっくり時間をかけて溜めてから使う。

 その形で普通の斬撃の威力を上げられたって、単発ではそんなに役には立たない。

 間合いを伸ばして先制攻撃の手段を持つ方が、戦いの幅が広がるのは確かだ。

 ……こうも乱戦になり、消耗を気にすることになれば飛び道具のアドバンテージにばかりも頼れない。

「パワーストライク」も魔力を使わないわけじゃないけど、毎回剣に留めた魔力に推進力を与え、全部投射するのに比べたら格段に少なく済む。

 そして僕は……人間相手の斬り合いの剣術は何も知らないけど、少なくとも眼前の危険に怯まない気質だけはある。

 なんでもあり、先に殺した方が勝ちの「モンスターとの殺し合い」なら、それで充分。

「よしっ……やれる!!」

 覚えたばかりの「パワーストライク」で、モンスターを次々に斬って斬って斬りまくる。

 被弾もするが、致命的なのはない。時には革鎧で、時には拾い直した鞘で、時には先に殺したモンスターの死体で、直撃を避けながら次々来る敵を斬り伏せていく。


 夢中になってそれを繰り返すうちに、T字路は血と死体の海になっていた。

「……お、おい……あれ、本当に……あの『メガネの役立たず野郎』、か?」

「……バカ、これ見て何でそれ言えんだよ……」

 冒険者たちの小声が聞こえる。

 ……ああ、なるほど。そういう意味で「酒の肴にちょうどいい奴」が僕、だったわけか。

 なんとなく自分が妙に知られている理由を察したけど、まあ無理もないよな、としか思わず、僕は剣の血をモンスターの背中で拭いてから鞘に納める。

「……はああ……っ。……これが何度もってなるとさすがにキツいけど、これで探せると思う、ユー?」

「まだ小物は残ってるかも知れねーが、群れはもういねーだろ。……あとは生きてるか死んでるかだ」

「そう。じゃあ、探そうか」

 返り血で染まった手を腰で雑に拭いてからユーカさんに差し出し、モンスターたちの死体を乗り越えて奥に進む。

 冒険者たちも慌ててついてくる。


 そして、しばらく進むと、巨大なストーンゴーレムの残骸に出くわす。

「……これ死んでる?」

 油断なく剣の柄を握りながら慎重に近づくが、そもそも両足と片腕が繋がっておらず、頭もない。

 動いても大したことにはならないだろうと思われた。

「迷宮で死んだモンスターっていつの間にか消えるんだよな……ってことはコイツは死んでそう長くない。お前らのリーダーがやったのかもな」

 ユーカさんが冒険者たちに言うと、彼らは頷く。

「カイなら……倒せたかもしれない。俺たちの中で一番強かったし」

「でも、こんなとこまで来てたってことか……俺たちと別れたのは入り口近くだったのに」

「ここまで粘ったのに……こんなのまで倒したのに結局やられちまったのか」

 冒険者たちはそう言って悔しがる。

 ……その時、ストーンゴーレムの体の中からゴガッという音がして、僕と冒険者たちはちょっとビビる。

「生きてる……こんなんなってまだ!?」

「中にモンスターが潜んでんじゃねえのか!?」

「いや違う、ダンジョンのモンスターは仲間の死体に手を出せねえって聞いたことあるぞ。だから共食いできねえんだって」

 口々に言いながらジリジリ下がる冒険者たち。

 ……僕はピンときた。

 もし、最後の冒険者たちの言っていたことが本当なら……逃げ続けたカイという冒険者が、生き残る方策があるとするなら。

「ユー」

「……ああ、多分な」

 ユーカさんも同じ意見のようだった。

 二人でストーンゴーレムの体に取りつき……その大雑把な石装甲を強引に剥がし、叩き割って中を見ると。

「……ぷはっ……」

 ひとりの冒険者が、その体内、心臓部があった部分に丸まって……生きていた。

「おー。お前がカイ?」

「えっ……だ、誰? 女の子……?」

「アタシのこたーどうでもいいんだ。とっとと帰るぞ人騒がせ野郎。アインに死ぬほど感謝しろよ」

 ゴーレムの巨体からユーカさんに蹴り転がされた冒険者カイを見て、他の冒険者たちがワッと集まり、労う。

「カイ、お前っ……よく生きて……!」

「ゴーレムの死体に潜ってやり過ごすとかよく思いついたな!!」

「よかった……ほんとに良かったぁ……!!」

「お、おぉ……みんな無事だったか。あれ? エミリーとナイゼルは……」

「エミリーも逃げられたよ。でもナイゼルは……」

「そ、それより、早く出よう! ここは危ない!」

 冒険者たちはカイに肩を貸し、急いで道を戻る。

 僕はその後ろからユーカさんと一緒にのんびりついていく……いや。

「ユー。先に」

「お前までこのヘッポコどもの真似はすんなよ」

「そのつもりはないんだけどさ。……ユーが隠れててくれないと全力出せない」

「言うね」

 帰り道。その僕たちを追うように。

 黒い巨体の獣が、うっそりと現れる。

「……縁があるのかな」

「チッ……こういうのが一番気分悪いよなあ。あと帰るだけって時の増援」

 ヘルハウンド。

 ……今度こそ正真正銘、ハンデなしの正面勝負をやることになりそうだ。

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