市場と可愛いワールド入門
ゼメカイト中央市場。
この地方都市の台所であり、食材から衣料に雑貨、武具や家畜までなんでもござれ。
まあ
「そのうちユーが自分でなんとかするだろうと思ってたけど……なんともしそうにないので僕に任せてもらう」
「おー。何をだ」
「服!」
ずっと必要最低限といった軽装のままなのだ。
上着なんて袖なし一枚、下着もなしというのが普通。
下も然りで、さすがにパンツの有無をチェックしてるわけじゃないが、それで歩くのはどうなの、という短さのスカート……というのも憚られる腰布一枚にサンダル履きが常態というありさまだ。
色々な意味で貧弱ボディとはいっても、やはり限度がある。中身が24歳というなら、なおさらだ。
ゴリラワールドの羞恥心のなさを可愛いワールドで押し通さないでいただきたい。
「これとこれと、これ! あとこれも!」
「ええー。動きにくそうじゃん。あとこんな飾り意味なくね? 戦いの邪魔になるんじゃ」
「戦う基準で服装選ぶのをまずやめなさい。可愛く生きたいんだろ!」
服を広げている露店でいくつか選び、近くに立ててある囲いの試着室で着替えさせる。
……しぶしぶ着替えるユーカさんを腕組みして待っていると、服の持ち逃げを気にしてか、露天の主であるおばさんが声をかけてくる。
「何だい。妹さんかい?」
「……妹ではないです」
「カノジョにしちゃちっこいじゃないか」
「……まあ、そうかもしれませんね」
どうせその場限りの世間話。
妹、ということにした方がよかったのだろうけど、僕の中で妹はたった一人だ。
その位置に、他の人間を置きたくなかった。
なので、「妹」というのだけは否定しつつ、適当に返事しておく。
「……おい」
なんか衣擦れの音が止まったな、と思ったら、ユーカさんは地の底から出したような声で。
「なんだお前……そこはちゃんと言えよ」
妙に言いにくそうに言ってくる。
「何を」
「……もういい」
衣擦れの音が再開する。
おばさんはキッシッシッシッと笑った。
「微妙な年頃だねぇ」
「……? まあ、そうですね」
何歳ぐらいに見えているのだろう。
まあ24歳には見えないのは間違いない。14歳……いや、下手すると12歳と言っても通るかも。
女の子って、男よりちょっと背が高くなるの早いしな。
……しばらくすると、ユーカさんは囲いの中からのっそりと出てくる。
「ちょっとスカート長すぎねえ…? あとこんな髪飾り似合わねえって。絶対落とすし」
「いやいや」
長いとは言うがそんなに邪魔になる長さでもない。
全体的に服は小綺麗な刺繍の入ったものに変え、左腕を隠すためにケープもつける。
脚同様、腕も出しすぎははしたない、というのが世間一般での女性感覚なので、七分丈の袖にした。
屈んでそっとユーカさんの襟元に手をやり、ケープの位置を少し直す。左腕を隠す目的だから、合わせをもっと右寄りに。
いざという時には右手を振るうことになるのだし、この形がベストだろう。
結局囲いの中ては(片腕しかないせいで)自分では付けられず、手のひらに乗せていた髪飾りも僕がつける。
最近は僕が梳いているおかげで荒れた感じが少し減ってきた赤い髪に、銀の髪飾りが加わることでグッと可憐さが際立つ。
「うん、可愛い」
その他、片手で着替えたせいで雑だった部分を丁寧に直しながらそう言うと、ユーカさんは慌てたように振り向いて。
「お、おいっ」
「?」
何とも言えない顔で睨みつけてくる。
ああ、妹がこんな顔、よくしてたなあ、と暖かい気持ちになりつつ、僕はなだめるつもりで微笑む。
「可愛いのは自覚してるはずだろ?」
「そ、そりゃあ……前に比べたら、だけどな……」
「うん。可愛い。間違いない」
妹……は、完全に身内贔屓が入るから比べられないけど。
そこらにいるローティーンの女の子たちに比べても、間違いなく可愛い方だ。
まあ普段着の庶民なんてパッとしないのが当たり前で、こうして服屋で思いのまま着飾らせたら輝くのも当然なんだけど。
素材はいい。それは断言できる。
ゴリラゴリラと言っていたけど顔の根本的なつくりまでは変わってないし、元々バーバリアン人生を送っていなければモテ女の道もあったんだろうな。
「絶対この方がいいって。ちゃんと可愛さを活かす恰好をしないと勿体ない」
「う、……ば、バカ野郎、急にそんなにおだてんなっつーの」
「事実だよ。うん。最高だ」
妹と一緒にはしたくない、と言いつつ、僕の人生でこんなにいじくり回せる女性なんて妹しかいなかったわけで、すっかり同じ気分になりながら。
僕は感じたままに、そしてちょっとだけあの頃と同じように、ご機嫌取りも兼ねて褒めそやす。
妹は身だしなみを整えるだけ整えて放っておくと、何故だか怒ってしまい、せっかく揃えてあげた装いを脱ぎ捨てて、慣れた服を引っ掛けて行ってしまうこともあったからなあ。
……果たして、ユーカさんはそこまでの難物ではなかったようで、そのうちすっかり大人しくなって、「わかったってば」と俯いて繰り返すばかりになってしまった。
露店の主のおばさんは感心したように「アンタ、
別に冒険者だって洒落者はいるんだけどなあ。
アーバインさんなんか、いつも爪先まで外見を気遣ってたし。
一張羅ではすぐバーバリアンに戻ってしまうので、着替え用も含めて三着分ほど買う。
それなりの値段だったが必要経費だ。
何事も形から。
ユーカさんには少しでも「前の自分とは違う」という自覚を促したい。
しかも僕が払いを持つことで、なおさら大事な服という認識を持ってもらう。
この人の資産なら何万着でも買えてしまいそうだけど……あえて僕が払うことで、この服を駄目にするような大暴れにちょっとでも引け目を持ってもらえれば、充分にその価値はあるだろう。
「う……こ、こんな何にも強くならないようなモンにそんなに金出すのか。ちょっとした鎧買えないか?」
「ちょっとしたものなら確かに。でもユー、鎧着ないだろ」
「それは、まあ……」
「着ない物より着る物だよ。それに可愛い方が得するよ」
「得……?」
「誰だって優しくするなら可愛くない子より可愛い子の方がいいさ。身なりが悪くちゃ、それに気づくことも難しくなる」
「うう……めんどくせえんだな、可愛いワールド」
「そっちはそっちで、上も下もたくさんいる奥深い世界だよ。装備品からも身のこなしからも、足しようも極めようもあるんだ」
と、まあ、そんなこと言っている僕だって、オシャレの専門家ってわけじゃ全然ないんだけど。
「……ア、アタシ、なんかちょっと……ナメてたかも?」
「まあ世界一になろうっていうなら、そうだけど。でも、ユーは多分まだまだ磨ける素材だと思うよ。きっと可愛い服もなんだって似合う。原石のままじゃ勿体ない」
あえて今は「だから大人しくしよう?」的なことは言わない。
そう短絡的に繋げてしまうと、女の子はヘソを曲げるものだ。妹を見るに。
まずはただ褒めっぱなしに褒めておく。
注意する時は注意する時で、別口だ。
賞賛を小言の前フリと思われると、その後ほとんどの言葉をひねくれて解釈し始めるので厄介なのだ。
……と、ここまで注意深く言葉を選びながらユーカさんを相手して、今さら相手がまだ思春期の妹ではなく、僕より五つも上の女性だということを思い出す。
こんなバレバレの気の使い方、しゃらくさいと思われてるかな、と様子を窺うと……まあ、妹とあまり変わらない感じで照れている。
これは僕の方法論が24歳相手でも充分通用すると考えるべきなのか、あるいはユーカさんが可愛いワールドの生き物としては妹とさして変わらないだけだと考えるべきか。
……多分後者だな、うん。
「マードさんに治してもらったら、もっともっと可愛いやつに挑戦しよう。今は片手だから簡単な服しか着られないだろうけど」
「お、おい、お前アタシを着せ替え人形にする魂胆か?」
「僕はユーに色々貰ってるんだから、可愛い人生に入る手助けぐらいしないとイーブンじゃないでしょ」
「そこまで色々はくれてやってないと思うぞ!?」
「……いや、まず
他にも必殺技とか。色々な人との縁とか。
今までも貰ってるし、まだまだ今から貰うものは多いと思う。
それを考えたら、多少、妹との交流で学んだ「女の子の世界」の入り口付近を教える事なんて、交換の手付けにもならない。
「…………」
僕は。
これからこの人に、何ができるんだろう。
まだ、
具体的に、貰ったものがどこまで僕の身になるかもわからないし、恩を返すにしたって、今の僕はただの貧乏冒険者で、大したものなんて何も持っていない。
でも、これから力を極めて返せるものなんて、この人は多分、もうだいたい持ってるんだよな。
僕は、どうしたらこの幸運に正しく向き合えるんだ?
……そんなことを考えながら、ユーカさんを連れて市場を回り、旅支度を進める。
フィルニアまで一週間の旅と言っても、途中に宿場がないわけではない。
ちょっとした食料ならそこで求めることもできるだろう。
ある程度……悪天候や迷子を想定しても、三日分以上は食料を持ち歩く必要はないと思う。
水も、フィルニアまでの間に池や川はいくつもあるはずで、入手難易度はそんなに高くない。水袋をいくつも持ち歩く必要はないだろう。
これが乾燥地帯だったりすると、家畜を使ってでも水を運ぶ必要があって、結構難儀なんだけど。
「……あ、これ、今なら買えるな」
「あん? なんだそりゃ」
「魔導集水器だよ。いざって時にはこれで水を集められるやつ」
短剣ほどの長さの魔導具を市場の雑貨店で見つけて、買おうか迷う。
使用時には魔力を消費するが、これを水袋などに差し込み、柄を握ってしばらく待てば、人ひとり分くらいの飲み水なら精製できる……という魔導具だ。
道具屋などで見かけるたびに「あったら便利だろうなあ」と憧れていたもののひとつ。
が、ユーカさんはそれを眺めて一言。
「やめとけ。粗悪品だ」
「えっ」
「刻印の書き出しがデタラメだ。まともな魔術師が作った奴じゃない」
「え……あ、ちょっ」
店主が睨んでいる。
僕は慌ててその露店を離れる。
「い、いきなり何を……っていうか、そんなのわかるの!?」
「……そういうのの読み方はガキの頃に習ったんだ。実家は魔術師が多くてな」
「えぇ……?」
「なんだよ。めちゃくちゃ失礼な顔しやがって」
ガキの頃……って、子供の時から力技でゴブリン退治してたんだよね?
その一方で魔術師としての教育もされてたってこと……?
「ま、魔術は……使えるの?」
「残念ながらその才能は足りなくてな。基本の発火もおぼつかなくてすぐ諦めたんだ。直接殴る方が得意だったし」
それでも……魔導書が読めるっていうのはなかなかの高等知識だ。
今はどこも使っていない文字と言語だし、その上で大抵の魔導書は暗号にもなっていて、外国語をそのまま習うのとはわけが違う、というのを聞いたことがある。
でも、そういえば最初のあの魔導書、リリエイラさんに怒られながら勝手に読んでたもんな……。
「ズルいな……」
「何がだよ」
「い、いや……あんな強いのに実はインテリなんて」
天が二物を与えたってヤツじゃないか。
不公平だ……いや、まあ、そりゃ世の中にはそんな公平なんてないのは、マキシムを見た時に思い知ってるけど。
「ははっ、そんだけでインテリ扱いなんて初めてだわ。いや、
「内心、最初はみんな驚いてたんじゃないかな……」
ゴリラマッチョかつ、この性格の蛮族女の芸当ではないのは間違いない。
……その上、こんなに可愛いんだから……二物どころか三物だな、と、しっかり着飾ったユーカさんを改めてしげしげと見る。
「なんだよ」
「いや、本当に……あんなに強くてこんなに可愛いのにそんな技能まで、って」
「だーっ、もう! お前今日何回可愛い可愛い言ってんだよ!」
裏拳でみぞおちを叩かれる。
一応革鎧なので痛くはなかったけど、着てなかったら息が詰まっただろうな、と思う程度に力の入った裏拳だった。
腰には幾分届かない、ちょっと粗目の赤い三つ編み。
前髪の半分をまとめてこめかみを飾る、やや派手めな大きさの銀の髪飾り。
意志の強さを常に主張する暗緑の瞳に、少しだけ浅黒い肌。
それに洒落た二枚布のケープ、刺繍の細かいシャツに、スリットの入った膝丈スカート。
どこぞの貴族のお嬢さん……とは、さすがにいかないか。化粧っ気もなく、雰囲気がまだまだ「女の子」には程遠い。
でも、こうまでオシャレをさせれば、どこでも目を引く美少女には違いない。
僕は少し笑っていた。
あんなに「妹」の位置には置きたくない、とこだわりながら、その実、妹がいたころと同じ暖かさを感じてしまっていた。
そのことに意味のない罪悪感を覚えながら、僕はそれを誤魔化すために、彼女の裏拳をぎゅっと握り。
「っ……」
「そのうちみんなが言うようになるんだ。慣れようよ」
「……お前さあ」
「?」
「人の手掴んでそういうの、恥ずかしくなんねえの?」
「どうかな」
なんとなく、心の片隅では。
キザな仕草をしているように見えるな、と自覚はある。
でも、所詮、僕だから。
ヘボくてろくな能もない僕だから、すぐに地金は出るだろう。
それまででも、ユーカさんを喜ばせられるのなら、別にいいんじゃないかと思う。
未だに十年後の未来は見えない。
いつか今日のことを思い出す時、僕はどうなっているのか。ユーカさんはどうなっているのか。
まだ想像もできないからこそ、僕はこんな風にしていられるのかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます