報告と約束

 すぐにでもフィルニアに向かおうとするユーカさんを捕まえて、まずは魔術学院へ。

 リリエイラさんは左手を失ったまま平然としているユーカさんを見て、ユーカさんの予想通りうんざりした顔をした。

「あなた左手なら何回チョンパしてもいいと思ってない?」

 え、そんなに何回も左手やってんの。

「思ってねーよ。痛えからできればチョンパしたくねーよ。でも齧られちまったんだからしょうがねーだろ」

「何に?」

「いぬ」

 いやいやいや。

「ヘルハウンドじゃないですか!」

「敬語ー」

「……いや、リリエイラさんの前ではいいでしょ」

「切り替えてるつもりでもついつい出るだろそんなの。いちいち口調変えられるのが気持ち悪いんだよこっちは」

 ユーカさんにジト目で見られつつ、先のない腕で小突かれる。いやそれ痛いでしょ、一応縫って塞いだとはいえ。

 ……というやりとりを見て、リリエイラさんはなんだか微笑ましげな顔をした。

「仲良くしてるのね」

「コイツの態度がなんか気持ち悪いから直させてるだけだって。っつーか冒険者同士で敬語とか、いかにも下品なお前らには染まらねーぜって感じでいけ好かん」

 そんな風に聞こえてたんですか。

 いやまあ確かに、頑なに相手の流儀に合わせないのはそういう思考の場合もあるけど。

 一応、今でも「恐れ多い伝説の冒険者だから」っていう気持ちが抜けないだけなんだけどな……。

「いつもならそんなのほっとくじゃない。長い付き合いでもねーし、とか言って」

「コイツはアタシの力預けてるんだぜ? しかもわりと天才だ。臨時パーティの頭数あたまかずとは一緒じゃねーさ、もちろん」

「……天才?」

「おう。リリー信じられるか? オーバースラッシュ、こいつブンブン剣振り回す全部に付与出来るんだぜ。溜めナシで」

「え……どういうこと? オーバースラッシュってあれよね、たまにユーカがやってた飛び道具の」

「そうそう」

 嬉しそうに僕の才能自慢を始めるユーカさん。

 いや、これこそユーカさんのなんかを受け継いだせいだと思うんですが。……まあ、そのおかげで「天才になった」という意味では素直に受けとくべきなのかな……?

「へえ……そういう風に発現していくものなのね。それじゃあ時間が経って定着が進んでも、ユーカのゴリラ筋肉がそのままアイン君に移植される感じってわけでもないのかしら……」

「どうなるのか予想もつかねえし、面白いよなー。でも強さ的にアタシと同等になるには、やっぱ筋肉は必要だから……それなりにモリモリにはなると思うんだけど」

「……似合わないと思わない?」

「それは言うな。……いや、別にメガネが筋肉モリモリでもいいとは思うぜ?」

 僕を上から下まで見て何かを想像している女子二人。

 ……た、確かに同じ年頃の前衛と比べて体格が貧弱なのは否定できないんだけど。

 元々そんなに意識して体鍛えようってタチでもなかったし、冒険者になってからは食うや食わずってのも珍しくなかったからな……時々、依頼主に依頼達成祝いの御馳走してもらえることが楽しみだったり。

「き、鍛えようかな……」

「極個人的にはそのままでいて欲しいわね……暑苦しくない前衛って貴重なのよ?」

「ちゃんと食って冒険してりゃそのうち筋肉なんてつくって。あ、剣はもっとデカいの持つといいぜ。威力も出るし歩いてるだけで力もつくし」

「新しくしたばかりなのに!?」

 こんなにいい剣、そうそう手放せない。

 こういうのが標準装備なら、ゴブリンなんか何十匹でも、という気持ちになるのもわかる気がする。

 ロゼッタ商店では「それなり」扱いで、まるで死蔵品みたいだったけど。


「で、それを治すためにマードさんに会いに行くのね?」

「おー。ついでにあっちでしばらく暇潰ししてくるわ。フィルニアだと近すぎるから、もうちょっと遠くがいいかな」

「行ってらっしゃい。私はここで臨時講師のオファー貰ってるから、半年くらいは滞在すると思う」

 フィルニアはゼメカイトから見て北東方向にある都市で、徒歩だと一週間ほど。

 交通の要衝だが周辺に未踏破の遺跡やダンジョンもなく、あまり冒険のタネが多くないので、冒険者としては実入りの少ない地域に当たる。

 とはいえ、仕事がないわけではないし、フィルニアよりもっと北に行けば、別れ際にマード翁の言っていたような温泉地域もある。

 冒険者として食い扶持を求めているのは僕だけで、ユーカさんは充分な資産もあるし、マード翁同様に湯治でしばらく過ごしてもいい。そちらに行く不都合は特にないだろう。

「それにしても……ほとぼり冷ますのはいいとして、その後どうするつもりなのユーカ。あなたくらいの功績と資産があれば、王都に行けばきっと、好きなように地位も屋敷も結婚相手も見つかるでしょうけど……」

「あー、待て待て。ゴリラ人生は引退すると言ったけど何もそんなすぐ引っ込むとは言ってない」

「実際ゴリラじゃなくなっちゃったんだから、あんまりフラフラしない方がいいと思うわよ。いいトシなんだから可愛い生き方するならするで早く始めた方が……まあ、正直想像できないけれど」

「ぐぬ」

 ユーカさんは嫌な顔をしたが反論はしない。

 ……なんとなくは僕も、感じている……というか、察しているところはある。

 多分、この人……口では言っているものの、「可愛い生き方」について具体的な展望、何もないんじゃないか、という。

 話を聞いているとだいぶ若い頃から……確定している限りではゴブリン相手に無双したという8歳の頃から、マッチョゴリラな世界で生きているのは間違いない。

 そんな歳から可愛さ無用のバイオレンスライフをしている人が、急に可愛い外見になったからといって人生設計、変えられるんだろうか。

 これから何かをやろう、という指針が示せるんだろうか。

 ……多分、僕に指導という名目で半分冒険者の世界に留まりつつ。

 月並みな言い方としては「自分探し」をしようとしているんじゃないかな、と思う。

「その状態がどういう風に何が引かれた状態なのか、まだ詳しくはわからないけど。今、可愛いといっても若くはないのよ」

「おいっ……まだ24だぞっ。そこまで言うトシか!? ってかお前も同じだろ!?」

「あと一年で四捨五入30歳は笑ってられない歳なのよ。女を捨ててゴリラしてたあなたと違って、私は自分と向き合って生きてるの」

 生々しい女子の価値観を聞かされる僕。というか地味に衝撃。

 ユーカさん、前のゴリラルックスで見る限り絶対30歳は超えてると思ってた……。

 一流冒険者として噂を聞くようになって結構長い気もするし。

 まあ、これは所詮田舎の噂で、同じ時期に他にもっと聞く名前があるかどうかとかも関係してくるけど……。



 その後、何かユーカに困ったら遠慮なく手紙出してね、とリリエイラさんに念を押されて宛先住所も渡され、僕とユーカさんは冒険者の酒場に向かう。

 僕としては冒険者として何か月も、幾度となく壁貼り依頼を取り次いでもらった場所。

 最後に一つくらい、挨拶として依頼をこなしてもいいかな……なんて思ったりもするが、ユーカさんの負傷を放置したままやることでもないか、と余計な感傷をすぐに追いやる。

 何より、一時離れるだけで帰ってこれないという話でもない。

 変な儀礼じみたことをやるほどのことじゃない。

「マスター。ちょっと聞きたいことが……」

 僕は店主に声をかけて、荷物を持ってきた旅人がいなかったか尋ねようとする。

 来てなくてもおかしくはない。置いてきたのはあまり価値のある中身じゃなかったし、命を助けたとはいえ、僕らは冒険者。

 冒険者は、一般人としてはモンスターがいる時以外にお近づきにはなりたくない相手だ。はっきり言って人種として好感度が低いと言わざるを得ない。まあ「いつも武器を持った荒くれ者」であるわけだしね。

 口約束を聞くだけ聞いてその場を凌いだ、というのも全然ありえる。

 果たして。


「そんなはずないです!! メガネの剣士様とちっちゃい赤毛の女の子が……ヘルハウンドを立派に倒して!」


「そんな腕のある奴はウチには今いないよ……ヘルハウンドに二人で挑むとか、かなりの凄腕じゃないか。ユーカのパーティぐらいしかウチの常連ではそんなことできないが、奴ら解散しちまったし」

「でも、その剣士様がここに……ゼメカイトの冒険者の酒場に届けてくれって!」

 あの旅人たちの中にいた女性。

 ちゃんと、僕との約束通りに荷物を届けてくれていた。

 それはそれとして。僕、名前……言ってなかったっけ。

 言ってないな。

「きっと名のある方に違いないんです!!」

「だからさあ……。だいたい、メガネなのに剣士なんてウチには万年壁貼りのアインくらいしか……」

 店主、その時初めて僕と目が合う。

 旅人の女性と僕を見比べる。

 そして。

「……ヘルハウンド? お前が倒すとか……ウソだろ?」

「…………」

 何と言おうか。

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