ロゼッタ商店

 ユーカさんが向かったのは(彼女的に)顔馴染みの商店だった。

 もちろんゴリラだったころのユーカさんが顔馴染みだったというだけで、今のユーカさん的にどうなのかは未知数だ。

 しかし彼女にそのことを言っても「まー心配することないって」と楽観的。

「中途半端に顔バレが進むと危険が増すんじゃ……」

「いやーアイツはそういうの関係ないから」

「アイツ……って、そこの店主ですか?」

「おい敬語出てる。自分でやめるっつったんならやめろよなー。気持ち悪い」

「……はい」

「返事がそれってのも敬語じゃねえ?」

「それくらいは勘弁して……」

 育ちがいい……とはお世辞にも言えない庶民の出だが、周りは年寄りや目上が多く、特に反抗するような性格でもなかったので、敬語が据わりがいいというのは性分になっている。

 妹やその友達にまで敬語を使っていたわけではないが、三つ四つ年下の「先輩冒険者」たちにも、いままで基本的に敬語で話していたのが僕だ。

 ナメられないようにしよう、という考えは現状はなかった。だって実際、底辺だ。余計な期待をされると困る。

 今後も敬語が不意に出てしまいそうで少し怖い。

 けど、これもユーカさんを守るためだし。気をつけよう。


「ロゼッタ商店」というその店は、数か月もこの街をねぐらにしていた僕でも気づかない、目立たない店だった。

「こんなところに店、あったんだ……」

「まあ、知らねーだろうな。ここ、普通は入れねーし」

「こんな見た目で高級店……?」

 店の外観は民家に小さく掛け看板をつけただけにしか見えない。

 仮にもユーカさんのような超一流冒険者が懇意にするというほどの商人なら、いくら吝嗇家どケチでも、もう少し外観に気を遣うもんじゃないだろうか。

「まあ、すぐわかるさ」

 ユーカさんはその家……店? のノッカーを全く遠慮のないリズムでガガガン、と叩き、「入んぞー」と怒鳴ってからドアを開けた。

 ……僕は外で待ってる方がいいのかなあ。そもそも何しに来たのかも聞いてないし。

「何してんだ、早く来い」

「え、僕いります?」

「敬語!」

「……僕いる?」

「そんな剣ぶら下げた冒険者がぼさっと家の前に突っ立ってたら何事かと思うだろ」

「…………」

 やっぱり店じゃなくて家なんだ。まあいいけど。


 家ないし店の中は雑然としていた。

 一応雑貨店……という雰囲気もなくはない。置いてあるものはガラクタの域を出ないようにしか見えないし、置き方も商品とは思えないものが多いけど。

「お待ちしていました」

 そして、中で出迎えたのは異形の人物だった。

「……えっ、ええと……三つ目? いやそういう飾り?」

「三つ目です」

 エルフの美女……に見える女性。

 その額には、いわゆる第三の目。

 モンスターにはたまに目が二つじゃない奴もいるが、人類で見るのは初めてだ。

「商人のロゼッタと申します。お見知りおきを、邪神殺しの後継者様」

「え、ああ……えっと……」

 邪神殺しの後継者……なんかものすごい二つ名で呼ばれてしまった。

 いや待って。

 ユーカさん、この店に来てからまだ何か説明するほどの時間なかったよな?

 っていうかユーカさんのことユーカさんだと一発認識した上に、僕がどういう関係なのかまで……!?

「……えっ、ええっ!?」

「へへっ。驚くだろ。それはそれとして自己紹介ぐらいしろよ」

「あ、あー……あの、冒険者のアイン・ランダーズです……」

 どういう関係なのか。そもそもこの人が何者なのか。

 商人と言っていたけど本当にそれが肩書きでいいのか。

 色々と混乱して、月並みすぎることしか言えない僕。

「ご質問が色々おありのようで」

「ま、まあ……」

 しれっと待ち構えられて、なおさら僕は困惑する。

 いきなり押しかけてきたのはこっちで……そもそも何しに来たのかよくわからなくて、勝手に混乱して……ううん。

 疑問が山ほどあり過ぎて、何を言えばいいのかわからなくなりかけている僕を、ユーカさんはケラケラと笑い。

「えーとな。……ロゼッタは今回の顛末だいたい知ってるんだ。最初から」

「……えー」

「アタシの手持ちの資産の管理してるのがコイツ。ちと持って歩くにゃかさり過ぎるからな」

 それはそうだろう。家三軒分の値段になるという飛翔鮫シャークワイバーンの話を特に惜しそうでもなくスルーしたんだし。

 そういう額になってくると、宝飾品に変えたとしても持ち歩けるか怪しい。そして高価な宝飾品にして重さを軽減したとしても、それを扱える商人がいなければ、いざとなってもお金として使えない。

 こうなってくると全額を自分で管理するのは不可能といえる。だから有名冒険者には御用商人がいる……というのは、酒場の噂では聞いたことがあったけれど。

「それにコイツ、頭の目のおかげで人を間違えるってこと絶対ないんだ。だからアタシがこうなってても少しも疑わなかったし、今も予算の融通してくれてる。この前の荷車とかキャンプ道具代、ロゼッタが用意してくれてたんだぜ」

「な、なるほど……」

 さすが超一流冒険者……人脈もスペシャルな人がいるものだ。

「でも全部知られてるってことは、まずこの人から口止めしないといけないんじゃ」

「いやいや、アタシがやべーことになると一番困るのコイツだから。そこは大丈夫」

「商人は信用が第一でございます」

 慇懃に礼をする三つ目エルフ美女。

 ……しかし、質問って言っても……初対面でいきなり「なんで三つ目なんですか」とか聞くのもあれだし。

 結局。

「……ユーk……ユー、ここに何しに来たの?」

「おう。とりあえずお前のそのボロ剣は売って、ちゃんとしたのにしようぜ」

 ……いきなり!?


「だいたい……ルト通貨で30といったところですね」

「食事代にもならない……」

 目利きをしてもらったところ、僕の剣はまさに二束三文というところだった。

 いや、まあ、確かに刃はガタガタだし、刀身全体がちょっと曲がってて、鞘がゆるいからなんとか収まってるところもあるようなオンボロ剣ではあるのだけど。

「そんな値じゃ売るより使い潰す方がまだしもいいです……」

 売って足しになる値段ならともかく、小銭にしかならないなら最後まで道具として使い倒そう。

 そう思ってロゼッタさんから剣を返してもらおうとしたが、ユーカさんがその手を払う。

「な、何するんで……だ」

 口をつく敬語を強引に直しつつユーカさんを見ると、彼女は溜め息。

「武具は命預けるもんだぞ。駄目になるギリギリまで使おうとかすんな。たった一回の期待外れの結果ファンブルで死ぬんだぞ」

「そうは言っても……まだ使えないことはないし」

「お前本当よく生きてこれたよな……?」

 呆れ返るユーカさん。そしてロゼッタさんも溜め息。

「鏃のない矢でモンスターを倒そうとするのは無謀とわかりそうなものですが、剣だとなぜこういう判断をされる冒険者が多いのか……」

 多いの……?

 いやまあ、僕みたいなセコい考えが必ずしも少数派とは思わないけど。

 でも実際、使えるなら使うだろう。そんなに簡単に使い捨てられるほど剣は安くない。壁貼り依頼でしか稼げない無名冒険者は特にそうだ。

「いいかアイン。死ぬ奴が三流、生き残る奴が一流だぞ。いざって時に剣がポッキリいく奴はどっちだ?」

 ユーカさんのうんざりした感じの説教に、ぐうの音も出ない。

 でもお金がないのだ。ちゃんとした剣を買ってしまうと、今夜の宿代もなくなってしまう。

 剣がなければ冒険はできないが、空腹に野宿で冒険に挑むのも無茶だ。

「次の冒険の稼ぎで買うってことで……」

「だから! それじゃ! 死ぬわ!」

 パーンとユーカさんに頭を叩かれ、やれやれ、という顔で三つ目エルフ女史が提案してくれる。

「では、こうしましょうか。……それなりの剣をお貸ししますので、それで当方の依頼する次の冒険に行って下さい。もし成功すれば依頼料に加えて、剣もお譲りします。わたくしとしても、ユーカ様の後継がそのような醜態を晒すのは本意ではありません」

「醜態……」

 いや、そんなに言うほど悪い剣かな?

 まだ右も左もわからない頃に買ったとはいえ、そこそこお値段した剣なんだけど……。


 地方都市ゼメカイトを離れる前の最後の冒険。

 それが、ロゼッタ商店からの依頼になりそうだ。

「よその武器商人じゃホントに足元見られて終わりだったんだぜ。感謝しろよ?」

「うん……っていうかこれ、いくらになるんだろ……」

 ロゼッタ女史がガラクタの下から無造作に引っ張り出してきた剣は、見るからに立派過ぎて僕の他の装備に合っていない。

 柄尻を握ったり放したりしつつ、僕はそれが自分のものになるという実感を持てずにいる。

「そんなの金出しゃいくらでも買える剣だろ。そんな気後れすんなって」

「お金出しても買えない剣を基準に持ってこないでくれないかな?」

 そういえばユーカさんが前回の冒険に後詰冒険隊サポートパーティを使って持ち込んだ予備の武器は10本ほどあった。

 どれも、うっかりなくしたら無名冒険者が三十年働いたって弁償できない代物だ、とリーダーが言っていた気がする。

「そういや……ユーも武器に凝ったりしないの?」

 ユーカさんは相変わらずの軽装。武器らしい武器は腰に差したナイフくらい。

 ロゼッタ商店に色々預けているなら、武器にしろ防具にしろ、もっといいものを引っ張り出してきてもよかったのに、と思う。

「アタシはアインが一人前になれるように指導するだけだからな。そのアタシに頼りたくなっちまうような立派な装備してたら甘えちゃうだろ、お前」

「せめて心配しなくて済むような恰好してほしい……」

 革鎧くらいは着ててもいいんじゃないかと思うんだけど、袖すらないバーバリアンスタイルのままなんだよなあ。ゴリラな頃からそうなんだけど。

「心配なんかいらねーよ。っていうかお前、この前のアレの時、こっちを全然心配してなかったじゃん」

「あ……」

「いや、ちょっと感心したんだぜ? 普通うろたえるとこであれだけ動けてたんだから。ゴブリン相手が関の山って奴には見えなかったぞ」

 ユーカさんはニカッと笑って褒めてくれるが、僕はちょっとだけ後ろめたい。

 確かに心配はしていなかった。

 ユーカさんを信頼していたわけじゃなく、死んだものと思い込み、そこから命の取り合いの心理状態モードにすっかり切り替わっていた。

 ……ユーカさんは僕のこんな性質を知っても、まだ褒めてくれるのだろうか。

「で、次の相手はどんな奴になりそうなんだ? 依頼書、貰ったんだろ」

 ユーカさんに言われて、巻いた書簡の封印を切る。

 まさか、オンボロ剣を惜しむような雑魚冒険者に、あまりキツいモンスターを当ててはこないだろう……と、希望的観測をしながら開く。


「……ヘルハウンドのつがい」

「おー! この近くに出たのか! 火山地帯にしかいない奴だと思ってたわ!」

「何喜んでるんですか! 脅威度ワイバーンとほぼ同じ奴じゃないですか!」

「おい敬語」

「それどころじゃないですよ!?」


 ……立派過ぎる剣をオマケにつけてくれる程度の依頼が、そんなヌルいはずがなかった。

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