街に戻って

「多分、飛翔鮫シャークワイバーンね」

 なんとかゼメカイトにたどり着き、ユーカさんを馴染みの治癒師に任せてから、リリエイラさんが魔術学院にいないかと訪ねてみたら……まだいた。

 そしてユーカさんと酷い目に遭った話をしたところ、その特徴からリリエイラさんはすぐにその名を出した。

「なんですかそれ……」

「結構前からエレミトの南部で噂されてたんだけど、実際に討伐されて種として確定したのは10年くらい前の、比較的新種といえるワイバーンね。特徴はエラ呼吸と肺呼吸、両方が可能なこと。解剖所見ではブレスの類は出せないとされてるけど、エレミトには吐いたっていう噂もあって……実は未知のメカニズムでブレスを生成してるのか、それとも吐く種類と吐かない種類が両方いるのか、単なるガセネタか……今のところ不明なのよね。君が遭った個体はブレス出そうとするようなそぶりあった?」

「あ、あー……」

 何も見ずにすらすらと情報が出てきてこっちが咀嚼しきれない。

「え、エレミトってことは海に住んでるやつなんですか?」

 エレミトは南西にある沿岸国だ。

 ジャングルと漁村が多く、あまり文明的とは言えないので冒険者たちにはちょっと人気がない。

 虫と湿気が多く、モンスターと戦う前に変な病気になりがち。

「海にいると言われてるけど、研究が進んでないのよね……単に海を狩場にしていて巣は陸にあるのか、完全に水中で生活してるのか。何よりあのナリで空を普通に飛ぶから困るのよ。どこにいるのか見当がつかなくてね」

「でも僕たち、湖で遭遇したんですけど……」

「魚でも淡水海水、両方で生活する種は結構いるわ。飛翔鮫シャークワイバーンもそうなんでしょうね。平然と陸にあがったり飛んだりできるなら、なおさらどこに住んでいてもおかしくないわけだし」

 理不尽なモンスターだ。いや、理不尽じゃないモンスターも少ないけれど。

「そんな大物がいたってことは、エサが豊富なんじゃないかしら。魚、たくさんいたんじゃない?」

「……いました」

 う、うわー。……え、あそこから繋がってる話なの?

「それに、山籠もりに行った……という話を聞くに、その湖に何度も技を打ち込んだんでしょう? ユーカそういうの好きだし」

「……はい」

「じゃあそれのせいで、その飛翔鮫シャークワイバーンも『自分に威嚇されている』と思ったのかもね」

 心当たりのあることばかり。

 それを事件の状況説明から見抜くリリエイラさんの洞察力にも驚きだ。

「それで、ちゃんと倒したの? 標本持ってこれた?」

「標本……」

「まさか捨ててないわよね!? そんなレアモンスターの死骸なんて、しかるべきところに売ったら家の三軒くらいは買えるわよ!?」

「……マジで?」

「その反応だと……」

「…………どうしようもないんで置いてきちゃいました」

「おバカ!」

 怒られた。

 いやまあ僕もその値段聞いたら放置はおバカだと思う。

 でも10トン以上のモンスターなんてどうしろっていうんだよ……。


 もしかしたらまだ残ってるかもしれない、ということで、リリエイラさんが私的にお金を出して冒険者による回収隊を派遣することになった。

 ……でもわりと肉が美味しいらしいので、屍肉食動物スカベンジャーに食い荒らされがちだとか。

 特に内臓を食われてしまうと研究素材としての価値が激減してしまうらしいのだけど……あいつ背中側が固い鱗に覆われてて、腹側が柔らかい……っていう、いかにもそれっぽい形だったし、食われちゃう、よなぁ。

 でもまあ本当、僕とユーカさんじゃあの死体はどうしようもなかったし……。

 一応、回収出来たら僕たちにも情報料として多少のお金を回す、と言われたけど……あんまりアテにはしないでおこう。


 で、せっかくリリエイラさんを捕まえたので、ユーカさんを元ライバル冒険者たちから守る案について話す。

 特に護衛と、護身道具。

 ……で、リリエイラさんは両方パス、と首を振った。

「まず護衛案。……むしろ私の方が困ってるところよ」

「ええー……」

 リリエイラさんほどの有名魔術師なんてそうそういるものじゃない。ユーカさんやフルプレさんほどの名声はないけれど、それでも一流といって差し支えないだろうし実力も相応しいくらいあるはず。

「あのね、魔術師ほど不意打ちや喧嘩に弱い人種いないわよ? 下手な魔法を人間相手に使えば即座にお縄だし、そうでなくても詰め寄られたら、そこらのチンピラ男にだって手も足も出ないわ」

「……リリエイラさんくらいのランクになれば、肉体的にも半端な男なんてメじゃないものかと」

「そんなムシのいいことあるわけがないでしょ……それならトップ層はみんなソロばかりになるわよ」

 確かに。

 不得意があるからこそロールを分けて集まるわけで、一人で済むようになったら多少依頼の質を落としてでも一人でやった方が儲かってしまう。

「そんな私をユーカに張り付かせても、君の負担が増えるだけよ。一人身の女冒険者なんか隙さえあれば……と思ってるゴミはいくらでもいるのだし」

「時々リリエイラさんってすごい言い方しますよね……」

 身内相手ならあのスケベなマード翁やアーバインさんにも比較的優しいが、それ以外となると容赦なくゴミとかカスとか言う。

「それと魔導具なんか持たせるのも反対ね。そもそも『可愛い人生』なんてものを生きたいのなら、世の女の子に当然の護身を身につけなくてはいけないの。喧嘩を買うなんてもってのほか、危なそうな男のいる場所に近寄るのさえ避けるべきことよ」

「まあ……そうなんですが」

 女性が大の男相手の喧嘩論を語ること自体、まあまあ異常。

 女にやられて恥をかかされたとなれば、下手をすると「殺し合い」の領域に踏み込みかねないのが冒険者の倫理観の低さだ。

 ユーカさんがそれでもまかり通ってきたのは、ひとえに圧倒的実力とゴリラな外見のおかげだったといえる。強さに関して説得力が高すぎた。

 それを失い、取り戻さない決断を自らしたのだから、同じようにやっていてはいけないだろう、というリリエイラさんの指摘も当然と言える。

「となると残るは……ユーカさんの正体を気づかれないように小細工する、ってとこですかね。口裏合わせとかで」

「悪くない案だけれど、どういうカバーストーリーにするかは問題よね……それにゼメカイトには馴染みも多いし、ちょっとしたことでバレないとも限らないわ」

 そういえば……そういう場合もあるのか。

 僕は同一人物とは思えない程度に付き合いが浅かったが、ユーカさんたちがここしばらく拠点としていたこの街には、当然ユーカさんをもっともっと深く知っていた人々がそれなりにいる。

 急に姿を消したユーカさんを怪しみ、髪や肌の色以外同じ部分が少ないとはいえ……本人が本人らしく振る舞っていたら、秘密に感づかれることは充分に有り得る。

 かといって、知り合いの前では大人しくしていろ、なんてのも聞いてくれそうには思えない。

「大事を取るなら、ほとぼりが冷めるくらいまで旅に出るべきだと思うわ」

「……うーん」

 この街に特別深いこだわりがあるわけではないが、そう言われるとちょっと惜しくはある。地元ではないが、せっかく慣れてきた街だ。

 でも、ユーカさんを守り切れないと修行どころじゃないもんな……。



 治癒師のところに戻ると、ユーカさんはすっかり元気になっていた。

「おー。どこ行ってたんだよ」

「リリエイラさんのところですよ……あのモンスター、リリエイラさんなら知ってるんじゃないかと思って」

「あーあれね……で、なんだって?」

飛翔鮫シャークワイバーンって珍しいヤツだそうです。うまいこと死骸を持って帰れたら家三軒建つくらいの値になったって言われました」

「ほー。そこそこだな」

 そこそこ、って……。

 家が買えるほどの稼ぎなんて、冒険者として手にするのはよほどのことなのに。

 ……いや、この人その「よほどの」冒険者だった。それこそ街ごと買えそうなほどの財産もあるのかもしれない。

「それと……」


 ユーカさんを守るためにできるいくつかの方策を示し、同意を求める。

 護衛を探す……は、ユーカさんは嫌そうな顔をした。

 まあ、姿がこれなので探すにしても知り合いから、ってことになるし、それもあんな風に解散した後だもんな。

 で、喧嘩用の魔導具かくしだまは拒否されたのでナシ。

 あとはこの街をしばらく離れて旅に出ることと、ユーカさんの呼び方を変える提案もする。

「人前だけでも、他の名前で……あと敬語だとやっぱり勘繰られるから、タメ口利くのを許可してもらいたいんですが……」

「あー? お前何言ってんの」

 ユーカさんは変な顔をした。

 ……や、やっぱり僕みたいな雑魚に馴れ馴れしくタメ口叩かれるってのはイラつくのかな。

 と、思ったら。

「そもそも何で敬語なんだよ。冒険者同士でいちいちそんなん気にしてる奴いねーだろ。むしろ何なんだと思ってたとこだぞ」

「え、えー……」

 いや、そういうもん……そういうもんか?

「逆に怪しまれるだろってこの前さいしょからずっと思ってたぞ」

「……うぅ」

 この人、大陸最強の大英雄だぞ。

 むしろなんでみんなそんな態度でいられるんだ。

 き、気を取り直して。

「……それでは、えーと。……とりあえず、本名は隠して……『ユー』って呼ばせてもら……呼んでもいい、かな」

「がははは、なっつかしーなー。ガキの頃はまんまそういう渾名だったな!」

 ユーカさんはカラカラと笑って治癒師の家を出る。

 ……それでいい、ってことなのかな。


 追おうとする僕を、馴染みの治癒師が呼び止める。

「アイン。……あの子、よく生きてたな。もう少しで死んでたぞ?」

「そ、そんなでしたか」

 まあ……10トンのワイバーン、だもんなあ。思った以上にダメージが深かったのか。

 とはいえ全部説明するわけにもいかず、僕は得意の愛想笑いをしてユーカさんを追う。


「ちょっ……本当にわかってるのか?」

 心配そうな声が聞こえたがそれはありがたく聞いて、僕は駆けだした。

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