はじめての必殺技
まだ山に入ってはいないので、野生動物やモンスターの危険は大きくはない。
だから、焚き火を獣避けとして絶やさないようにしながら交代で見張りつつ、朝を迎える。
「んー……おはよう」
「…………」
「おい、起きろっ! おはようっつったらおはようだ!」
「ふぁいっ!! ……あ、おはようございます」
夜中に交代して、明け方に朝日が昇るのを見たのは覚えている。それからちょっと寝落ちしていたみたいだ。
そして顔を上げると、えらく無防備な恰好の女の子がいる。
「!?」
「なんだよそのビビり方」
僕がギギッと硬直したのを見て、彼女は不機嫌そうな顔をする。
……パンツとぶかぶかのタンクトップのみ。
胸は薄いがなくもない、というのを目視して、僕は顔を背ける。
「な、なんですかその恰好は」
「あ? 寝るときはだいたいこの恰好だけど」
じー、と自分の恰好を見て、僕の反応を見て、ようやくそれが「けしからん」恰好だと理解したらしい。
「……がっはっはっ! なーんだお前、こんなガキンチョボディが好みか!?」
「好みとかなんとか以前に! 女性として普通それ平気じゃないでしょ!?」
「長年寝起きはずーっとこんな恰好だったけど、誰も反応したことねーや!」
堂々と胸を張って笑うユーカさん。
ゴリラだったもんな……うん。
もののついでということで、ユーカさんは近くの水辺に水浴びに行く。
「何かあったら大声で呼んでくださいよ。今、ユーカさん弱いんですから」
「おう。砂金でも見つけたら呼ぶわ」
「そういう『何か』じゃなくてですね」
ちっちゃな体で鷹揚に聞き流し、手ぬぐいを振り回しながら水辺に向かうユーカさん。
僕は朝食用のお湯を沸かしながらそれを見送り、一息ついてから火掻き用の棒を手に立ち上がる。
まっすぐに構え……振る。
ブンッといい音がする。それだけで気分がいい。
……まあ、当たり前の話で、ちゃんとした剣よりも拾ってきた木の棒の方が、形が不細工なので風切り音は大きい。
それでも、なんかブンブン音が鳴るだけで自分がちょっと強くなった気がして、普通の剣での素振りよりこっちの方が好きだったりする。
……そして、ひとしきり振ったところでお湯がポコポコと言い出し、お茶を入れるか、と振り返ると、髪の毛をしっとり濡らしたユーカさんが呆れ顔で立っていた。
「うわ」
「お前……なんだその振り方」
「え」
「棒立ちじゃねーか。そんなんで何叩くつもりだよ」
「いやそれよりユーカさん……」
一応パンツは穿いているが上を着ていない。肩にかけた手ぬぐいのおかげでかろうじて胸は見えていないが、そもそも見えても頓着しなさそうだ。
そういうのは困る。
「服着て下さい」
「んなこたいいんだよ」
「よくないです」
「こうだよ! こう! ドシンと腰を落とす! 構えってのは敵との間合いを作るだけじゃねえ、一歩で動ける範囲を増やすもんだ! 足伸ばしてたら一度曲げないとバッと動けないだろ! お前かけっことかやったことないのか!?」
「わかりましたからパンイチで股広げないで! 可愛い世界で生きるんじゃなかったんですか!」
「……え、これ可愛いワールドだと駄目なやつ?」
よくぞと思うほどスタンスを広げつつ、今さらそんなことを聞いてくるユーカさん。
ポーズもちょっとあれだけど、とりあえずパンツと胸はもうちょっと出し惜しむ方が可愛いと思います。色気はなくとも。
一度落ち着かせて、服を着てもらって。
髪を拭く時にぐしゃぐしゃにしたまま、手櫛で適当に流してそのままにしようとしていたので、座らせて髪に櫛を入れる。
「冒険者だと、女性もあまり髪の毛に気を使っていられないとは聞きますけど。できるだけ櫛を入れた方がいいですよ。男は髪に惚れるっていいますから」
「そんなにー? 顔とか乳じゃねーの? あと細さ」
「……まあ、それらもないとは言いませんが」
「特に細さは必要じゃねえのか。フルプレみたいな変態以外」
「……まあ、あまり太すぎるのは確かに人を選びますね。でも髪は大事ですよ」
ちょっと前のユーカさんの
が、今のユーカさんはそうではないのだ。
細いといったって色々いる。胸やお尻まで貧弱になってしまった以上は、そっちの方面で魅力を追い求めるのは無理がある。
顔……も、肌作りや化粧に関してどうこうは言えないから。
僕に言えるのは髪の手入れぐらいだ。
「ユーカさん、いいもの食べていい寝床で寝てたんですから、髪の毛自体は悪くないです。扱いが荒いから、良いってわけでもないですけど」
「なんかお前……髪結いみたいなこと言うな。あんま世話になったことないけど」
「はは。妹の髪を編むのが趣味だっただけです」
「……へえ」
……ちょっと懐かしい。
妹の髪は……ちょっと癖毛だったけど、編めばそれで見栄えがしたな。
だから、出かける前には僕が編んでやるのが決まりみたいなものだった。
「妹と仲良かったのか」
「ええ。……いや、そうでもなかったかな。僕は可愛がってたつもりですけど、妹は髪を編む時以外は随分ツンツンしてましたし」
「……その妹さん、お前がいなくなって不自由してるんじゃないか?」
「…………」
僕は、見えないと知りながら彼女の背後で愛想笑いを浮かべて。
「編む必要、なくなったんです」
「……嫁にでも行った?」
「はは。……死にました」
「っ……」
きっと、よくある話。
家族を失って根無し草の冒険者になった、なんて、いくらでも転がっている話。
だから別に、言っても言わなくてもいいし、それなら黙っておいた方が良かったのかもしれない。ただ場が暗くなるだけだから。
……言ってしまったのは、きっと、ユーカさんに馴れ馴れしくも親しみを持ちすぎただけなんだと思う。
まだ出会って半月も経ってはいない。
僕と彼女はまだ他人で、彼女は僕を気まぐれに巻き込んだだけで、そういう知り合いという以上ではないはずなのに。
……こういう人間的魅力が、あの精鋭パーティを築くに至ったのかな、なんて思いながら、黙って髪を梳く。
「あー…………その、悪い……」
「いえ、面白くない話です。僕の方こそ」
そう言って、櫛をそっと髪から外した。
ユーカさんの髪はオーソドックスに三つ編みにした。
テントと焚き火を片づけて、まとめて全部荷車に積んで、目の前に見える山を登っていく。
「どこまで登るんですか? そもそも道、知ってるんですか?」
「何度かモンスター狩りした山だからだいたいは知ってる。山のてっぺんまで行くつもりはないからとりあえず道なりに行け」
「……あの坂、登り切れるかな」
目の前に続く、なだらかでありながらも容赦なく長い坂道に気持ちが折れそうになる。
ユーカさんのゴリラパワー、そろそろ目覚めないかな、と願いつつ、休み休み荷車を引いて山道を進むこと、さらに半日。
ようやく辿り着いた山の中腹には、ちょっとした広さの湖があった。
「おお……」
「おー、ここだここ。いつもここにキャンプしてたんだ。ここで修行しようぜ」
荷車からピョンと飛び降りて湖に駆けていくユーカさん。
「うわ、魚いたぞデカいやつ! アイン、釣り竿持ってねーか!?」
「ユーカさんが持ってきてないならありませんよ。冒険にそんなの持って出かけたこともないですし」
「マジかよ。お前、いつもどうやって食い物調達してんだ!?」
「現地調達とか考えたこともないです……」
僕は去年からの新人冒険者だ。
先日の
冒険のついでに釣りも楽しもう、なんて余裕はあるわけもなかった。
「それより本題の修行しましょうよ。このままじゃキャンプ楽しむばかりになっちゃいますよ」
「ちぇー。お前ホント真面目な。いいか、仕事がひとつできたら楽しみもひとつ用意しないと駄目なんだぞ。良いことと大変なこと、右と左でうまーくバランスを取ってだな」
「必殺技教えてくれる、っていうのを一番楽しみにしてるんですけど……」
正直、あの魔導書を使った日から。
実感がずっとあるようでないような、しかしリリエイラさんたちは確信していた「『邪神殺しのユーカ』の力の発現」という課題が気になって仕方がない。
強くなりたい、という欲は前から人並みにはあった。そしてそこに繋がる、なんらかの手続きはなされた。
思いがけず望みが叶うはずなのに、それが一向に進まない。
それは正直、泰然と待てるようなことじゃない。
強気になれない僕に似合う話ではないけれど、出来ることなら手応えを少しでも早く掴みたい。
必殺技なんてものが本当に僕にも使えるのなら……喉から手が出るほど欲しい。
そういう焦りにも似た気持ちが顔に出ていたのか、ユーカさんは溜め息をつき。
「よし。じゃあ一個教えてやる。……剣を貸せ」
「はい。……えっ?」
いや、ユーカさんの身体能力、今、外見なりじゃあ?
それなのに必殺技、出せるの?
「これは理論上、誰でも使える技だ。……先に種明かしをすると、ものすごく原始的な魔術をフィジカルでブッ放す技になる」
「え……僕、魔術とかは」
「ものすごく原始的って言ってるだろ」
湖に向かって僕から受け取った剣を鞘ごと地面に突き立てる。
そして左手に鞘、右手に剣のグリップを掴み、拳と拳の間から剣を透かして湖を睨むように、膝をついて静止。
「こうして……じっと、肩あたりから剣の中になんか流れ込むようなイメージを、作る……!」
「…………」
微妙に雑な説明を聞きながら、僕はそれを見逃さないように凝視する。
……時間が流れる。
一分。
二分。三分。
……多分、五分か六分。
虫の声がする。
どこかで鳥の声がする。
湖の周りに山羊か何かがいるのだろう、それっぽい声もした。
風が吹き、水面が揺れる。
のどかに雲が流れる。
……あれ、何かトラブルでもあったかな、と思い始めた時、突然ユーカさんは動いた。
「は、っ!!!!」
だん、と踏み込みながら鞘を引き、剣を抜き放ち……剣がすっぽ抜ける。
投げられてしまった剣はあらぬ方に飛んでいき……ガシャン、と音を立てて砂利に転がる。
……こんな時間かけて、剣投げ?
と思ったら、しゅばーーっと湖の水面が、ユーカさんの正面数十メートルほど、切れた。
「!!」
「……うぇー、カッコつかないな……握力弱すぎて剣がすっぽ抜けちまった。でもこういう技だ。前のアタシが使えば湖面ドバーッと真っ二つだったんだがなー」
「ええー……でもそんなに長く構えないと駄目なんですか……」
「いや、それは単に今のアタシが雑魚だから長くなっちゃっただけ。前のアタシだったら二秒も溜めたら打てた。……まーつまり、本当にただの一般人でも、時間かければ同じことができるってわけだ」
「……はー」
「理屈はさっき言った通りで、イメージで操ったモヤモヤしたパワーを武器に込めて込めて、最後に一瞬ブッと吹く感じで飛ばすだけ。魔術師から見たら笑っちゃうくらい雑な使い方らしいけど、アタシら戦士の剣速と踏み込み、そして集中力で一瞬に収束すれば、ただのモヤモヤも敵をブッタ切れる鋭さになる。アタシはこれを『オーバースラッシュ』って呼んでる」
「モヤモヤ……ですか」
両手を見る。
僕は魔術なんて習ったことはない。だから魔力を放つ……なんて、試したこともない。
治癒術ほどではないが、普通の魔術だって結構限られた才能が必要なのだ。
でも、ユーカさんは常人以下の能力でそれをやってみせた。
誰でもできる、というからには、そういうものなんだろう。
それにユーカさん本人の強さが僕には入っているはずなんだ。
できるはず。
「ま、やってみろ。できなかったら溜め時間を長くしてけばいつかできる。そこは感覚で掴むしかねー。んで、こういうのを練習なしで実戦だけ重ねながら掴もうってのはアホだ」
「……はい」
だから、ゴブリン相手のちまちました実戦をやめさせて、練習期間を取ったのか。
あんなに長い準備時間が必要じゃ、活用のチャンスは多くないかもしれない。
でも、例えば相手に気づかれていない状況で、この「オーバースラッシュ」を使って奇襲することができれば……。
少なくとも、この前の話の「慌てる側」でなく、「ブチ込む側」に回れる公算は高くなる。
僕は剣を拾って鞘に入れ、ユーカさんの真似をして膝をつき、ぐぐっとイメージを始める。
体の中にモヤモヤを発生させて……腕を通して、剣に込めるイメージ。
モヤモヤよ、剣に入れ。
入れ、入れ……と念じる。
……どれくらいやればいいんだろう。一応ユーカさんは「常人以下」、僕はそこまでハンデ確定じゃないし、あんなに長くは必要ないよな?
……やってみよう。一分も経ってないけど、せっかくの山籠もりだ。
何度でもやり直せるんだし、まずはやってみたらいいんだ。
次に、えーと……鞘を引きながら立ち上がって……剣を抜いてっ。
抜いて……抜く時に……うわ、一瞬でやらないと駄目って話なのに、順番に確認するように動いてしまった……!
ええい。とにかく……モヤモヤを、飛ばすっ!
「……たーーーっ!!」
ぶん、と剣を振る。
我ながら、なんて不恰好なスイングだ。あまりにもグダグダで脱力してしまう。
剣を振り上げた姿勢でちょっと止まって、急に恥ずかしくなって、がくんと剣ごと肩を落とす。
いくらなんでも……いくらゴブリンに苦戦する新米といっても、さすがにこれは酷いだろう。
そう思って、ユーカさんにどう誤魔化そうかと思いながら顔を上げると。
湖が、ゴゴゴゴ……と二列の水柱を立てながら割れていく。
「……お、おおおっ……!!」
え、これ、僕のやつ?
ユーカさんがこっそり同時打ちしたとかじゃなくて?
……呆気にとられながら、ズレた眼鏡を直す。
そして、それを見たユーカさんは。
「鋭くない。やり直し」
「ええっ」
「ズバーッとやれズバーッと! なんだあれじゃ敵に当たっても真っ二つになりそうにないじゃんか! 必殺技だぞ! 必ずブッ殺す技にしろ!」
……ま、まあ……ごもっともなのですが。
湖の割れ具合を見るに、下手するとちょっとした小屋ぐらいならぶっ飛ばしそうな威力。
それを、僕の腕が……僕の剣が、出せた。
「……は、ははは……ゴリラだ」
ちょっと、感動。
確かに僕には……ユーカさんから受け継いだ何かが、ある。
初めて実感した。
それが魔力なのかパワーなのか、それとも別の何かなのか……今ははっきりしないけど。
「ゴリラなめんな!」
「いやキレるのそこですか!?」
ええ……本物のゴリラってこれ以上のことできるの……?
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