初仕事……キャンセル!
冒険者の酒場、と言われるものがある。
誰でも冒険者を名乗ることはできる。世界で一番簡単に「なる」ことができる職業が冒険者だ。
それで何をするかと言えばもちろん仲間を募って冒険をするのだけど、ただなんとなくモンスターに向かって行って暴れるだけではもちろん生活はできない。
世の中には金をたんまり貯めた冒険者というのもいるので、人を雇い快適に冒険して好きに成果を手にする、というやり方もなくはない。ユーカさんたちは大活躍の末、こっち側になった。
そうでない側は報奨金を懸けられた依頼を受けて、金のため生活のために「冒険」という名の非正規労働をする。
そのための場所が冒険者の酒場。
だいたいその地域で一番目立つ場所にあり、かつ根無し草が居座るのにも手ごろな値段の酒場が、自然とそう呼ばれるようになる。
その酒場の中で、適当に壁に貼られた依頼は「誰でもいいからやってくれ」という依頼。
腕を要求されない、とも言えるし、相場にそぐわない安い依頼もある。
高い金を出してでも腕のある冒険者に頼みたい依頼は、ちゃんとした報酬の上に紹介料を店主に渡して出す必要がある。ひとかどの冒険者と店主が見込んだ相手に、それを渡すわけだ。
……だいたいの慣習なので地域によって差もあるし、冒険者というのは最低限モンスターと戦う能力さえあればいい、とも言えるので、その武器を暇なときには人間に向ける山賊まがいの悪質な者もいる。
そういうのを嫌って、冒険者という存在自体を拒絶している地方もあったりするけれど。
「壁貼り依頼なんかやるのかよー」
「僕は全然無名だから、それしかないんです。……これかな」
「ゴブリン退治……やめとけ」
「いや僕の実力だとこんなもんなんですよ」
正確に言うと、ちょっと背伸びしている。
ゴブリンは武才があれば十歳の子供でも勝つことがあるくらいだけど、僕の腕だと勝てはするものの、集団相手だと危ない。
二匹までなら何とか捌ける。三匹になると手傷なしではちょっと難しい……みたいな感じ。
奴らは体格は小さいけれどジャンプ力はあるし、確かに頭に直撃すれば人を殺せる攻撃をしてくるのだ。
依頼文では十匹前後。
ただ、提示報酬を押さえるためにサバを読んでいるのが常。実際は倍くらいまでは想定内。
となると、かなり慎重に立ち回らないと完勝は難しいところだ。
町に戻れば治癒師に大抵の傷は治してもらえる。だから何度か往復しながら戦えば……というところか。ゴブリンは繁殖力があるとはいえ、さすがに数日でポコポコ増えるほどではないし。
あまり日数と治療費をかけると、下手すると依頼料から足が出る。でも何人も仲間を募っても実入りがなさすぎる。そんな依頼だ。
……あえてそんな依頼を取ったのは、戦闘経験を重ねれば、ユーカさんからもらった強さが目覚めるかもしれない、と思っているからだ。
相変わらず実感は何もない。だが、魔導書の効果自体は発動したはずだ。
その力を引き出せるなら引き出してやりたい。ユーカさんの言うように、ユーカさんが思い描いたように、僕もユーカさんのようになってみせたい。出来るだけ早く。
……という目論見なのだけど。
「はい、それ貼り直し。ナウ」
「えっ」
「いいから。返しなさい。ナウ」
ユーカさんはゴブリン退治の依頼を壁に戻させ、僕を引っ張って外に出る。
そして。
「これから山籠もりをする」
「山!?」
「お前な。アタシの力を手に入れたってのにゴブリン相手ってのはどうなんだよ。ゴブリン何匹殺したってゴブリンだぞ。っていうかあんな安い依頼じゃどっちにしろ儲からないし潔く基礎練しとけ」
「基礎練……って言ったって……」
「必殺技とか教えてやるから。あんなのは他にやることない奴に譲ってやれ」
「うう……僕にとってはちょうど本気の相手なのに」
「……アタシは8歳の時にはダースで倒してたぞ」
……ゴリラ。
ゼメカイトの近所にはちょっとした山がある。
何という山なのかは知らない。僕はこの辺の生まれじゃないし、詳しい地名がわかるような地図も持っていない。
山籠りと言っていたけど、比喩かと思っていた。しかしユーカさんは少なくとも十日くらいは籠もるつもりのようで、荷車を使う量の食料とキャンプ用具を市場で用意してきた。
「荷車なんてどこから……」
「うちの
「……ああ」
そういえばあのパーティのリーダー、今どうしてるだろう。
失職させてしまった形だな……僕が悪いわけじゃないけれど。
「それであの、これ、僕が引くんですか」
「おう。アタシ今パワー全然ないかんな! 雑魚だかんな!」
「……はい」
本来馬やロバを使う類のものなのだけど。
しかし、まあ資材はちょっと豪華とはいえ二人分。引っ張って動かないほどではない。
背中に背負って歩くよりは、荷車の方がいくらかはマシなはずだ。
そう思って荷車の取っ手を掴むと、ユーカさんは当然のように荷車に飛び乗る。
「……ええー……」
「なんだよ。これぐらい引っ張れるようになれ。ゴブリンしばくより楽だろ」
「……はい」
まあ、確かに40キロもなさそうな見た目してるし、実際そうなんだろうし。
平地ではそんなに差が出るわけでもないだろうけど。でも山だよなぁ……。
ガラゴロと荷車を引いて山のふもとにたどり着く。
それだけで半日かかった。普通に歩いたら半分の時間で着く。
まあ重くて遅かった……というより、道が悪いせいで車輪が変なくぼみに落ちて動かなくなったり、あらぬ方に曲がって転覆しそうになったりといったトラブルが多かったせいなんだけど。
「疲れました……」
「おう、さすがにもうこれ以上行くのはアレだな。ここらにキャンプしようぜ」
「はい……って、手際いいですね」
「最近テント張りやらせてもらえなかったからな! 楽でいいっちゃいいけどアタシはモンスターしばくよりこっちの方が好きだぞ」
ユーカさんたちは
平地を行くときは先行してモンスターを排除しつつ、夜は僕たちが張ったキャンプで休む。
いよいよ敵地となったら、数日間ほど暴れてからギリギリ安全なところに留まった後詰のキャンプに戻ってくる……を繰り返す生活。
自分たちで運ぶものが少なくなり、テント張りや火の準備、料理や便所掘りなど、休息のための準備を手ずからやらなくて済むのがこの方式のメリットだ。
戦いで疲れた後にこれらを全部やるのは、僕のような新米はもちろん、熟練の冒険者も結構きついらしい。
けれど、キャンプそのものが好きというのもちょっとわかる。
仲間たちのことを考えたら
「バーベキューしようぜバーベキュー。酒もたんまり買ってきたし」
「僕は酒はいいですよ」
「あぁ? そういやお前、昨日の店でも飲んでなかったな」
「僕の生まれたところでは酒は20歳まで飲んじゃいけなかったんです」
「……真面目な奴。いいか、冒険者たるもの、守るべき法は最低限、あとは臨機応変だぞ。アタシの教えその1だ」
「それ本気にしたらマズい奴じゃないですか?」
「どこで何が起こるかなんてわからんのが冒険って奴なんだ。いきなり襲われたら女でも子供でもぶっ殺すのをためらっちゃいけない。事態が解決するなら家だろうが森だろうが燃やす決断をいつも頭に置いておく。守るべきは自分と仲間、その次に他人で最後が法だ。知らん奴が知らん間に作った決まりは、暇な時に守るだけにしろ。視野が狭くなる」
……冒険者というのが歓迎されるばかりじゃない理由を、まさに見た気がした。
「というわけで飲め。この国じゃ18で成人だ!」
「いや僕はいいですから! というかユーカさんが好きなだけ飲めばいいじゃないですか!」
「一人で飲んでたら一人で馬鹿晒すだけじゃん! お前も酔っぱらってくれなきゃつまんないじゃん!」
「二人とも酔ったら誰が見張るんですか! モンスター出たらどうするんですか!」
「んなもんアタシがぶっ飛ばしてやるから気にすんな!」
「無理ですよ!」
「……あ、そっか」
この人は自分が今や常人以下だというのを、あまり気にしていないらしい。
ゴリラ体型だったところからいきなり小柄な女の子になったんだから、もっと実感あってもよさそうなものだけど。
「前と段違いの非力さって、気にならないものですかね」
「んー……非力っつっても歩いたり走ったりには支障ないしなー……多分ゴブリン殺す程度なら今でもできるだろうし」
「いや無理でしょう」
「そりゃお前は無理かもしれないがアタシを一緒にするな。あんなの首切れば死ぬ生き物だ。ナイフを横に振るだけの力があれば殺れる」
「あいつらだって殺す気で棍棒振り下ろしてくるじゃないですか」
「お前は本当にビビリだなあ。振る前に殺せばいいんだよ」
「そんな都合よくいきませんよ……」
一対一ならともかく、二匹三匹と一斉に襲い掛かってくる事が多いのが小型モンスターの恐ろしさ。
常識を超えて圧倒してくるような力はないとはいえ、不用意に攻撃されれば骨を砕かれるくらいの攻撃力はある。
あのマード翁のような治癒師がいれば、そんな攻撃を二、三受けても無視できるだろうけど……あんなトップクラスの人材というのは絶対無理としても、そもそも駆け出しの冒険者のパーティに治癒師がついていることはまずないのだ。
治癒術というのは使えるだけでも希少な技で、冒険者にならなくても働き口には困らない。もし冒険者になったらなったで、ただ治癒師というだけで、なりたてでも中堅や上級パーティに誘われることもあるくらいの人材だ。
そんなのを前提としていいなら、なんだってアリだろう。
「アタシの教えその2だ。考える前に殺れ。戦いってのは相手に身構えさせる前にブチ込めばだいたい勝てる。慌ててるうちにもう一発ぶち込めばなおさら勝つ。お前は慌てる側だ。ブチ込む側になれ」
「とんでもないことばかり教わっている……」
「アタシみたいになりてーんだろ。だったらまずは勝利の哲学だ」
胸を張るユーカさん。
……とはいえ、いくら威張っても頭ふたつ分近く小さい女の子。
その苛烈さに対する恐れより、やはり「可愛いなあ」という気持ちが先に立つ。
元のゴリラユーカさんとの付き合いが短かったせいだろうか。本来ならこんな姿になってもあの「邪神殺しのユーカ」だ、という畏怖が湧いてもいいはずなのだが……もう、彼女の正体がそんな怖いものだ、という認識は薄れていた。
「ま、その辺は明日にしましょう。もう暗いですし、火も早く起こさないと」
「それもそうだな。あ、火打ちはアタシにやらせろよ。得意なんだ」
「はいはい」
手早く火をつける魔導書……というか、魔導具もある。術式が簡単なので書物形式ではなく、人差し指ほどの木の棒に刻まれ、比較的安価の使い捨て魔導具として売られている。
でも、やはり「魔導具にしては」という安さなので、無駄遣いはしたくない。火打石で点けられるなら、それに越したことはない。
組んだ薪の隙間にふーふーと息を吹き込み、火を育てる少女の姿になんとなく暖かな気持ちになりながら、僕も夕食のために食材の準備にかかった。
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