パーティ解散
夜。
地方都市ゼメカイトの上級酒場「竜酔亭」。
上級酒場と呼ばれる店はほぼ例外なく紹介制で、多少小金を持った程度の冒険者では入ることさえできない。
その分お値段も張り、給仕のお姉さんも揃って美人できわどい恰好をしている。そしてそんなお姉さんに紳士的に接することのできる品格が求められる、そういう店だ。
で。
「確かに本日はユーカ・レリクセン様御一行のご予約を承っておりますが……」
「アタシがそのユーカだ」
「……替え玉にしても戯れが過ぎますな。色しか合っていないではないですか」
「むがーっ!!」
案の定、ユーカさんはユーカさんだと認識してもらえず、店に入れなかった。
「他の人が来るまで待ちません?」
ユーカさんにそう提案するも、彼女は鼻息ひとつ。
「連中揃って時間にルーズなんだよ。日暮れって約束しても、私他にもやること山ほどあるんだからとか言って絶対二時間遅れるのがリリー。夜中に来るのがジジイ。他で一杯ひっかけてから来るのがチャラ男。昼寝してたとか言って真っ暗になってからノコノコ来るのがエロガキ。フルプレは多分来ない。顔見られると恥ずか死ぬから飲み会全欠」
「……ええー……」
そんななの。あのパーティ。
……と思ってたら、ガシャン、ガシャン、と重々しい足音を立ててフルプレートさんが現れた。
「酒を飲みに集まるわけではないだろう」
「あ、フルプレ。……っていうかお前ここ来るの初めてじゃん」
「うむ」
「じゃあ駄目だろ」
「…………」
案内係の店員はフルプレートさんと視線を交わし、ふるふると首を振る。
「吾輩を吾輩とわからぬというのか!」
「初来店のお客様はご同伴がなければお通しできない決まりでして……あと、兜でお顔を隠されていると、どうにもご予約とは別人の可能性を否定できませんので」
「…………」
ゲラゲラと笑うユーカさん。フルプレートさんはぬううう、と迫力を出すが店員もさるもの、動じない。
結局僕たち三人は店の前に立ち尽くし、入店したのはリリエイラさんが現れてからだった。きっかり二時間遅れてきた。
「待たせたのー」
「もうお前抜きで話決めちまおうかと思ってたよ」
最後に入店してきたのは予想通りマード翁だった。
この店は朝方までやっているので問題はないけれど、それにしてもユーカさんの話通りのルーズさでちょっと震える。よくパーティやれてるな、この人たち。
「さて。それじゃあ始めましょうか」
「待て待て。ワシまだ駆け付け一杯も」
「飲み会じゃないって言ったでしょう」
「でも飲んじゃ駄目とも言われとらんぞ!」
「駄目」
「横暴じゃー!!」
マード翁が騒ぐのをユーカさんが椅子蹴りで黙らせ、リリエイラさんが指を組んで話し始める。
「ユーカは少なくとも現状、元に戻る可能性はほぼゼロ。本人も戻るつもりがないそうよ」
「なんと……どういうことだユーカ!」
勢い込むフルプレートさん。ユーカさんは行儀悪く椅子をギーギー漕ぎながら、さっきまで食べていた骨付き肉の骨をガジガジしつつ。
「どうもこうもねーよ。こっちのが可愛いだろ。ゴリラに戻りたくない。はいおしまい」
「わ、吾輩は、ゴリラの貴様でも、み、魅力的だと思うぞ!」
焦ってゴリラタイプを賛美しだすフルプレートさんだったが、ユーカさんはにべもなかった。
「じゃあホンモノのゴリラの雌と結婚しとけ。アタシは可愛い人生を生きたい」
「いやいや貴様ぐらいのゴリラ度がだな!?」
「そもそもなんでアタシがテメエと付き合うような話になってんだ! アタシ万年兜の不審者なんぞ願い下げだぞ!」
「ぐぬぬぬ」
フルプレートさん、撃沈。
それを見てほろ酔いのアーバインさんは肩をすくめる。
「俺もその気持ちは支持したいな。確かに可愛くなれたのにまたあんなジャングルの覇王みたいな外見に戻りたい女の子はいないよね」
「うすうす感じてたけどお前そういう風にアタシ見てたんだな……」
「君だけは一度もベッドに誘わなかった時点でわかっててほしかった。でも今の君ならアリ」
「アタシはそんなビョーキ山ほど持ってそうな奴についてくほどアホじゃないが?」
「ちゃんと毎回マードに治してもらってるから!!」
アーバインさんに関してはほっとこう。
そしてエロガキもとい天才少年魔術師クリス君は。
「…………」
話に参加する気も見せず、フロアを行き交うきわどい恰好の給仕のお姉さんに見とれている。
「おーい、エロガキー」
「……な、なんだよっ!? ええとつまり……解散しかないねって話だろ!?」
ユーカさんに呼ばれると慌てて取り繕うあたりは子供らしくていい。マード翁はいやらしい目つきを隠そうともしていない。
リリエイラさんは組んだ指を神経質そうに蠢かせつつ、溜め息をついて頷いた。
「そう。結論としてはそうなるかしらね……でも、ここまでやってきた仲間だもの。お互い、はいさよなら、では悲しいわよね」
「ヒュー。じゃあリリーちゃん俺と結婚する?」
「えっ、いや待った待ったアンタ既婚だろアーバインさん」
クリス君のツッコミを飄々とかわすアーバインさん。
「エルフの結婚ってのは人間社会とは概念違うんだよ。だからそこはノーカンノーカン」
「さすがにそれは看過できないぞ!」
「おっ、やるか坊主? お姉さんを賭けての勝負するか?」
「勝手に賭けないで。あなたと結婚はしないしクリス君にも所有権を主張されるいわれはありません」
実に飲み屋らしいグダグダした雰囲気で、しかし解散に向けての話し合いは少しずつ進み。
「吾輩は郷里に帰る」
翌朝、フルプレートさんは若干不貞腐れた声でそう言って、背を向けた。
それを見送ってから、次にマード翁。
「ワシはしばらく温泉巡りでもするかのう。冒険者始めてから、なかなか楽しみを満喫もできんでな」
「まあ、マードさんならどこに行っても引く手数多でしょう。心配はしていません」
「ほっほっ。女の子だけのパーティ限定で助っ人稼業もええかもしれんの」
俗物全開だが、まあ彼ほどの実力だとそういうスケベさも結構許されていたりする。役得の範疇に留めるというし。
「俺は次の
「僕はアーバインさんについてくよ。子供一人じゃ足元見られちゃうからね」
アーバインさんとクリス君は、兄弟のように肩を並べて去っていく。
そして、最後に残ったリリエイラさんは、僕とユーカさんをじっと見て。
「……あなたたちはどうするの?」
「いや、アタシは可愛い人生を」
「アンタはいったん黙って。……アイン・ランダーズ君。『邪神殺しのユーカ』の力……どんな形で受け継いだにしろ、やがてあなたは彼女と同等の強さと、影響力を手にすることになるわ」
「…………」
「それと正面から向き合うのか、あるいは隠して生きるのか……どちらでも、私は咎めない。ユーカが決めたことだもの。でも、覚悟しておいて」
「覚悟……ですか」
「ここからは、楽にはいかないわよ」
予言めいた言葉。
まだ何を手にしたかすらわからない僕は、それを実感することはできなくて。
……しかし、僕の横にいるユーカさんは、あの強くて頼もしい笑顔のままで。
「いいや、楽勝でいけるさ。だってアタシがついてんだ」
「……いやアンタ、可愛い人生はどうしたの」
「せっかくくれてやった力だ、ロクに使えずに野垂れ死んだらつまんねーだろ? しばらくは冒険者としてのイロハを教えてやるよ」
それはまだコッチにあるしな、と自分の頭をつつくユーカさん。
リリエイラさんはまた盛大に溜め息をついた。
「……本当、ごめんねアイン君。……面倒臭くなったら放り出せばそのうち私のところに帰ると思うから」
「いやお前は何なんだよリリー。飼い主かよ。アタシはロバかなんかかよ」
仲のいい彼女たちに苦笑しながら、僕は。
「……わかりました。できるだけ、やってみますよ」
極めて曖昧に前向きなことを言って、歩き出す。
「おーい。やってみるって何すんだよー」
ついてきたユーカさんの問いに、僕は。
「ユーカさんみたいに強い冒険者になること、かな」
とりあえず。
……何か仕事、しなくちゃ。
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