ゴリラはもうやだ
「いやーまさか小さくなるとは」
ブカブカの服を面白がるように引っ張って笑うユーカさん。
小さい……といってもまあ、子供というわけではない。
が、確実にもとのユーカさんより若返っていると思う。
身長は140センチとちょっとくらいか。少年魔術師クリス君とほぼ同じくらい。
目つきと髪の色、長さ、そして肌の色が同じなので、かろうじて同一人物だというのは納得できる。でも、変化した瞬間を見ていなければそれも難しかっただろう。
「で、どうだ。アタシの
「え、ええ……えええ」
僕は困惑するしかなかった。びっくりするほど何も変わった感じがしない。
それをそのまま言うのも何か気が引けるし、というか何で僕にいきなりソレをやったのかわからないし、ここでどう行動すればいいのかさえよくわからないし。
途方に暮れたまま棒立ちでいると、一番早く呆然から復活したのはフルプレートさんだった。
「ちょっ……何をしているかユーカ!!!」
「いや、話の流れ見てただろ。見ての通りだよ」
「なんでそんなものを気軽に試そうとするか!!」
「え、だって一番強いのアタシじゃん」
当然のように言う少女に、また一同「?」という顔をする。
「その強さ移動させたら一番面白いじゃん」
「……いやいやいやいや」
バタバタバタバタ、と手を振って否定するフルプレートさん。
「貴様は!! よりにもよって旗印の貴様が!! そんな元に戻るかもわからない胡乱な魔導書で!!」
「え、あー、戻すのは無理だと思うよこれ」
「!??」
顔が見えないのにフルプレートさんのこめかみに青筋が浮かんでいるような気がする。
「ほらここ」
「…………よ、読めん。マード、読め」
「本人に読み上げさせれば良いじゃろ……あー、渡した
「……つまり?」
「定着しておらん段でまた同じことをしても……まあ無駄じゃろうな。素質のようなものが空費されて終わりじゃ」
「じ、時間とはどれくらいだ」
「書いとらんわ」
「…………!!!」
ガクリと崩れ落ちるフルプレートさん。
「我が……我が好敵手が、こんな……こんな形で……!?」
他のメンバーも、それどころか
やがてリリエイラさんが深い深いため息をついて。
「……お馬鹿っっ!!」
振りかぶった拳をユーカさんの脳天に叩き込んだ。
「ぎゃーっ!?」
ユーカさんは涙目で頭を押さえて転がる。
そして、リリエイラさんは拳を押さえながら、全員に宣言。
「……撤収します。今回の冒険は終了です」
数日後。
このあたりで一番大きな都市であるゼメカイト。
そこで唯一の魔術専門機関であるゼメカイト魔術学院で、リリエイラさんは改めて例の魔導書を調査し、そして結論付けた。
「……君、アイン君だったわね。……君がユーカに貰った
「ゴリラ」
「ゴリラよ」
それリリエイラさんも思ってたんだ。
そして横にいたユーカさんを見ると、腕組みをしてそーかそーかと頷き。
「別に戻さなくていいよ」
「…………ユーカ」
頭痛を押さえるポーズのリリエイラさん。
「つまり、戻すにはこれから努力して元のアタシと同じくらい強くなって、それからその強さを手放さなきゃいけないってわけだろ? コイツにしてみりゃそんな馬鹿な取り引きはないじゃん」
「それは……」
……確かに、僕としてはめちゃくちゃ損かもしれない。
元々そんなに強くはなかったとはいえ、この形だとやっぱり使ったら常人以下にされてしまうわけだし。
何日か、あるいは何年かもわからない……そんな未来に向かって努力するのは……きつい、かも。
と、ユーカさんはそれに加えて、大事なことのように続ける。
「あとさ……ゴリラもうやだ」
「……ユーカ……!!」
「だって今アタシかわいいじゃん! いいじゃんこれで! アタシだって可愛い服とか着てみたかったし! 別にもう稼がなくていいくらい頑張ったじゃん! なんでまたゴリラ人生やんなきゃなんないのさ!」
「そんなこと考えてこれ使ったの!?」
「別にそこまで考えてなかったけどさ! せっかくだし引退させてくれたっていいじゃんさ! もう女の子させてくれよ!!」
「アンタはねえ!!!!」
ばんばんばん、と机を叩いてから、リリエイラさんはどっかりと椅子に腰を落とし、はあああああ、と肺腑の全てを吐き出す。
そして、ゆっくりと顔を上げて……僕を見て。
「……本当、ごめんなさい……こんな馬鹿に付き合わせちゃって……」
「あ、いえ……」
付き合うも何も、未だに何も実感がない。
本当に何か、僕に「渡された」んだろうか。
疑問に思いながら、あの時ユーカさんの「光」が押し付けられた胸のあたりに触れてみる。
……さっぱりだ。
「とりあえず、パーティの今後について相談するから……また夜にでも、いつもの店で」
「おー」
リリエイラさんにそう言われ、僕とユーカさんはその場を失礼する。
ゼメカイトの街は賑やかだ。諸国の王都ほどではないけど。
王都のように格式ばる土地柄でもないし、憲兵もうるさくないので独特の奔放な雰囲気がある。
その分は治安も悪く、喧嘩も物盗りも多いので巻き込まれないように気を付けないといけないけれど……まあ、見た目だけは冒険者としてそれなりの格好をしている僕に、あえて選んで因縁をつけられることはない。
「ユーカさん」
「んー?」
僕の隣を歩いている小さい女の子が、まさか「邪神殺しのユーカ」だとは誰も思っていないだろう。不思議な気分になりながら、僕は気になっていたことを尋ねた。
「なんで僕に……その、
僕じゃなくても良かったはずだ。
例えばリリエイラさん。魔術師として名高い彼女に、ユーカさんの身体能力が加われば伝説に残る万能の英雄になっていたんじゃないだろうか。
いや、ユーカさん単独で既に伝説級なんだけど。
他にもパーティの誰かでも良かったはずだ。フルプレさんなら倍の強さになったかもしれないし……他の三人だっていい。
まだ誰でもいいような雑用しかできない僕に与えるよりは、意義があったと思う。
……けれど。
「え、だってお前アタシぐらい強くなりたいって言ってたじゃん」
「………………えっ」
呆気に取られて、立ち止まる。
小さな体で僕を見上げて、ニヤリと笑って。
「みんなあんな顔してたし、ひっくり返してやりたくなるだろ?」
──僕が後詰冒険隊に志願し、新顔ということでユーカさんたちに自己紹介をした時。
「アイン・ランダーズです。冒険者は去年始めたばかりで……まだまだですが、ユーカさんのような強い冒険者になりたいと思ってます!」
少しばかり緊張して、そんなことを言ってしまった。
それに対する反応は……生暖かい笑みが五割、失笑が四割。
なりたての冒険者がトップに憧れるのは、きっとよくある話。
だけど僕はもう19歳。子供というには少し無理があり、不可能に近い憧れをそのまま口にするのは、さすがに笑われても仕方のない年頃。
それはわかっていたつもりだったのに、それならもう少し言い方を変えるべきだ……と、言った後に気づいた。
例えば「ユーカさんに憧れて志願しました」ならカドも立たなかっただろうし、「お力になれることを光栄に思います」なら社交辞令としては満点に近いだろう。
と、顔を赤くしながら考えても、口に出した言葉は引っ込められない。
「おいおい、今からこのゴリラに追いつくつもり?」
エルフのチャラい弓手、アーバインさんがニヤニヤしながら肩を組んでくる。
そしてフルプレートさんは表情が読めない兜の中から、不機嫌な声で。
「気に入られたいばかりでの戯言は感心せんな。この女が今までどれだけの修羅場を潜ったと思っている」
……と言う。
顔色は見えないけれど、見るからに気を悪くしているトップ冒険者の圧に、僕は顔色を赤くしたり青くしたりで忙しかったが……当のユーカさんもまた、残り一割だった。
「こらこら、随分じゃねーか。なりたいって言って何が悪いんだ。マードみたいなジジイだって冒険者やってんだろ」
「ワシ?」
「こんなジジイでも現役やれるってことは、あと百年は時間があるってこった。アタシみたいになれたって全然おかしくねーだろ」
「待たんかい。ワシを勝手に百歳にすな。まだピチピチの17歳じゃ」
「うるせー」
白髭禿頭の自称17歳を適当に殴り、ユーカさんは僕をまっすぐ見た。
「よっしゃわかった。覚えとくよ、アタシは、な」
……この凄い冒険者たちのリーダーが、ユーカさん。
その理由を、僕は改めて実感した。そんな出来事だった。
……という出会いからあの日まで、僕は彼女とほとんど接点がなかったのだけれど。
「……あれが理由!?」
「おう。だから、もしお前が本当にアタシくらい強くなったら面白いと思ってさ」
「そ、それだけで……」
「それだけで充分だろ?」
随分低くなった背丈で、それでもユーカさんは同じように笑う。
「まあ、
「……それなんですけど」
未だに僕、何も実感がないです。
湧き上がる力なんか特になく、ゴリラになれる感じは全くしません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます