邪神殺しの電撃引退~ちっちゃな女師匠と目指す最強伝説~
神尾丈治
たぶん伝説の後継者
邪神殺しのユーカ
「おう、新入り。そろそろ交代だ」
うつらうつらとしながら火を見つめていると、後ろから声をかけられて僕は背筋を伸ばした。
「はいっ」
「はは、眠いならさっさと寝ちまえ。火の番ご苦労だった」
年季の入った装備一式に身を包んだリーダーは、僕の背中を無遠慮に叩いて場所を譲るよう催促する。
僕は危うく焚き火に転げそうになりながら、慌てて立ち上がって場所を交代した。
そしてテントに向かう僕の背中に、リーダーが再び声をかける。
「つまらねえだろう、
「……まだ一通りの仕事もやってませんから」
愛想笑いをしつつ、眼鏡を直しながら僕はそう答えた。
華やかな冒険者の活躍の陰に隠れる、縁の下の力持ち。
一流だったり、あるいは金持ちだったりする冒険者の遠征に、後からついていく別働の協力者のことだ。
目当ての場所が町に近かったらそんなものはいらないけれど、そううまい条件の冒険ばかりじゃない。行って帰るだけで何日もかかる冒険もままある。
となると、冒険者はそれに合わせて持ち物を絞り、食料や水も持ち運び……と、いろいろ工夫することになるわけだけど、金に困らなくなってくると、「それを解決するための冒険者」を組織することができるようになる。
予備の荷物を運び、食料や水も届け、キャンプを目的地の近くに設営し、いざとなれば本隊の交代要員も待機させる。
それ専用の部隊を背後に抱えていれば、戦いに関係ない大荷物で体力が削られることもなく、食事の心配もしなくてよくなり、目標達成率も飛躍的に上がるわけだ。
そして、この仕事はあまり強さを必要としない。極端に言えばキャンプ慣れしていれば誰でもいい。
モンスターにキャンプが襲われる危険は先行の本隊が排除することになっているし、さっきのリーダーのようにちゃんと戦い慣れた冒険者も混ざっている。
「荷運びと設営のための人手」がこの隊の参加者に求められる能力の大部分であって、本隊がよほどのヘマをしない限りは、僕のような新人でも務まる仕事だ。
だから、間が悪くて良い依頼を手にできなかった新人から中堅の冒険者が、この手の隊に臨時で参加することが結構多いらしい。
……だが、僕はしばらくこの冒険隊に世話になるつもりでいる。
「…………」
夜明けの空を見上げて、このまま寝るのは少し勿体ないな、と思いながら、やっぱり眠いのでテントに入ろうとしたところで、どこかから笛の音が聞こえ、にわかに周囲が騒がしくなる。
何事かと思って近くのテントから飛び出してきた冒険者に声をかける。
「何かあったんですか」
「何かも何も……って新入り君か。名前なんだっけ」
「アインです」
「ああそうだった。覚えといて。今の笛が本隊撤収の合図」
「撤収……撤退!?」
「撤収だってば。補給か凱旋か敗走かはわからないけど、とにかくこのキャンプに帰ってくるの。つまり仕事の時間」
言うだけ言って、その冒険者は本隊用のテントに走っていく。
予備武具の荷ほどきにしろ料理やお茶にしろ、準備には時間がかかる。そのどれかをやる役なんだろう。
僕は少し考えて、それに続く。
しばらくして本隊が戻ってくる。
数日前から近くにあった遺跡にアタックしていた彼らは、血と埃にまみれてはいたものの全員元気だった。
「いやー参った参った。
そう言ってカラカラと笑うのはゴリラのような女性。
彼女が本隊のリーダー……つまりこの場の全体のトップであり、西大陸最強の呼び声も高い超一流冒険者である「邪神殺し」のユーカさん。
真っ赤な髪に女性にあるまじき太い腕が目を引く。女性冒険者は中衛から後衛が多いのだけど、彼女は生粋の前衛、パワー溢れるバリバリの戦士だ。
彼女以外には戦士一人、弓使い一人、魔術師二人に治癒師一人という後衛多めのパーティ。
皆、ユーカさんの強さと人徳に惹かれて集まったという屈指の猛者たちだ。
「アタシの体力的にはまだ全然いけたんだけどさあ。フルプレの奴が鎧を着替えるって言い張って聞かないし」
「吾輩は貴様のように半裸で戦う蛮族ではないんだ。腐りかけた鎧のままではみなを守れないから、だな」
「鎧なんか着てっからあんなブレスひとつ避けられねえんだよ」
「吾輩が止めなかったら他の者がみな強酸まみれだっただろうが!」
プンプンと怒りながらボロボロの鎧を脱いでいるのは「フルプレート」という渾名の戦士。誰も素顔を見たことがないという噂だけど、兜は無傷で脱ぐ気配はなく、鎧の下の肉体は普通にマッチョ男だった。
不審人物だがユーカさんと並ぶほどの勇名を轟かせている。
「ワシはそれでも良かったがのう。どうせ死なんし」
と、呑気なことを言っているのは治癒師のマード翁。なんでも前職はさる宗教の上から三番目の地位までいったとかいかないとかの凄い治癒師だけど、今は割と俗物のハゲ爺さんだ。
彼にかかれば瀕死だろうと強酸だろうとすぐに元通りになってしまう。
「私は嫌ですからね。酸で死にかけるのも服を焼かれて裸になるのも」
眼鏡の女性がマード翁を睨む。
魔術師のリリエイラさん。堅物だが、性格が正反対のユーカさんとは親友らしい。
「ああ、なるほど。爺さん頭いいな」
「そうか……リリーさんの裸が見れるなら、あそこは食らっとくべきだったか……」
と、エルフのチャラチャラした印象の弓使いアーバインさんと、もう一人の魔術師である天才少年クリス君が真面目な顔で同じように顎に手を当てる。
リリエイラさんはこめかみを押さえて溜め息をつく。
「そこまで危ない目に遭って手に入れたのが、こんな魔導書一冊なんて……」
手に持っているのは戦利品のようだった。
未発掘の古代遺跡からはよく魔導書が見つかる。たいていは既知のものだったり、未発見でもさほどの使い道はないものだったりするのだけど、持って帰ってきたからには何かしら価値があるものなんだろう。
興味を持って見つめていると、同じように興味があったらしいユーカさんがひょいとそれを取って開く。
「なんだこれ。えーと」
「あっ、馬鹿、使っちゃ駄目!」
「なんだよー。読んでるだけだろ?」
「それは詠唱しなくても手順踏むだけで発動するタイプの最後期型魔導書なの!」
パシッと取り返すリリエイラさん。
ユーカさんは口を尖らせる。
「『こんな』って言うんだから、どういう効果かぐらい教えてくれたっていいだろ」
「……意味のわからない効果よ。使った人間の
「へえ」
「何かしらね。遺産相続の代わりにそういうのを残す風習でもあったのかしらね。渡しちゃった方はどんなに強くても常人以下にまで落ちるみたいな注意書きが……あっ」
ぱし、とまたユーカさんは魔導書をかすめ取り、再びそれを開く。
ゴリラみたいな見た目だけどあんな難しそうな本読めるんだ……とちょっと感心していたら、魔導書が光を放ち始める。
「ちょっ、こら、閉じて閉じてユーカ! いくらあなたでも……!」
「ふむふむ。で、こうか」
ユーカさんは本の上に生まれた光を指でつつき、それがそのまま指の上に引っ付いて動くのを確認すると、何故か野次馬に混じっていた僕にまっすぐ向かってきた。
「えっ」
「よし。やってみよう」
ユーカさんはいい笑顔でそう言って、無造作に僕にその光を押し付けて。
次の瞬間、僕とユーカさんの体からボシュッと煙のようなものが噴き出して。
皆が呆気にとられる中、煙が薄れると、目の前には真っ赤な髪の……割と小さな、女の子がいた。
『……………………………………えっ?』
みんなの疑問符が同時に出た。
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