第58話 番外編 4/4

 麗らかな日差しが降りしきる中、リシャルたちは山間にある小さな集落を襲った。


 セシーラはいつも通り子守歌を歌い、住人たちが眠りにつく。


 リシャルは、倒れている人たちをサクサクと殺していく。


 そのとき。


 リシャルは、隻腕の剣士に襲われた。


 隻腕の剣士は、姿や気配を殺して近づいていたわけではない。シンプルに寝たフリをしていて、リシャルが不用意に近づいたときに、剣を振ったのだ。


 住人は全員眠っていると思い、リシャルは少し油断していた。


 致命傷は避けたが、左腕を切り落とされた。



「ちっ。鬱陶しい奴!」



 黒髪黒目、二十代後半くらいの青年。その一太刀を見て、ド田舎の村にいるには不釣り合いなほどに強い相手だというのが、リシャルにはわかった。



(左腕を失って、冒険者を引退した? 引退するほど弱くはなさそうね。引退する理由があるとすれば……こいつが、呪われてるってことかしら)



 ぼんやりとだが、その体から負の魔力が溢れている。察するに、回復系の魔法や薬を受け付けなくなるような呪いだろうか。危険を冒す冒険者にとっては、致命的な呪いだ。


 セシーラはあくまで人を安眠させるための魔法を悪事に利用しているだけなので、そういう呪いを受けた者に効果を発揮しなくなってしまう。



(成功を重ねすぎて、油断した。でも、敵は一人。勝てる)



「誰だか知らんが、許さん。殺してやる」



 隻腕の剣士の動きは速い。しかし、あくまで剣士であり、魔法による中距離攻撃には弱い。


 リシャルが圧縮した風をぶつけると、隻腕の剣士が吹き飛ぶ。体がバラバラに弾け飛ばなかったのは、剣士の強さの証だろう。



「でも、これでおしまいよ」



 風の刃を飛ばし、剣士を攻撃。首を落とすつもりだったのだが、剣士はその場を転がって魔法を回避。さらに、的を絞らせないよう不規則に動きながらリシャルに接近してくる。



「……面倒ね。でも、その程度じゃ私は殺せないわ」



 リシャルは自身を中心に竜巻を起こす。猛烈な風に、周囲の民家までも軋み始める。


 出力を上げると、剣士の体がふわりと宙に浮いた。さらに、剣士は風に体を切り刻まれる。



「あはは! よくも左腕を切り落としてくれたわね! 楽には死なせないわ!」



 剣士の血で、竜巻に赤が混じる。


 剣士がもがき苦しんでいる様子が、リシャルにはとても愉快だった。



「リシャル! どうしたの!?」



 集落の入り口付近にいたセシーラがやってきた。いつもは大規模な攻撃魔法を使わないので、不審に思ってやってきたようだ。


 セシーラは建物に掴まっているが、今にも風に飛ばされてしまいそうだ。



「あなたは離れてなさい! 一人、子守歌の効かない相手がいただけよ!」


「わ、わかった! ……あっ」



 離れる暇もなく、セシーラの体が宙に浮いた。そのまま竜巻の中心部へと吸い込まれていく。



(あ、このままだと、セシーラが死ぬ)



 竜巻の中で粉々になるセシーラの姿が思い浮かんだ。


 とっさに、リシャルは魔法を解除してしまった。


 その判断に、リシャルは戸惑う。



(……別に、いつ死んでもいい相手なのに)



 セシーラは吹き飛んで地面を転がる。多少怪我をしているだろうが、死ぬことはない。そして、怪我であればセシーラは自分で勝手に治せる。



「……馬鹿な子。邪魔をしないでほしいものだわ。……うっ」



 リシャルがセシーラの行方に気を取られている隙に、リシャルの腹に剣が生えた。


 剣士が近づいてくる気配はなかった。剣士はリシャルに背中に向かって剣を投げたのだ。



「こ、の……っ」




 リシャルは、駆け寄ってくる剣士を風の刃で攻撃する。剣士の足は止まらない。



(こいつ、ここで死ぬつもり!?)



 先ほどの竜巻で、剣士の体は血塗れ。かなり出血している上、傷も深い。


 回復系の魔法もアイテムも使えないのでは、致命傷に違いない。


 死を覚悟した人間は、時に普段よりもよほど強い力を発揮する。今、この剣士は危険だ。



「止まりなさい、よ!」



 暴風で剣士を吹き飛ばす。剣士は地面を転がった後に倒れて、動かなくなった。



「……まだ、死んではいないわよね」



 リシャルは追撃する。何度も何度も、剣士を風の刃で切りつける。


 通常の人間ならばバラバラになっているだろう攻撃を受けても、剣士はまだ原型を止めている。



「丈夫な体……。そもそも、魔法が効きにくくなる呪いなのかもしれないわね」



 魔法では殺しきれないと、リシャルは動かない剣士に近づく。


 そして、腹に刺さった剣を引き抜き、振りかぶる。


 青年の目が、リシャルをとらえる。しかし、そこにもう敵意はなかった。



「……俺はもう動けない。最後に教えてくれ。お前は、何者だ」


「ただの魔族よ。人間に化けているけどね」


「そうか……。俺はゼントード。これでも、英雄と呼ばれることもあるくらい、力のある冒険者だったんだ……」


「ああ、そう。興味ないわ」


「最後に良い戦いができて良かった。ありがとう。やはり、戦士は戦いの中で死ぬのがいい」


「はぁ?」



 リシャルは眉をひそめつつ剣を振り下ろし、剣士の首を切り落とした。



「ふぅ……片付いた。あのお馬鹿さんは生きてるかしら? 生きていてくれないと困るわ」



 腹から大量の血を流しながら、リシャルはセシーラの元へ急ぐ。すぐに治療してもらわなければ死んでしまう。


 リシャルがセシーラのところへ着く前に、セシーラの方からリシャルの方へやってきた。



「酷い傷! すぐ治す!」


「ええ、頼むわ」



 セシーラの力があれば、重傷でもすぐに癒える。


 傷が癒え、リシャルがほっと一息ついたところで。



「危ないっ」



 セシーラがリシャルの体を押しのける。そして、セシーラの胸に、矢が突き刺さった。


 おそらく、心臓を射抜かれている。



「ちっ。住人が目を覚ましたか」



 リシャルが振り返ると、弓を構えた村人がいた。リシャルは風魔法を使い、すぐにその村人の首を狩った。


 その後も、武器を持った村人が集まってくる。



「……ちょっと面倒だけど、敵じゃないわね」



 リシャルが村人を迎え撃つ、その前に。



「リシャル……っ」


「何よ。私に話しかけるより、自分の傷でも治しなさい」


「わ、わかってる。げほっ。ただ、ねぇ、リシャル」


「何?」


「……これは、伝えておく。あなたとの短い旅、楽しかった。ありがとう。それと、あたしの心臓、食べてね。あたしが、これからまた、あなたと旅を続けられるように……」



 それはまるで遺言のよう。


 聖女の力があれば、心臓に矢が刺さるくらい、大したことではないはずなのに。



「あなた、死ぬ気なの?」



 セシーラは薄く微笑む。



「なんで、かな。人間が嫌いで……全部、滅ぼしたいのに……人が死んでいくの、どこか、ちょっぴり辛いや……。本当は、どこかで、早く終わらせたいって、思ってた……。わけわかんない……なんだろ、これ……なんで、リシャルみたいになれないのかな……。リシャルみたいに、純粋に、悪い奴になれたら、良かったのに……」


「……あなたがここで死にたいっていうなら、別に止めはしないわ。好きにしなさい」


「……ごめんなさい。最後に、お願い。あたし、あなたの手で、殺されたい」


「本当に、わけのわからない人間ね。まぁ、それくらいなら、叶えてあげてもいいわ」


「……ありがとう」



 リシャルは風の刃でセシーラの首を刈る狩った。


 ゴトリと落ちるセシーラの首。その顔には、安らかな微笑みが浮かんでいた。



「わけがわからないわ」



 ある程度人間を理解していたつもりだった。


 しかし、セシーラは他の人間とだいぶ違っていた。


 ただ、わけがわからない人間だったけれど、共に旅をするのは、そう気分の悪いものではなかった。



「……なんでかしらね。まぁ、いいわ。心臓の件は、ひとまずこの村を壊滅させてから」



 リシャルは、襲ってくる村人たちを全滅させた。


 強者は隻腕の剣士だけで、他の者たちは弱かった。


 問題なく村を壊滅させて、リシャルはセシーラの遺体のところへ戻った。



「……人間を食う趣味なんて、私にはないのよ」



 リシャルは溜息を吐いたが、結局、セシーラの心臓を食べることにした。


 村の壊滅に体力と魔力を使って、少々お腹が空いていたから、そんな戯れに乗ってやろうと思えた。


 心臓を食べてやったら、なぜか強力な回復魔法を使えるようになっていた。



「まるで、本当にあなたと共に旅を続けるみたいだわ」



 何はともあれ、回復魔法を使えるのは便利だ。有効に活用させてもらう。



「……遊びは終わりにして、私はまた、いつも通りに人間を殺しにいくわ」



 リシャルはセシーラの遺体を放置し、旅を再開する。


 一人旅はいつものことだし、リシャルは寂しいという感情も持ち合わせていない。


 ただ、強いて言えば。



「……少し、退屈だわ」



 この退屈にも、すぐに慣れるだろう。


 セシーラなんておかしな子がいたことも、すぐに忘れていくのだろう。


 それで良い。


 魔族は、ただ人間を殺していくだけの種族なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る