第57話 番外編 3/4
それから二ヶ月。季節がだんだんと春に向かっていく中で、リシャルとセシーラは、小規模な町や村を次々と襲っていった。
国も異変を感じており、狙われそうな村に討伐隊がいたこともある。しかし、セシーラが天使の子守歌で無力化し、リシャルが攻撃するという流れで、討伐隊も返り討ちにできた。
また、一度、セシーラを暗殺しようとする者たちにも遭遇した。
決して弱いわけではなく、真正面から戦えばリシャルでも苦戦する相手だったのだが、二人で戦えば勝てない相手ではなかった。
ある夜、壊滅させた村の家で食事を摂っているとき、セシーラが言った。
「ねぇ、あたしたちなら王都壊滅だってできるんじゃない? やってみようよ」
「はぁ? 調子に乗らないでよ。小さな町や村を襲ってきたから上手くいっただけ。大きな町に行けばすぐに手痛い反撃を食らうわ」
「でも、リシャルだってこの二ヶ月で急速に強くなってるでしょ? 大量の人間を殺してさ。リシャルの魔法の威力が上がってるって、わかってるんだから」
「……確かに強くはなったわ。でも、王都を壊滅させられるほどじゃない」
リシャルの戦闘力は確かに上がった。さらに、魔力量もかなり増えている。おかげで強力な魔法を連発することができるし、時間をかければ大規模な魔法も扱える。
それでも、同等の強者は世の中にたくさんいる。安易に王都を攻めれば返り討ちに遭う可能性が高い。
「リシャルって、頭おかしいくせにビビリだよね」
「ええ、そうよ。命懸けの戦いに歓喜するわけでも、どこまでも強くなりたいと思っているわけでもない。弱者をいたぶったり、思い通りに操ったりするのを楽しんでいるだけ。強い敵からはさっさと逃げるし、危険は極力冒さない」
「……魔族って、本当に性根が腐ってる」
「そうね。それが普通だわ」
「……そう。ちょっと期待はずれだけど、まぁいいか。二人で何千人かは殺してきたし、復讐にはなってる。
ありがとう、リシャル。あたしの復讐に付き合ってくれて」
セシーラのお礼に、リシャルは眉をひそめる。
「私はあなたのために殺してるわけじゃないわ。私が人殺しを楽しむために、あなたを利用しているだけ」
「知ってる。君に優しさだとか献身だとかはない」
「そうよ」
「そして、あたしに利用価値がなくなれば、あたしを殺すつもりでしょう?」
セシーラはごく自然な笑みを浮かべている。非難している様子はない。
(仲間と思わせておいて最後に裏切り、悲しみに沈むセシーラを殺したい……。そんな思惑もあったけど、この子が私に心を許すことなんてなさそうね。ここで誤魔化す意味はない)
「……ええ、あなたの言う通り、私はあなたを殺すわ」
「やっぱりね。リシャルってわかりやすい。人を殺すことばっかり考えてる」
「そうね。私は魔族だもの」
「魔族は人類の敵。あなたを見ていると、その意味もわかる。ただ、あたしはリシャルのこと、結構好きだな」
「はぁ? なんで人間が人殺しを好きになるのよ」
「自分の欲望に忠実で、自由奔放で、罪悪感だとかのくだらないものとも無縁。ずっと何かに縛られてきたあたしからすると、リシャルは憧れの存在だよ」
「……そんなこと、初めて言われたわ」
魔族として人間と接するとき、リシャルに向けられるのは敵意ばかり。キラキラと目を輝かせるセシーラは、人間として異端。
「ちなみに、リシャルって何歳?」
「覚えてないわ。まだ百年は生きてないと思う」
「見た目は二十代なのに、結構なお婆ちゃんだ」
「人間からするとそうでしょう。魔族の寿命は五百年くらいだから、まだ若い方よ」
「まだまだ若いお婆ちゃんか。それにしても、お婆ちゃんとか言われ全然も怒らないんだね。人間だったらむっとするところだよ」
「人間の女は若いと言われたがるものね。不思議だわ。馬鹿馬鹿しいとも思う」
「そういうところも好きなんだよなぁ。人間が抱える馬鹿馬鹿しい苦しみからも自由で、誰にもリシャルを傷つけられない感じ」
「人間はそれなりに賢いのに、愚かすぎるのよ」
「本当にそう。人間って本当に愚か。全滅させたい」
「私にその願いは叶えられないわ。いずれ、大人しく私に殺されなさい」
「いいよ」
セシーラがあっさりと承諾して、リシャルは戸惑う。
「……私に殺されてもいいって?」
「うん。いいよ。死ぬときには、リシャルに殺されたい」
「はぁ? わけがわからないわ」
「リシャルにはわからないよ。ただ、一個だけ条件」
「条件?」
「あたしを殺したら、あたしの心臓を食べてよ」
「ますますわけがわからない」
「あたしには、人類を滅亡させる力なんてない。でも、リシャルならできるかもしれない。あたしはリシャルの体の一部になって、リシャルと一緒に人類を滅亡させたい」
「……あなたって、人間の中でもだいぶ異端ね。私に心臓を捧げたところで、私の中にあなたのことなんて何も残りはしないわ」
「残るよ。あたしの心臓を食べれば、リシャルには何かが残る。そんな気がする」
「夢想するのは自由よ」
「うん。とにかく約束ね。あたしの心臓、食べてよ?」
「嫌よ。気持ち悪い」
「そう言わないで。きっと、リシャルにとって良いことがあるから」
セシーラが何を確信しているのか、リシャルにはわからなかった。
その望みを叶えてやるつもりもなくて、用済みになったらサクッと殺して終わりだとも思った。
そして、セシーラとの別れは、存外早く訪れた。
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