第56話 番外編 2/4
「本題の前に、名前くらい知りたいな。あたしはセシーラ。君は?」
特に名を隠す必要もないので、リシャルは答える。
「私は、今はリシャルと名乗っている」
「今は? 本当の名前というわけではないの?」
「私に本当の名前なんて存在しないわ。名前は頻繁に変える。一番最初の名前はザーラだったけれど、最初の名前という以外に意味はない」
「魔族はよく名前を変えるの?」
「魔族全員がそうとは限らない。名前を一つに決めて、その名を世間に知らしめたい者もいる。でも、人間に化けて人間を騙すタイプは、不定期に名前を変える。名前が知られると騙しづらいから」
「なるほどね。けど、それって人間のあたしに言って良かったの?」
「問題ないわ。これだけの情報で、何か人間側に対策ができるわけじゃないもの」
「まぁ、そうね」
「それで、大量虐殺って、どういうこと?」
リシャルが尋ねると、セシーラは一度ニタリと笑い、軽く息を吸う。
そして、急にとても不快な声を出し始めた。声と共に清浄な魔力を放出しており、リシャルには攻撃魔法のようにも感じられる。軽く頭痛まで引き起こされた。
「何よ、それ。気持ち悪い」
明確な攻撃とは言い難かったが、リシャルは戦闘態勢を取る。セシーラの歌声が止んだ。
「ああ、ごめん。戦うつもりも、不愉快にさせるつもりもなかったんだ。これ、本当はすごく気持ちいい歌声のはずなんだよ」
「人間にはそう聞こえるのかしら?」
「うん。天使の子守歌って言ってね。人間が聞くと気持ち良くなって、すぐに眠ってしまうんだ」
「へぇ……。それで?」
「あたしが王都でこの歌を歌う。皆すぐに眠ってしまうから、その間にリシャルが王都中の人を殺してよ」
「……王都の人口って何万人? 相手が眠っていて無抵抗とはいえ、一気に全員殺すには魔力が足りないわ」
「なら、王族とか貴族だけでもさ。城を崩壊させちゃえば、中にいる人もだいたい死ぬでしょ」
「王城は強力な守護結界に守られてる。私の力では破壊できない」
「……あ、そう。君、意外と弱い? 魔族なのに?」
「魔族をなんだと思ってるの? たった一人の魔族の力なんて高が知れてるわ。人間よりはそれなりに強いっていうだけ」
「ふぅん……なら、こういうのはどう? 国内にある小さな町や村を壊滅させていこうよ。リシャルの力が及ぶ範囲で」
「それくらいならいいわよ。でも、厄介な討伐隊がやってくる前に、私はさっさと拠点を変えるわ」
「うん。わかった」
「それにしても、無差別に国民を殺して回るだなんて、相当恨みが溜まっているのね」
「うん。そうだよ。……死ぬまで許さないって、決めてるんだ」
「そう。まぁ、私が楽しめる間は、あなた復讐に付き合ってあげる」
(そして、最後にはあなたを殺すわ)
セシーラへの殺意は言葉にも態度にも出さなかった。
しかし、もしかしたらセシーラは何か察しているかもしれない。いざとなれば先手を打って攻撃してくる可能性もある。
相手を騙しているつもりで、自分が騙されていることがないよう、リシャルは注意することにした。
その後、リシャルとセシーラは行動を開始。
まずは三日ほど歩いたのだが、その間にセシーラは自身の境遇について話した。リシャルはあまり興味がなかったのだが、人間を利用するには心情を理解してやる方が良いとはわかっているので、聞いてやった。
セシーラの生まれは、ごく平凡な一般家庭。しかし、生まれたときから聖女としての素質を持っており、そのせいで教会に引き取られ、そこで育てられることとなった。
色々な制限のある窮屈な生活を強いられていたのだが、幼い頃は自分の生活が普通じゃないことに気づいていなかった。世の中のことを何も知らないセシーラは、そういうものだと思っていた。
その生活の中で、セシーラは聖女としての才能を磨き、強力な回復魔法を扱えるようになった。そして、幼少期からたくさんの人の怪我や病気を治し、感謝されていた。
セシーラはそれで満足だった。聖女の力で困っている人たちを助けることが自分の幸せなのだと、本気で信じていた。
そして、セシーラが十歳だった、ある日のこと。セシーラは一人の青年に誘拐された。
青年に、セシーラを害する意図はなかった。ただ、妹が重い病気を患っていて、それを治療したかった。
セシーラは、どうしてわざわざ誘拐などしたのかわからなかった。
『こんなことをしなくても、教会に連れてきてくれたら、あたしはその子を治してあげるよ?』
『教会に依頼するにはお金が足りないんだ』
『お金って何?』
『え? 君、お金を知らないの?』
『うん。知らない』
『ええっと、お金っていうのは……』
青年に説明されて、セシーラは初めてお金という概念を知った。
そして、教会がセシーラを利用して多額のお金を得ていることも知った。
セシーラは無償で困っている人を助けているつもりで、ただただ皆を幸せにしているつもりだったが、そんなことはなかった。
セシーラは、自分が教会に都合良く利用されていることを理解した。
また、青年は世の中の『普通』も教えてくれた。
一般の人々がどういう生活をしているのか、親子の関係はどういうものか、世間では何が起きているのか。
逆に、セシーラが自身の生活について語ると、青年は酷く驚いていた。
『聖女様ともてはやされて幸せな生活を送っていると思っていたけど、君は随分と窮屈な生活を送っていたんだね。自由を持たないどころか、自分で考えることさえも抑制されているなんて……。もし可能であるなら、君はいつかその教会から抜け出した方がいい』
青年の言葉の意味は、当時のセシーラにはよくわからなかった。
その後、青年の要望に従い、セシーラは彼の妹の病を治した。
二人には大変喜ばれて、セシーラも嬉しかった。
しかし、まもなく教会関係者がやってきて、青年とその妹は聖女誘拐の罪で捕まった。
その上、二人は死刑になった。
聖女はとても重要な存在で、王侯貴族とほぼ同格の扱い。誘拐は罪が重い。聖女が無事であっても、妹を救いたいという願いからであっても、その重さは変わらない。
青年は、死刑になるのは自分だけで良いはずだと訴えた。しかし、妹も同罪だと見なされて、減刑はなかった。
セシーラは何が起きているのかよくわからなかった。少なくとも、人が人にして良い所行ではないのだと、朧気に察していた。
それから、セシーラはずっと教会の言われるがままに過ごしてきた。
それが一番平穏ではあった。
でも、自分が異常な状況に置かれていることも、教会関係者が決して善人ばかりではないことも理解して、聖女であることに嫌気がさしていた。
十七歳になり、セシーラは思い切って教会関係者を糾弾した。
聖女を金儲けに利用することも、善人面して他者を平気で傷つけるのも、あってはいけないことだと。
セシーラは、もう治療を行わないと宣言。すると、教会側はセシーラの暗殺を企てた。利用できない聖女なら、殺して人々の同情を誘う方が価値がある、という判断らしかった。
セシーラは身の危険を察知し、逃亡した。
しかし、それで今まで蓄積した恨みが晴れたわけでもない。
教会関係者への恨みはもちろんあるが、結局聖女を都合良く利用してきたのは、一般の人々も同じ。
何もかも嫌になっていてしまった。
もう全部まとめて復讐したい。
それがセシーラの願いだった。
「あたしのしていることが正しいとか間違っているとか、そんなのはもう知らない。全部ぶっ壊してやりたい。それだけ」
セシーラは心底憎々しげに吐き捨てていた。
そして、爽やかな朝に、リシャルとセシーラは小さな村に到着。人口は三百人程度だろうか。
「あたしが歌う。住人はずっと眠り続けるから、その間に、リシャルが全部殺して」
「ええ、いいわよ」
セシーラが天使の子守歌を歌い始める。
リシャルはそれが少し不快だったが、我慢できないほどではない。
村人たちは寝静まり、リシャルは気持ちが高ぶる。
「無抵抗の人間を理不尽に殺していくの、好きなのよね。あはっ! 楽しくなってきた!」
全員、殺した。
悲鳴の一つも上がらない、とても静かな虐殺だった。
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