第55話 番外編 1/4

 * * *



 今となってはもう昔の話。


 五十年以上は前だけれど、百年以上前ではない。


 リシャルがメリアージェ王国という小さな国を旅していたときのこと。


 ある雪の日に、荒んだ雰囲気の少女に出会った。


 年齢は十代後半。本来は麗しいだろう金色の髪は乱れ、目の下には濃い隈があった。



「……その肌と角。君は、魔族だね。随分酷い怪我をしている」



 その日、リシャルは強力な冒険者パーティーと交戦になり、酷い怪我を負っていた。辛うじて相手を殺したものの、致命傷に近い傷を負ってしまったので、ひとまず森に逃げ込んだのだ。


 そこで、リシャルはその少女と遭遇した。相手が何者であるかはわからなかったが、白を基調としたローブから、聖職者だとは思った。



(今遭遇するなんて運がない……。魔力も体力も残っていないのに……)



 限界ギリギリだったが、リシャルは拳を握る。魔法での戦闘が一番得意ではあるものの、肉弾戦も不可能ではない。



「そう警戒しないでよ。君と戦うつもりはない」



 少女は無防備にリシャルに近づいてくる。


 リシャルは相手の言葉などもちろん信じないで、少女に殴りかかる。


 少女はリシャルの拳をかわし、距離を取る。戦闘は苦手そうなのに、鮮やかな身のこなしだった。



「落ち着いて。その傷、治してあげる。あたし、これでも聖女なの」


「は?」



 少女の右手が淡い金色に光る。警戒するリシャルにその手をかざした。


 相手を油断させ呪いでもかけようとしているのだと、リシャルは思った。しかし、次第に体中の傷が癒えていった。



「本当に、治したの? 何故? 見ての通り、私は魔族よ?」



 人間に化ける魔法は使える。しかし、冒険者パーティーと戦ったときに解除させられて、今はそのままになっている。



「君が魔族だから、治したんだよ。人間だったら見殺しにしてた」


「はぁ? ますます訳がわからない。人間は魔族を殺し、同族を助けるのでしょう?」


「あながち間違いではないかもしれないけど、あたしは人間が嫌いだよ」


「……ふぅん。あなたは人間に恨みを持っているわけね」



 人間は魔族よりも複雑な生き物だ。人間同士が助け合うのは当然だと考えている者もいれば、人間同士で憎み合っていることもある。


 この少女は後者であるらしい。



「人間は嫌い。あたしを散々都合良く利用しておいて、都合が悪くなれば切り捨てて殺そうとする……。あんな奴ら、死んじゃえばいい」


「……そう。随分と辛い思いをしてきたのね」



 リシャルは構えを解く。この少女に交戦の意志がないのはわかったし、上手く話を合わせれば利用できそうな気配があった。


 まもなくリシャルの傷は完治。怪我をする前よりも体を軽く感じる。魔力はまだ戻らないが、二割程度は回復していた。ただの回復魔法のはずなのに、魔力まで回復させるのは異常だった。



(流石は聖女ね……。規格外の癒しの力……)



 リシャルは、これ以上の回復魔法の使い手を知らない。



「あなたなら、死人でも蘇生出来てしまいそう」


「流石にそれは無理。でも、頭部半壊くらいだったら治せるかな」


「……それはもう死者蘇生の領域だと思うわ」


「そうなのかもね。……だから、本当は死霊魔法の使い手だ、なんて疑われたりする」


「人間は過ぎた力を恐れるわよね」


「そう……。人間は本当に臆病で、わがままで、救いがたい……」



 少女は暗い表情を浮かべる。



(人間を憎んではいるけれど、人間に深い愛情を抱いていたからこその反動とかかしらね。愛する者に裏切られると、人間は真逆の感情を抱きやすい……)



 リシャルは少女の言葉や態度から、その心情を読み解いていく。


 相手を理解すれば、誘導も利用もしやすい。


 ただ、少女の次の言葉には少し驚いた。



「ねぇ、一つお願いがあるんだ。もし良かったら……国を一つ、滅ぼしてくれないかな?」


「……はぁ? 国を滅ぼせ? なんで私が人間のお願いなんて聞かないといけないわけ?」



 突拍子もない話だった。そして、Bランク下位の力量しかないリシャルには、国を滅ぼすなど不可能な話だった。



「……流石にダメか。なら、こういうのはどう?」



 少女はニタリと笑って、奇妙なことを言う。



「あたしと一緒に大量虐殺しない? とりあえず、興味があれば、話だけでも聞いてよ」



 リシャルは眉をひそめつつも、興味は持った。



「……話くらいは、聞いてあげてもいいわ」



 リシャルの返事に、少女は歪な笑みをより深くした。

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