第54話 ゆるっと

「ごめんなさい! 敵の幻術にかかっていたとはいえ、カエンに酷いこと言っちゃったし殺しかけちゃった! 自分で自分を許せないよ! 本当にごめん!」



 幌馬車での移動中。


 火猿は、目を覚ましたティリアから熱心な謝罪を受けた。


 ティリアはぐずぐずと泣いていて、自分の行為を心底悔やんでいる。記憶に不鮮明なところもあるが、だいたいのことを覚えているそうだ。



「気にするな。俺は生きてる。ティリアもひとまず無事だ」



 火猿の傷は、リシャルが既に回復済み。皮膚も左腕も元通りだが、重傷からの復帰で体力を消耗しているため、気だるさは残っている。



「無事だけど……でも……でも……」


「泣くな、うっとうしい」


「言い方! こっちは本気で申し訳なく思ってるのに!」


「そんなことはわかってる。終わったことをいつまでもグダグダ言うな。だいたい、今回のはお前が悪いわけじゃないだろ」


「そうだけど……スキルなんかで自分を見失ってたのが嫌だ……。たとえ何をされても、カエンだけは傷つけたくなかったのに……」


「お前は元々雑魚だろ。強力なスキルに抗えなくても仕方ない。ちょっと力を得たくらいで高望みしすぎだ」


「雑魚とか言うな! バカ!」



 ティリアが火猿の肩を殴る。泣いているよりは怒っている方が良い、とも火猿は思う。



「それより、お前、体はなんともないのか? あの黒い石のせいで体にだいぶ負荷がかかってるはずだぞ」


「体中めちゃくちゃ痛い……。回復ポーションでも何故か治らないし……」


「とりあえず休んどけ」


「でも、でも……」


「っていうか……悪かったな。第一に、俺がお前を連れ去れたのがいけねぇ。それに、すぐにはお前からあの石を取り除けなかった。はっきりとはわからんが、たぶん十年くらい寿命が縮んでるらしいぞ」


「わたしの寿命なんてどうでもいいよ。カエンの命の方が大事」


「……もっと自分を大事にしろよ」


「カエンより大事なものなんてないよ」


「わかったわかった。もうそれでいい」



 火猿が溜息をつく。


 ここで、寝そべっているリシャルがのっそりと動いて火猿を見る。彼女の既に傷は全快しているものの、まだ座っているのも怠いらしい。



「カエンがティリアを気にかけるのって、自分に心酔させて自発的に命を捧げさせるため? なるほどね、人間を利用するには、それも悪くない手段だわ」


「勝手に変な解釈すんな。そもそも、俺はティリアをそこまで大事にしてねぇだろ。この関係で勝手に俺を大事にしようとするティリアがおかしいんだ」


「まぁ、それもそうね」


「わたしはおかしくないよ! わたしは普通だよ!」



 御者をしているファリスから、「ティリアは普通とは言い難いよー」と控えめなコメント。ティリアは若干むっとした。


 なお、火猿たちの戦いにファリスは参戦していないため、四人の中で一番元気だ。御者をするのも問題ない。


 火猿はむくれるティリアの顔を見て気持ちを緩めつつ、呟く。



「まぁ、今回は面倒な奴と関わっちまったが、レベルも上がったし、収穫はあったな。少し休んで、また悪人でも殺しに行こう。ファリス、行く当てはあるか?」


「あるよ。けど、まずはこの辺りからは一度離れた方がいいと思う。今回は大規模に人を殺してるし、警戒されてるはず。強力な冒険者なんかも召集されてるかもしれない」


「そうだな……。休憩がてら、しばらくは移動か」


「うん……」


「それにしても、ファリスは本当に俺たちについてくるのか? 悪人退治もするつもりでいるが、今回みたいにただの善良な兵士を殺すこともあるぞ」


「……あたしは、全面的にカエンを肯定してるわけじゃない。兵士たちを殺したのは、良くなかったとも思ってる。だけど、あたしの望みを叶えてくれる都合のいい正義の味方なんていないの。どこにもいない天使より、今目の前にいる悪魔を、あたしは頼る」


「死神の次は悪魔か。ただの悪党だっての」


「知ってる。それに、あんたを頼るのは、もう一つ良いことがあってね。あんたが途中で死んだところで、まぁいいかな、って思えるの。どうせ悪党だし、ってさ」


「お前もなかなか言うじゃないか。そういうひねくれたところは嫌いじゃねぇ」


「それはどうも」



 そして、リシャルが眠そうな声で言う。



「悪人退治はいいけど、カエンはとにかく、誰にも負けないくらい強くなりなさいよ。じゃないと私が大変だわ。今回は本当に死ぬかと思った……」


「悪かったな。強くなるよ」


「いっそ王にもなっちゃいなさいよ。わかりやすい強さの証明だわ」


「王にはなりたくねぇな」


「あ、そ。まぁ、好きにすれば」



 リシャルが目を閉じて眠りにつく。



「……今日は助かった。ありがとよ」



 リシャルからの返事はない。



(魔族になって、三ヶ月程度か。なかなか濃い時間だった……。変な仲間ができちまったが、そう悪くねぇか。世界の危機を救おうとしているヒーローじゃあるまいし、ゆるっとっていこう)



 そんなことを考え、火猿も横になって目を閉じた。

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