第37話 冒険者ギルド
火猿が考えているうちに、ティリアが先に水晶に触れ、持ち上げる。当然ながら、なんの変化もない。
「これでいいですか?」
「はい。協力ありがとうございます。ただ、持ち上げなくても大丈夫ですよ?」
「あ、そうですよね。まぁ、とりあえずホムラも……あっ」
ホムラは火猿の偽名。ティリアは火猿に水晶を渡そうとして、そのまま手を滑らせて落としてしまう。
その意図を、火猿はすぐに理解する。ティリアは水晶を壊してしまおうとしているのだ。
火猿が水晶に手を伸ばす前に、リシャルが風の魔法で水晶を宙に浮かせる。さらに、その水晶を平気で手に取った。
色に変化はない。
「気をつけなさい。弁償なんてバカバカしいわよ。はい、ホムラ」
リシャルに手渡され、火猿も水晶を手に取る。なんの変化もなかった。
(……もしかして、水晶に触れるときの態度を見て、魔族か判別しているのか? ためらうそぶりを見せたら怪しい、とか。リシャルはそれにすぐ気づいたのかもな……。むしろ、壊してうやむやにしようとした方がまずかったかもしれない)
魔法具らしき雰囲気はある。しかし、効果は定かではない。
職員女性の目が妙に鋭いように、火猿には感じられた。
「……これでいいか?」
火猿は水晶を机に戻す。
「はい! ご協力ありがとうございます!」
一瞬ヒヤリとしたが、問題なく手続きは進んだ。
実技試験を受ければ戦闘能力に合ったランクからスタートすることもできるらしいが、火猿もティリアも固辞。高ランクになった方が情報を得やすいだろうが、下手に目立ちたくなかった。
「実技なしの場合、まずはFランクからのスタートとなります。そして、依頼を五つ完了していただいたら、本登録も完了です。一ヶ月以内に完遂できなければ、仮登録も無効になりますのでご注意ください」
そう言われ、ひとまず依頼を受けてみることに。
掲示板を覗いてみると、盗賊の討伐依頼があった。北にある陰鬼の森に盗賊団が住み着いているらしい。なお、文字も普通に読めたのは少し不思議な感覚だった。
(赤い魔族に注意、なんて張り紙もある。あえて攻撃を仕掛けなければ襲ってこないので、見つけたら逃げろ、か。俺はそういう評価なんだな。
それに、青髪の少女も同行って情報が流れてる。俺とティリアだけだったら怪しまれてたかもしれない。リシャルはそういう意味でも連れてきて良かった)
注意喚起の張り紙を流し読みして、火猿は盗賊討伐の依頼書を受付に持って行く。職員は困り顔を浮かべた。
「それはDランク向けの依頼なので、Fランクのあなたでは受注できません」
さっき説明しましたよね? という雰囲気。
「まぁ、それはわかってる。依頼の受注とは関係なく討伐したらどうなる?」
「それは冒険者ギルドの管轄外なので、引き留めはしませんが、あなたが死んでも責任は取れません。それに、達成しても報酬は支払われませんし、実績としても記録されません」
「なるほど。わかった。じゃあ、常設してある薬草採取の依頼だけ受ける」
「……わかりました。薬草採取につきましては、比較的安全な南の森で行うのが通例です。魔物は出ますが、ゴブリンなどの弱いものばかりです」
「ああ、わかった」
北ではなく南に行け、という圧を火猿は感じたが、従う必要はない。
「ああ、そういえば、もう一つ訊きたいんだが、ここに来る途中、陰鬼の森に兵士が入っていくのを見た。何かあったのか?」
「兵士が……? まだ特に情報は入っていませんが、例の赤い魔族でも現れたんでしょうか……?」
「少なくとも、大量の魔物が出たとか、強力な魔物が出たとかいう話ではないわけか」
「そうですね。冒険者ギルドでは把握していません」
「わかった。ありがとう」
(それはまた不穏な話だな。盗賊狩りと一緒に、軽く調べてもいいかもしれん)
冒険者ギルドを出ようとしたところで、火猿たちは大柄な男三人組に声をかけられる。
「おい、新人」
「いい女連れてるじゃねぇか」
「ちょっと俺たちと遊ぼうぜ?」
誰も見ていない町の外だったら、サクッと殺していたかもしれない。あるいは、流石にそれはやりすぎと思って、軽く追い払っていたのかもしれない。
今は人目があり、騒ぎを起こすつもりはなかったので、火猿は軽くあしらうことにした。
「邪魔だ。失せろ」
威圧スキルを発動。レベル三まで上がったこのスキルは、格下の魔物を追い払うだけでは終わらない。
三人の男たちはその場で失神して崩れ落ちる。冒険者ギルド内にいる他の者たちも、何か凶悪な魔物でも見たかのような顔で、火猿を注視した。
(少しやりすぎたか)
火猿はすぐにスキルを解除。
「……悪いな。無駄に争う気はない」
火猿はそう言い捨てて、連れ二人と共に冒険者ギルドを後にした。
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