第38話 盗賊狩り
* * *
ホムラという少年が去った後、冒険者ギルドの職員セナは、支部長の執務室を訪れた。
支部長は椅子に腰掛け、渋い顔で俯いていた。
支部長は四十代半ばの男性で、外見は中肉中背の一般人なのだが、一時は魔法使いとして名を馳せた実力者だ。
支部長に、セナは言う。
「あの、先ほど少々気になる少年が登録に来まして……」
「今さっきの、凶悪な魔物のような気配を発した者かね?」
二階にいても、あの少年の気配は感じ取れたらしい。
「はい。その気配を出した子供です。彼についてお話がありまして……」
セナは、支部長に先ほどの出来事を説明。
魔力診断の件と、素行の悪い冒険者を返り討ちにした件だ。
魔力診断の魔法具については、実のところ何の効果もない水晶玉で、誰が触れても変化は起きない。しかし、やましいことがある者ならば多少は行動に変化があるものだから、職員はそれを見ている。
実のところ、あの場で魔族の正体を暴いてしまっても困る。自棄になった魔族が暴れ出しては、多数の被害者が出てしまう。
だから、あれは相手の反応を見て、怪しい人物かどうかを判断するための道具。
セナの見立てとしては、少年に少し怪しい雰囲気はあった。ただ、それは赤髪の少年と青髪の少女がセットになっていたから、先入観でそう思えたのかもしれなかった。
それより、やはり新人冒険者らしからぬ威圧感について、セナはどうしても気になってしまった。
「あの子供、普通ではありません。もしかしたら、赤い死神と呼ばれる魔族なのかも……。外見を変える方法はいくらでもありますから、姿が人間であるからといって人間とは限りません」
「その少年が魔族だったとして、目的はなんだろ思うかね?」
「はっきりとはわかりません。冒険者ギルドの身分証が欲しかったのでしょうか。身分証があると人間の町に出入りしやすくなりますから」
「その可能性もある。ふむ。可能であればきっちり調べて、正体が魔族であれば討伐するべきだね」
「はい」
「しかし、だ。赤い死神はかなり強力な魔族らしい。下手に手を出すと逆に返り討ちにされてしまう。何も気づいていないフリをして、しばらく様子を見てみよう。
本当に魔族なのか。魔族だとしたら目的は何か。そして、弱点などはないか。討伐の目処が立つまで泳がせておこう」
「……承知しました。監視などはつけますか?」
「うーん……。誰か、絶対に見つからずに様子を探れる者はいるかい?」
「絶対に、と確信が持てる者はいませんね……」
「であれば、今は静観して、可能な範囲で情報を集めよう。くれぐれも、下手な手出しをしないように」
「はい。わかりました。情報を共有しておきます」
セナは支部長の部屋を辞して、急ぎギルド内での情報共有に努めた。
* * *
時刻にすればおそらく午後三時を過ぎていたのだが、火猿たちはまず陰鬼の森に向かった。夜は野宿することになりそうだとしても、あの兵士たちが気になった。薬草採取は明日でも問題ない。
「なぁ、あの水晶玉って、本当に魔族と人間を見分けられる魔法具だったのか?」
「さぁ? そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない」
「お前は平気で触ってたが、あれじゃ判別できないと理解してたわけじゃないのか」
「そんなのはわからないわよ。鑑定スキルもないし。ただ、あんなところで魔族の正体を暴くわけないって思ったのよ。魔族が暴れ出したらどうするのよ。危なすぎるじゃない。ま、ああやって探りをいれるだけでもかなり危ういことだと思うけど」
「……まぁ、確かに」
「人間の町に入るなら、これくらいは考えて行動しないといけないわ。ティリアも、下手にうやむやにしようなんてしちゃダメよ。余計に怪しいわ」
「う……」
ティリアが悔しげに俯く。
「ま、あの水晶玉についてより、男三人を威圧したのはまずかったわね。ただの新人冒険者じゃないって丸わかり。今頃、あの少年は何か怪しいって話になってるわ」
「……そりゃそうか。やりすぎたな」
「これだからお子様は嫌よね。何をするにも考えが足りない」
リシャルが深く溜息をつく。
「悪かったな。人間の町に潜入するときの心得については、リシャルから学ぶことも多い。考えなしの俺に、色々と教えてくれ」
「……そういう素直ところはお子様っぽくないわね。ま、主様の命令には逆らえない身分だから、なるべく教えるわよ」
「助かる。ちなみに、また町に戻ってもいいと思うか?」
「すぐに人間が襲ってくることはないと思う。あなたが強いことくらいはわかってるでしょうから、襲うなら討伐できる目星がついてから。数日くらいなら、何食わぬ顔して過ごしても問題ないでしょ。でも、絶対安全とはいえないから、判断は任せる」
「なるほどな。まぁ、こっちとしても様子を見て、早めにライカンを立ち去ろうか」
そんな話もしつつ、一時間ほどで陰鬼の森に到着。
陰鬼の森も広いので、盗賊団を探し出すのは通常なら一苦労。しかし、リシャルの風魔法を使うと、かなり広範囲での索敵が可能。半径二キロ程度で、どこに何人いるかくらいはわかるらしい。人物の特定はできなくとも、人が集まっていればわかる。
ちなみに、盗賊探しについては、意外とリシャルが乗り気だった。
「盗賊見つけたら私にも殺させてよ! いいでしょ? ね? ね?」
珍しく目をキラキラさせながらそんなことを言っていた。人を殺すことが一番の快楽で、そのために生きているのが魔族だと、毎度火猿は理解させられる。
「人数にもよるが、半分くらいは殺させてやる」
火猿の許可で、リシャルは満面の笑みを浮かべた。いつもは気だるそうなのに、こういうときだけは陽気になる。
程なくして、リシャルは盗賊団を発見。二十三人いたところ、火猿が十二人、リシャルが十一人殺すことに。
火猿は鬼術で戦う練習台として盗賊たちを利用した。鬼術のレベルが三に上がり、今までとは使い勝手も変わった。
火の鬼術では、一瞬で相手の全身が燃え上がった。
土の鬼術では、数秒触れたら相手の全身を石に変えられた。
水の鬼術では、半径五メートル以内の人間の体を破裂させられた。
風と雷の鬼術では、攻撃範囲が大きく広がった。
戦闘力五万以上は世界的にも稀らしいが、確かにその辺の盗賊では戦闘の練習にならないほどの力があった。
一方、リシャルはというと。
「あはははははははははははははは! 死ね! 死ね! 死ね! こっちは鬱憤が溜まってんのよ! 殺しを制限されるし人間とずっと一緒に行動させられる! 派手にぶっ殺してやる!」
だいぶ性格が変わり、ハイになって盗賊たちを殺し回っていた。風魔法で盗賊たちの全身を切り刻んだり、バラバラにしたりで、凄惨な光景となった。
(自分が楽しむために人を殺すってのは好きじゃないが、俺のやってることと結果は同じか。魔族は本当にろくでもない)
ティリアはリシャルの殺人風景に不快感を示していた。人間の感覚と、魔族の感覚はやはりずれが大きい。
メリットが大きいとはいえ、リシャルを連れ歩くのはどこかでやめるべきかもしれないと、火猿は思う。
魔族二人による盗賊虐殺はすぐに終わった。
「……十人以上殺してレベルに変化なし、か」
火猿はステータスを確認したが、変化がなかった。今まで十人も殺せばある程度変化があったので、少し残念に感じる。
「なぁ、リシャルって、人を殺すとレベルが上がりやすいとかあるか?」
「あるわよ。魔物を殺すより三倍くらいは早くレベルが上がる。魔族は皆そうでしょ」
虐殺が終わり、リシャルはまた気だるそうな雰囲気に戻っている。
「三倍か……」
火猿の体感だと、三倍どころか十倍以上は早くレベルが上がっている気がした。
火猿とリシャルでは、経験値を得られる量が違うのかもしれない。
「あなたはもう相当強いんでしょ? 戦闘力が五万を越えた辺りから、レベルは上がりにくくなるって聞くわ。私はまだ四万程度だから普通だけど、あなたは上がりにくくなっていてもおかしくない」
「なるほど」
戦闘力五万を越える者は少数。そして、五万を越えると上がりにくくなるので、もっと遙かに上という存在の話もあまり聞かないということだろう。
(強くなるには人間を殺すのが手っ取り早い。しかし、数十人規模じゃなく、もっと大規模に殺す必要があるか……。一つの町に戦争でも仕掛けないと難しいか……? こちらからあえて仕掛けることはしたくないんだが……。ん?)
火猿の気配察知に、何者かの気配。距離はまだ数百メートルあるが、二人いる。
盗賊たちの遺体が散らばっているこの場所を見られるのは、あまり良くないかもしれない。火猿はティリアとリシャルを促し、何者かの方へ向かう。
(敵なら殺す。敵じゃなければ、あそこから遠ざける)
そして、現れたのは二人の子供だった。十二、三歳くらいの少年と少女。二人ともブラウンの髪で、顔立ちが似ている。兄妹だと察しがついた。
火猿たちの姿を見て、少年の方が叫ぶ。
「助けてください! 兵士に追われているんです!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます