第39話 三人

 火猿としては、助けを求められたとしても必ず助けなければならないとは思っていない。散々人を殺しておいて、今更良い人ぶるつもりも毛頭ない。


 ただ、状況次第では、殺しても良いと思える相手が見つかるかもしれない。結果として人助けになる行為をするのは悪くない。


 そして、その二人の後方から、確かに三人の兵士が追いかけてきている。



「いたぞ! 魔族の子供だ!」


「絶対逃がすな! 殺せ!」


「ここで逃がせば多くの犠牲が出るぞ!」




(あいつらは何を言っているんだ? 俺とリシャルの正体がわかってる風じゃないよな?)



 兵士たちは明らかに兄妹の方について話している。



「お前たち、魔族なのか?」



 二人は首を横に振る。



「僕たちは人間だ! なのに、兵士たちは僕らを魔族だって言い張るんだ!」


「角があるって! 肌の色がおかしいって!」


「ふぅん……。とりあえず、無力化しておくか」



 火猿はひとまず兵士たちの方へ駆け、雷の鬼術で三人を行動不能にする。特に実力のある兵士ではなかったので、あっさりしたものだった。



「すごい……っ」


「兵士たちを一瞬で……っ」



 子供たち二人が感心している。妙な尊敬の眼差しを火猿に向けてもいる。所詮は殺人鬼に過ぎない自分がそんな目で見られることに、火猿は居心地の悪さを感じた。



「……それはさておき、こいつらはなんだ?」



 火猿には見覚えのある鎧。火猿たちがライカンに入る前に見た連中だ。その兵士がどうして人間の兄妹を追いかけていたのか。



「おい、二人。わかる範囲で何が起きたのかを話せ」


「あ、はい。えっと……突然僕たちの村に兵士がやってきて、僕たちが魔族をかくまってるって言ってきました。そんなことはしていないって、村長である父さんは答えたんですけど、兵士たちは信じませんでした。そのうえ、勝手に色んな人の家に入って、やっぱり魔族がいるとか言い始めて……。

 そして、魔族に協力する奴らは魔族と一緒に滅ぼすべきだってことで、村を襲い始めました……」


「ほぅ。じゃあ、実際には匿っていなくて、何の正当性もなく兵士たちが村を襲っているということか?」


「はい……。そうなんです……。何が起きているのか、僕たちにはわからないんですが……」


「それで、お前たちは魔族と間違われたから逃げてきたのか?」


「はい。父さんが逃がしてくれて」


「魔族と間違われたのは他にもいるか?」


「はい。それで殺された人もいます。それに、魔族と間違われていない他の人たちも、まだ兵士たちに襲われているのかも……」



 二人の顔には絶望が浮かんでいる。



「あの! 僕たちの村を助けてください!」


「お礼はできる限りします!」



 二人の必死な嘆願。火猿はさほど心を動かされはしないが、レベル上げの好機だとは思う。



「……おい、リシャル。これ、何が起きてるのか見当はつくか?」


「うーん、そうねぇ、誰かに幻覚系とか錯乱系の魔法でもかけられてるんじゃない? 人間が魔族に見えるように」


「……誰が、何の目的でそんな魔法をかけるんだ?」



 リシャルは、ニイッと黒い笑みを浮かべる。



「さぁ……。心当たりが多すぎて、答えにくいわね」


「ああ、そうかい」



 リシャルの反応を見て、どこかで魔族が関わっていそうだと、火猿は見当をつける。



(魔族はろくなことをしないな……。兵士たちがただ魔族に操られているだけだとして、それで一般人を殺したら、罪になるのか? むしろ兵士たちも被害者か?

 俺が正義の味方だったら、もっと深く考えて、事情もきちんと探るんだろう……。だが、俺はただの悪党だ。一般人を襲う兵士なら、殺しても構わんだろ)



 火猿は一つ頷く。



「おい、二人。俺からすると、お前たちの村がどうなろうと知ったことではない」


「そんな……」


「皆を助けてください! お願いします!」



 妹の方が深く頭を下げる。



「俺はお前たちの村を助けない。そんなお人好しじゃない。だが、兵士たちを皆殺しにするだけだったら、やってもいい」


「皆殺し……?」


「皆、殺しちゃうんですか……?」


「ああ、そうだ。俺の目的のために、皆殺しにする。こんな風に」



 火猿は刀を作り、兵士の首を一つ、切り落とす。



「ひっ」


「ぃやっ」



 兄妹が目を背ける。首切りは、子供には刺激が強すぎた。



「ちょっと、カエン! 私にも殺させなさいよ!」


「……リシャルはちょっと黙っててくれ」



 やれやれと火猿は溜息をこぼす。



「で、そっちの二人。俺たちなら、襲ってきた兵士たちを撃退できるかもしれん。そうしてほしいか? その兵士が、全員死ぬとしても」



 実のところ、あまり意味のない問いかけだ。この二人がどう答えたとしても、五百の兵士という獲物をみすみす逃すことはしない。


 それでもあえて尋ねた理由があるとすれば……ティリアがこの兄妹を心配そうに見つめているから、だろうか。


 何の覚悟もなく、助けてほしいという願いが大量虐殺に繋がることは、精神的な負担も大きい。覚悟を決める時間くらい、与えても良いと火猿は思った。


 兄妹は苦しそうな顔で、兵士の切断された首を見る。


 そして。



「……兵士を、殺してください」


「……村の皆を、助けてください」


「わかった。村まで案内しろ。兵士たちを皆殺しにしてやる。リシャル、この二人を殺していいぞ。ただし、殺すだけだ。余計な苦しみを与えるな」


「えぇ? いたぶって殺すのが楽しいんじゃないの……。つまんない……」



 リシャルが右手を上げたところで、ティリアが割り込む。



「待って! カエンが殺さないなら……わたしも、殺す」


「ちょっと! 私の獲物を横取りしないで頂戴!」


「あなたの獲物じゃないでしょ! カエンの獲物だもん!」


「いちいち鬱陶しい奴ね! あんたは黙って荷物持ちでもやっときゃいいのよ!」



 リシャルとティリアが睨み合う。リシャルは強い魔族故に相当な眼力を誇るはずだが、ティリアはそれに負けていない。戦闘力は低くても、胆力はなかなかのものだ。



「リシャル。一人はティリアに譲れ」


「ええ!? なんでよ! 私が殺したかったのに!」


「ティリアが殺したいって言ってるんだ。殺させてやれ」



 その心情について、火猿は察するものがある。


 ティリアは、リシャルに比べればどうしても戦闘能力で劣る。戦いでは活躍できないことに引け目を感じているのだろう。それに、自分だけが血に染まらず、一歩引いたところにいる気がして、不安を感じたのだろう。



「ティリア。刀だ」


「……ん」



 火猿の刀をティリアが受け取る。



「その刀なら首の切断も不可能ではないだろうが、まぁ頸動脈を斬れば十分だ」


「うん……」



 ティリアは、まだ息のある兵士の首筋に刃を当てる。以前ならこの状態でも相手の意識があったが、今は気絶しているので、ティリアでも殺しやすいはず。



「……ごめんなさい」



 ティリアは体重をかけ、ひと思いに刀を兵士の首に突き刺す。刀はスムーズに首を切り裂き、体内に進入。鮮血が吹き出した。



「即死はしないが、致命傷だな」


「……ん」


「大丈夫か?」


「大丈夫。わたしだって、これくらいできる」


「そうだな」


「うん」



 ティリアが火猿に刀を返す。殺人に抵抗があるとしても、気に病んだ様子もない。



(闇属性は顕在か……)



 病んで潰れていくよりは、平気で人を殺せる方が、今の状況では良い。



「一人殺すくらいで何をごちゃごちゃやってるんだか」



 リシャルが風の魔法を使い、さっさと最後の一人の首を落とした。



(ティリアにはあんな風になってほしくないが、こんなのは俺の勝手な願望かもな……。さて、と) 



「次、村を襲ってる連中を殺しにいくぞ。お前ら、村まで案内しろ」

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