第40話 虐殺

 たった二人の戦力で五百を越える兵士と戦えるのか。懸念はあるが、おそらく問題ないだろうと火猿は感じている。


 明確な根拠があるわけではない。ただ、直感的に、勝てそうな相手とそうじゃない相手はわかる。


 リシャルには一度勝ったが、もう一度戦って確実に勝てるかどうかはわからない。そういう勘が働く。


 一般の兵士がどれだけ集まろうと、もう火猿の敵ではない。流石に数千となると体力の問題が出てくるが、二人で五百程度なら倒せる。


 火猿が子供二人を肩に担ぎつつ、二十分ほど走る。そして、二人の隠れ住んでいた村を発見。向かう途中から戦闘音や悲鳴も響いていた。



「……村はほぼ壊滅、か」



 魔物を遠ざける柵に囲まれた村は、元々人口三百人程度。道すがら兄妹に聞いた話だと、何かしらの理由で他の町にいられなくなった者が作り上げた村らしい。


 その村人の死体がそこかしこに転がっている。兵士の死体も転がっているが、数は少ない。


 戦闘は村人の劣勢で進行中。放っておけば、もう十分以内には村人が全滅するだろう。



(幻覚だかの魔法のせいだけじゃなく、兵士たちは性格に難がありそうだな)



 兵士たちには、弱者を蹂躙することに喜びを見いだしているような雰囲気があった。


 少数の村人を大人数で囲んでいたぶったり、死にかけの村人の頭を踏みつけたり。



(きっかけは魔族の魔法だったのかもしれない。だが、今の地獄みたいな光景は、この兵士たちの気質が生んだものだろう。心置きなく殺せそうだ)



 火猿は小さく微笑む。



「ティリア。気配遮断のローブを着て隠れてろ。こいつら相手なら、俺には必要ないものだ」


「……うん。わかった。カエン、気をつけてね」


「ああ、わかってる」



 火猿は刀を片手に、村に侵入。リシャルもついてきた。



「ねぇ、もう早い者勝ちでいいわよね? 殺すのは何人までとか言わないわよね?」


「好きに殺せよ。ただし、殺していいのは兵士だけだ」


「あはっ! 全部私が殺しちゃおっ!」



 リシャルが風魔法で加速し、走る速度が上がる。火猿も加速スキルを使った。


 森を抜けて戦場に入り、早速リシャルが風の刃で兵士たちの首を刈る。たむろして様子をうかがっていた兵士五人が倒れた。



「あははははは! たぁっのしぃいいいい!」



 リシャルがハイになって暴れ回る。次々と兵士たちが死んでいく。



(あれを見てると、魔族は人類の敵と言われる理由がよくわかる。制御できる便利な従者じゃなければ、俺も真っ先にあいつを殺しているところだ)



 リシャルの到着で、兵士たちが火猿たちの存在に気づく。予期せぬ事態に一時動揺する者もいたが、攻撃されていると知ってすぐに応戦の姿勢を見せる。



「敵襲! 敵は二人だが要警戒! 応戦……はがっ」



 リシャルはまるで踊り子のように戦場を舞う。両手の動きに合わせて風の刃が生まれ、合わせて兵士たちが死んでいく。無差別に攻撃しているようにも見えるが、火猿の言いつけ通り、村人は傷つけていない。



(この辺りはリシャルに任せて、俺は他の連中を殺そう)



 まだ村人と争っている兵士たちを、火猿は積極的に狙っていく。刀を使って狩っていくのが現状だと最も手っ取り早いのだが、やはり鬼術に慣れるため、なるべくそちらを使う。



(殺すのに使い勝手がいいのは、やはり火か)



 火猿は無数の火球を作り出す。以前は火球を十までしか出せなかったが、今は百程度まで出せて、火力も上がっている。さらに、一直線にしか飛ばせなかったものが、自在に動きをコントロールできるようになった。


 まだ使いこなせているとは言い難いが、対人戦においては、これだけでほぼ勝負がついてしまう強力過ぎる力だ。



(殲滅戦なら簡単だが、今は村人に当たらないように注意しないとな)



 火猿の放った火球が兵士たちを襲う。鎧の隙間から火球が進入し、兵士たちの体が即座に燃え上がる。



「ぎゃああああああああああああああああ!」


「熱いぃぃいいいいいいいいいいいいいい!」


「うぁああああああああああああああああ!」



 そこかしこから絶叫が上がる。しかし、一人の人間から上がる絶叫はすぐに終わる。火力が上がって、一分もしないうちに全身が燃え尽きる。残るのはぼろぼろになった骨だけ。


 火球を操作し、次々に兵士たちを燃やしていると。



「やめろ!」



 兵士の一人が、叫ぶと同時に何か石のようなものを火猿に向けて投げる。火猿は軽くそれを避けたのだが、石は破裂し、煙が火猿を包む。



(なんだ、これ。……ああ、魔法の発動を妨害する魔法具か)



 火猿の手にしていた刀が消滅し、鬼術も使えなくなる。リシャルのかけた魔法も解けて、赤い肌と角もあらわになった。



(鬼術だけじゃなく、武器創造まで無効化されるのは痛いな。怪力と加速は使えるから、まだ高いようはあるが……)



 魔法発動を妨害する魔法具があることは、火猿も知っていた。しかし、知っているのと体験するのはやはり違う。不意をつかれ、少し焦ってしまう。



「ま、魔族!? その姿……赤い死神か!?」


「その呼び名、俺は気に入っていないんだがな」



 火猿は殺した兵士から剣を奪う。質は特別良くないし、全力で振ればすぐに折れてしまいそうな代物だ。素手で殴った方が良いかもしれない。



「囲め! 魔法を使えない今がチャンスだ!」



 兵士たちが火猿を囲む。



(リシャルだったら危うかったかもな。物理的な戦闘は俺ほど得意じゃなさそうだ。だが、俺はむしろこっちの方が得意だ)



 火猿は怪力と加速スキルを使い、兵士たちを薙ぎ払う。武器を飛ばし、首を落とす。


 ただ、普通の剣では火猿の力に耐えられず、五人ほど殺したところで折れてしまった。



(こういうときのために、一本くらいは通常の武器を持っておくべきだな)



 火猿はまた剣を拾い、応戦していく。


 効率は落ちるが、兵士たちの力量では火猿を止められない。


 百人ほど殺しているうちに、魔法を妨害する効果がなくなった。体感としては、十分も効果は続いていない。



(これで鬼術も武器創造も使える)



 火猿はまず雷の鬼術で周囲の者たちを無力化。刀も作成し、倒れた兵士たちの首を次々と切り落としていく。


 魔法の妨害には少々困らされたものの、その後は問題なく戦闘が進む。


 魔力切れに陥ることもなく、火猿は目に見える兵士たちを殺し尽くした。


 逃亡する兵士は放っておいたのだが、それはリシャルがめざとく見つけて殺している。逃げるものは放っておけ、という指示は出していなかったので、今後追加する予定。



「……終わりだな」



 無数の死体が転がる凄惨な光景。


 恍惚としているリシャルと違い、火猿は特別に楽しいとも思っていなかった。



(俺はまだ、ギリギリ人の心をなくしていないようだな)



 それが良いことなのかどうかは、わからない。

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