第41話 無力

 * * *



(無力だなぁ……)



 暴れ回るカエンとリシャルを眺めながら、ティリアは無力感に襲われていた。


 カエンが戦っているとき、ティリアはほぼ何もできない。火猿が窮地に立ったときには少しだけ力になれるけれど、普段は何もできないといって差し支えない。



(わたしは戦えない。回復の力もない。できるのは家事とかだけ……。定住していればこの能力ももっと生かせるけど、旅暮らしだといまいち。いないよりはいた方が助かる程度。わたしにも、リシャルみたいな力があればなぁ……)



 リシャルの性格は残虐非道で、まさに噂の魔族そのもの。カエンも危険視していて、仲間としては認識していない。ただの便利な道具と思っている。


 道具だとしても、カエンに必要とされているのは変わらない。あの性格のデメリットを補えるだけの、メリットがある。


 リシャルがいると、ティリアの無力さが際だってしまう。



(わたしにできることは、なんだろう? わたしだからできることは、なんだろう?)



 ずっとそんなことを考えてしまう。そして、答えはまだ出ない。



(カエンの隣に立って見劣りしないだけの力が欲しい)



 それが、どんな手段であったとしても。



 * * *



 名前:鬼月火猿

 種族:魔族・紅の鬼人

 性別:男

 年齢:3ヶ月

 レベル:6

 戦闘力:56,500

 魔力量:39,300

 スキル:怪力 Lv.3、威圧 Lv.3、破壊の一撃 Lv.2、加速 Lv.3、気配察知 Lv.3

 特殊スキル:鬼術 Lv.3、武器創造 Lv.2

 装備:魔装の服、疾風の腕輪、怪力の指輪

 称号:無慈悲、非道、殺人鬼、盗賊狩り、王の素質を持つ者、虐殺者


 虐殺者:百人以上の敵を相手に戦うとき、戦闘力増加。



 火猿は二百人以上を殺したはずだが、それでもレベルは五しか上がっていない。これからレベルを上げていくのはかなり難しくなっていくだろう。


 あるいは、敵が弱すぎるのが問題なのかもしれない。弱い相手と戦い続けてもレベルが上がらないのは、ゲームでは一般的だ。



(もっと強くなるには、数千単位で人を殺すか、強者と戦うか、かな。その辺の悪人をチマチマ殺しててもあまりレベル上げに効果はない。かといって無差別に殺しまくる気もしない。地道に強くなるしかないか)



 三ヶ月程度で戦闘力が五万を越えただけでも、この世界にとっては異常事態。これ以上を期待するべきではない。



「レベルはさておき、用事は済んだ。さっさと帰ろう。村の連中も、そうしてほしそうだ」



 火猿は、生き残った村人たちをざっと見やる。数十人程度は残っていて、大量虐殺をなした火猿に嫌悪の滲む視線を寄越している。


 命を救われた、などという感謝の念は全く読み取れない。



「お疲れ様、カエン。怪我はない?」



 姿を現したティリアが火猿に声をかけてきた。



「ああ、大丈夫だ。ティリアも何もなかったか?」


「うん。大丈夫。あの兄妹も無事」


「まぁ、兄妹の方はどうなろうが知ったことじゃない」


「冷たいなぁ。心配なのはわたしだけってこと?」


「そうだな」


「……リシャルが死んだとしても、気にしない?」


「それはちょっと困る。死んだら死んだで構わないが」


「……それなら、死んでくれたら良かったのに」


「お前、そんなにリシャルが嫌いが?」


「嫌いだよ。性格破綻してるし、何か悪いことしでかしそうだし。あいつを連れて行くの、考え直した方がいいよ!」


「まぁ、俺もずっと連れ歩くのは良くないと思ってる。ただ、まだ利用価値はある。もう少し様子をみよう」


「うん……」


「もう行くぞ。いつまでも居座ると、村の連中に襲われそうだ。……で、リシャルはどこ行った?」



 いつの間にか、リシャルの姿が見えない。



「え? さっきはいたけど、どこだろ?」



 火猿たちの見える範囲にはいない。風魔法で残党を探し、その始末でもしているのかもしれない。



「まぁいい。あいつは勝手にまた戻ってくるだろ。俺たちはここを離れよう」


「うん」



 二人で村を離れようとしたとき、例の兄妹が火猿のところへやってきた。



「あの……ありがとう、ございました」


「ありがとうございました」



 火猿は魔族としての姿をさらしている。普通なら忌避するところ。



「俺が怖くないのか? 魔族だぞ?」


「それは、怖いです。でも、おかげで全滅は避けられました。それに、ここに来るまでに、なんとなくそうじゃないかって気がしてました」


「平気で人を殺してますし、特にリシャルさんは人殺しを楽しんでいるようですし……」


「まぁ、あれを見てれば気づきもするか……」



 人の町に潜入するときの心得などを説いていたリシャルだが、いざ殺人の機会があると本性を全く隠せていない。


 やれやれ、と火猿は肩をすくめる。



「えっと、助けてもらったお礼を何か……」



 少年の言葉に、火猿は手を振る。



「俺は兵士たちを殺したかっただけだ。村の連中もほとんど死んでる。礼などいらん」


「そう、ですか……」


「ああ。じゃあな」



 火猿はもう振り返らず、ティリアと共に村を去る。



「人を助けて礼も受け取らないなんて、まるで正義のヒーローみたいだね」



 森の中を進みながら、ティリアが茶化すように言った。



「こんな血生臭い正義のヒーローなんかいるかよ。俺はただの悪党で、虐殺者だ」


「赤い死神って呼ばれてるみたいだけど? ヒーローじゃなくても、そっちの方がかっこいいんじゃない?」


「悪党を美化するなよ。俺は私利私欲のために人を殺してるだけだ。変な呼び名をつけられて、実は偽悪的に振る舞ってるだけだなんて思われても困る」


「それもそうだね」



 向かう先は森の外。十分ほどして、リシャルが合流した。


 リシャルの顔は妙に火照っていて、目もトロンとしている。



「どこ行ってたんだ?」


「久しぶりにたくさん殺せて気持ちが高ぶったから、鎮めてたわ……」


「……ああ、そう」



 その言葉の意味を、火猿はなんとなく理解している。魔族とは本当に度し難い。



「……ねぇ、カエン。もうあなたでもいい気分だわ。私とシましょう?」



 甘ったるい囁き。即座にティリアが割って入る。



「ダメ! 火猿に近づかないで!」


「あなたはいちいち邪魔なのよ! 人間のくせに、図々しく話に入ってこないで!」


「カエンはあんたみたいなゲスな魔族に渡さない! カエンはあんたとは違うの!」


「うっとうしいガキね! カエンさえ許せば今すぐぶっ殺してやるのに!」



 いがみ合う二人。火猿は溜息を一つ。



「お前ら、喧嘩するな。ティリアも落ち着け。この異常者と張り合う必要はない」


「だって……」


「リシャルとわかり合えると思うな。無駄に疲れるだけだぞ」


「うん……」



 ティリアとリシャルの関係は冷え切っている。人間と魔族の関係は、これできっと正常。無理矢理仲良くする必要もないので、そのままにしておく。



「それにしても、あの兵士はどこから派遣されてきたんだろうな。状況次第で、ついでに送り主も殺してやるんだが……」



 五百人規模で兵士が動いているので、すぐに何かしらの情報は得られるだろう。


 火猿はそう期待して、少し迷いながらも一旦ライカンの町に向かった。

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