第51話 呪い
火猿が屋敷の中に戻る前に、ティリアも地上に降りて兵士たちを攻撃し始める。
ティリアは腰に帯びていた剣を抜き、無闇に雷撃を放つ。一般の魔物ならば当たり前に殺せてしまう威力があり、一撃で四、五人の兵士が倒れる。死んでいる者も少なくないだろう。
そして、通常のティリアなら魔剣が蓄えた魔力以上の攻撃をできないのだが、今はティリアが魔剣に魔力を供給できている様子。十回しか雷撃を使えないということもなさそう。
(……ティリアが正気を取り戻したとして、人を殺しまくったことを気に病むか? いや、あいつのことだから、飄々と受け入れそうだな)
それならば問題はない。火猿はティリアを救うために力を尽くすだけだ。
火猿はティリアの元に駆け、刀を構える。
「ティリア。お前の相手は俺だ」
ティリアが真っ黒な瞳を火猿に向ける。
「死ネ」
黒い雷撃。火猿は大剣を作り出して避雷針とし、それを避ける。
「ティリア。俺がわからないか? 火猿だ」
無駄だと思いつつ、火猿は説得を試みる。
「カエン……? 見知ラぬ男が、ワたシの大好きなカエンを名乗るナぁああアああアああああアあああああ!」
(ちっ。たぶん、幻術で認識が歪められてる)
ティリアは激昂しながら火猿に接近。雷をまとった剣を火猿に向けて振り抜いた。
火猿は後退してそれをかわすが、ティリアは火猿の予想よりも素早く追撃してくる。回避が難しく、火猿は刀で魔剣を受け止める。雷撃が火猿を襲った。
「うぐぅううううっ」
全身に走る激痛。さらに体も硬直して、すぐには動けなくなる。
(くっそっ。この体、防御力の低さが難点だな……っ)
火猿の能力は攻撃に特化している。武器は作れるのに防具は作れないし、鬼術も人を殺すためのスキル。
守りのための特別な力はなく、肉体の防御力も格別に高いわけではない。
強力な攻撃を食らってしまうとダメージが大きく、その後の戦闘にも影響する。
「死ネえええエええエえエえええええエ!」
ティリアがまた剣を振るう。今度はただ剣を振っただけだが、火猿の左腕が切り落とされた。
さらなる追撃を、火猿はとにかく後方に跳ぶことで回避。
(この腕、リシャルが治せるよな!? 次の進化までこのままだと面倒だぞ!)
火猿は痺れの残る体で立ち上がる。雷の鬼術でティリアを狙うが、残念ながら黒い
(直に触れて使えば、まだ効果はあるかもしれん。しかし、あいつに触れるのは難しいぞ……っ)
ティリアは火猿とほぼ同等の速度で動き、剣を振る。幸い、腕力も速度もあるが、動きはまだ素人。剣士としての練度は低く、満足に動けない火猿でも、辛うじて対処できそうだ。
(ティリアを殺すだけなら、なんとかなるかもしれない。俺がティリアに殺されるより、自分が死ぬことをティリアは望むのかもしれない。だが……)
成り行きで拾っただけの少女。
しかし、ほんの二、三ヶ月で、何度か命を救われた。
現状、恋だ愛だという対象ではないが、一緒にいるのが自然になってきた相手。
自分が生き残るためなら死んでしまっても構わない、とは火猿は思えない。
それは、散々人を殺し、魔族に染まりつつある中でも、辛うじて残っている人間性。
(俺は悪党。人を殺すし、奪いもする。それでも、なんの信条も持たないクズにはなりたくない。筋の通った悪党なんてのも変な話だが、自分をつまらん奴だとは思いたくないねぇ!)
ティリアの激しい攻撃は続く。勢いが弱まることはない。それがティリアの体に大きな負担となっていることを、火猿は感じ取る。ティリアの力は衰えないくせに、体の動きはだんだんと雑になっている。
(早く、終わらせよう。ティリアの体は傷つけたくないが、あの剣は、また買えばいい)
火猿は隙を見て、破壊の一撃を繰り出す。雷の魔剣は折れ、剣身がどこかへ飛んでいった。
「あ……」
「悪いな、ティリア」
「ヨくもわタしの剣ヲぉおおオおおおおおおおおおオおおオ!」
剣を失っても、ティリアの攻撃手段は残っていた。ティリアの影から、無数の黒い腕が溢れ出す。人間の腕に似ているが、いくらでも伸びる性質があるらしい。
無数の黒い腕が火猿を襲う。
火猿は大剣で防御しようとするが、黒い腕は武器をすり抜けて火猿を掴む。
「ふぐっ」
手の触れた部分が真っ黒に染まり、すぐにこぼれ落ちる。傷は比較的浅いが、肉が削られたことで血が流れ出した。
(こんな呪いまであったのか! 防御不可は厄介すぎる!)
しかし、どうやらこれは無制限に使える呪いではないらしい。ティリアの指先が少しずつ黒く染まっていく。
(使い続けると自分の体が崩れ落ちるってか!? 相手がティリアじゃなければどうでもいいことだけどよ!)
早く、ティリアを止めなければならない。
(……もっと強引にやらないといけないみたいだな。ヴィノの奴、今度会ったら絶対ぶっ殺す)
火猿はティリアから距離を取りつつ、危険を冒す覚悟を決める。
そして、一直線にティリアに向かって走る。
黒い腕が火猿の体を蝕み、削っていくが、それには一切配慮しない。
痛みに耐えれば、両者の距離を縮めるのは難しくない。
全身がボロボロと崩れていく。しかし、まだ致命傷ではない。
「ティリア、すまん」
火猿はティリアの腹を殴る。穴を開けないように配慮したら、残念ながら威力が足りなかった。呪いの守りは想像以上に硬かった。
ティリアが後退するのを追いかけ、火猿は再度ティリアの腹を殴る。
「がっ! ゲボ、ゲボ!」
あの石を吐き出してほしいと、火猿は願う。しかし、ティリアはなかなかあれを吐き出さない。ただせき込むばかり。
また、ティリアは火猿への攻撃を止めない。火猿の体はどんどん削られていく。
全身血塗れ。大部分の皮膚も剥がれ落ちて、凄惨な姿になっているだろう。
それも、火猿は気にしない。
(水の鬼術でいけるか?)
火猿はティリアの腹に手を当てて水を操る。体内の水、というのは胃の中の水分も含むようで、火猿はティリアの胃の中身を全て外に吐き出させる。
「がふ! がふ! がふ! ぐぇっ」
ようやく、ティリアの口から黒い石が吐き出された。
ティリアの
「……よし。これでひとまず大丈夫か……うぐっ」
ティリアの手が火猿の体を貫く。そして、その手は火猿の心臓を掴んだ。
「カエン以外が、ワたしニ触れるナっ!」
ティリアの、呪いを利用した怪力はまだ健在。幻術で火猿を火猿として認識できない状態も続いている。
ティリアは、容赦なく火猿の心臓を握りつぶした。
「ぐ……あ……」
(……流石に死んだか? これはリシャルでも回復は……)
火猿はティリアの腕を掴み、引き抜く。
そこで上手く力が入らなくなり、崩れ落ちた。
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