第51話 ティリア
火猿はティリアを探して屋敷内を走り回る。
ティリアがこの屋敷内にいるのかも不明で、別の場所にいるとなればまた一から探すしかない。
徒労に終わってしまう可能性もあったが、それは杞憂に終わった。
「……なんだ? 道案内?」
廊下の至る所にヴィノが出現。幻影だろう。それぞれが向かうべき方向を指さしている。気配察知で探ると、三人の気配が集まっているのがわかる。
「……罠か? 罠にしては粗末だな」
火猿はその案内に従って動くか、少し迷う。
(ヴィノには、実のところ俺をどうしても返り討ちにしたい理由なんてないんだよな……。俺も、ティリアが無事に帰ってくるならそれでいい……)
お互いに酷い恨みがあるわけではない。火猿はヴィノの遊びを邪魔してしまったが、あれはやはり遊びであって、真剣に怒るほどではない。
「……相手は魔族。人間と同じ基準で考えるな。誘いに乗ってやるさ」
火猿は幻影の指さす方へ向かう。
そして、二階の一室の前に、ヴィノ、ティリア、ファリスの姿。
ティリアとファリスは自身の首に短剣を押し当てていて、人質として扱われているのがわかった。
火猿が近づくと、ヴィノが微笑む。
「やぁ、また会ったね。まさか、人間なんかを取り戻すためにわざわざここまでやってくるとはね。これ、そんなに大事?」
「……まぁ、それなりにな。にしても、俺の姿が見えるのか?」
火猿は、気配遮断のローブをまだ着ている。
「あのエルフの魔法の効果、まだ消えてないからね」
「そうか。なら、着ている意味はないな」
火猿はローブを脱ぎ、放り投げておく。
「カエン君。王の素質を持つ魔族、か。君の目的は、この二人を取り戻すことだけ? それとも、ボクを下して支配下にしたい?」
「俺の目的はティリアの奪還だ。ファリスはついでだな。お前を支配下に置きたいとかいう望みはない」
「じゃあ、二人を返したら、大人しく引き下がる?」
「まぁ、お前がその気なら」
しかし、ヴィノにその気がないことは、火猿にはわかった。その歪んだ唇を見れば明らかだ。
「それじゃあつまらないよ、カエン君。ボクともっと遊ぼうよ」
「どんな遊びが好みだ?」
「このティリアって子、君のために呪いの力まで支配できるようになったんだってね」
「……だから?」
「この子と勝負しなよ。君が勝てたら、この子もファリスも返してあげる」
「へぇ……なかなか面白い遊びだな。その遊びだと、ティリアを返してもらうだけじゃ物足りないな。お前も殺してやらないと」
「そう? そんなに怒っちゃう? いいね、いいね。カエン君は魔族だけど、人間みたいにいい表情を見せるね! ボク、なんだかワクワクしてきたよ!」
「魔族ってのは、本当にいい性格してやがる」
火猿は、今すぐヴィノを始末したい衝動に駆られる。
「くはは! カエン君、面白いね! 友達になりたいよ!」
「俺はお前と友達になんぞなりたくない」
「残念! 友達になれないなら、この出会いを目一杯楽しまないとね! これ、何か知ってる?」
ヴィノがポケットから取り出したのは、見覚えのある黒い石。
ヴィラという少女の額に埋まっていた、力を増幅させる道具。
「おい、それは……」
「これ、魔族の間では悪魔の種子って呼ばれてるんだ。リシャルもこれを使って遊んでたから、やっぱり知ってるよね」
「それをティリアに使うつもりか?」
「うん。その方が面白いでしょ?」
火猿は加速スキルで瞬時に距離を詰め、ヴィノを両断しようとする。
しかし、進路上にファリスが割り込み、火猿は刃を止める。
「さぁ、一緒に遊ぼう」
ヴィノがティリアの口に悪魔の種子をねじ込む。ティリアはそれを飲み込んだ。
「ティリア!」
「あははははは! 二人は君に返すよ! せいぜい殺されないようにね!」
ヴィノの姿が空気に溶けていく。幻術で姿を消したらしい。火猿の気配察知でもどこにいるのかわからない。
それよりも。
ティリアの体中から黒いオーラが溢れ出す。さらに、全身に不気味な模様まで浮かび上がった。
模様については、おそらくファリスの描いた呪いに関するもの。今までわからなかったのは、ヴィノが幻術で隠していたからだろう。
(幻術……。本人の戦闘能力は低そうだが、厄介な力だ)
ティリアの黒い瞳が火猿を捉える。好意が滲む普段の目とは全く違い、殺意と呪いが宿っていた。
「死ね」
ティリアの体から、黒く巨大な右手が出現。火猿はファリスを抱えて後方に跳ぶ。
(あれは、
訓練中、ティリアがあれを操っているところを、火猿は見たことがある。そのときには人間大の黒い影だったのだが、今はその三倍ほどある。
(これがあの種子の効果か。くそ! このままだとティリアが死ぬ!? いや、ヴィラは頭に埋め込まれていたが、今回は飲まされただけ。吐き出せばまだ助かるか?)
わずかな希望を信じて、火猿はティリアの救出に向けて気持ちを切り替える。
「アははははハはハはははははははハはははハは!」
何が楽しいのか、ティリアは笑う。
そして、全身を顕現させた影人は、火猿だけではなく屋敷までも破壊していく。
「ちっ。まずは外へ……っ」
火猿はファリスを抱えながら窓を突き破り、外へ向かう。
影人が火猿を追いかけて、さらに屋敷を崩壊させる。
火猿はまず影人から距離を取ることを優先し、ひたすら駆ける。
距離を確保できたら、ファリスの体をその場に放置。ぼんやりしていてろくに反応も見せないが、いつまでも抱えて逃げ回るわけにもいかない。
「お前は勝手に逃げろ。死んでも知らん」
火猿は再び影人の方へ。
影人は途中まで火猿を追いかけていたはずなのだが、今は何故か兵士たちを襲っている。
「あはハはははハは! 嫌イ! キラい! 皆嫌い! ミンナ死ンじゃエ!」
ティリアが叫ぶ。呪いで自身が蝕まれることはないようだが、心は闇に飲まれている。
「……ティリアはあれで、無闇に人を傷つける奴じゃなかった。ヴィノ、ティリアが戻ってこなかったら、必ずお前を殺すぞ」
影人は無差別攻撃を繰り返す。一体だけでも厄介なのだが、ティリアはさらに二体を追加。影人が暴れ周り、兵士たちが次々と肉塊に変わっていく。
兵士たちは影人に応戦するのだが、物理的な攻撃が効いていない。影人の攻撃は兵士たちを傷つけるのに、逆は無効という酷い不公平。
「ちょっと! あれ何よ? 完全に暴走してるじゃない!」
リシャルが火猿の元へやってきて、不機嫌そうに問う。
「ティリアが、悪魔の種子ってのを飲まされた」
「ああ、そういうこと。ヴィノ、面白いことを考えるわね」
リシャルが今度は愉快そうに笑う。
「お前にとっちゃ、面白い展開か」
「そうね。人間同士が殺し合うのも、カエンがそうやってうろたえているのも、私にはとても愉快よ」
「……魔族ってのは性悪過ぎる。まぁそれは今更だ。ティリアはあれを飲まされたが、吐き出せば元に戻るか?」
「さぁ? 知らないわ。あの種子にもいくつかタイプがあるとは聞いていたけど、私、飲み込むタイプのものを扱ったことがない」
「とにかく吐き出させてみるしかないか」
「そうね。早い方がいいわよ? あれは人の寿命をどんどん削っていくものだから、長引けば確実に死ぬ。死ぬ前に吐き出させたとしても、残りの寿命は短くなっているでしょうね。十年は減ってるはずよ」
「……そうかい。お前はあの影人の相手をしろ。魔法なら通じるはずだ。俺はティリアをどうにかする」
「ちっ。人間の殺戮ショーを見ていたかったのにっ」
リシャルは文句を言いながらも、影人に向けて魔法を放つ。ダメージを与えられているのは見て取れた。
「……さて、俺はティリアだ」
ティリア本人の能力も、呪いの力で向上しているはず。種子の力も相まって、Aランク相当の力を持っているかもしれない。
殺さずに止めることができるのか。
不安はありながらも、火猿はティリアの方へと駆けた。
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