第49話 侵入

 * * *



 ヴィノにティリアたちを連れて行かれてから、四日後。


 火猿とリシャルは、ルゲニアの町にやってきた。


 中央部の町は壁に囲まれているのだが、その外はのどかな田園地帯が広がっている。


 遮蔽物もなく、火猿たちは姿を隠せないので、接近は当たり前に気づかれている。城壁の側には、千を越える兵士たち。


 おそらく、城壁の中にも兵士が配置されていることだろう。



「外の連中を相手にする必要はない。俺とお前ならあの壁くらい越えられるだろ。ヴィノとその近くにいる奴らだけ倒して終わりだ」



 火猿の提案に、リシャルは肩をすくめる。



「たくさん殺せるチャンスなのに、もったいない。あなた、魔族のくせに人を殺すのが楽しくないの?」


「……殺しが全く楽しくないとは言わないさ。不快だったら、レベル上げのためでも殺人なんてしない」



 殺人に対するほの暗い快感は、火猿も感じないわけではない。それが魔族の性質によるものなのか、前世から備わっていたものなのかはわからないが。


 それでも、まだ人命を尊ぶ気持ちが一切なくなったわけではない。無闇に殺し回るつもりはない。



「私はもっとたくさん殺したいわ。外の連中も全滅させてやりたい」


「それはなしだ。だいたい、流石に俺とお前だけで町の兵士数千人を全滅させるのは難しいだろ。体力も魔力ももたない」


「上手くやれば不可能ではないわ。とはいえ、確かに危険はあるかも。殺す相手は選ぶ方がいいわ」


「じゃあ、予定通りにいく。二人で正面から町に侵入して、俺はローブで姿を隠してヴィノを探す。リシャルは姿を見せながら動き回って陽動だ。魔力を使い切らない程度に暴れていろ。殺すよりも負傷者を増やせ。人間は負傷者がいるとそいつらを助けるために労力を使うようになる」


「そうねぇ。なるべくそうするけど、戦場でどこまで敵に配慮できるかわからないわ。いざとなれば殺してしまっていいわよね?」



 リシャルがニイッと腹黒い笑みを浮かべる。殺しを最優先に考えていることはすぐにわかった。



「……まぁ、戦場では限界もあるだろう。殺した方がいいと思ったときには殺せばいい。お前の命を危険にさらしてまで、人間の命を優先する必要はない」


「ふふ。話がわかるわね。それにしても、私を心配してくれるの? 私を便利な道具としか思ってないくせに」


「便利な道具がなくなったら困るだろ」


「それもそうね。その便利な道具の使い道に、性欲処理を含めてもいいのよ?」


「そういう使い道は求めてねぇよ」


「つまんない男。まぁ、そのうち気が変わったら言ってちょうだい」


「気が変わればな。そんなことより、もう人間に化けておく必要もないから、変化は解除しろ」


「はぁい。解除、っと」



 火猿とリシャルの姿が人間のものから魔族のものに変わる。



「行くぞ」


「はぁい」



 リシャルの気のない返事と共に、二人共走り出す。


 単純な身体能力は火猿の方が高いのだが、リシャルは風の魔法で加速できるので、同じ速度で走れる。時速にすると六十キロは出ているだろう。


 火猿たちが接近すると、兵士たちが武器を構え始める。


 両者の距離が一キロを切った辺りで、城壁の上から矢が飛んでくる。



(普通の弓だとこの距離は届かない。特殊な弓か、何かのスキルだな)



 矢の数は少なく、十本もない。リシャルは風の魔法で矢を破壊し、火猿は回避したり刀で斬ったりして矢を防ぐ。


 さらに接近すると、一般の弓兵たちも矢を放ち始める。今度は数百の矢が火猿たちに降り注ぐ。



「リシャル。あれは任せた」


「はいはい。カエンってこういうのに弱いわよね」



 大量の矢も、リシャルが風魔法で一掃する。火猿にもあれを防ぐ手段はあるのだが、リシャルの方がスマートだった。



「人以外にも使える魔法ってのは羨ましいもんだ」


「そのうち覚えるんじゃない?」


「だといいがな」



 弓兵の攻撃もくぐり抜けると、今度は壁の前にいる兵士たちが火猿たちに向かってくる。



(一般人はなるべく殺さない。しかし、悪人以外は絶対に殺さないなんて立派な誓いを立ててるわけでもない。邪魔をするなら、斬り捨てる)



 火猿は向かってくる兵士たちを片っ端から斬り伏せていく。火猿が作り出した刀は切れ味も鋭く、一般兵の着ている鉄の鎧であれば軽く切り裂いてしまう。死にはしないが戦闘を続けられなくなる傷をつけるように努めるが、深く斬りすぎて致命傷を負わせることもある。


 リシャルも風の刃で兵士たちの首を落としていく。なるべく殺さないなどという話は、もはやなかったことになっていそうだ。



(まぁ、なるべく殺さないなんて曖昧な言い方じゃ、リシャルの行動に制限なんてかけられないか。それに、この数を相手にするなら、殺した方がいいのかもしれない)



 リシャルの殺しは、無駄な気力と魔力を使わない最適化された攻撃でもあるのだろう。火猿は、改めて何かを命じることはしなかった。



「あっは! たぁのしぃいー! 皆死んじゃえええええええ!」



 リシャルはまたハイになっている。実に楽しそうに人を殺す魔族だ。



「やれやれ……」



(兵士ども。巻き込んじまって悪かったな。余計な言い訳はしねぇよ。俺は自分の好き勝手振る舞って、自分の都合で人を殺す。ときに誰かを救う結果になることはあっても、俺の本質は悪だ)



 火猿は兵士たちを殺し回って、程なくして城壁に到着する。


 高さは五メートル以上。火猿は作り出したもりを二本、壁に向かって投擲。


 突き刺さった銛を足場にして、火猿は城壁の上に向かった。



「わざわざ面倒なことをするのね」



 風魔法で一足飛びに壁を越えたリシャルは、火猿を嘲るように笑う。



「うるせぇ。とにかく壁を越えられればいいんだよ」



 城壁の上にも兵士がいる。主に弓兵だが、剣も持っている。


 二人で兵士たちを打ち払い、火猿は階段を使いながら町の中に侵入。リシャルはまた一気に飛び降りていた。


 壁の内側では、壁のすぐ側にいる兵士の数は少ない。兵士たちを無視して、火猿とリシャルは中央にある屋敷まで走る。


 その屋敷の側では、第二陣というべきか、また千を越える兵士たちが控えている。


 飛び交う矢を弾きながら接近し、火猿はリシャルに声をかける。



「リシャル! あいつらは任せた!」


「はぁい」



 火猿は気配遮断のローブをまとい、姿を隠す。


 気配察知などの力を持つ者はいないようで、兵士たちは火猿を見失った。


 火猿を探して闇雲に周囲を攻撃する者もいるが、大半はリシャルに狙いを定める。



「さぁ、私と人生最後の遊びをしましょう? 目一杯楽しませてあげる!」



 リシャルが魔族の笑みを浮かべる。兵士たちはそれだけでかなり萎縮してしまったように見えた。



(……あいつはやっぱり危険だな)



 火猿は兵士たちの冥福を祈りつつ、ヴィノの捜索に向かった。

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