第48話 一興
* * *
ヴィノは先ほど手に入れた玩具と共にライカンを後にして、外に待たせていた馬車を使いルゲニアへと向かう。
御者と護衛は、ヴィノの支配下にある人間。特に護衛はBランクの実力者なので、魔物に襲われてもまず問題なく退治できる。
もっとも、幻術で周りからは存在を認識されないようにしているので、魔物にも人間にも見つかることはほぼない。
ヴィノ個人の戦闘力は二万にも届かないのだが、自身が戦う必要のない状況を作ることで、危うげなく生活している。
ゆったりと構えながら、ヴィノは屋形の中で新しい玩具の品定め。
「ねぇ、あのカエンって奴は君たちを仲間だと言っているそうだけど、君たちって何ができるの? まずは青髪の子から。名前も教えてね」
青髪の方はティリアと名乗った。そして、つい最近までは家事程度しかできなかったのだが、呪いの力で戦えるようになったと言う。
呪いの力を自在に扱える者は、魔族の中にもほとんどいない。呪いが関係する武具などは強力だが、放置するしかなかった。
それに使い道ができるのなら、このティリアは意外と有用な存在だった。
「なるほどねぇ。ティリアはボクの近衛兵として育ててもいいかも。それで、君は?」
緑髪の方はファリス。呪詛使いで、密かに暗殺業をしているという。
呪詛もまた、多様な使い道がある力。使い方を間違えると自身に被害が及ぶものの、慎重に扱えば有用であることは間違いない。ティリアに呪いの力を与え、強化することも可能らしい。
「へぇ、意外と良い拾いものだったかな? 面白いことができそうだよ」
ヴィノが二人の使い道について思案していると、不意にティリアが腰に下げていた剣を抜き、ヴィノの首筋に当てた。
「……なんのつもりだい?」
「カエンはどこ? わたしはカエンの隣がいい」
「へぇ? ボクの支配下にありながら、まだあの魔族が大事なのかい?」
支配者の目は、人の記憶や感情を消す力ではない。ヴィノに完全なる服従を強制する力だ。だから、ティリアがカエンの名を出すこと自体はおかしくない。
しかし、ティリアの最優先はヴィノになっていて、カエンへの関心は薄れているはず。カエンへの執着を見せることがまずおかしい。
さらに、ヴィノに刃を向けるという行為も、普通の人間ならまず不可能なこと。
相手がBランクの実力者であったとしても、起こり得ない出来事だ。
「ティリア。君はもうボクの玩具だ。カエンの元には返さないよ。剣を納めな」
もう一度、支配の目を使用する。
ティリアは酷く顔をしかめたが、剣を鞘に納めはしない。プルプルと震えながら、なおも反抗の意志を見せる。
「わ、わたしは、カエンのモノ! あなたのモノじゃない!」
「君、あいつに何か支配系の魔法でもかけられているの?」
「違う! これは、わたしの、意志! わたしは、カエンに全部あげた!」
ティリアの刃が、薄くヴィノの首を切り裂く。ティリアの顔がさらに歪む。
ヴィノを傷つければ、ティリアは激しい頭痛に襲われる。それを味わってなお、ティリアはヴィノへの攻撃の姿勢を変えない。
「驚いた。ただの人間が、ボクの力で屈服しないなんて。君、随分と特異な個体だね……。面白いよ。でも、玩具は玩具らしく、大人しくボクに従いな」
支配の目で、ティリアを睨む。圧力を強めることでティリアの苦痛はより激しくなり、意識を保つことも難しくなる。
「わ、わたし、は……カエンの……」
「……強情だなぁ。しばらく眠りなよ。これ以上無理をすると、後遺症が残る」
ヴィノはティリアに幻覚を見せる。よほどカエンのことが大事らしいので、カエンが側にいる幻覚を。
ティリアはほっとした表情を見せて、そのまま気絶した。
「カエンはよほど人間の心を掴むのが上手いのかな? それとも、単にこの娘が異常? まぁ、考えてもしょうがない。それより、カエンはこの子を取り返しにくる? だとしたら、戦う準備を進めないと。魔族同士で何をしてるんだかって感じだけどさ」
魔族同士が争うことはあまりない。魔族は人間を殺すことや人間を陥れることに快楽を覚えるが、必ずしも争いを好んでいるわけではないのだ。
普通の魔族ならば、玩具を盗られてもあまり気にせず、そのまま放置する。しかし、カエンは特異なので、追いかけてくるかもしれない。
「ま、それもいいか。うちのディバル君を煽って、カエンと人間を戦わせよう。たくさん人が死ぬところを見られそうだなぁ。町が滅びちゃったらさっさと別のところに行けばいいんだし、ここで終わらせるのも一興さ。監視も送り込んで、戦いに備えよう」
ヴィノは機嫌を良くして、思わずにやけてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます