第47話 玩具
「あら、ヴィノじゃないの。どうしてここに?」
謎の少女に向けて、リシャルが気安く声をかける。
相手はリシャルの知り合いらしい。
(ってことは、こいつは魔族。例の、ルゲニアの領主と組んでいる奴だ)
リシャルの顔には、人間と接するときの嫌悪感が滲んでいない。
ヴィノの姿は人間のものだが、おそらく幻術の類でそう見せているのだろう。
「どうしてここに? じゃないよ。リシャルたちでしょ? ボクが差し向けた兵士たちを全滅させたの」
「あれはあなたの仕業だったのね。邪魔をするつもりはなかったのだけど、主の命令でもあったし、楽しくて、つい」
「もー。いくらリシャルだからって、ボクの楽しみを奪うなんてダメだよ!」
「ごめんなさいね。あなたがこの近くにいるなんて知らなかったものだから」
「まぁ、言ってなかったけどさ。リシャルがこの辺りで遊んでるって言ってたから、ボクも遊びに来たの」
「そうだったの。今はルゲニアに?」
「そういうこと。それにしても……一緒にいる連中は何? リシャルの魔法だと見分けがつかないけど、三人ともボクらと同じ?」
「いいえ。同じなのはそこの男だけ」
「じゃあ、他のは何? 奴隷かペット?」
「仲間らしいわよ?」
「は? 仲間? 何言ってんの?」
ヴィノは心底怪訝そうな顔をする。魔族ではこれが普通のようだ。
「さぁ? 私には理解できないことなのだけど、この男、カエンがそう言ってるの」
「……カエン。初めて聞く名前だな」
「まだ若い子みたい。でも、意外と強いわよ。例の素質も持っているし、私はこいつの従者にされてしまったわ」
「え、嘘? 素質持ち? へぇ……血染めの暴風にして聖女喰らいのリシャルにも勝つなんて、結構強いんだね」
「ええ。なかなか強いわ」
「リシャルは全力で戦って負けたの?」
「全力といえば全力。ただ、一つ言い訳をするなら、室内で戦いにくかったのよ」
「あー、なるほど。リシャルって室内だと本領発揮しないもんね」
「そうね。けど、それを差し引いて考えてもカエンは強い部類。あなたよりも強いわね」
「ボクより強いのは大して自慢にもならないよ。ボク、物理的な戦闘は苦手だもん」
「昔から変わってないわね」
「そういうスキルだから仕方ない。人間相手になら、まず負けることはないんだけどさ」
(人間相手なら負けない、か。俺の鬼術と同じで対人戦特化のスキルってことだな。ティリアとファリスには危険な相手……)
火猿は警戒心を高める。無駄に争うつもりはないのだが、ヴィノがどう出るかはわからない。
「ねぇ、カエンっていうの? ボクはヴィノだよ」
「ああ、俺は火猿だ。宜しく」
「君はどうして人間を仲間だなんて呼んでいるの? 仲間なんてありえないでしょ」
「お前がどう考えるかは知らない。だが、俺はときに人間も仲間として扱う」
「変なの。異端だね」
「ああ。だとしたらどうする?」
「どうもしないよ。君が何を考えていても構わない。だけどさぁ……ボクの
ヴィノの瞳が青く光る。
火猿には何も感じられず、何をされたのかわからなかった。
「何をした?」
「君には何もしてないよ」
「俺には……?」
火猿はハッとして、隣にいるティリアと、半歩後ろにいたファリスを見る。
「ティリア? ファリス?」
反応はない。二人はふらふらとヴィノの方へと歩いていく。
火猿はティリアの腕を掴み、引き留める。
「離せっ」
恐ろしく冷たい声と共に、ティリアが火猿の手をふりほどいた。
そのまま、ティリアとファリスはヴィノの隣に立つ。
「この二人、ボクがもらっていくね? ま、ボクは玩具を大事にするタイプだし、無闇に壊さないで長く遊ばせてもらうよ。バイバーイ」
「待て!」
ティリアに向かって伸ばした火猿の手が空を切る。ティリアがいたはずの空間には、何もなかった。
「……幻術か?」
「そうね。
「……そうか。奴は、ルゲニアにいるってことでいいか?」
「そうでしょうね。取り返しに行くの?」
「ああ、行く」
「わざわざご苦労様。止めはしないけど、ヴィノと戦うのは楽じゃないわよ」
「というと?」
「あいつ単独での力は私たちからするとさほど脅威でもない。でも、ヴィノの能力は厄介。自分の力の使い方を理解していて、例えば領主一人だけを支配下に置くことで、兵士数千も支配下に置く、ということもする。敵は町一つ、あるいはそれ以上ってこと。倒すのは難しい」
「なるほど。敵の数も多いが、魔族に操られているだけの人間を殺すのも、まぁ多少気が引けるな……」
ヴィノと戦うとして、そこで犠牲になる人間は、おそらく悪人でもなんでもない。
殺さずに済むのなら、そうしたいところ。
ただし、見ず知らずの人間の命を最優先にするほど、火猿は正義を重んじているわけではない。
「カエンはよほど人間が好きなのね。変なの」
「ああ、俺は変なんだ」
「私が思うに、善も悪も、人間が自分たちの都合で勝手に作り上げた妄想よ。自分たちの繁栄に都合の良いことが善で、そうじゃないことが悪。そんなもの、いちいち魔族が気にすることじゃない」
「……お前は確かに、人間をよく理解している気がするな。だが、お前が俺の従者である限り、俺のルールに従ってもらう」
「はいはい。わかりました、ご主人様」
「人間はなるべく殺さないが、とにかくティリアたちを取り戻しにいく」
「はぁい」
リシャルの気のない返事に脱力しつつ、火猿はヴィノとの戦いに気持ちを切り替えていく。
幸い、一刻を争う事態ではないはず。
焦る必要はない。
「……ちなみにだが、魔族は二つ名を持つのが普通なのか?」
ふと気になり、火猿は尋ねた。
「それなりに有名になると、人間が勝手に付けるのよ。人間ってそういうの好きよね」
「……かもな。血染めの暴風はさておき、聖女喰らいってのはなんだ?」
「そのままの意味よ。昔、聖女の心臓を食べたことがあるの。回復魔法はそのときに身に付けたわ」
「……魔族ってのは人間を食べるのか?」
「稀に食べる奴もいるわ。大多数は食べないし、私もそう。あのときは、聖女の方から食ってくれって頼んできたから、戯れに食ってみたのよ」
「……状況がさっぱり想像できん。まぁ、それはいいが、聖女を食うと回復魔法が身に付くのか?」
「さぁ? 必ずしもそうとは限らないと思うわ。私の場合は何か要因があったんでしょ」
「そうか……」
火猿はリシャルの過去に少し興味を持ったが、先にするべきことがあるので、それは一旦置いておく。
「ティリアを取り返すのが先決だ」
火猿はヴィノ討伐に向け、動き始めた。
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