第34話 後始末

「おい、これはなんだ?」



 下の方から何かの破壊音。地震のような揺れも起きる。



「地下室で、人間を改造する実験をしていたの。平凡な力しかない人間に、Aランクの力さえ持たせるためのね。まぁ、実際にできあがったのは自我を持たない化け物で、強さもせいぜいBランク程度」


「……ああ、実験のために女を買ったとか言っていたな。それか」


「そういうこと」


「領主が死んだら暴走するのか?」


「そうね。ジドがあれを制御していた。もちろん本人の力ではなくて、魔法具の力を借りていたわ」


「その魔法具で、もう一度制御することはできるか?」


「無理ね。ジドにしか使えないようになっていた」


「そうか」



 破壊音は続いている。このまま放置すれば屋敷が崩壊しそうだ。



「まだ金目のものを奪ってないってのに……。俺が後始末をしなきゃならんわけではないと思うが、仕方ない、とりあえず殺すか」


「あなたならそう難しいことではないわ。早く片づけてきなさいな」


「お前も来い。一緒に戦え」


「ちっ」


「とても従者とは思えん振る舞いだ」


「魔族に忠誠心なんて期待するのは愚かよ」


「だろうな」



 火猿たちが階下に向かおうとしたところで、床を突き破って一人の少女が現れる。


 見た目は十代後半。腰まで伸びる髪は黒紫色に染まり、体中から黒いオーラを放っていた。申し訳程度にボロ切れをまとい、要所だけが隠れた姿。細すぎる手足と痩けた体は、まともな扱いを受けてこなかったことを想像させる。


 その額に真っ黒な石が埋め込まれていて、それが少女に力を与えているのはすぐにわかった。



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 獣のような咆哮。もはや人間らしい知性を全く残していない。


 獣の少女は火猿に向かって跳ぶ。速い。しかし、一直線に向かってくるだけなので、対処は難しくなかった。


 火猿は両手剣を作りだしてその少女を斬りつける。


 少女は左腕を盾としてそれを防ぎ、火猿と互角の腕力で押してくる。



「ちっ。小柄なくせに怪力だし、硬いな」



 黒いオーラが体を守っていて、皮膚に傷も入らない。


 少女が右腕で火猿の顔面を殴る。砲弾でも受けたような威力。火猿は後方に飛ばされた。


 少女はさらに追ってこようとするが、風の魔法で弾かれた。



「……名前はヴィラよね? 命令されているから仕方なく私も戦うけれど、もっとあいつを殴ってくれていいわよ? 胸がすっとするわ」


「てめぇ、本当にただ命令に従ってるだけだな」



 火猿はリシャルの発言に呆れる。


 リシャルは風の魔法で獣の少女、ヴィラを牽制しつつ、歪に微笑む。



「当たり前でしょ? あなたは私の玩具を壊した。ジドを操ってもっとジワジワ町を蝕んでいくつもりだったのに、それもできなくなっちゃったわ。私、あなたが嫌いよ」


「ああ、そうかい。俺もお前が嫌いだよ」


「お互い様ね」



 風魔法の攻撃をかいくぐり、ヴィラがリシャルを襲う。



「こっちじゃなくて、向こうに行きなさい。まぁ、憎い私の魔力に反応して、ここに来たのでしょうけどね」



 リシャルがヴィラを弾き飛ばし、火猿の側へ送る。


 リシャルの指示に従ったわけではなさそうだが、ヴィラは近くにいる火猿に狙いを変える。


 両手で殴りかかってくるのを剣では防げず、火猿も両手で対処していく。



「おい、リシャル。一応訊いておく。この額の奴を取り除けば、こいつは正気に戻るか?」


「そんなわけないでしょ? 普通に死ぬだけよ」


「元に戻す方法はないってことか?」


「当然。そんなものを用意する理由がないわ」


「なら、殺すしかないな」


「そうね」



 相手は悪人ではないが、敵ではある。こうなれば殺すしかない。



「お前が人間なら、これで終わりだろ」



 火猿は雷の鬼術でヴィラを攻撃。ヴィラの魔力が高いからか、黒いオーラのせいか、行動不能にはできなかった。やや動きが鈍る程度。それでも隙にはなったので、火猿はヴィラを全力で殴り飛ばした。


 床を転がったヴィラは、ふらつきながらも立ち上がる。



(そういえば、武器創造のレベルも上がっているんだったな)



 普通よりも少し丈夫な武器を作るだけではなく、より性能の良い武器が作れるようになっている。


 今までとは違い、より鋭い武器をイメージして、火猿は武器を作り出す。


 自然と思い浮かんだのは、剣ではなく、日本刀だった。


 鋭く、美しく、しなやか。


 斬るという概念を形にしたような、白銀の刃。


 それが、火猿の手に生み出された。



「なかなかいい」



 火猿はその刀を下段に構え、ヴィラに接近。


 刀を振るう。


 空気を斬るようになんの抵抗もなく、ヴィラの体を両断できた。



(常時、破壊の一撃を使っているような切れ味。魔法は斬れないだろうが、優秀な武器だ)



 ヴィラの体が崩れ落ちる。


 肉体が強化されているからか、すぐには死なず、もがき苦しむ。



「……拷問は趣味じゃねぇ」



 火猿は、額の石と共にヴィラの頭を刀で突き刺した。


 ヴィラは、最期に一瞬だけ穏やかな表情を見せて、すっと目を閉じて絶命した。



「まったく、ろくでもないものを作りやがって。リシャル、もう他にいないだろうな?」


「仮にでも実験に成功したのはそいつだけ。他は体が崩壊して死んだわ」


「……魔族はろくでもないことをする」


「だって、面白いでしょ? 『あなたも強くなれるわよ』なんて偽りの希望をちらつかせて、愚かな人間を操るって。ジドも愉快に踊ってくれたわ」


「その口振りだと、この方法で強くなることはできないってことか?」


「無理よ。これは魔力を暴走させて一時的に力を得るだけの方法。本質的には強くなれないし、力を使い切れば死ぬ。

 でもね、こういうのは、少しずつ実験が成功に近づいている風に見せるのが大事なの。最初は体が爆発するだけだったけど、次第に力を制御できるようになっていく、みたいにね。

 ジドと一緒に実験するの、楽しかったわぁ……。死んでいった子たちも良い顔をしてた……。サリア、レネ、ファナ……他の皆も……」


「お前、本当に最悪だな」


「そうかしら? 魔族では普通よ」


「……そうか」



 火猿としては引いてしまう、魔族の本質。


 人間が魔族を忌避する理由がますます理解できた。



(俺が人間側に生まれてたら、魔族は全員、問答無用で殺すだろうな)



 そうするだけの理由がある。



「……それにしても、お前は意外と人間の名前を覚えているんだな。虫けらのように殺すなら、いちいち名前なんて覚える必要はないだろ」


「何を言っているの? 名前を覚えることで、人間は私を信用する。人間を騙すときの初歩的な技術よ」



 魔族は、根本的に何かが人間と違っている。


 それを実感して、火猿は深く溜息を吐いた。



(こいつら、人間にとって害悪すぎる。だからといって、俺が魔族殲滅に乗り出す理由はないが……)



 その後、リシャルの案内で金などの貴重品を保管している部屋へ。



 流石領主というべきか、もはや数え切れないほどの金があった。数百億ゴルドはあり、多すぎて全ては持ち出せなかった。二十億ゴルドほどいただき、残りは渋々放置。


 他にも、屋敷内を漁って装備を整えた。火猿はまた軽装の鎧を、リシャルは替えのロープを入手。


 なかなかの収穫を得て、火猿たちはダンドンを出立した。

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