第35話 魔族
* * *
ファリスは、カエンたちを追いかけている途中でダンドンという町に立ち寄った。
町に入る前、自身にかけていた呪いを解除し、ほっと一息。
身分証を持っていなかったため、出入り口では五千ゴルドも取られてしまったのだが、当面の生活費をもらっていたので、払えないことはなかった。
最近何かあったのか、町は妙に賑やかで、市民の顔も明るかった。
安めの宿を探してそこに入り、受付の青年にファリスは尋ねてみた。
「何かのお祭りでもあるんでしょうか? 妙に賑やかな気がしますが……」
「ああ、いえ、そうではないんです。市民に重税を課したり、無茶な法律を作っていた領主が亡くなりまして、新しい領主が普通の町に戻したんです。まだごたついているところもありますが、復興に向けていつもより活気があるんです」
「へぇ、そうなんですか。領主様次第で、町は大きく変わりますもんね……」
「そうなんです。まぁ、前の領主様はどうやら赤い死神と呼ばれている魔族に殺されたらしくて。魔族が近くに来ているんじゃないかって、心配する声も上がっています」
「魔族が、悪い領主だけを殺して、去っていったってことですか?」
その魔族とはカエンのことだろう。ファリスはすぐに察した。
「悪い領主と側近の兵士たちを殺して、屋敷にあるお金を少々奪って、去っていったみたいです。まぁ、噂程度の話なので、実際のところはわかりませんが」
「本当だったとしたら、全部は盗らなかったってことですね。あえて置いていったんでしょうか?」
「どうなのでしょう? 単に全ては持ち出せなかったのかもしれません。いったいいくらため込んでいたのかは知りませんが、十億ゴルドでも大銀貨一万枚。金貨だったら千枚ですが、どちらにせよ普通に持ち運ぶのは大変な額です」
「そうですね。魔法収納の鞄がないと難しいですね」
「ええ。まぁ、結果として、この町は赤い死神に助けられました。相手は魔族ですし、何を考えていたのかもわかりませんので、英雄とは言い難いのですが」
「そうですか……。わかりました。色々ありがとうございます」
「いえ、こちらも商売ですからね。情報料として、素泊まりではなく朝食と夕食付きのプランでも宜しいでしょうか?」
「あ、はい。大丈夫です」
元から食事もお願いしようとしていたので、ファリスとしてはなんの損もなかった。
青年は気前の良い笑顔を浮かべていて、ファリスはダンドンの町を少し好きになった。
* * *
リシャルも同行することになり、火猿は気配遮断のローブを着ておく必要はなくなった。
角と赤い肌を隠すことで、見た目は十代半ばの人間。この
また、町に入って人間のフリをして生活することも可能。いっそ冒険者として登録すれば、情報収集もしやすくなる。
リシャルは戦力にもなるので、なかなかに利用価値がある従者だった。
ただし。
「カエンが連れてるその女、性奴隷って奴? 人間の女と寝たいなんて、なかなか物好きね」
街道を進みながら、リシャルがそんなことを言った。
リシャルは魔族で、やはり人間と違う発想をしているのが、言葉の端々に現れる。
「ティリアはそういうのじゃない。ただの仲間だ」
「はぁ? 人間が仲間? ただ利用しているだけじゃないの? 頭おかしいんじゃない?」
「そうかもしれないな」
「人間なんて見てるだけでムカつく害虫みたいなものでしょ? 何かに利用するために仕方なく側に置くならまだしも、仲間として側に置くなんて考えられない」
「お前はそうかもしれんが、俺は違う。俺の従者としてついてくるなら、ティリアと余計な衝突をするな。仲良くしろとは言わんから」
「ふん。さっさと殺してやりたいわ」
「ティリアに手を出したら、俺がお前を殺す」
「はいはい。全く、なんでそんな大事にするのかしら? 意味がわからないわ」
「わからなくてもいい。俺のことより、お前はどうしてダンドンで人間のフリをしていたんだ? 人間を殺したいなら、町に溶け込むんじゃなくて普通に殺せばいいだろ」
「ただ殺すだけじゃ味わえない面白さがあるの。町が少しずつ崩壊して、人間たちの表情が苦痛に歪んでいく。その姿を眺めるのはとっても楽しいわよ。自分でサクッと殺しちゃうのもいいけど、焦らされた方が快感を長く味わえる」
何を思い出しているのか、リシャルは恍惚とした表情を浮かべる。
ティリアが火猿の目を手で覆った。
「……見ちゃダメ」
「はいはい」
火猿は肩をすくめる。ティリアが何を心配しているのかはわかるし、リシャルは外見だけなら魅力的な女性だ。実年齢はどうやらかなり年上らしいが、外見年齢は二十代半ば。火猿としても情欲を抱くに良い相手。
しかし、性格に難がありすぎて、必要以上に仲良くしたいとは思わない。たとえ、命令すればリシャルが拒めないのだとしても。
「なぁ、あの領主が言ってた、
「魔族が作ってる秘密組織よ。私はその幹部の一人。
人間って秘密組織とか裏組織とか好きだから、私たちが作ってあげたの。表向きは人間の組織としてね。
世界を牛耳る力を与えるとかなんとか言って人間に近づいて、人間は力を求めて私たちにすがる。
私たちが少しだけ力を貸してやると、強欲で愚かな人間は私たちに何もかも差し出すようになる。
金も、人も、町も……。
私たちは人間が次第に破滅していく姿を見て楽しんで、あいつらが一番良い絶望の表情を浮かべたときに殺す。
大抵の魔族はただ人を殺すだけで満足するのだけど、それだけじゃ物足りないっていう奴もいる。私みたいにね。だから、少しばかり手間暇かけて、最高の快感を得ているわけ」
「……虫酸の走る話だな」
悪の組織の中でもとびきりタチの悪いもの。一切の大義はなく、ただただ己の快楽のために人間を弄ぶ邪悪な所行。
(吹っ切れていて、ある意味気持ちのいい悪ではあるかな)
何らかの思想があり、大義の元に行われる悪は、ときに理解できる何かを含むことがある。悪でありながら、別の面から見れば正義であるなど、複雑だ。
しかし、十二死星は完全なる悪として存在している。ここまで純粋な悪はどこか気持ちいい。
火猿が溜息をついていると、ティリアが言う。
「ねぇ、カエン。本当にリシャルを連れて行くの? これ、本気でヤバい奴だよ」
「そうだな。俺もこいつはヤバいと思う」
「一緒にいたら良くないことが起きそう」
「何を考えていても、今は俺の従者だ。一緒にいるメリットもそれなりにあるし、少し様子を見よう。どうしようもなく危険だと判断したらすぐに殺す」
「うん……」
ティリアは不快そうにもしているし、不安そうでもある。魔族の標的である人間だからこそ、火猿よりもよほど危機感を覚えているのだろう。
(リシャルは危険だ。だが、これがこの世界の魔族なんだろう。俺が特殊なだけで)
魔族は危険。魔族は人を騙す。魔族と言葉を交わしてはいけない。
色々な人たちがそう言っていたのは、何も間違いではなかったということ。
火猿が過剰に警戒されるのも無理はなかった。
「リシャル。お前が十二死星の幹部なら、お前を引き連れてる俺のところに他の魔族が来ることもあるのか? お前を連れ戻すため、とかで」
「さぁ? お遊びでやってる組織だし、飽きた幹部が自然と離れることもあるわ。私が戻らず、連絡を取らなかったとしても、放置される可能性が高いわ」
「そうだといいがな」
魔族と余計な争いはしたくない。殺したところでレベル上げにも繋がらないだろうし、そもそも危険かもしれない。
なるべく穏便に悪人狩りを続けたいところ。
「いざというときの備えはしておこう」
魔族に襲われる可能性も考慮して、なるべく強くなる。
それは人殺しを伴うものだが、火猿にためらいはなかった。
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