第31話 不気味

「まぁ待ちなさいよ。ジド、どうする? 私を信じられないのなら、市民からの報復などでなく、今からあの赤い魔族に殺されるだけ。私はもうあなたを助けない」



 リシャルは領主の側に歩み寄り、甘ったるい声で続ける。



「ジド。私と共に、この世界の覇者になるのでしょう? あなたはこんなところで終わっていい人間じゃないわ。そもそも、私が魔族かどうかなんて、本当は関係ないんじゃないかしら? たとえ私が魔族だろうと、あなたが私を上手く使いこなせばいいだけ。世界の覇者になろうというのだから、それくらいの器量を見せたらどう? 今までだってそうしてきたじゃない」



 なるほど、これが魔族の言葉か。


 火猿は、人間が魔族を警戒する理由の一端を見た。


 相手の自尊心をくすぐりつつ、目の前の問題から目を逸らすように誘導している。


 こんなやり方に引っかかる奴ばかりではないのだろうが、引っかかる奴だからこそ、魔族は獲物として狙うのだろう。



「そ、そうだな。私はこんなところで終わるわけにはいかない。私は、リシャルを信じる」



 その言葉を聞いて、リシャルは微笑みを深める。




「そう? 良かった。じゃあ、助けてあげるわ」


 リシャルが水の魔法で火球を覆い尽くす。人間以外に効果の薄い火球は、それだけで消滅してしまった。



「ちっ。まぁいい。同族との戦いがどんなものか、気にはなっていた」



 火猿は両手剣を作りだし、構える。鬼術が使えなくとも、通常の剣術でも戦える。むしろ、魔物相手にいつもそうしているので、その方が戦い易いかもしれない。



「あら、剣を作り出せるのね」


「まぁな」


「でも、ただの剣ね。そんなもので私を斬れるかしら?」


「試してみようじゃないか」



 火猿は即座に距離を詰め、剣を一閃。後退するリシャルの腹を切り裂くが、切断には至らない。


 追撃で一歩踏み出そうとしたところ、火猿は再び風の魔法に弾かれてしまった。


(こいつの魔法、厄介だな。そして発動までの時間が短い。相手が魔法を使う気配を察知してからじゃ、破壊の一撃で切り裂くこともできない)



「痛いわね……。意外といい切れ味してるじゃないの……」



 リシャルの腹から大量の血がしたたり落ちる。こぼれそうな内蔵は、リシャルが手で押さえていた。なかなか壮絶な姿だ。



「魔法使いのくせに、反応がいいな」


「魔法使いだからって、接近戦が苦手とは限らないわよ。それに……」



 リシャルの手が光り、腹部の傷が消えていく。



「回復魔法か。羨ましいもんだ」


「ふふ? あなた、回復系の魔法は持っていないのね。なら、一度致命傷を与えれば終わりってことね」


「与えられるなら、やってみな」



 リシャルが両手を広げる。直後、風の刃が火猿を襲った。


 全身を切り刻まれ、血が吹き出す。太い血管に傷が入ったかもしれない。


 火猿は傷に構わずリシャルに接近しようとするが、風の球がそれを妨害。なかなか近づくこともできない。



「存外、すぐに決着がつきそうね」


「そんなことはないさ。俺だって、奥の手の一つくらいは持っている」



 火猿は、破壊の一撃と共に剣を投擲。


 リシャルは剣を風の魔法で弾こうとするが、失敗。



「な!?」



 リシャルの心臓を狙った剣は、リシャルが体をひねったことで肺を突き刺すにとどまった。しかし、これでも大ダメージには違いない。



「くっ。何かのスキル? やってくれるわね!」



 火猿は暴風に襲われ、体が弾き飛ばされた。



(破壊の一撃を連続使用できないってのは、こういう敵に対しては辛いものがあるな)



 リシャルの攻撃は続く。しかし、傷の影響か、狙いは上手く定まらず、威力も弱くなっている。一時的になら、耐えられないほどではない。


 リシャルが傷を治さないのは、攻撃しかながら回復することができないからだろう。



(この威力なら、強引に突破できそうだ)



 火猿は鉄骨のような大型の刃を作り出す。


 そして、その重量を利用し、体が飛ばされないようにしながら、剣を振りかぶる。



「な、こいつ、止まりなさいよ!」


「死ね」


「ま、待って! 少し話し合いを……!」



 火猿は部屋を破壊しながら刃を振り抜く。分厚い刃は、リシャルを左肩から袈裟に押し潰す。


 火猿はそれで勝負がついたと一瞬油断。


 ここで、リシャルがニイッと不気味に笑う。体を粉砕されてなお、魔法を使った。


 火猿の顔に、鉄球のような硬度を持つ空気の固まりがぶち当たった。


 首がもげそうになるような衝撃。立っていられなくなり、火猿はその場に倒れた。頭からドロリと血が流れている上、左目が潰れた。



「カエン!」


「ティリア! 来るな!」



 成り行きを見守っていたティリアが近づこうとしたのを、火猿は止める。ティリアがこの魔法を食らえば、確実に体が弾け飛ぶ。


 動けない火猿に、風の魔法による追撃。火猿は床を転がる。



(くそっ。しぶとい奴だ!)



 魔族は生命力が高いらしい。体を両断されても、まだ魔法を使い続けている。



「あはは! 道ずれだ! お前も死ね!」



 攻撃は、いつまでもは続かなかった。やがて魔法は途切れる。


 ただ、それでも火猿はすぐには起きあがれない。ダメージが大きすぎた。意識も朦朧もうろうとしている。



(また魔族と戦うときがあれば、相手が動かなくなるまで油断できないな。しかし……次があるか、が問題だ)



 床に転がる火猿の前に、剣を構えた領主が立った。

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