第30話 リシャル
火猿は部屋のドアを突き破り、さらに壁にぶつかって止まった。防御に使った剣は折れ、さらに体中に深めの切り傷を負っている。
(攻撃系の魔法を使う奴も見てきたが、こいつは格が違うな)
今まで出会った冒険者や兵士よりも強い。Bランクの実力を持っているかもしれない。
「まぁ、楽に殺せる奴だけ殺すって言うのも、弱いものいじめみたいでダサいよな。悪党なら対等の敵を倒してこそかっこいい」
火猿は立ち上がりつつ、剣は捨てて、火の鬼術を展開。
「あなた、丈夫なのね。普通の人間なら、あれで体がバラバラになっているところなのに」
「それなりに鍛えてあるもんでね。まぁ、こっちの攻撃も食らっとけ」
十の火球をリシャルに向けて放つ。
リシャルは己の前に水の膜を作り出し、それを防いだ。人間以外燃やせない炎は、やはり障害物に弱い。
火猿は加速を使いながら接近し、左拳で水の膜を貫いて雷撃を放つ。雷撃はリシャルに当たったはずなのだが、全く効果がない。
(……ん? 全く効果がないっていうのは変だな。魔力が高ければ行動不能にはできないかもしれないが、少なくともダメージゼロとはいかないはず)
「何? 今の雷撃。そよ風ほどにも何も感じなかったわ」
リシャルが不思議そうに首を傾げる。
その反応に違和感を覚えて、ふと気づく。火猿はリシャルから少し距離を取った。
(風の鬼術)
リシャルの呼吸を止めようとするが、これも全く効果がない。
「そういうことか。お前、人間じゃないな?」
火猿は以前、魔物相手に鬼術を使ってみたことがある。人間相手には強力な効果を発揮するのに対し、魔物相手だと全く効果がなかった。雷撃が当たっても何も変化なく、呼吸を止めようとしても無駄だった。
今の状況は、そのときと同じだった。
「……私が人間ではない? あなた、何を言っているのかしら?」
「お前、姿は人間だが、中身は魔物か魔族だろ。どちらかというと、俺と同じ魔族って感じがするな」
リシャルが目を細める。そして、リシャルの仲間だろう領主が眉をひそめる。
「何? 魔族だと?」
「……何を根拠に私を魔族呼ばわりしているのかしら? 私は人間よ?」
「敵に自分のスキルを解説してやるなんて馬鹿げているが、まぁどうせすぐバレることだから教えてやる。
俺の使う鬼術は、人間にしか効かない性質がある。だから、効果がないってことは、相手が人間じゃないってことだ」
火猿は火球を生みだし、それを燃えやすい絨毯に落とす。炎は全く燃え広がることなく消滅した。
「リシャル……。お前、魔族だったのか」
領主はそれを知らなかったらしい。見た目はただの人間で、何か魔力に異常があるわけでもない。判別できなかったのも無理はなかった。
「……ジド。私は人間よ。あんな魔族の言うことを信じるの? 魔族の言葉を信じてはいけないってよく言うでしょう? あいつはただ、私たちを混乱させようとしているだけ」
リシャルは優雅に微笑んでいる。その姿に動揺は見えないのだが、領主は首を横に振った。
「……私はリシャルを信じたい。魔族は肌の色が違う上、角があるというが、リシャルの容姿は人間のもの……」
「私は人間だもの。当然でしょう?」
「しかし……私はお前の素性を知っているわけではない。十二
「そう……。じゃあ、ジドは私を魔族だと疑うのね?」
領主は返事に窮し、ただ眉を寄せるのみ。
「もう三年近い付き合いだというのに、私を信じてくれないなんて心外だわ。
じゃあ、どうする? 私たちとはもう手を切る? そうなれば、あの力を手にしていないあなたはもう終わりね。散々市民から搾取して、恨みも買っていることでしょう。無惨に殺される未来が見えるわ」
「むぅ……」
二人がなんの話をしているのか、火猿にはよくわからない。
察するに、リシャルは十二死星という組織の一員で、何かの目的があり、人間のふりをして領主に近づいた。そして、今まで騙し続けてきた。
この町が変わったのも、おそらくリシャルの影響。
事情は気になるが、ただの興味本位に過ぎない。知らなくても良いことだ。
「……お前たちの事情は、俺には関係がない。俺は今からその領主を殺す。魔族のお前は、それが嫌なら止めろ」
火猿は十の火球を作りだした。
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